識字化・宗教の台頭と落下危機・類い稀なる直系家族・ドイツ
割と知られた話だがその昔、英仏独は未分化だった。
今回見るドイツも、フランスと同一の祖を持つ。
英独の事初めは5世紀にでるフランク王国であり、平等相続の原則を取った。
西仏独伊に跨る大帝国をモンゴル人のように惜しげもなく分割相続した。
ためにこの5世紀の時点で仏独エリアは未分化核家族形態をとると思われる。
その後9世紀頃のフランク王国の終わりに貴族たちに長男の全相続が根付く。
この後かなり時間をかけて、この地域では直系家族が広範に根付く。
スペイン北東部、フランス南西部、ドイツ、スイス、オーストリア、イタリア北部若干チェコスロバキア、スウェーデン、ノルウェー、スコットランド、アイルランド、北アイルランド、左記の地域で直系家族が完全優勢か、過半を占めていた。
これは貴族の習慣が民衆に伝播して定着したものである。
日本が12世紀の鎌倉幕府の関東武家貴族から直系家族を開始したのと近似する。
注目すべきは、欧州の直系家族の歴史は日本のものよりも長いことだ。
ここから始まるトッド先生のドイツ史の説明はあまりに鮮やかすぎる。
どこか読み間違いがあるのではないかと思われるが、メモのためそのまま記す。
フランク王国は初期からキリスト教を受け入れていたが、完全に根付いてはいない。
そのため教会は13世紀の初めまでイトコ婚禁止を通達し続けたという。
逆を返せば13世紀以降はこの地域からイトコ婚がなくなったとも言える。
次なる跳躍は2世紀後の15世紀にあった活版印刷技術の発明と宗教改革になる。
活版印刷技術は、ドイツで発明されたがこれは識字率向上に革命的効果を出す。
それまでの人類史上もっとも識字化されたのはローマ帝国だった。
だがそれでも成年男子の30%が識字化されたにすぎなかった。
それが17世紀のスウェーデンにおいて男子50%、女子30%の識字化を実現した。
人類に対するドイツ最大の貢献はこの活版印刷となる。
これがなければ欧州が識字化されることもなく、世界が識字化されることもなかった。
スウェーデンはもっとも進んだ地域だが、その他の地域もすぐにそれに続いていく。
ここで効力を発揮したのが同時期に生じた宗教改革プロテスタントだった。
プロテスタントは聖書を読むのを推奨しており、発祥のドイツで識字化が爆速した。
この識字化とそれに伴うプロテスタントの浸透で、太古から続く親族網バンドの完全破壊が完了したという。
それまで細々と続いた親族バンドは、識字化により教会への登録へ置換された。
教会の台帳に生誕が記録され、婚姻でその台帳に署名し、死没で記述が終わる。
人々は親族バンドでなく、宗教により一括管理されるようになった。
ここに太古よりの親族バンドは消え、新たなバンド・宗教が凶暴性を出す。
欧州での魔女狩りは、16世紀のドイツのプロテスタント地域で生じた。
プロテスタントは、世間の相場と違いカトリックよりえぐい部分がある。
というのは17−18世紀、プロテスタント諸国の徴兵率がそれ以外を超越する。
17、18世紀の英仏徴兵率は、0.3−1.5%であるという。
同時期のプロイセン・スウェーデンは7.7%に達するという。
同時期にイギリスは米独立戦争を闘ったが、主力はヘッセンの傭兵であったという。
実はこの時期のドイツは、識字率が向上していたが類例のない事態があった。
識字率は男女間で差があるものの30、40%の差が普通である。
2000年中国であった国勢調査でも、65歳以上の男女の識字率差は36%差だった。
しかし18世紀の一時期のドイツで男性80%、女性20%だったという。
男女比60%差というのはほかに類例がない格差と言われる。
この時期のドイツの女性の地位は日本史上のどの時代よりも低い可能性がある。
識字化は人々をより網羅的に強力に管理できるようになることかもしれない。
そして一時期ではあるが、その地域が秘めていた特性を、より露骨に表すのかも。
識字化が直系家族成立を支援したともいえ、その完成は17世紀頃と思われる。
また欧州の識字化は聖書の活版印刷による大量配布、聖書の読書から始まる。
つまり識字化という進歩、と宗教化という退歩の同衾となり事態はカオスになる。
まずいい面からいうと暴力性が減退した、具体的には他殺率が一気に落ちた。
悪い面でいえば自殺率も急上昇した。
初婚年齢もぐっと上がり、18世紀に信じがたいが男性28、女性26まで上がった。
さらに信じがたいことであるが、この時代に生涯未婚率が23%にまで上昇した。
これは生殖を基盤とする親族バンドの完全破壊を意味する。
凄まじき変容が示すのは、それまでの縁・親族バンド喪失の代償行為である。
それまでの人類は親族網バンドにのみ頼って生きてきたが、それが絶たれる。
絶たれた代償として出現した宗教に過剰な思い入れを起こすのは当然だろう。
統一教会風であるが、宗教にどハマりし、親族を失い、宗教しか縁がなくなりさらにどハマりするというスパイラル状態に陥った訳だ。
