ムービーガールミーツボーイ
あらすじ
勇仲は校内放送で呼び出され生徒会室へ向かい……。
四月上旬、桜の花が開きウグイスがさえずる頃。関東地方の外れにある学校。《玖成学園》では入学式が行われていた。
といっても玖成学園は中高一貫校。高等部からの中途編入も可能ではあるものの、中等部からエスカレーター式に進学している生徒がその大半を占めているため、いささか新鮮味には欠ける。
学園長や生徒会長の挨拶の後、教室でクラス担任や生徒同士の自己紹介も済み、入学式の次の日からは早くも授業が始まった。
勇仲はといえば、今年の一月には事務所から退所し、玖成学園への編入試験に合格。その際に落ち着いて生活できるように事務所の社長が学校側に便宜を図ってくれており、校内で事情を知るのは学園長を含むごく一部の職員のみ。
勇仲はそこそこの学力は持ち合わせていて、役者の頃に培ったコミュニケーション能力もあった。教師ともクラスメイトとも人間関係は概ね良好。
忙しさから解放された。スケジュールに縛られることもない。クラスメイトと当たり障りのない話をしたり、放課後寄り道したり、部活の見学も行ってみるのも面白いかもしれない。これまでやれなかったことを全部しよう。順風満帆。これで目一杯、自由と平穏を謳歌できる、
――――はずだった。
「あなたが雄方君ねぇ?」
「え?」
ホームルームを終えた直後の一年C組の教室。教室後ろの入り口近くの席に座る勇仲は帰り支度をしていた。
突然後ろから声をかけられ、上半身をひねらせて振り返ると……そこには一人の女子が立っていた。
クリッとした大きな瞳。赤みを帯びた栗毛色のロングヘアに前髪ぱっつん。白百合のような白い肌。鮮やかな薄紅色の唇。身長は勇仲と同じくらいで、女子としては若干高めか。それから、どうでもいいが細身の体の割には――、胸がデカい。
玖成学園では全学年が学校指定の灰色のブレザーに、黒のボトムスで統一されてはいるが、学年が一目でわかるようにネクタイは三色に分けられている。一年生が青、二年生が赤、三年生が黄色となっている。彼女は黄色のネクタイだから三年生だ。
そして、彼女の背後には五、六人の生徒が列をなしワクワクした目でこちらを見ている。
「え、誰ですか?」
突然の訪問者に勇仲は首を傾げ、困惑しつつも座っていた椅子を少しだけずらして彼女の方へと体を向けた。
――すると周囲の空気の色がうっすらと変わるのが見て取れた。
「あ、英房先輩だ」
「映研部の部員達もいるぞ」
「一年の教室まで来て、どうしたのかな?」
「はわわ、今日もお美しい……」
同じく帰り支度をする周囲のクラスメイト達が、まるで街角でアイドルでも見かけたかのようにひそひそと一斉に話し出した。
「アンタは確か――」
勇仲は思い出した。入学式の壇上に上がって新入生達への祝辞を述べていた、彼女のその凛とした姿を。
《英房操》。
容姿端麗、成績優秀。映画研究部の部長で、昨年度からこの玖成学園の生徒会長も務めている。気さくな人柄から人望も厚く、常にみんなの中心に立ち、その人気は中等部の頃からファンクラブができるほどだという。
中等部では廃部寸前だった部を立て直し、昨年度は高等部で自身が脚本を担当した作品、秋葉系の女教師が学校での様々な問題に立ち向かうコメディ映画《オタガール先生》で、部をアマチュア映画コンペの金賞へと導いた玖成学園の至宝。
編入を決めてから噂ぐらいはちらほらと聞いていた。後ろにいる生徒達はどうやら映研部の部員達のようだ。
勇仲は自身とは関わることはないと高を括っていたのだが――
「ああ、アンタが噂の生徒会長さん? はじめまして」
「こちらこそどうもぉ」
「で? 会長さんが俺に何の用ですか?」
「あなたをスカウトしに来たのぉ」
「……スカウト?」
役者をやめた今、その単語を聞くとは思ってはいなかった。勇仲はわずかに肩を強張らせる。嫌な予感がした……。
「私達はねぇ、ヒーロー物のアクション映画を作りたいのぉ。――――あなたを主演に迎え入れたくってぇ」
「!?」
勇仲の心臓がビクッと跳ね上がった。
映研部の監督から直々にオファーが来た。
(こいつは知っているのか? 俺が、正城義高だったことを?)
ただの生徒を主演にスカウトする理由がない。彼女がこんな案件を持ち掛けてくるということは、そういうことだ。
いずれバレると覚悟はしていたものの、当分は穏やかな日が続くと勇仲は踏んでいた。
それが入学から二日目にして漏れるとは思わなかった。
勇仲は同様のあまり呼吸が急激に乱れ始める。それを周囲に悟られないよう、必死に肺の膨張と収縮を抑え込む。
「私の考える主人公のイメージがぁ、あなたにピッタリなのぉ! 部活が決まっていないのなら仮入部だけでも――」
『ガタ――――――――――――ン!!』
話を最後まで聞くことなく、座っていた椅子が倒れる勢いでバッと立ち上がり、その場の誰とも目を合わさずに勇仲は、
「…………断わる」
そう言い残して、教科書やらノートやらを赤いエナメルのスポーツバッグに詰め込み乱暴にベルトを手繰り寄せると、操も、後ろで列をなす映研部も、周囲の野次馬も、全てを放り出して逃げるような早歩きで廊下へと出ていった。
どうして正体がバレたのかが気になるところだったが、その場で追及するのは得策ではない。一歩間違えれば周りの生徒達にも露呈して大惨事だ。
それからも三回にわたり、映研部の面々がスカウトにやって来る。しかし、そのいずれも勇仲は無視し続けた。
やっとの思いで逃れることができたのに。
やっとの思いで手に入れた平穏なのに。
心の奥底にしまい込んだものが静かに疼く。
「何がスカウトだ……二度とごめんだっつの……!」
勇仲はこの数日間、ことあるごとにそう吐き捨てるのだった。
更新作業二日目、ルビを振るついでに
推敲作業もできて丁度いい
2021年7月17日土曜日にて修正