差別と男尊と権威の開始・定住農業・直系家族・日本
農耕の始まりにより人類のステージは一段上がる。
それまでの採取狩猟生活以上の人口を養える収穫物が得られた。
一部に採取狩猟生活の方がリッチという意見がある。
だが現実の歴史で人間の爆発的進歩が始まるのは農耕牧畜生活からとなる。
ただし農耕開始初期は狩猟採集生活とほとんど変わらない暮らしだった。
理由は粗放農業=焼畑に頼っていたからだ。
焼畑は新地の方が収穫が良いため、年毎の移住が必要だった。
しかしついに人類は定住農業を手に入れる段階にくる。
その最初はシュメールとなり10000年前に人類史上最初に定住農法を確立した。
それから2000年ほど降った後、中国でも同様に定住農法が確立されたようだ。
定住農法が確立されても、しばらくは家族システムは変わらなかった。
人口が過小なうちは、土地はいくらでもあったためだ。
兄弟姉妹からなる集落と複数集落をつなぐ親族バンドもそのままだった。
生まれた子供は親族バンド内から相方をもらい、近くの空き地に移り開墾する。
しかしこのサイクルが延々と続いた結果、ついに開墾地が尽きてしまった。
新たな子供が、家族を作り養う原資となる開墾すべき土地が尽きた。
これはこの後頻発する「新しい問題」、もしくは「新展開」といえた。
「新展開」の辛いところは、ない袖は振れないことだ。
開墾可能な土地が新たに湧いてくることはない。
ただ「新展開」は現在あるものを別のものに変えた。
現在ある両親の持つ土地が、「高価値」なものに変わったのだ。
「新展開」以前、両親の持つ財産や相続はほとんど軽視された。
採集狩猟生活では、財産といっても石の斧がせいぜいだった。
定住農業が始まってもそれはほとんど変わらなかった。
子供達は年順に家を出ていき、末子が両親の財産(土地)を引き継ぐ。
しかしそれは同時に年老いた両親の世話の代償であり、優遇ではなかった。
だが人口の集中で土地が希少になり、ここに意味のある「財産」ができた。
すると両親が所有する土地を誰が受け継ぐか、という問題が発生する。
この際、全世界的に見て75%が長男を優遇する。
世界最初の法典、ハンムラビ法典には、長男は他の者の2倍の相続が定められた。
そして両親の現住所を受け継ぐため、長男は結婚後も両親と同居する事となる。
ここに祖父母、長男と妻、そしてその子供が1つの家に住む家族形態が生まれる。
すなわち別世代2カップルとその子供という3世代同居の「直系家族」が誕生した。
家族型には其々特色があり、時代の状況によりそれは長所・短所に変わる。
直系家族は保存、という意味で非常に良い機能を持っていた。
両親の土地を次世代に受け継ぐという目的性が影響したのかもしれない。
直系家族を有していた日独で職人というステータスを重視するのもこのためである。
なにより直系家族の最大の発明は記録・保存の究極系、文字である。
直系家族出現直後のシュメールと古代中国にて、楔形文字と漢字が現れた。
また直系家族システムは、特定の子供を優遇するという意味で差別的だった。
これにより人は生まれた時から平等ではない、という価値観が根付いた。
天国や地獄、最初から救われないものを定める強力な宗教もここから生まれる。
そして結婚後も子供が親の元に残ることから、両親とくに父親は権威的になる。
またもう一つ見逃せないのが女性の地位が落ちることだ。
上限75%が後継者に長「男」を選ぶ以上、女性の地位は確実に落ちる。
ただしこれは父系レベル1というもっとも軽いレベルの女性レベルの低下である。
というのは、長男は優遇されるものの、それ以外はその他とされるからだ。
つまり次男と姉妹は同率として取り扱われる。
また直系家族は長男を優遇するが、次に優遇するのは長子となる。
ようは最初に生まれたのであれば長女が優遇される場合もあるのだ。
もっとも身近な例、直系家族をとった日本にはそれが色濃く出ている。