だが識字化は、権力側の意のままにならない「考える大衆」を作り出す。
そして多数の考える人々に天才が支えられる時期でもある。
この頃の名言を見ると過去のそれとは異質なものが多くなる。
「我思う故に我あり」という言葉が、17世紀の初めにあったのは伊達ではない。
「人間は考える葦である」という言葉もまた17世紀にあった。
ただ17世紀は識字化の初歩段階で合理性を支えるほどの多数の人はいなかった。
17世紀のガリレオは「それでも地球は回っている」と言いつつ退場した。
だが17世紀、識字率の向上により、人類の飛翔の準備は整った。
ニュートンをはじめとする科学、そして近代に通じる人文学が欧州で解き放たれる。
それは17世紀、そして18世紀のことなのだ。
ガリレオの時は恐喝して止められた宗教も、科学の進歩の前には手も脚も出ない。
誰しもの動揺へ、とどめの一発を打ち込んだのはダーウィンだった。
1859年、「種の起源」が発表され、欧州における宗教は破滅の扉を開けられた。
合理性と、それを理解する識字化された民衆にとって、種の起源は圧倒的だった。
進化論は、アダムとイブ程度の解釈しか取れない宗教を一気に陳腐化した。
これは人々が無知蒙昧な宗教から科学へ目覚めたと一面は言える。
しかしこれは究極の危機、信じる信仰心の喪失という不安定化を孕んでいた。
つまり宗教が論破されたが、それは親族バンドの代替である宗教バンドが危うくなる事でもある。
この危機の年代は特定されており1870−1930年代となる。
この期間に欧州プロテスタントの牧師採用数が激減したのだ。
欧州人は親族バンドを捨て宗教バンドを縁に暮らしていた。
なのに宗教はおおかた嘘でしたと分かれば当然狼狽・焦燥する。
宗教を失い動揺する欧州各地で、信仰心の代替物・イデオローグが出現した。
それは宗教を撃滅した化学に似ているようで、それでいてもっと古いものだった。
ようはイデオローグとは、地場の家族システムを疑似科学で味付けしたものだった。
めぼしいもので言えばファシズム、ナチズム、コミュニズムがそれに該当する。
それらは地場にあった直系家族や共同体家族が惹かれやすい形態を、科学的っぽい言葉で装飾した体制で、つまりは詐欺に近いものとも言える。
だが危機にあり、宗教を失った人々は焦ってそれらに縋りついた。
そして親族バンドを捨てた際、宗教バンドを過大視した行動を繰り返す。
イデオローグを神聖視し、勝利か死か、の宗教的熱狂で行動するのだ。
つまり両世界大戦とは、宗教が壊れて狼狽し、新たな救いを希求する人々の暴走だった。
ドイツについては両世界大戦後も特筆すべき点が多々ある。
史上最強ともいえる直系家族国家の名に恥じず、ドイツはすぐに復興する。
そして近年はEUと通貨統一で瞬く間に欧州全土を経済的隷下に収める。
この類まれなる直系家族国家の面白いところは、まだ帝国を諦めていない点だ。
ドイツは、いまだにアメリカを凌駕するか、欧州から排除することを諦めていない。
ウクライナ危機前のドイツの行動は、中露と密接に関与することだった。
あの凄まじい敗戦を超えてなお絶対的地位を目指す姿勢がドイツにはある。
ただし直系家族国家の常としてドイツも人口減に悩んでいる。
出生率は1.3に満たず、本来であれば警戒不要な死滅国家である。
しかしドイツは人口減を、大量移民でカバーするという策を本気で打つ。
移民は、個々人の意思の発露であるため止めにくいが、発出国には危機である。
例えば中国から自由を求める人々が多数流出している。
ただそれは中国で自由を求める人々が減ることでもあり、中国の自由を狭める。
また国家を背負うべき高度な人材から流出すれば、発展途上国は停滞する。
それでも欧州外から獲得するのであればと放置されていたが、近年変化が起こる。
ドイツはスペインやイタリア等の欧州諸国民の積極受け入れを始めた。
ドイツは現在、文字通りのプレデター(捕食者)となっている。
問題は、ドイツシステムはドイツの延命には成功するだろうが、地域を破滅させる。
そして地域=欧州が破滅すれば結局はそこに立つドイツも悪化することだ。
ドイツシステムは根本の解決には向かない。
同じ直系家族を取る日独の移民に対する姿勢の違いは外婚制の有無にある。
日本はイトコ婚を認めているが、中東で見た通り内婚は内に閉じこもる傾向がある。
対するドイツは厳格な外婚制を取る。
このため捕食するがごとくの移民の獲得に積極的になれる。
ともかく、ドイツは衰退国家ではなくロシアよりも生存率の高い国だろう。
ただそのやり方は周辺国家を犠牲にする方法である。
そして周辺国家がなくなれば自分も立ち枯れるやり方と言える。
このためあまり参考になる点はなく、これ以上は触れない。
次回よりは、一応いまだ希望を残してある英仏に進む。
今回はあまり精査ができていない中でのメモ投稿となります。
今後改訂を予定しています。