12.戦場帰りのクマさんと婚約者
本日は最終話まで一気に3本更新します。区切りの関係で各話短めです。
こちらは3本目、エピローグです。
夕陽の色に染まる薔薇園に、ヴァイオリンの独奏が響き渡る。
そこへ一つ、また一つと楽器の音が重なり、やがて重厚な鎮魂曲が完成すると、来賓からはすすり泣く声が漏れてきた。
「サミュエルお兄様の新曲、素敵ですね」
「あぁ。先の戦で向こうの世界に渡った者を悼んで作ったそうだ。ぜひ聴いてくれと言われていたので、間に合ってよかった」
「本当に」
あの騒動の後、部屋の外で待ち構えていたのは、エレオノーラが手配した王城の侍女達だった。
すっかり崩れてしまった化粧と髪を手早く整えられたアリーチェをエスコートし、デメトリオは何食わぬ顔で園遊会へと戻った。
ゴシップを期待した来賓はしきりにこちらを伺っていたが、フェイと親しく言葉を交わすデメトリオを見ると、すごすごと引き上げていった。
それを見て悪い顔で笑うフェイにも、『じゃじゃ馬な義姉上のことをよろしくお願いします』と皇国語で耳打ちしたところ、大変驚かれた。
昔ルドヴィカに付き合って習った皇国語が、思わぬ形で役に立ったようだ。
護国の英雄として、語るべきことは語った。
旧友と近況を知ることもできた。
元婚約者と、その夫とも交流を持てた。
そして何より、最愛の婚約者に改めて自分の想いを伝えることができた。
予期せぬトラブルもあったが、デメトリオとしては今回の社交には及第点をつけたいところである。
薔薇園に設えられたベンチに腰かけて目まぐるしかった一日を振り返っていると、不意にアリーチェの細い指がデメトリオの袖を引いた。
「デメトリオ様」
「ん?」
「私のデビュタントのエスコート、デメトリオ様にお願いしてはいけませんか?」
「ぐっ……」
デメトリオは思わず変な声が漏れそうになったが、何とか耐えた。
近くの席に座っていたエレオノーラから厳しい視線が飛んできたので後が怖いが、とりあえずこの場は何とか耐えた。
「それは……たしか姉上達の時は辺境伯がエスコートされたのではなかったか?」
「はい。エレオノーラお姉様とマリお姉様はデビュタントの際にはまだお相手がいらっしゃらず、ルドヴィカお姉様は拘りがなかったので特にもめることもなかったと伺いました」
「そう、だな」
当時のルドヴィカの婚約者とは、もちろんデメトリオのことだ。
あの時はデメトリオ自身にもどうしてもエスコートしたいという欲はなかったので、快く大役を譲ることができた。
だが、今は少々事情が異なる。
「アリーの、デビュタントのエスコート、か」
デビュタントのドレスは伝統的に白と決まっている。
初々しい白いドレスを身に纏ったアリーチェが、王城の大広間のシャンデリアの下で微笑んでいる。
その手を引いて導く大役は、例え尊敬する未来の岳父といえど譲れない。
デメトリオがそう決意した瞬間、宮廷楽団の奏でる音が変わった。
園遊会の最後を彩るのは、伝統的な小夜曲――夕べに恋人へ捧げる曲だ。
「アリー」
「はい」
「きみのデビュタントは、必ず俺がエスコートしよう」
「っ……はい! 楽しみにしております!」
まずは辺境伯に決闘を申し込むところからだな……という悲壮な覚悟は、少女らしく顔を輝かせるアリーチェには聞かせられない。
守りたいと思い、幸せを願った幼い少女は今、自分の隣にいる。
敵を蹴散らし、野生の熊さえ倒して戦場から生還した護国の英雄は、初めて得た幸福を噛み締めながら、婚約者の小さな手をそっと握り締めた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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いったんここで完結となりますが、またクマさんや他の姉妹の話も書いてみたいなーと思っています。
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