表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第一章 ある日突然
9/50

第9話 看板娘の結心さん

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

 結局、その日は帰るまで、近藤先生には遭遇しなかった。こちらから出向く理由もないし、天野さんからは完全無視と言われているから、放置する。


 校門を抜けて駅に向かった。食べ物などの普段の買い物は、バスを降りてからマンションの近くのスーパーなどで済ませる。

 スーパーを出てから、途中でいつものパン屋さんに寄った。

 

 このパン屋さんは、表通りから1本外れた路地裏みたいところに、ひっそりと佇んでいる隠れ家のような目立たない店なのだ。赤い屋根に白い壁の2階建ての家。周りの住宅に溶け込むように建っているのだけど、お店の前には一応小さな立看板が置いてあるので、営業中だと分かる。


 地元の住民でないと、気が付かずに通り過ぎていくかも知れない小さなパン屋さん。ところが、このお店はちょっと有名で、コミュニティ誌なんかにときどき紹介されている。遠くから物好きなおばさんたちが、わざわざ買いにくる。あんパンが売りなのだ。クリームパンではなく、あんぱん。何故、あんパンなのかは聞いてないから知らないけど。


 兎に角、この店のパンはどれも美味しい。パンの味を決めるのは酵母菌つまりイースト菌だと言ってもいいのだ。美味しいイースト菌をいかにして探すかは半ば運みたいな巡り合わせかも知れない。男女の巡り合わせより難しい、きっと。

 それに加えて、作り手の愛情と言うか手の掛け方も大切だ。この母娘は、きっと凄い愛情を掛けて作っているのだと、私には分かる。だから、どれも美味しい。


 どのパンも美味しいので、私はここでしかパンを買わない。それに、このお店には看板娘がいて、客として通ううち友達になってしまったから、それも理由の1つ。


 彼女は、森山結心(ゆい)さんと言って、名前の字も可愛いが実物を見るとやっぱり可愛いくて美人な女の子なのだ。私より2学年下だし、身長もほぼ同じ。スレンダーだけどちょっとメリハリボディだから立っている姿が特に素敵で、女の私が見ても見惚れてしまうくらい。


 ヘアスタイルは私より少し短いボブカットで、明るい彼女によく似合っている。それに彼女も独身で、何だかもう親友みたいになってしまった。


 ……あれ? さっき何気なく「美人な女の子」と書いたけど、じゃ、年令の近い私も女の子? 天野さんが聞いたら、直ぐに突っ込んできて怒られるわね。あの人、そういうことは聞き逃さないから「どこが女の子なんじゃ?」って必ず言うわね。想像したら思わず笑ってしまった。


 母娘二人でパンを焼いて、夕方遅くなると売り切れになる程度だけの量しか作らない。私は天野さんのことを想像して笑った顔のまま、お店のガラス張りドアを開けて中に入った。


「いらっしゃいませ! あ! 詩織さん! こんばんは! 今日は珍しく、あんパンが残ってるわよ」

「こんばんは! ……じゃ、それ2つと食パンを」

「はーい! 毎度ありがとうございます!」


 結心さんは、馴れた手付きで袋に入れて、手渡してくれた。お会計を済ませると

「何かええことあったん? 楽しそうなオーラが顔から溢れとるよ」

 と話し掛けてきた。

「うふふ、分かる? ちょっとした事件があってね。その後始末で、面白いことが起きるかも知れん」

「なになに? 事件? 面白いこと? それ、私に話さんと帰さんよ? お茶飲んでいくよな? お母さん、詩織さんにお茶出して!」


 もう、こうなったら、座るしかない。レジの横にある椅子に座る。小さなテーブルに、お母様がニコニコしながらコーヒーカップをそっと置いてくれた。

「ありがとうございます。いただきま~す!」

「ごめんなさいね、お帰りのところを足留めしてしまって」と、優しいお母様。


「それで? それで?」と、結心さんは乗り出してくる。

 話を少しぼかしながら、金曜日の事件を話した。

「え~? 好きって言われたん?! そりゃぁ大事件じゃが!」

「でも、妻子持ちよ?」

「そりゃないがぁ! その人、何を考えとんじゃろう? こんな美人の才女に妻子持ちのおじさんが言い寄るなんて、逮捕して貰わんと! ……それなのに、なんで楽しそうなん?」


