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【本編完結/番外編あり】戦場帰りのクマさんは元婚約者の妹と仲良くしたい  作者: 空妻 詩
第1章:クマさんと二人目の婚約者
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08.国王陛下と旧友(?)①

本日は2本更新します。こちらは1本目です。

 当代の国王は、武芸よりも芸術や学問を好む気質の持ち主である。


 自身も皇国の学園に留学経験のある王は、世界中の書物が集められた図書館や一流の教授陣、そして各国から集った優秀な学生達が闊達に意見をぶつけ合い、切磋琢磨しながら学びを深めていく開かれた学問の聖地の有り様に深い感銘を受けた。


 帰国後、彼は貴族の子弟はもちろんのこと、商人や平民の子に至るまで、特に優秀な者には奨学金を与えるとし、留学を後押しした。

この制度も、学園時代に他国の留学生から教えられたものだった。


 それまでは、貴族の中で騎士を目指す者は平民の志願者と共に士官学校で学び、文官を目指す者や領地を継ぐ者、他家へ嫁ぐ令嬢などはそれぞれ必要な知識を得るために家庭教師を雇うことが多かった。


 庶民も特段の理由がなければ地域の教会が開く無償の教室で簡単な読み書きと計算を学ぶことが慣例となっており、国内の識字率自体は決して低くはない。

 他にも商家が卒業後の数年の奉公と引き換えに算術や経済について教える私塾などはあるが、わざわざ学校に通うよりも実際に職に就いてから必要な知識と経験を得ていく方が一般的だった。


 それは他国も同様で、学園のような大掛かりな教育・研究機関を有するのは皇国くらいのもの。

 故に学園の卒業生は自身の母校を誇り、その繋がりを終生大切にするため、各国の外交関係にも少なからず影響を与える存在なのだ。


 王国の平民にとって奨学生はまだまだ狭き門だが、ここ十年ほどで貴族や豪商の子息の留学生は格段に増えた。

 学園を通じて既存の知識や技術を学ぶだけでなく、自ら生み出す者も出始めており、そこからもたらされる利益は年々無視できないものになりつつあった。


 知識は国力となり、国を富ませ、強くする。

 それを他国に依存したままでは、本当に優秀な者は国内から去ってしまうだろう。

 ……何せ王自身が、王位を継ぐ身でなければあの地に骨を埋めたかったのだ。知の流出が大きな損害となることは容易に想像できる。


 だからこそ、王国にも学び舎を――皇国のような学園を設立したい。それが王の悲願だった。


 とはいえ、王は決して武力を不要としているわけでも、騎士団や軍を軽んじているわけでもない。

 北限を接する隣国とは幾度となく戦を繰り返しており、他にも国交がない国や多少の緊張感を孕んでいる近隣国もある。

 学園で世界の歴史を学んだ王は、敗戦国の歴史や知識が無惨に火にくべられた悪夢も知っている。


 文武どちらに偏っても国は成り立たない。それが若き王の持論である。


「皇国は年々軍備を縮小していると言われているが、かの国に侵略する意思を見せた途端、青海の叡智に刃を向けた蛮族として世界中から非難され、あっという間に孤立するからね。よほどの愚か者でない限り、かの国に真正面から攻め込もうとは思わないだろう」


「各国の要人には、学園の卒業生も多いと聞きます」


「そうそう。あれは皇国独自の学園外交だからね。他国が真似ようとしても簡単にできるものじゃない。……できないからこそ、我が国にはお前のような英雄が必要なんだよ、デメトリオ」


