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恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第四章 想定外の行方
40/50

第40話 結心さんの恋の行方

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

 夕方、帰りにパンを買いに結心さんのお店に寄って、講習会とレッスンの話が(まと)まったことを天野さんに伝えて欲しいとお願いした。

「結心さん、今日はデートあるの?」と小声で聞いたら、

「昨日したから、今日はお休みよ」と寂しそうに答えた。

「よかったら、連続だけど、うちに来ない? 色々と話したいことあるの。……急がないけど」

「いいよ、うちでご飯食べてから行く。天野さんには、電話しとくよ」

「うん、じゃ、あとでね」

 私は、パンの袋を抱えて、家に帰った。


 先日の踏み込み過ぎ発言で結心さんに涙を流させてしまったので、そのことを謝りたかったし、その後も気になったのだ。

 昨日、学校に天野さんと一緒に来てくれたとき、いつもどおりだったので心配はしていなかったが、それでもやはり謝りたかった。

 結心さんが来るまでに、服を着替えてから、食事と後片付けも済ませておいた。


 結心さんが、一人でやってきた。


「ごめんなさいね。最近、貴方を引っ張り回してばかりで、申し訳ないわ」

「ううん、大丈夫よ。母が『最近は忙しいなぁ』と言ってたけど、『若いから大丈夫』って言ったら笑ってた」

「あはは、お母さんよりは若いものねぇ」

「そうそう、ふふふ」

 結心さんは屈託なく笑った。


「本当に、この前は、ごめんなさいね。勝手に深入りしてしまって。昨日も謝ったけど、結心さんに直接謝りたかったの」

「大丈夫だよ」

「だって、結心さん涙出てたもの。言っちゃいけないことを言ってしまったと焦った」

「彼も、帰りに『嫌な思いをさせたね』って言ってくれたけど、覚悟してたことだから。でも、直接聞くと少しね」

「そうだよね。それが気になってたの」

「もう平気。それよりも、彼が1つ約束するって言ってくれたこと、私を大事に思ってくれてると嬉しかったよ」


「正直言うとね、貴方たちがもう長い付き合いの恋人みたいに見えて、既にかなり深い関係じゃないかと想像してたの」

「あはは、彼、私を凄く大事にしてくれているから、本当に手を繋ぐだけだったのよ? 詩織さんのあの発言は過激だった」

 と結心さんが笑う。

「だって、彼が求めたら処女を捧げるって言ってたじゃない」

「だから、まだ求められてないって」


「今、『手を繋ぐだけだった』って、過去形じゃなかった?」

「もう、細かいところに気が付くなぁ」

「そりゃ、こういう話は聞き逃したりしません!」

「う~ん、……」

 結心さんは笑いながら、きっとどこまで喋っていいかを考えているのだろう。


「彼に叱られない程度でいいよ、プライバシーだから」

 と言いながらも、私は身を乗り出す。

「ちょ、ちょっと落ち着いて! そんな大したことじゃないよ」

「でも聞きたい」


「あの日の帰り、外へ出てから、彼が私の手をとって自分の腕に絡ませてくれた」

「わぁ! ……って、いつも手を握ってるくらいなんだから、珍しくない」

「ううん、ああして腕を組ませて貰ったこと、まだ無かったから、嬉しかった」


「ウブなんだねぇ、この高校生め!」

 私が(はや)してやる。

「えへへ、でも、これが案外楽しいのよ。恋愛に年齢は関係ないの」

 彼女は恋愛の先輩だから有難く拝聴しておく。

「エレベーターの前で待ってるときに、前を向いたまま『今夜は、……』って、言ったときにエレベータが着いたから彼は黙ってしまったんよ」


「え? なになに? 気になるじゃない?」

 野次馬の私。

「私も、『なぁに?』と言って彼を見たけど、彼が前を向いたまま黙ってるから、私も黙って彼の腕をぎゅっと引き寄せた」