 そりゃ結心さんが不思議がるのは無理もない。天野さんからのアドバイスを説明して、更に今日思い付いた仕返し作戦など、ちょっと苛めてやる計画を話した。


「うんうん! なるほど! そりゃ面白いっ!」

 結心さんは、イケー! ヤレー! とばかりに前のめりになってきた。

「仕返しを思い付いたから、面白くなったのよね。それまでは、正直鬱陶(うっとお)しかった」と私。


「なぁなぁ、私も何か協力しようか? 面白そうだし」

 結心さんは、興が乗ると《なぁなぁ》とか《うんうん》とか重ねがけしてくるのが、可愛い。

「あのねぇ、職場での事件なの! 私を玩具(おもちゃ)にしないでね」

「あは、ごめん! つい興奮してしもうたわ」と、結心さんは頭をぼりぼり。


 何に興奮したのよ。告白に? 仕返しに? 不倫のにおいに? 対岸の火事みたいな?


「それにしても、職場でそういうのがあると面倒よねぇ」

 と結心さんが私の顔を見ながら心配そうに言ってくれた。

「そうなのよね。職場でなければ、単純に無視すればいいだけのことなのよ」

「その人、上司なの? セクハラになるの?」

「上司ってわけではないけど、私より立場が上の教授だからねぇ。でも、指揮命令系統という意味だと、私は部下じゃない。それに、表向きは口説かれてないからセクハラにもならないわね」

「う~ん、本当に対応が難しいなぁ」

「だから、天野さんに相談したのよ。結心さんも相談に乗ってね」

「うんうん。いくらでも相談してな」

「ありがとう」


「ところで、その『天野さん』って誰?」

「姉の高校で1つ先輩だった男の人」

「お姉さんの先輩も詩織さんの友達なん?」

「う~ん、友達というか、昔からよく知ってるお兄さんみたいな存在かな?」

「わっ! 『お兄さん』って、素敵! 同級生のお兄さんと恋に落ちるとか」

「違うわ! 結心さん妄想になってるよ!」

「違うのか。じゃ、私に頂戴!」

「あはは。あげるわよ。結心さんも私の相談に乗ってくれるものね」

「え? そんなに簡単にくれるって、魅力なさそう」

「そんなことないわよ。凄く優秀で良い人よ」

「外観は良くないの?」

「外観もそれなりに……結構良いわよ。モテてるらしいからねぇ」

「今、微妙な表現したなぁ」

「だから、天野さんは既婚者だから対象外なのよ」

「あ、そうか。残念でした。あはは」


 結心さんは、こうやって何でも面白くして他人を笑顔にしてくれる。彼女も頭の回転が速いので、頼りになる。京都の有名大学を出てから大阪で大手企業のOLをしていた才媛だ。

 やっぱり、今回の問題には同じ女性のアドバイスも大切だし、男性の分析力も必要になる。男性の天野さんの意見と、女性の結心さんの意見を両方聞けたら、こんなに心強いことはない。


「私たちの年令になると、そういう風な声を掛けられるのかなぁ? ……私らは、別に男はもう要らんと思うとるのになぁ」

 結心さんが独り言のように(つぶや)いた。


 私も大きく頷くと、コーヒーを飲み干して立ち上がった。

「また、ときどき、結果を報告するね」

「うんうん! こっちは暇なんだから、毎日でも続きを聞きたい!」

「有料ニュースにするよ」と言ってやったら、結心さんは「あちゃ!」と言って、舌を出した。


「ご馳走さまでした~!」と、結心さんのお母様に挨拶をして帰路についた。



読んで頂きましてありがとうございます。


もし宜しければ、「いいね」「★マーク」をして頂けると、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