 園遊会の会場となった庭園。その中央に設えられた王のための席に座るのは、国王フェルディナントである。

 輝く白金の髪とエメラルドの瞳を持つ美丈夫は、王位を継承して以降、様々な改革を成功させ、国民から圧倒的な支持を集めていた。


「身に余る光栄。此度の戦では王家を始め、他家より多くの助力を頂きました。改めて王と皆に感謝を」


「目の方は大事ないか?」


「距離を測るのも慣れて参りました。剣を揮うには支障ございません」


「さすがだな。お前を王城騎士団に置けないのは残念だが、次代の辺境伯としてこれからも国を守ってくれ」


「はっ。遠く辺境の地にあっても、この剣と忠誠は陛下のもの。必ずやかの地を守り抜きましょう」


 フェルディナントは英雄の真摯な言葉に頷き、続いて彼の隣で頭を垂れる少女へと視線を向けた。


「アリーチェ嬢」


「はい」


「ようやく父上と婚約者が戻り、安堵していることだろう。その歳で家を守り、立派に務めを果たした姿、淑女の鑑と謳われた母上の生き写しだと大臣達も賞賛していた」


「もったいなきお言葉にございます。今後も夫と父を支え、家を盛り立てていきとうございます」


「うむ。王妃も君のデビュタントを楽しみにしている。夜会の頃には安定期に入るから、絶対に参加すると張り切っていたよ」


「それはようございました。姉も王妃様のお加減を案じておりましたので、安心いたしましょう」


 本日は悪阻のために参加を見送った王妃の近況に、アリーチェは作り物ではない安堵の笑みを浮かべた。


「また王城の方にも顔を見せてくれ。息子も君に会うのを楽しみにしているんだ」


「かしこまりました」


「さて。話題の二人をいつまでも独占していると、他の者が焦れてしまうな。今日はサミュエルの新曲も披露される。心ゆくまで楽しんでいってくれ」


「はっ」


「ありがとうございます」


 英雄とその婚約者が御前を辞すると、すぐにその周囲を貴族達が取り囲んだ。


 何せ三年にも渡る戦より帰還したばかりの護国の英雄と、婚約者の帰りを健気に待ちながら家を守っていたと評判の辺境伯家のご令嬢である。

 武勇伝を楽しみにしていた武官も、恋物語を好むご婦人も、誰もが彼らの話を聞きたがるのだ。


 それからしばらく園遊会が進み、隣国の一軍を半分の兵力で押し返した話を五度ほど違う相手に語った辺りで、デメトリオはとうとう「戦場よりも厳しいな……」と唸った。

 アリーチェはそんな婚約者を労い、絶え間なく投げかけられる誘いを上手くかわしつつ、彼を会場の隅へと避難させてくれた。


「予想以上だった……」


 給仕から受け取った発泡ワインで喉を潤したデメトリオの呟きに、果実水のグラスを持つアリーチェが優雅に微笑む。


「これでも姉達がある程度引き受けてくれているので、多少は分散されておりますのよ」


「そうなのか?」


「はい」


 アリーチェがまず示したのは、主に子爵位以上の貴族とその夫人方に囲まれているベルニーニ侯爵夫妻だ。


 ベルニーニ侯爵は白いものが混じり始めた――それすらも洒脱なアクセントになるのだが――紺色の髪を後ろに撫でつけ、年齢を感じさせない引き締まった体躯を厳かな礼装で包んでいる。

 その胸元には、隣に寄り添う妻の瞳の色を思わせるサファイアのタイピンが存在感を示していた。


 岳父にあたる辺境伯とそう変わらない年齢だが、独身時代には彼を巡って多くの修羅場が繰り広げられたという美貌と華は未だ健在。

 悪女と呼ばれた妻の影響で一時は社交界での立場を危うくしたこともあったが、若い妻を娶ってからはむしろ色気と振る舞いに磨きがかかったとは、かつての修羅場の当事者達の談である。


 会話の主導権を若い妻に委ねつつ、時折話を振られると鷹揚に応じる様は、由緒ある侯爵家の当主らしい威厳に溢れている。


 そんな彼の最愛の妻はといえば、こちらは夫の髪の色――侯爵家の青と呼ばれる濃紺をベースにしながら、昼間の園遊会に相応しい軽やかなドレス姿を披露していた。


 ホルターネックから腰にかけては白い花の刺繍が細やかに施されており、その密度たるや、遠目に見ると白地に紺の糸で刺繍したように見えるほどだ。

 スカートは濃紺のアンダースカートの上から精緻な花模様の白いレースを幾重にも重ね、軽さと明るさを演出している。


 身につけるアクセサリーは夫の瞳の色である銀に、近年侯爵領で産出されるようになったダイヤモンドがふんだんにあしらわれており、夫人方からは感嘆のため息が漏れ聞こえてくる。


「あちらにいらっしゃるのは、派閥を問わず政や社交界の風向きに強い関心をお持ちの方々です。今でしたら、御子様の乳母の選定に関する口添えを望まれる方もいらっしゃるかしら」


