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恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第二章 予測と対策
19/50

第19話 まずは分析から

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

 食後、例によって、結心さんはお菓子の袋を抱えてソファに座る。本来なら、天野さんと結心さんが並んで座り、相談する私が対面に座るべきなのだが、まあ今回は私と結心さんが並んで座るよね。――と思ったら、結心さんは、自然な形で天野さんの隣に座ってしまった。


 あ、それでいいの? と思ったけど、結心さんが勝手に座ったのだからいいことにしとこう。


「木曜日の午後、学生たちが研究室で作業している時間帯に、例の近藤先生が資料を抱えて相談にきたのよね」

 そして、学生たちの衆目の中で、食物アレルギーとアトピーについて、教えて欲しいと言ったの。この問題は、生死にも関わる大事な問題でもあるし、管理栄養士を目指す学生たちにとっても避けて通れない大切なテーマの1つだから、つい『何を調べているのですか?』と言ってしまったわけ。生徒たちも聞き耳を立てているし、知らん顔もできなかったし。


 それで結果として、大量の資料を預かることになったのだけど、その場で「学生たちに読ませていい」と了解をもらったので、私が単独で対応することにはならないと思う。これは、うまく対処できたと思っているのよね。学生たちも喜んで引き受けた。

 近藤先生が帰ったあと、彼女たちに聞いたら、そのテーマのこともあるけど、あの先生の人気が思ったより高いことが分かったのは意外だった。


 今後は、学生たちが資料を読んで要点を私に説明してくれることになっているし、学生たちも進んで調べる気持ちになっているようだから、私が深く関わることにはならないと思う。


「というわけだから、今回の近藤先生の行動の意図を分析して、今後私はどういう対応をすればいいのかを教えて欲しい」と正直に言った。

 この件に関しては、私は思考力がなくなっているのではないかと思う。こんなはずじゃないと思うのに、頭が働かない。暗示にかけられているような気分だ。PTSDになっているのではないかと不安になってくる。


 分析となると、天野さんの出番だ。結心さんは、お手並み拝見とばかり、お菓子をポリポリ食べながら天野さんを見ている。

「その資料は、本来、近藤先生の専門分野とは離れているというかあまり関係ないものなんだよね?」

「う~ん、まあ、全く関係ないとは言い切れないけど、あの先生の専門分野じゃない」と私。


「自分の専門分野だったら相談に来ないもんね。そうすると、単純に言えば、きっかけ作りに利用したと判断してもいいのじゃないかな。わざわざ時間を掛けて資料を整理したのだろうから、俺はこれくらいできるんだぞというアピールの意図もあるだろうし、自分の技量というか能力の誇示もあるかも知れない」

「うん、そんな感じがする」

「だけど、本来の目的は、それだけじゃないと思うなぁ」

 と天野さんは不気味なことを言う。


「まだ、伏線があるの?」

「学生というか院生?」

 天野さんが言葉を切る。

「私じゃなくて院生が目的ということ?」

「いやいや、そうじゃなくて、最終目標は詩織さんだろうけどね」

「私を最終目標にしないで欲しいわよねぇ」

 と思わず呟いた。


「『将を射んとする者はまず馬を射よ』ということ」と天野さんは諺を引用して説明する。

「ちょっとイメージは違うのだけど、まずは院生たちと仲良くなることが目的。その結果、詩織さんの研究室に出入りがし易くなるし、詩織さんの情報も手に入る」

「確かに」

「つまり、院生が《馬》。そうすると《将》は詩織さん――えーい、いちいち『さん』は面倒だから、適当に呼び捨てにするよ?」

「うん、許す」

 と相変わらず、こういうケースでは上から目線の癖がついてる私。


「偉そうに言うな。……本丸の《将》である詩織と話す機会が増えるようにすることが、今回の本来の目的。これは、僕が前にアプローチの類型をあげた中の『勉強会』の系統に分類されると思う。更に付け加えると、女の子を口説くときは、目的の子ではなくその周りにいる子と仲良くなる、というのがセオリーなのよね」

「なるほど」と私が何気なく頷くと、

「そんなものにまで、セオリーなんてあるの?」

 と結心さんが口を挟んできた。

「あるよ、多分昔から男たちの間で言い伝えられてきた伝統的とも言えるパータン」

「え~? 何、それ。そんなものが伝統的に伝えられるって、男の世界は怖いわ」

「ま、言い伝えられなくても、さっきの諺があるくらいだから誰でも考え付くでしょ」

「気をつけなくっちゃ」と私と結心さんが口を揃えて言った。

「話を戻すよ」と天野さんが脱線から本線に戻す。


「つまり、院生たちの興味がありそうな研究分野を取り上げて、わざわざ院生たちがいる時間帯にやってきた。そして、詩織先生に相談する振りをして、実は院生たちを取り込むことに成功した。これで、院生たちと勉強しながら、詩織先生のアドバイスを受けるという形で接触の回数を増やすことができる、というわけだ」

「推理小説の解析みたいねぇ」と私。

 結心さんは、にこにこしながらお菓子をポリポリ食べて、私たちの会話を聞いている。

「そして、その接触の中で、自分の優秀なところとか得意分野をアピールしていく」

 と天野さんの分析と説明が続く。


「……そこまで考えているのか……」

「そう判断する根拠は、今回は院生たちがいる時間帯を狙ったということ。そして、詩織の専門分野のテーマで教えを請う」

「……すごく回りくどいやり方……」


「いや、失敗しないで着実に歩を進める王道とも言える方法だと思うよ。囲碁や将棋で数手先を読むのと同じこと。彼の目標がどこにあるのかは分からないけど、最終目標に辿り着くまでの、初期段階の一歩だと思う。これで、当分は出入りする理由ができたし、院生たちと仲良くなれば一緒にお茶したりして、詩織先生と仲良くできるようになれる。所期の目標は達成間近だね」

「それに対して、私のとった対応は、間違ってないよね?」

「そうするしかなかっただろうね」

 と天野さんは苦笑い。

「……じわじわと攻め寄られてるような気がするわ」

 私は、また不安な気持ちになってきた。


「ここまでで、結心(ゆい)お嬢様からのお言葉はありませんでしょうか?」

 天野さんが、静かに聞いていた結心さんに話を振った。

「うむ、ご苦労。特にない」

 と結心さんは低く答えた。何それ? さっきのやり取りが続いてるの?

「ははーっ! って、なんでや! 寝てたん?」

 と天野さんが突っ込む。

「いや、きっかけ作りだとはすぐ思い付いたけど、その真の目的が隠れているのが分かると、少し怖い気がする。詩織さんの気持ちが分かるかも」

「まあ、あくまで僕の推測だからねぇ」


「でも、理由を聞いたら、確かにそれしかないと思える」

 と結心さんが話し始め、お菓子を食べる手が止まった。

「仮にそうだとしても、問題は、悪意があるかどうかなのよね。つまり、相手の人柄が大切」

 天野さんが暗に私へ質問した。

「そうだよねぇ。詩織さんは、その先生の人柄についてはどんな風に思ってるの?」

 と結心さんも私に聞く。確かに、二人は会ってないものね。

「分からない。院生たちの人気はいいけど、学生たちの評価はあてならないし」と、私。


 なんだか、じわじわと侵食されてくるような不安感がある。どうしたらいいの?

 


読んで頂きましてありがとうございます。


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