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恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第一章 ある日突然
6/50

第6話 完全無視

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

 天野さんの対応方法は、単純明快。


 準備説明が長いから、(まと)めると次のようなことだった。

 ――――

 普通、本気で口説くなら、言うだけ言って返事も聞かずに帰らない。つまり、発言の目的を明示していないことが、自己防衛を優先している証拠。したがって、本気で口説いたわけではなく、あわよくば、口説けるかも知れないという程度だ。

 ――――


 なるほど! 卑怯者め!

 私、軽く見られたのね。

 馬鹿にされたのね!

 腹立ってきた! 悔しい!


「でも、君は、自分の感情を表に出してはいけないよ。職場だから、人間関係にトラブルが起きないような配慮は必要。確かに、そのバランスを崩したのは、その先生だけどなぁ……」


 そうかも知れないけど、でも、何か仕返ししてやりたい。

 私は、天野さんの目を睨むように見詰めた。


「人間の心というものは、複雑怪奇な動きをするものなのよね。例えば、池の水面に石を投げると輪が拡がるけど、そこにまた石を投げれば輪は絡み合って複雑な弧を描く。そんなもんや。つまり、反応の仕方次第で、未来は変わってくるということ。ま、この話は、もっと先になってから説明する。今は、先入観を持たないほうがいい」


 ……? 突然、禅問答みたいな話になった。新興宗教の勧誘じゃないわよね?


「そこでだ、これから君に今回の事案への対処方法を伝授する」


 ははーっ! と平伏はしないけど、思わず姿勢を伸ばした。

 やっと、回答を教えて貰える! ここまで長かった~!


「いやいや、メモなんてしなくていいでしょ! 大切なことは理解して対応すること。そうでないと、臨機応変に対応できないよ。そのために、ここまで長い説明をしてきたのだからね」


 確かに! つい、メモを持ってしまったので、思わず笑った。

 なんだか、天野教の信者になったようで、危ない世界に連れていかれそう。


「基本戦略は『完全無視』」と天野さんは、一言だけ。


 え? それだけ? もう少し丁寧に教えてよ。こんなに長い時間、説明を聞いてたんだから。


「まあ、聞かなかったとは言いにくいから、『冗談は止めてね』程度にさらりと聞き流せばいい。大切なのは、君の余裕。ここを間違えると、違うストーリーが派生して、さっき言った『未来が変わる』ということになる。ここ大事よ、試験にでるからね」

 天野さんは、にやりと笑う。


「空振りさせてやるのね?」

 優秀な私は、それくらい分かっているのだとばかりに即答する。

「そうそう! 全く歯牙にもかけないというか、私はそんなに安くないわよ! という感じ。

十分に気持ちいいでしょ? 無視するのだから。で、これを数回繰り返せば、大抵は諦める。諦めてくれないときは、次の手を考えよう」


 なるほど、軽くあしらうというか、肩透かしするのだから、ちょうど焦らされたことへの意趣返しみたいなものか。


「廊下ですれ違ったときには?」と質問する。


「いつもと同じように、軽く挨拶すればいい。間違っても、あの話には触れないこと」

「あちらから、あの話を言ってきたら、どうすればいい?」

 と、私は執拗に喰いつく。

「さっき、言ったでしょ? 相手は、返事を求めることは言ってないから、あの話は二度とできない」


「……でも、もしも、また言われたら?」と、不安がよぎる。


「言わない。もし言ったら、その人はアホだね。だって、思い出してごらん。相手は、『皆が詩織さんのことを綺麗だと言ってる。僕も好きだけど、ファンみたいなもの』だと言ってるだけだよ。言葉だけで言えば、交際希望を宣言してない。……だから仮にもしも言われたら、ここは、無い胸を張って、『不倫はしません!』と答えたらいい」


 胸の話は余計だわ! セクハラよ! 天野さん!

 ――え? 私が昔、自分で胸がないって言った? ……そう言えば、お姉ちゃんと三人で話してたときに、私が手に持っていた甘食パンを胸に(かざ)して、「私の胸はこんなものよ」とか言ったような記憶がある。みんなで大笑いされた、おバカなアタシ。


「何度も言うが、綺麗だとか褒められても、あちこちで聞き飽きたから自分が綺麗だって知ってますと思って、軽く聞き流したらいい。本当に綺麗かどうかは置いといて、そう言って褒めてくれる人に言うのだから、自信もって対応したらいいんじゃない?」だって。


 本当にこの人、上から目線で言うのよねぇ。まあ、嫌みを嫌みたらしく言わないから、それほど腹は立たないけど。


「繰り返すが、今回の『事件』への対応は、大変難しい。1つ目は、相手が職場の人間だということ。間違えると、職場を失うことになりかねない。2つ目は、相手が交際を申し込んでいないから、『断る』という手段がないということ。これは、ずるずると続く可能性があるということになる。3つ目は、相手が非常に巧妙な手口で攻めてきていること。一筋縄でいかないのよね。4つ目は、君が完全に嫌いなわけじゃないということ」

 と天野さんが言ったので、私は即抗議した。


「え? さっき『気持ち悪い』と言ったでしょ?」

「うん言ったね。でも、それは、抱きしめられたらという仮定の話だよね?」

「そうよ、本能的に感じるか? と言ったから、想像してみた結果よ」


「あのね、まだ、彼と交際したわけじゃないから、そこは曖昧なのよ。本能的に嫌いなら即答できるはず。交際していなかったとしても即答なのよ。嫌いでも好きでもないと言ってたよね? それは、彼をよく知らないからよね? 僕が無理矢理想像させてみたから、抱きしめられる光景を想像してみた。すると、基本的には、抱きしめて欲しいと思ってないから、それは拒否する答えに繋がる。その結果、拒否する気持ちが強くなり、『気持ち悪い』と思ってしまったのだと思うよ」


「え~? そんな屁理屈みたいなの納得できないわ」

 と私は、まだ抵抗する。

「いや、その気持ちは分かるのだけどね。さっき、その話を説明したでしょ? ここでは、僕は『完全に嫌いなわけじゃない』と言っただけだよ? 好きだと言ってないよ? これがどういう意味なのかを言う前に抵抗されたから、説明できなかったけど、……聞いてね」

「ごめんなさい」


「いや、謝ることはない。君の気持ちなのだから。それで、元々が好きでも嫌いでもない曖昧な状態だったよね? そう言ってたね? 完全に嫌いだったら、いくら隠して上辺(うわべ)を取り繕っても、相手へは微妙に伝わるものなのよ。ところが、曖昧だから完全に拒否してるわけじゃない。そこに、職場という微妙な人間関係があるものだから、愛想笑いの1つもすることがある。それをその気があると誤解されるかもしれない。その結果、ずるずると続くかも知れないということを言いたかった。だからこそ、中途半端な対応は難しいと言っているわけ」


「……そういうことか、……納得しました。先走りしてごめんなさい」

 と素直に謝った。5つ目以降は、まあその内説明すると言って、この話は終わった。


 

読んで頂きましてありがとうございます。


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