「わぁ~! 熱いなぁ! いいなぁ!」

 私は、それだけでドキドキする。


「『もう少し一緒にいたいのだけど、時間は大丈夫?』って聞かれたから、『うん! シンデレラタイムまで』って答えた」

「この前の私のセリフを聞いてたのね?」

 思わず笑ってしまった。

「それで、なんとなく市内をドライブしてたら岡山ドームの辺りにきたから中に入った」

「へぇ~。夜に入れるの?」

「駐車場というか道路だから、大丈夫みたいだったよ」

「それで?」


「広いところで、車が止まった」

「うんうん」

 私はまた身を乗り出した。

「彼が車から降りたから、私も車から降りて傍に行ったんよ。そしたら、彼が両手を広げて、おいでって言ったように思った」

「お~!」

 思わず興奮する私。――私が興奮してどうするのよ?


「思わず反射的に彼の胸に飛び込んでたんよ。……彼がぎゅ~って抱き締めてくれた」

「おお~! それ初めてのぎゅ~?」

「うん! 私、頭の中が真っ白になってしもた。嬉しくて、涙が出てきた」


「え~? それだけで、涙が出るものなの?」

「詩織さんのところで私が涙ぐんでいたのを、彼も分かってたみたいで、『今夜は、ぎゅ~っと抱きしめたいと思ってた』って」

「エレベータの前で、それを言おうとしてたの?」

「そうだったみたい」

 結心さんは、にこにこしながら話してくれた。

「よかったねぇ」

 私の過激発言が、結果的に二人の関係を前に進めたのね。

 じゃ、良かったんじゃない? と反省しない私。


「ぎゅ~っと抱きしめられて、彼の胸に顔を埋めて目を(つむ)っていたら、幸せで幸せで、もう何も考えられなかった。気が付いたら、脚の力も抜けてしまって、一人では立っていられなかったの。彼の背中に手を回して、私もぎゅ~って、抱きしめていたわ」

「…………」

 私は無言で目を瞑って、その場面を想像した。素敵! ――恋人っていいなぁ。

「…………」

 結心さんも、思い出したのか、頬を少し赤くして黙ってしまった。


「こら! 思い出に耽るな」

 結心さんの目を覚ます鬼の私。


「ああして抱きしめられていると、愛されているんだって実感が泉のように湧いてくるの。もう、あのときは、このままずっと抱きしめられていたいと思ったんよ。本当に、何も話をする必要がないし、安心感のような充実感に満たされて、何も考えられない。今のままでいいって。だから身体の力が全部抜けたようになってしまった」

「…………」

 私は何も言えない。だって、経験ないのだもの。

「幸せを感じるときって、これからもたくさんあると思うのだけど、あの時はあの幸せな瞬間がずっと続いてくれたら良かった。そして、今、思い出しても、幸せを感じているの。私は、大好きな人に愛されているんだって思えるの。あの日は、ああして抱きしめられて幸せを貰ったの」

 結心さんは、幸せオーラを出しっ放しだった。


 恋をするって、こういうことなんだと思い知らされた。私もこういう恋をしてみたい。

 今まで、男なんて興味ないって思ってたけれど、恋ってこんな幸せな気持ちになれるんだ。相手が既婚者だったとしても、幸せになれるんだ。

 それは、私が余分な望みを持ちさえしなければ、そしてそう思える男性に巡り合えたら、幸せが得られるのかも知れない。

 どうせ、結婚したとしても、いずれ愛は冷めていくかも知れないのだから、今得られる幸せがあるのなら手にすればいい。

 

「それから、……見つめ合って……キスしたの?」

 野暮な私は聞いた。

「ううん、そこまでで、お仕舞いよ」と結心さん。

「え~? それはないでしょ?」私が残念がる。

「あのねぇ、大人はガツガツしないの。ドキドキする楽しみを、当分楽しまなくっちゃね」

 結心さんがウインクした。


 この二人、思いのほか健全なお付き合いなのだ。私の想像のほうが、ちょっと危ないのかも知れない。

 

読んで頂きましてありがとうございます。


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