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恋なんて知らなかった 【前編】  作者: 湯川 柴葉
第一章 ある日突然
10/50

第10話 火曜日~金曜日

毎日2話投稿予定(午前3時と午後3時に1話ずつ)

 昨夜帰宅途中、パン屋の結心(ゆい)さんに、金曜日の事件を話したことで、頭の中を整理できたような気がする。

 もう気負うこともなく、本当に自然体で過ごせていると自信が持てた。もう、仕返しとかすら何も考えなくていい。

 別に大きな被害があったわけじゃない。私の小さな乙女の胸がパクパクしただけだ。その程度の被害だもの、大げさにすることもない。


 何だか知らないけど、結心さんと話していたときは彼女が興味本位で面白がってたから、「どうどう!」と暴れ馬を宥めていたら、逆にこちらが冷静になってしまったような気がする。天野さんの冷静な分析力と助言で、全体像が浮かび上がって正しい判断ができるようになった。そして、結心さんと話したことで心が落ち着いてきた。


 今まで、こんなに心臓がパクパクするような事件はなかったから気が付かなかったけど、この二人は大切にしなくっちゃと改めて思った。


 天野さんと結心さんを一緒にして同時に相談したら、どんなことになるんだろう? ちょっと面白いかも知れない。天野さんは妻帯者のおじさんだから、結心さんは興味ないだろうけど関係ない。別に二人を紹介するのが目的じゃなくて、同時に相談したら一度で済むというだけの話だもの。同時に話すと、新しい観点からの意見が聞かれるかも知れない。


 もう近藤先生に会って、どうこうするとか考えなくてもいい。結局は、天野さんの言った『完全無視』という結論でよかったのだ。天野さんて、ここまで見通した上で、あのシンプルな完全無視という言葉に纏めたのだろうか? いやいや、私の心の変化とか、結心さんと話すことなんて想像できていた筈がない。この流れは私が動いた結果なのだ。


 私が動いた結果、何が変わったのだろう?


 ……そうか! 変わったのは私の心だけで、それ以外は変わってないのだ。


 私が勝手にどきどきして緊張していただけなのよね。それで、仕返しとかを考えたり、結心さんと話をして落ち着いたりしたけれど、全ては私の一人芝居みたいなものだったのだ。


 つまり、私の心が落ち着いたから、天野さんの言葉がストンと心に入ってきて、『完全無視』という言葉に凄いと思ってしまったのね。天野さんが言った『余裕』という言葉も、やっと理解できた。禅問答みたいな話だったのよ、天野さんの言葉は。


 ――私の心のことだったのね。だから、天野さんは『余裕』と言ったのだ。


 そんなことを考えながら、自分の研究室に着いた。いつもの穏やかな日常が戻ってきていた。

 さあ、仕事に集中するぞ!


 夕方、学科内の会議があったけど、あの先生は来てなかったし、どきどきもしなかったし、いつもと同じ学内だ。

 その後も、金曜日の夕方までは、取り立てて記録すべきことは何も起こらなかった。


 金曜日の夕方、また、近藤先生がノックしてやってきた。別に打ち合わせることないはずだけど?

 一瞬焦ったけど、《完全無視》を思い浮かべて、心が落ち着いた。ここを乗り切れば、いいのだから。


「お邪魔します。ちょっといいですか?」

 と近藤先生。ちょっと、(うつむ)き気味な姿勢だった。

「はい、ちょっとなら大丈夫です。これから帰るところなので。……何か?」

 と、私はにこやかだけど声は冷たいかも。先週の事件なんか知らない振りでいい。

「音楽会の明日のチケットを貰ったのですけど、先生行かれませんか? あ、私は行けないので、どなたかにと」

「ちょっと予定が入っているので、私も行けないですね、ありがとうございます」

「じゃ、違う人に声掛けてみますね。お邪魔しました」

「はーい、失礼します」


 用事もないのに、無理やり要件を作ってきたのがばればれですね。予定どおり、完全無視で自然にできたぞ。これで先週の事件はクリア! でも、自分は行けないと言いながらチケットを持ってきたのは、やはり、断られる前提で来たわけよね。一緒に行こうって言うとデートの誘いみたいなものだから、まず受け取ってもらえる確率は低いと思うのが普通。だから自分は行かないと予防線を張った。それでも私が受け取れば、次の機会が作れるという魂胆なのかも。


 でも、本題は、先週の金曜日の効果を調べるためよね? 私の態度は、何も変わってなかったから、先週のは聞こえてなかったと思ったかなぁ。また、何かしてくるのかなぁ? 面倒だなぁ。男らしくストレートに申し込んで、玉砕すれば見直してあげるのに。


 あ、見直すって言っても見直すだけですよ。間違っても、交際してあげるとか、そういう意味じゃない。――これ、私の声を書いているのだから、別に言い訳する必要もないのに、つい書いてしまった。私って小心者なのかしら?


 今日は帰りに結心ゆいさんのところに寄って、報告をしてあげるかな?



「え? また来たの?」

 と結心さんは、うきうきしている。

「貴方が喜ぶ話じゃないでしょうに……」

「あはは、だってぇ、小説より奇なりじゃからなぁ、ふふ」


 今日の話を説明すると、結心さんはがっかりしたというより、裏を読もうとする。

「用事を作るというのも大変なんじゃなぁ。でも、自分は行けないって言いながら持ってくるのは、自己保身の塊じゃろ? ずるい人っぽい?」

 結心さんも、やっぱりそう思うよなぁ。彼女の追撃は続く。

「そうかと言って、ストレートには申し込めないよね? 妻帯者なんだから、デートには誘いにくい」


 デートに誘えないのに近寄ってくる? 目的は何? 考えてみたら危ない感じかも。

「でも、ストーカーみたいになったら怖いよねぇ」

 と私は本音で気持ち悪いと思った。

「私としては、会ったことない人の想像はできないから、何とも言えないわ」

「そうよねぇ。見た目は真面目そうなんだけどね」


「あ! こういう方法はどう? 彼氏がいるんだって、さりげなく教えてあげる」

 と、結心さんがナイスアイディアを出した。

「なるほど! 別に誤解されて男が近寄ってこなくなっても困らないよね?」

 ポンと膝を打つ私。

「そうそう! どうせ男寄ってきてないし被害ない」と結心さん。


「それ言い方悪くない? まるで、モテない私たちみたいじゃん」と私。

「あはは、確かに! じゃ言い方変えよう! 寄ってくる男が減ったら助かる」

「あなた、嘘よくないあるよ」

 私たち、漫才やってる場合じゃないわ。


「口で言うのは無理よ? だって、相手は申し込みをしてきてないのだから」

 と私が言うと、結心さんもハタと気が付いた。

「そうよねぇ。なんか難しい相手じゃなぁ。ある意味手強い」


 彼氏がいる作戦は、いいアイデアだと思ったのだけどなぁ。口説かれてもいないのに、自分から言うなんて無理があるのは分かるけど、何とかならないかなぁ? 彼氏がいるとなれば、普通は諦めて寄ってこなくなるはずだから、一挙に解決できる。


 う~ん、これはやはり天野さんの出番よね。『完全無視』の対応は成功したのだから、次の一手を伝授してもらおう。

 

読んで頂きましてありがとうございます。


もし宜しければ、「いいね」「★マーク」をして頂けると、嬉しいです。

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