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第一幕 --・・-

イヌ獣人が、手紙を書いています。一体、どんな内容なんでしょう?

拝啓


 今、僕は夜行列車の車内で、南別行き特急「つゆかぜ四号」の車内で、この手紙を書いています。厳密に言えば、最初の挨拶と、最後の締めだけ、ここで書いています。


 実を言えば、僕はこの列車に、危うく乗り遅れるところでした。冬の寒さによって活力は逃げ出す一方、怠惰が我々を襲い、すべての活動を停滞させる。


 起きるときは布団が身体を縛り付け、この床から離さない。目覚めたあとも、何かと暖かさが我々を誘惑し、布団への重力は強く働く。季節によって重力に差が生じるということが、物理学によって証明できそうなほどの異常事態です。いくら真面目で実直な君にも、そのような経験があるでしょう。


 そう、僕は旅立ちの決意を遅らせてしまったのです。すべてはこの寒さのせい。心を凍りつかせ、いや文字通り身体を凍りつかせ、僕は一生を丸まって過ごしたい、魂をずっと内側に閉じ込めていたい、そう思うようになっていました。


 しかし、君に会うためには外に出なければならない。外に出なければ、畏れ多いほどに輝かしい、僕に残された最後の希望、そんな君を拝見することは出来ないのです。


 僕は魂を鞭打って、怠惰を追い払い、身支度を整えました。そして駅に向かい、そう君も懐かしく思うであろう秋瀬駅です、悠々と列車に乗り込もうとしました。


 時刻は確か午後六時ごろ、空を雲が暗く覆い、雲は雪を降らせていました。秋瀬駅に続く道、最早誰も存在していない灰色の店が立ち並び、ただ一本続く道、その道を彩るかのような雪でした。それは視界を遮る程度ではないが純白がまばらに、しかし意識できる程度に散っているというようで、快い風景でした。天が僕らの再開を祝うべく、紙吹雪、この場合は単なる雪、を当たり一面に降らせているようでした。


 しかし、なんと駅の入口に辿り着いた途端、改札の向こう側からエンジン音が響き渡っているではありませんか。君が覚えているかは知りませんが、秋瀬駅は改札から直接繋がっている一番線と、跨線橋を渡った先にある二番線とに分かれています。「つゆかぜ」は二番線からの発車でした。そして、この駅での停車時間はわずかでした。


 僕は焦りました。君の住む南別までは、この列車以外のアクセスがないことは、よく知っているでしょう。あるとすれば船ですが、あまりに時間がかかる。君と会うべきは明日です。僕は焦りました。我を忘れて、待ってくれ、と叫び、スーツケースを抱えながら、階段を駆け上がりました。


 秋瀬駅の跨線橋は、いつ改修されたのでしょう、大理石で出来ており、豪華絢爛なものでした。それを駆け上がり、文字通り決死の思いで、僕は列車に飛び乗りました。


 後で車掌さんから伺ったことには、実は発車時刻を一分過ぎていたものの、あまりの必死さに、待ってくれていたそうです。親切な方でなければ、君に会うことも叶わなかったでしょう。幸運というものは、稀に僕にも恩恵をもたらすようです。


--・・-


 脱線が過ぎましたね。こうして会うにも関わらず、今日君に手紙を書いているのは、単刀直入に言えば、君に対して話したいことがあるためです。


 そう聞いて、君はきっとこういった疑問を抱くでしょう。なぜ手紙で敢えて記すのか。なぜ敬語なのか。それは妥当な疑問です。君と僕はもう十年来の付き合いになります。


 答えは単純で。これから話すことは僕にとって致命的なもの、だからです。君との関係性を破壊するかもしれないが、同時に君との関係性すべてを言い尽くしているものです。


 それ故に、僕は今とても緊張しています。合格発表のそれよりも、出産に立ち会うそれよりも、ずっと胸が張り裂けそうで、苦しいままです。


 しかし、僕はこれを話さなければなりません。君にずっと隠していたそれを明かさなければ、僕はどうすることもできません。それほどに、重要なことなのです。


 こういう事情なので、何が言いたいか、について話すのは最後にさせてください。君はきっと結論を最初に話せ、と言うでしょう。君の苛立った顔が目に浮かぶようです。だが、今しばらく辛抱してください。

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