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恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第四章 想定外の行方
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第34話 天野さんの覚悟

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

「それでね、要らぬ世話なんだけど、貴方たち二人のことについて、天野さんに少し質問してもいい?」

 と私が話を変えた。

「いいよ。なんでも聞いて。結心さんが聞きにくいことも含めて」

 天野さんは真面目な顔で私の方を見て言った。結心さんも真剣な眼差しで私と天野さんを交互に見ていた。


「この話は結心さんにも相談してない。私の独断での質問なの。一応、二人を紹介したのは私ということになるから、責任上ということで」

「もちろん、分かっている。この際、結心さんからも遠慮しないで聞いて欲しい」

 天野さんは堂々と答えた。

「結心さんからは、『恋人』という関係になったと聞いたのよね。天野さんとしては、どういうつもりなのかと聞いておきたい」

 

 天野さんは、慎重に説明を始めた。

「まず、『恋人』という言葉の意味だけど、友達以上の恋愛関係を求めていると思ってくれていい。現在はまだ友達レベルなので、これからの話」

「うん」


「詩織さんが心配しているのは、僕の家庭との兼ね合いだと解釈していいかな?」

 天野さんはズバリと核心に入ってきた。

「そうなの! 貴方たちが手を繋いだとかそういうことを聞きたいわけじゃないの。そりゃ、興味はあるけどね」

 私はにこやかに応じた。


「僕には、小学生の子供が3人いる。子供たちには絶対的な責任がある。少なくとも大学を卒業するまでは保護しないといけない。主に金銭面でだよね。精神的な部分ももちろん含まれる」

「それは当然だと思うよ」

 と私。――結心さんは何も言わない。黙って聞いている。


「究極の選択肢として考えられるのは、現在の環境を精算するのかどうか。つまり、離婚するかしないかという点。結論を言えば、離婚はしない。妻に対する責任もあるが、子供たちのことを考えての僕のポリシーだ。その理由は後で説明する。そうすると、僕には恋人を作る資格がないことは明白だよね?」

 と天野さんは言う。じゃどうして? と思ったが、黙って聞いた。

「…………」

「僕は結婚してから一度も不倫をしたことはない。まあ、色々な女の子と食事くらいはしたよ。だって、詩織さんの家にも先日来こうして来てるからね。何もなかったでしょ? 僕は、人畜無害というキャラなのよ」

 

 確かに天野さんは私や姉のところに来ても、変な素振りは何もなかった。それは信用しよう。


「結婚前も、会社の子とか友達の友達とか、同じように自由にしてたけど節度は守ってきた。結婚前は、そりゃ恋愛もしたよ。その時はそれなりのお付き合いをしたけれど、そこは責めないでね。聖人君子じゃないからね」

 天野さんの懺悔が始まった。

「そこは、今は関係ないから、聞かない」


「そういった流れの中で僕はお見合い結婚を選んだ。恋愛した過去の子たちへの僕なりの贖罪(しょくざい)というか誠意の積もりなんだよね、理解しにくいかも知れないけど。お見合いして数回目のデートで、『僕は、ひょっとすると浮気するかも知れないから、嫌なら結婚は断ってね』と言ったのよ」

「え~っ? それって、ずるいんじゃない?」

 私は思わず大きな声で問い詰めた。

「ずるい? お見合いで、まだ手も出してない段階だよ? こういう人間だと正直に話したら、なぜずるい?」

 天野さんが反論する。

「……そう言われるとそうなるのか」

 私は声が小さくなる。


「あのね、人間が一生1人の人を愛し続けるなんて殆ど無理な話だと思うよ。心がいつ変化するかは分からない。それを、一生愛し続けますなんて宣言するのは、欺瞞(ぎまん)だと思う。まあ、正直に言うのも何だかねぇ、とは思うけど」

「じゃあ宣言したから浮気してもいいという理屈なの?」

 私は詰め寄る。

「言ったから可能だという積もりはない。ただね、誤解しないで欲しいのだけど、それを理解してくれる人と結婚しようとした」

「それで奥様は、それを理解してくれた人なの?」

 私は半信半疑で聞いた。


「そうだねぇ。少なくとも理解してくれたと思った。『動物としての雄なら、そういう行動は想像できる。人間が、理性でそれをどれだけ制御できるかだから。大切なことは、家庭を壊さないで大事にしてくれること。ただし、堂々と浮気宣言はして欲しくない。私に分からなかったら、浮気したことにはならないと思うことにする』と言ってくれたのよ。それで、『浮気しても家庭は守る。そのための離婚もしないと約束する。それで良ければ、前向きに結婚の話を進めていいよ』となったわけ。そして、僕は自由を獲得した」

 天野さんの衝撃発言。

「すごい奥様だね! 豪傑というか、そんな考えを持てるなんて」

 私は、信じられなかった。


「豪傑でもなんでもないよ。ただ、見合い結婚だから、そんなに感情的になってなかったと思うんだよね。結婚することに目的があったわけだから。結婚後も、そこの部分はぶれてない」

 と天野さん。

「そんな話は聞いたことない。本当に本当?」

 私は疑念が消えない。

「直接聞いてみてくれてもいいよ。ただねぇ、突然聞かれると、貴方がその相手なんですか? と藪蛇(やぶへび)になるのは困る」


「じゃあ、結局、確認できないじゃない。つまり、ばれなかったらいいということになってるから大丈夫だという主張なのね?」

 私が天野さんの主張を(まと)めた。

「まあ、ずるい表現だけどね。そこの部分はそうとしか言いようがない。ただね、浮気の事実を教えないのも礼儀なんだと思ってる」


「結心さんは信じるの?」

「信じるよ。というよりも、どちらにせよ、私にとっては変わらないから」


「う~ん、そこは取り敢えず置いといて、もう1つ質問ね」

 と審判役の私。


「仮定の話だけど、交際が発展して、もし子供ができたときはどうするの?」

 聞きにくいことをズバリと聞いた。

 結心さんが驚いて、口を挟んだ。

「詩織さん、そこまでの質問はちょっと……」

「……いいよ、答えるよ」

 天野さんが言った。


「それは、堕胎手術とかで体を傷つける可能性とか、胎児の命の大切さとかを指しているんだよね? 結心さんのことを心配してくれているんだよね? ただ、この質問にそのまま回答することは、詩織さんが僕たち二人の関係をそこまで進むと決定づけることになるんだよ。それが分かった上で聞いているんだよね?」

 天野さんが反論してくる。

「確かに、私が踏み込むことじゃないかも知れないけど……」

 私は冷や汗が出てきた。流石に、天野さんと議論するのは厳しい。


「僕と結心さんの間では、そこまでの関係に進むかどうかは話し合ってないんだよね。今の時点では『心の恋愛』という観点で話をしているつもり」

「ごめんなさい」

 私は素直に謝った。

「ただね、心配してくれていることは分かるので、1つだけ約束する。堕胎手術をすることにはならないと約束する。これでいい?」

「うん、ありがとう」

 私は、もうこれ以上質問するのは止めた。


「何度も言うけど、僕は浮気をしたことがない。でも、結心さんと出会って、心がそういうポーターラインを越えてしまった。家庭を捨てるような無責任なことはできない。でも、結心さんは欲しい。葛藤の末の覚悟なんて何もない。僕は2つを追い求める自分勝手な男だと判っている。だけど、そんな中でも、結心さんのことは大切にしたい。僕ができることはそれしかない」

 天野さんが絞り出すように言った。


 結心さんを見ると、目に涙を浮かべていた。――私は、この話に深く入り込み過ぎたのだ。



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