「王妃の継母にして親友、か。親友の父親に嫁ぐと聞いた時は驚いたが、今のベルニーニ侯爵家の隆盛を見れば、文句を言う者はいないだろう」


「私は幼かったので当時のことはあまり覚えておりませんが、ずいぶんと噂にはなったようですね」


 現王妃はベルニーニ侯爵と「悪女」と呼ばれた前妻の間の子であり、同い年のエレオノーラとは親友といえる間柄だ。

 エレオノーラがベルニーニ家に嫁いだ頃、彼女はまだ嫁ぐ前で、二人は一つ屋根の下、親密な親友兼義理の母娘として数年を過ごした。


 時世の変化によりベルニーニ侯爵令嬢が急遽王太子妃となることが決まると、エレオノーラは義母として立派な嫁入り支度を整え、王城へと送り出した。


 悪女の母を持つ王太子妃に対して、結婚当初は心ない言葉を向ける者も少なくなかった。

 だが、以前の婚約者との間に「いろいろ」とあった国王は、悪女の血など感じさせない聡明で優しい気質の妻を大変気に入り、慈しんだ。


 彼女も若くして王位に就いた夫を良く支え、王城内や社交界でも徐々に影響力を増していった。


 仲睦まじい国王夫妻の間にはすでに第一王子が生まれ、現在二人目の子を妊娠中。国母としての地位は盤石である。


 こうしてベルニーニ侯爵は王の外戚となり、エレオノーラは王妃に最も近い存在として社交界の一大派閥の長となったのだ。


 さらにエレオノーラは、自身の地位を確立するだけでなく、妹達にも心を砕いてきた。

 同じ派閥の集いに幾度となく彼女達を同席させ、人脈作りやマナーなどを徹底的に叩き込み、社交界での立ち居振る舞いや戦い方を身につけさせた。


 その成果は、二人の現在の評判を見れば明らかである。


「あの大人しかったマリが、人の輪の中心にいるとは」


 エレオノーラとは反対側に集まる面々の中心にいるのは、マリアンジェラだ。

 彼女を取り囲んでいるのは、ソレ伯爵領でのバカンスに魅了された貴族や豪商だけではない。


「マリお姉様はサミュエルお義兄様以外の芸術家の皆様にも慕われていらっしゃいますから。お姉様が主催されるサロンはとても華やかなんですよ」


 芸術を愛する王の庇護の下、日々新たな作品を生み出す芸術家達にとって、楽聖の妻であり、夫にも引けを取らない確かな審美眼を持つマリアンジェラは、敬愛すべき女神なのだ。

 今も、庭園を彩る彫刻を見ながら談笑するマリアンジェラの周囲には、華やかな芸術家達が集っていた。


 マリアンジェラが身に纏うのは、春の花を思わせる鮮やかな黄色が眩しいドレスだった。

 肩から手首までふんわりとしたバルーンスリーブで覆われており、肌の露出は少ない。

 複雑に編み込まれた栗色の髪と華奢な胸元を飾るのは、生花と見紛うような色とりどりの精緻な造花だ。

 幾重にも重ねられた軽やかなチュールスカートも相俟って、妖精姫の異名に相応しい装いである。


 芸術家達の中にあっても埋没することのないマリアンジェラだが、よく見るとその傍らに、小柄な壮年の夫婦がまるで彼女を守るようにぴったりと寄り添っていた。


「サミュエルの両親か。普段は伯爵領にいると聞いたが」


「お義兄様が楽師として参加される場では、マリお姉様とご一緒できないでしょう? だからお義兄様が安心して演奏に集中できるようにと、必ずソレ家の方が同行してくださるのです。皆様妖精のように愛らしい方ばかりで、とても和みますの」


「……なるほど」


 デメトリオが宮廷楽団のいる舞台上に目を向けると、最も目立つ場所でヴァイオリンを奏でながら、時折最愛の妻へ熱い視線を向けるサミュエルの姿が見えた。


 マリアンジェラも慣れたもので、夫の集中力が途切れない程度に反応を返し、その度に彼女を取り囲む人垣からため息や小さな悲鳴が上がっている。


 おそらく一月と経たないうちに、麗しの妖精夫婦をモデルとした新作が様々な芸術家の手から生み出されることだろう。


「私もお姉様達に負けないようにがんばりますわ」


「我が婚約者殿は頼もしいな」


 むんっと可愛らしく意気込むアリーチェの姿に、デメトリオはようやく肩の力が抜けた気がした。


「とはいえ、ただ無策で戦場に戻っても無駄に消耗するだけだな。何か手を考えねば」


「そうですね……」


 完全に戦場に立つ指揮官の顔になったデメトリオを揶揄することもなく、アリーチェも真剣に「作戦」を考える。


「本物の戦場で不利な状況や苦手な場所で戦わねばならない時、デメトリオ様ならどうなさいます?」


「前提条件にもよるが、こちらが有利に戦える場所に誘い込むのが定石だろうな。例えば騎馬では沼地や森での戦いは不利となるが、平地に誘い出してしまえば機動力が物を言う」


「有利に戦える場所……社交であれば、相手を変えるというのも一つの手かもしれません」


「相手を変える?」


 意図を掴み切れないデメトリオに、アリーチェは丁寧に噛み砕いて説明する。


「はい。本日のデメトリオ様の勝利条件は、途中で退出することなく最後まで園遊会に参加すること。今のように短時間の休息程度であれば問題ありませんが、いつまでも隅にいては勝利条件を満たしたと判定されないかもしれません」


「うむ」


「かといって、慣れない相手とばかりお話していては気疲れしてしまいます。ですので、騎士団の方やご友人など、気心の知れた方にお声がけして気分転換をなさってはいかがでしょうか」


「それではただの雑談になってしまわないか?」


「もちろん、そればかりでは困りますよ? でも私だってお茶会の席では、エレオノーラお姉様が紹介してくださる方だけでなく、私自身のお友達ともお話いたしますもの。大切なのは、きちんとこの場で気を抜かずに社交しているように見せることです。戦場でも、こちらの戦力が大きいように見せかけたり、わざと警戒していると見せつけて牽制したりなさいますでしょう?」


「なるほど」


 貴族のマナーに関する教本はいくら読んでも頭に入らなかったが、戦に例えて説明されると大変に分かりやすい。


「アリーチェ嬢は良き教官になれそうだ」


「お役に立てたのであれば何よりです」


「あぁ、ちょうどいいところに顔馴染みがいるな。ウベルト!」


「え?」


「……」


 デメトリオの口から思わぬ名前が飛び出したことにアリーチェが戸惑っていると、名を呼ばれた男は不承不承といった様子でこちらに近づいてきた。

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