怪奇譚のメイキング中編
あらすじ
九日前の土曜日、勇仲達は
蓮川の罪を暴くべくある作戦を立てる……。
勇仲は役者の頃から日々の体調管理には抜かりがなかった。
自分の身に起こった謎の現象の原因がわからない。
「おい、何かしただろ!」
勇仲は背筋を正すと眉間にしわを寄せ、伎巳をにらみつける。
「したッスよ。この音は《モスキート音》といって、高周波の力で聞いた人に対して頭痛や吐き気を誘発する性質があるんスよ。真夜中にコンビニ前や公園で屯す若者達を追い払うのに用いられているッス」
「このモスキート音を電話越しに蓮川に聞かせるのぉ。するとどうなると思う?」
「どうって、蓮川も同じように気分が悪くなるんじゃねえの」
「せいかぁ~い!」
操はパチパチと勇仲に拍手を送る。
「直前に死んだと告げられてぇ、電話の直後に原因不明の体調不良に襲われればぁ、蓮川はこう解釈するんじゃない? 『電話の相手は井原音々』『悪霊になって自分を祟っている』と。この時点で音々ちゃんの死を信じ始めるわけ」
「っ!」
確かに、先ほどモスキート音により勇仲が身体に異変を感じたように、何も知らない者が聞いたなら怪現象と勘違いしても不思議ではない。
「それだけじゃないッスよ」
伎巳が手のひらサイズの丸いプラスチックでできた物体をテーブルの上に並べ始める。球体の半分が薄い金属のメッシュ状になっている。どうやらスマホなどに接続して使うスピーカーのようだ。
「この無線式スピーカーを一階の至る所に仕込んで、電話でも聞かせたアタシの加工した声と、モスキート音を再生するッス。電話から耳を話しても声が聞こえて体調不良も続けば蓮川は心霊現象だと確信するはずッスよ。
あと気をつけてほしいのが、アタシの声を雄方君には聞こえないふりをしてほしいッス。蓮川だけに聞こえる感じにした方が恐怖も増すはずッスから」
「なるほど。…………いや、ちょっと待て」
「何スか?」
勇仲は前かがみで両腕を組み考え込む。
「井原先輩に成り済ました俺もそこにいるんだよな? それじゃあ俺までモスキート音の餌食になるんじゃねえのか?」
「そんな時は、これよぉ」
操が前髪を耳にかけると、耳の穴にイヤホンのようなものがはまっていることに勇仲は気づいた。
さらに操がブレザーをめくると、裏地のポケットにプラスチック製の四角い装置があって、電源の赤いランプが点灯している。そこにイヤホンから伸びるコードが繋がっていた。
「何だそれは、音楽プレーヤー?」
「これは《デジタル耳栓》。高周波を遮断することができる特殊な耳栓。これを装着すればモスキート音が遮断されてぇ、蓮川だけに聞かせることができるわぁ」
「内蔵された装置が騒音を感知して、反転させた音波を発生させることで相殺する仕組みなんスよ。しかも会話などの音声は普段通り聞こえるッス。アタシらがつけてんのにも気づかなかったッスよね?」
「た……、確かに」
よく見ると伎巳の耳のイヤホンも、操の耳に装着されていたものと同じデジタル耳栓だったことがわかる。
さっき音声ファイルを開いた時も、二人はデジタル耳栓によってモスキート音が聞こえないようにしていたのだ。
「井原先輩に変装する時、カツラで耳栓を隠すのを忘れちゃ駄目ッスよ」
「そして蓮川からスマホを奪ったらぁ、あたかも音々ちゃんの亡霊に呼ばれたかのように教室を出る。蓮川は追ってくるからぁ、廊下にカメラを仕掛けて動きを捕捉しつつ、スピーカーも配置してモスキート音を聞かせながら最後の舞台まで誘導するのよぉ」
「それはどうだろうな? 蓮川が追いかけて来ずに、逃げた時はどうするんだ?」
「ううん、そんなことはないわぁ。確実に追ってくるわよぉ」
「何故わかるんだ?」
「スマホを持ち去ってしまったからぁ」
「スマホ?」
「蓮川は、――――――――極度のスマホ依存症なのよぉ!」
「スマホ依存……!」
勇仲にも心当たりがあった。
蜂学を調査した時に見た蓮川の行動。初対面の相手と大事な話をしている最中にもかかわらず、ずっと夢中になってスマホをいじっていた。
