鬼畜の所業
あらすじ
ある日の夜、何者かに蜂学の旧校舎に呼び出された蓮川。
同じく何者かに呼び出された井原大樹と再会する。
物静かな春の夜。
旧校舎の一年四組の教室では割れた窓から満月の光が差し込んでいる。そのお陰で大樹と蓮川は、かろうじて互いの表情が確認できている。
二人の間ではもう二、三十分も沈黙の時が続いている。
蓮川は窓際に寄せられていた机の中で、なるべく汚れていないものを選んで腰掛けた。
スマホを横にして両手で持ち、手帳型のカバーを開いてニヤニヤしながら左右の親指でリズミカルに画面をタップしている。ピコピコと電子音を立てて、どうやらソーシャルゲームで遊んでいる模様。
その姿をじっとりとした横目で見つめる大樹のことは気にも留めていない。
音々にした仕打ちを反省している様子は微塵もない。
反省しているのなら、その兄である大樹を前に太々しくスマホをいじるなんて、できるわけがない。
停滞し続けるこの状況に痺れを切らしたのか。大樹はそうっと……、場の空気を確かめるように話しを切り出した。
「ねえ、確かめたいことがあるんだけど」
「何ですの?」
蓮川はスマホの画面から目を離さず、生返事で返した。
「音々をあんな目にあわしたのは……君かい?」
「……!」
親指の動きが止まり、蓮川のにやけ顔が無表情へゆっくりと変化する。
だが目線は画面に向けたまま、だんまりを決め込む。
それを見て大樹は、感情を内に秘めながら追及する。
「僕はあの時、現場にいたわけじゃないからね」
「……」
「正直に言いなよ、どうせ何もかも揉み消せるんだろう?」
「…………っ」
ゲームへの集中力を削がれた蓮川は、スマホをスリープモードにしカバーを閉じてスカートのポケットにしまい、机から立ち上がった。
「私を告発したいのでしたら……、考えるだけ無駄でしてよ」
蓮川の表情が緩やかに変化する。左右の口角から頬へとスッと切れ込みが入ったかのように、冷たい笑みを浮かべ――
「くす……あははははははははははは! 井原音々。あのイタい勘違い女、来る日も来る日もニコニコしながら私に近づいてくるんですのよ? 手のひらを返した時の驚きの顔は傑作でしたわ、友人だと思っていたのは自分だけだったとも知らずに。
あーあ、いつ思い返しても本当に目障りな女でしたわ。一般庶民の分際で成績で私の上を行こうとは。
いじめ? 傷害? 何とでも言っていただいて結構でしてよ?
もう証拠なんてどこにも残っておりませんもの! 何をしてもお父様が、職員の皆様が守ってくれますもの! あなたも、あの馬鹿女も、私を敵に回したのがそもそもの間違いだと思って諦めてくださるかしら!」
大樹しか見ていないのをいいことに蓮川は本性を現す。
丁寧な言葉使いの一方で、己の身勝手な考えを言いたい放題ぶちまける。清楚と横暴の二律背反がグチャグチャに入り混じっている。
壊れたゼンマイのおもちゃのようにケタケタと体を震わせ冷笑する。月明かりの射す教室に旧校舎には蓮川のとち狂った甲高い声が響き渡る。
これっぽっちも悪びれる様子がない。
他人を虐げることを、他人を傷つけることを、他人を悲しませることを、他人から大事なものを奪うことを、息をするかのようにできて、時にそれを楽しんでさえいる。権力と財力にものを言わせ押し通される自己中心主義。
蓮川あり奈とは、――――そういう人間なのだ。
彼女のその有り様を見た大樹は、両膝を突き、怒りと悔しさのあまり奥歯をギリギリ噛みしめながら泣き始めた。
しかし、それも無理もない話だ。
こんな最低なクズ女と出会ってしまったばっかりに、妹の人生がめちゃくちゃにされてしまったのなら。
「うわ、泣き出した……」
蓮川は小声でそう漏らしつつ、口の周りを両手で覆いながらホコリだらけの床に屈する大樹を見下ろした。
「はあ…………これ以上、ここにいても時間の無駄のようですわね。手紙の送り主は何がしたかったのやら」
蓮川はこの場に縛りつけられていることにほとほと嫌気がした。一刻も早く家に帰って、至福のひと時の続きを堪能したくなった
「二度と私の前に現れないでください、さようなら!」
大樹に捨て台詞を叩きつけると、蓮川はドスドスとイラ立ちを床にぶつけるかのように足音を立てながら、廊下に向かって歩き出しす。と、その時――
「…………ろし」
「はあ!?」
ポツリと大樹の口からある一言がこぼれる。
癪に障ったのか、蓮川は反射的に聞き返した。
「何なんですの!? 聞こえませんわよ!」
「――っ」
大樹は涙を流し、ヒイヒイと息を荒げ、膝立ちの姿勢から左右の握りこぶしを床につけ、這うような姿勢でもう一言――
「人殺し」
「……へ?」
予想外の一言に蓮川の声が裏返る。
「今、なんと?」
「人殺し……」
聞き返しても同じ単語が返ってくるだけ。聞き間違えじゃない。『人殺し』と、今確かにそう言った。
憤り過ぎて赤鬼みたいに顔を真っ赤にした大樹。ゆっくりと身体を起こしながら涙をボロボロと雨粒のように散らし、世界の果てから睨みつけるかのような眼差しで、蓮川と目を合わせて、言い放った――
「音々なら…………………………死んだよ!!」
「――っ!?」
蓮川の胸くその悪さを前面に押し出した回。
書いてて自分でも腹が立ちましたw
でも忘れないでください、
やったことには必ず報いがやってくることを
(* ̄▽ ̄)フフフッ♪
……次回からはそんな話です。
土日は三話連続更新になりますが
そろそろ物語も佳境に入ります、お楽しみに!
2021年9月10日金曜日にて修正




