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【本編完結/番外編あり】戦場帰りのクマさんは元婚約者の妹と仲良くしたい  作者: 空妻 詩
第1章:クマさんと二人目の婚約者
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04.婚約者の姉、もしくは元婚約者の妹②

 ソレ家自慢の庭を臨むサンルームに案内されたデミトリオとヴィートに、マリアンジェラは花の香りのするお茶を振る舞った。


 甘く芳醇な香りに反して味は意外なほどさっぱりしており、武骨な軍人二人は思わず目を見張った。


「これは……美味いな」


「お茶会向けの華やかな品かと思いましたが、口の中がさっぱりして、不思議と菓子に手が伸びる味ですね」


「ありがとうございます。私の食が細いことを案じた領地の農家の方が、食欲増進効果のあるお茶をブレンドしてくれたんです」


「むしろ体型維持に努める女性には不向きだということで、今は満腹感を得られるお茶を開発中だそうです」


「ソレ伯爵領はすっかり国民の保養地となりましたね。社交界でもソレ伯爵領に静養に行くのが一つのステータスになっていると、うちの妻が申しておりました」


「ふふふ。僕の女神に少しでも元気になってもらいたくていろいろと試行錯誤を重ねていたら、いつの間にか「美と健康はソレにあり!」と言われるようになっただけですよ。領地のことは父と弟に任せきりで、僕はほとんど関与していませんし」


 サミュエルは隣に座る妻の手を握りながらしれっと宣うが、ヴィートの言う通り、今やソレ伯爵領は国内のみならず、近隣諸国にも知れ渡るバカンスの聖地なのだ。


 まず、ソレ伯爵領の名が知られたのはサミュエル自身の名声が大きい。


 かの楽聖を育んだ土地とは如何なる場所かと、音楽家志望の若者や熱心なファンが聖地巡礼としてかの地を訪れるようになった。


 訪れてみれば、温暖な気候と美しい景色に加え、健康に良いとされる飲食物があちこちの店に並び、湯治場が整備され、マッサージやエステなどを楽しめる施設まである。


 陽気で人好きのする地元住民からの歓待もあって、評判がどんどん広まっていったのだ。


 もっとも、ソレ伯爵家を大いに飛躍させた数々の事業だが、サミュエル本人にとっては、「デビュタントまでもてば奇跡」と言われるほど病弱だったマリアンジェラの健康を願った副産物に過ぎない。


 さらに言えば爵位自体も、「辺境伯家の令嬢を円満に娶るために必要」だったため、サミュエルの音楽を愛する王に彼を讃える交響曲を三曲ほど捧げて手に入れたものだ。


 音楽の神の生まれ変わり、妖精の愛し子などと呼ばれるサミュエル・ソレは、その実、音楽と妻をこよなく愛する生粋の芸術家(へんじん)なのだ。


「はぁ。俺もソレ伯爵領でバカンスできるくらいの稼ぎと休暇が欲しいもんです」


ヴィートがわざとらしくため息を吐くと、デメトリオが「俺の方を見るな」と視線を逸らす。


「稼ぎはともかく、まとまった休暇はしばらく諦めろ」


「あら。デメトリオ様もヴィート殿もずいぶんと戦果を挙げられたと聞きましたが」


「それなのに、褒賞も休暇もないのですか?」


 同じ角度で首を傾げる妖精夫婦に癒されつつ、デミトリオはなかなか思うように進まない戦後処理について語り始めた。


「褒賞は辺境伯家、騎士団、国軍などに与えられ、その後、各組織内で個人に分配される。当然、それぞれの貢献度などを鑑みて振り分けなければならないのだが、辺境伯家の場合、それは俺の仕事になる」


「え?」


「お父様……辺境伯のお仕事ではないのですが?」


「今後はそうそう大きな戦もないだろうから良い経験だと言われてな」


「……それは」


 体よく押し付けられただけでは。と、その場にいる誰もが思ったが、辺境伯自身は現在、外務大臣らと共に隣国と最後の折衝の真っ最中だ。

 その場でさらに賠償金の追加をもぎ取ってやると意気込んでいたので、口下手なデメトリオも納得の上で引き受けた仕事だった。


「そういうわけで、少なくとも辺境伯が戻られるまではバカンスもお預けだ」


「ですよねー。褒賞の分配以外にも、遺族への見舞いや傷病兵の療養の手配もありますし。……あぁ、そうだ。今間借りしてる療養施設、来週には明けないといけないんだった……デメトリオ様、侯爵家か辺境伯家の権限で延長とかできないですかね」


「うむ……あそこは民間の治療院だからな。いつまでも借り上げておくわけにもいくまい」


「あの……」


 その場で仕事を始めそうな主従に対して、サミュエルはそーっと手を挙げた。


「療養施設なら、我が領でご用意できますよ」


「え!?」


「それは誠か、サミュエル」


「はい。傷病兵の療養施設自体は以前から構想があったので、建物自体はすでに建設しています。医師や看護師は多少中央から派遣して頂かないと心許ないですが、環境と食生活、湯治場の質は僕が保証します」


「移動用の馬車も我が家のものをお使いください。私が王都から領まで旅をしても寝込まずに済むようにと造ってくださったので、お怪我をされた方の負担も多少は軽減できるかと」