特に日本で多いのが養子で、これは長女への入り婿の場合が多く長子相続に近い。
日本の長男への相続率は75%を超えなかった。
日本は、家族システムでまとめれば二番目に新しい場所と言える。
というのも日本の開始は1700年程度しか遡れない。
文明の端緒と言える農耕、文字、冶金も全て外から伝播したものだった。
トッド先生は、日本の直系家族の始まりを鎌倉時代ではないかと提示している。
すなわち関東に武士が充満して土地が足りなくなり、分配のために定められたと。
確かにそれ以前の日本は大陸より様々なものが入るが苛烈にはならなかった。
日本で出た苛烈な宗教は1200年頃の日蓮を待たねばならない。
さらに江戸時代までの日本の相続は長男を志向するものの絶対ではない。
つまり日本の直系家族システムの完成は1868年以降の明治の各種法文までかかる。
そして直系家族が成立したその時、大日本帝国が誕生したのだ。
しかもこの法文は100年持たずに戦争と共に崩壊した。
だがその記憶は未だ鮮やかに日本人の心にある。
日本はアジアの長兄を目指す立場から、兄であるアメリカを支える弟にクラスチェンジしたにすぎない。
差別的であることを受容する日本は、アメリカの弟であることに満足できる。
また現代日本の生きづらさの過半は直系家族の記憶からきている。
直系家族とは強力な家族でありそのバックアップを受ける構成員もまた強い。
「日本は福祉国家ではない」と言った財界人は長男で実家は造り酒屋という。
強力な直系家族のバックアップがあれば福祉はいらない。
しかし現実の日本では直系家族はほとんど滅んでいる。
日本の平均世帯構成員数はアベノマスクが各家庭2枚配布だったように2である。
三世帯同居家族は、もう探してもなかなか見つからない。
現代は、のちの章で見るいくつかの事象により核家族型以外を滅する。
だが千数百年の時をかけてマリネされた家族システムの記憶は強固である。
直系家族気質のある「社会」は既に亡き家族を見てしまう。
生活保護の申請の際の決まり文句は「支援してくれる親族はいませんか」となる。
近代とは親族網・親族バンドを破壊し、忠誠心をさらなる上部(政府)に移す事でもある。
だが日本では政府と行政の目が幻想の直系家族に曇っている。
既に死に絶えた幻想の直系家族が、あるものとして国家運営がされている。
ために本来提供されるべき支援がなされない。
故に出生率が1.3という低位傾向が、元直系家族の国家で共通してある。
元直系家族国家の低出生率が最も甚だしい韓国の学者が、この減少を端的に言い表した。
すなわち「圧縮された近代」と。
つまりは生活水準を維持するために子供の数を減らしているということだ。
ゆえに少子化は、想像以上に重い問題となる。
逆に少子化を解消した国は、見た目とは裏腹に、内側は非常に強固とみてよい。
ただ救いもあって、日本を含めた少子化に苦しむ国々は真因に気づいていない。
少子化の真因、直系家族への幻想を捨て若年世代に福祉を与えれば解決可能だ。
日本の問題はあまりに老いすぎていて、価値観の転換がほとんど困難な点であるが。
ちなみに未分化核家族から直系家族への移行には5000年かかると想定される。
それは農耕地に転向可能な平原が尽きる時間とも言える。
シュメールの楔形文字は紀元前3400年程度前に発見されている。
紀元後の2000年を足せば5400年前となる。
10000万年前農耕開始とすれば数字は合うとなる。
だが文字の発明は、構成員全員が直系家族になってから生じるわけではない。
おそらく構成員の2、3割が直系家族になった段階で生じると想定される。
ただしこのあたりはほとんど資料が残っておらず当て推量にすぎないが。
またこの5000年は、すべてを自分たちでやる場合となる。
日本は農耕、冶金、文字を自ら発明する必要がなく、外部からの技術移転に頼れたため、ショートカットできた。