「大樹君から裏は取れたわぁ。蓮川はスマホにはかなりの拘りがあることは蜂学でも有名で、もはや病気の領域だったそうよぉ。動画配信サイトのプレミアム会員だったり、好きなメーカーから最新機種が出る度に買い替えるほどだとか」
「そうか……、そうでなくともスマホなんて、日常生活でなくなったら一番困りそうな物の一つだもんな」
そこまでスマホに執着している人間であれば、それを置いて逃げるなんてことはまず考えられないだろう。
「スマホを奪って部屋を出たらL字型の校舎の曲がり角を曲ってぇ、真っ直ぐに校舎の端まで進めば最後の舞台、音々ちゃんが突き落とされた現場へとたどり着く。そしてここからが作戦の総仕上げよぉ……」
操はストーリーテラーよろしく、おどろおどろしく、それでいてどこか楽しそうに作戦の手順を説明していく。
「現場となる階段のそばにぃ……あるものを吊るしておくのぉ」
「あるもの?」
「大樹君の死体」
「!?」
勇仲は無言で驚愕する。
「あ、もちろん本物じゃなくってぇ、大樹君の姿をしたダミー人形よぉ」
「涼しい顔で怖ぇこというな! ビックリするだろ!」
操の言葉足らずの説明に軽くキレる勇仲。
「あらかじめ天井付近にある配管にダミー人形を吊るしておいてぇ、階段の前にスマホを置いておけば蓮川はそれに飛びつく。その直後にダミー人形を発見すればぁ、大樹君が音々ちゃんの亡霊に導かれて、あの世に旅立ったと解釈するわけ。
その間に勇仲ちゃんは二階に上がってぇ、そこで私達が待機してるから、衣装を変更して今度は音々ちゃんの亡霊に扮して蓮川の前に登場する。血糊と死に顔メイクでリアルな悪霊に仕上げてあげるからねぇ、フフフ……」
操はおとぎ話で煮えたぎる鍋をかき混ぜる魔女のごとく、悪そうな笑みを浮かべる。
「俺に女装をさせる気か……、まあ井原先輩のような体格差がある人を演じるのに比べれば楽だろうけど」
「そこでぇ、勇仲ちゃんにちょーっとお願いがあってぇ――」
操は勇仲に向かって両手を合わせた。
「どうした? 改まって」
「蓮川の前にぃ、――階段落ちで登場して欲しいんだけどぉ……できる?」
「階段落ち?」
読んで字のごとく《階段落ち》とは階段から転げ落ちるアクションシーンのこと。主にスタントマンに任される演技だ。
「どうしても必要なのか?」
勇仲は首の肉をつねりながら聞き返す。
「ええ。蓮川の音々ちゃんに対しての罪の意識を引きずり出すにはぁ、事件当時の再現。つまりぃ、音々ちゃんが階段から落ちるシーンを入れるのが一番なわけ」
「階段落ちか……。まあ映画の稽古でアクションシーンの指導は一通り受けたし、やってやれなくはねえよ?」
「あらぁ、そう――」
操は膝の上に肘を立てると、頬杖をついたままじっと動かず、上目遣いでただ静かに勇仲を見つめる。
あたかも『これ以上、言わなくてもわかるわよねぇ?』と言われてるかのようだった。
それを見て、勇仲は全てを察した。
「はあ……………………仕方ねえな、やるよ!」
「いいのぉ? ありがとう!」
操はソファーに座りながらピョンピョンと身体を縦に揺らしながら喜ぶ。
度重なる無茶な要望にも勇仲はだんだん慣れてきたようだ。
「出口は階段正面の扉だけだから、勇仲君が音々ちゃんに扮して蓮川から恐怖を充分に引き出して、扉を少し開いておけばそこから逃げていくわぁ」
「隅々まで考えたな。けど映画やドラマで求められる演技とは全く別物になりそうだな」
「そうねぇ、もちろんイメージ通りにこなすには練習が必要になるわぁ。実行するのは来週の日曜日。準備に取り掛かるわよぉ!」
――すでに勇仲の瞳の奥には、小さな炎が灯っていた。
ちゃんと内容が伝わってますかねえ(;^_^A。
アップすることで初めて見えてくるものもあるんですね。
いい事も、悪いことも。
簡単に語ってますが、この後に勇仲達は
試行錯誤に入ります。
見守ってくださいね。
2021年9月24日金曜日にて修正