「す、すごい! すごいですよデメトリオ様!」


「あ、あぁ」


 懸念事項が一挙に解消される光明に、ヴィートは興奮気味で隣に座る上官の肩を叩いた。


「費用などは追って相談させてくれ。俺はどうにも書類仕事は不得手でな」


「構いませんよ。僕だって、実務は皇国の学園を出た優秀な弟に丸投げしてますから」


「辺境伯家の担当者にはこちらからご連絡いたします。デメトリオ様は他にもお忙しいでしょうから」


「そう……だな。では、迷惑ついでにもう一つ相談に乗ってもらえないだろうか」


「喜んで」


「私達でお役に立てることでしたら何なりと」


 頼られて嬉しいと目を輝かせる妖精夫婦を前に、デメトリオは大きな背中を丸め、俯きがちにこう問うた。


「その、年頃のご令嬢が好みそうな場所や贈り物などについて、教えを乞いたいのだが」


「おっと」


「あらあら」


「ほほぉ」


 伯爵夫妻と自身の副官から生温かい視線を向けられ、デメトリオはますます視線を落としていく。

 護国の英雄らしからぬ拙い様子に、儚げな楽聖が興奮気味に声を上げた。


「何と初々しい! やはりデメトリオ様は誠実なる騎士ですね! あぁ、素晴らしい恋の旋律が浮かんでくる……!」


「落ち着いてくださいませ、旦那様。せっかくなら幸福な結末を迎える物語の方がよろしいのではなくて?」


「は! そうだね、さすが僕の女神! ではデメトリオ様の想いを成就させるためにも、アリーチェ嬢が喜ぶようなデートスポットやプレゼントを考えなければ!」


「あの朴念仁が婚約者のために……くぅっ! 死に物狂いで戦場を生き抜いた甲斐があった! 今日はとっておきの蒸留酒で祝杯だな!」


 各々盛り上がる楽聖と副官を後目に、伯爵夫人は未来の義弟にそっと声をかけた。


「デメトリオ様。私が嫁いだ後、アリーはたった一人で父を支え、辺境伯家を守ってくれました。あの子、とても素敵な淑女になりましたでしょう?」


「あぁ。背丈も伸びていたが、それ以上に……立ち居振る舞いの見事さに驚かされた」


 貴族としては少々飾り気の足りない褒め言葉だったが、マリアンジェラは自身が褒められたかのように喜んだ。


「ぜひあの子にも伝えてあげてください。それが何よりの誉れとなりますから。それと、今のアリーは確かに立派な淑女ですが、芯の部分は昔から変わりません。どうか末永くあの子を慈しみ、愛して頂ければと願っております」


 慈悲深く妹の幸福を願う女神の姿に、デメトリオは眩しいものを見るように目を細めた。


「……あなたはいつも、姉妹や家族の幸福を一番に祈っていたな」


「はい。私自身は長く生きられない身だと幼い頃より覚悟しておりましたから、家族を悲しませてしまう分、幸せになってほしいと願っておりました」


 悲壮な覚悟を決めていた少女は、最愛の夫と出逢ったことでその運命を大きく変えた。


「昔、ルドヴィカがあなたとアリーチェ嬢は嫁にやらないと言っていたのを思い出す」


「ふふふ。そうでしたね。私も療養先で旦那様と出逢うまではそのつもりでしたから」


「あなたが嫁ぐと決まった時、ルドヴィカはずいぶんと荒れていた」


「さすがに留学先から戻られることはありませんでしたが、手帳ほどの厚みのあるお手紙が届きましたわ」


「俺のところにも届いた。陛下にご報告したら、なぜかサミュエルの護衛が増やされたりもしたな」


 デメトリオが出征する前、ガレッティ辺境伯家にはいつも人が集っていた。


 辺境伯夫人は早くに亡くなったため、嫁いだばかりのエレオノーラも実家の手伝いのためによく顔を見せていた。


 デメトリオも、婚約と同時に辺境騎士団に属していたため、ルドヴィカが留学してからも辺境伯に招かれてよく屋敷を訪れた。

 

 しかしエレオノーラに子が生まれ、マリアンジェラが嫁ぐのと前後して、国境付近が騒がしくなり、デメトリオは出征した。


 王城ではいつもの小競り合いの延長だと楽観視されていた戦は、思いの外長引いた。


 総力戦も辞さない姿勢の隣国を抑えるため、デメトリオは前線に常駐し、辺境伯は王や諸侯の協力を取り付けるために王都や各地を飛び回っていた。


 その結果、王都の屋敷にはアリーチェだけが残されることとなった。


 主は不在がち、本来その代理を務めて奥向きを取り仕切るはずの夫人もいない。

 幼子を抱えたエレオノーラや、療養のためソレ伯爵領に滞在することも多かった新婚当初のマリアンジェラでは、実家を助けるのにも限界がある。


 大きなぬいぐるみを抱えて姉やデメトリオの後ろをついて回っていた幼女は、家を守るために立派な淑女となるしかなかったのだ。


「ベルニーニ侯爵夫人もあなたも、とても幸せそうで安心した。アリーチェ嬢にも、そうなってほしいものだ」


「きっと大丈夫ですわ。あの子もガレッティの娘ですもの」


 いつになく力強い伯爵夫人の後押しを受け、デメトリオはその夜、少々お堅めながらデートの誘いの手紙を認めた。

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