廃墟での対峙
あらすじ
操がかつての約束を果たすため
努力してきたことに
勇仲の心が満たされる。
とある日曜日、四月も終わりに差し掛かる頃。
夕日が沈み闇に包まれる蜂須賀学園。
「はあ、どうしてこんなことに……」
蓮川あり奈は日曜日にも関わらず蜂須賀学園にやって来た。
休みの日には家に籠もって、ネットの動画配信サービスで海外の映画やドラマを観賞するのが彼女の習慣だ。
その至福のひと時を邪魔されて気分は右肩下がり。
しかし、それでも仕方がなかった。それを切り上げてでも、――出向かなければならない事態が発生したからだ。
本校舎の西洋の洋館を思わせる上品なデザインも、夕闇の中では吸血鬼の館みたいな不気味で厳かな雰囲気をかもし出している。
そして、同じ敷地内に立っている旧校舎に至っては、もはやそんなレベルではない。
どの教室も塵やホコリが散乱しててカビ臭い。壁も床もどこもかしこも煤で汚れている。窓はくすんでいて、割れているところも何ヶ所かある。老朽化のせいか天井がところどころ剥がれて床に落下していて、電線がむき出しになっている。ほどよく荒廃していて廃墟マニアが喜びそうな印象だ。
半年前に起こった例の事件の現場も含め、あの時のまま放置している。学校の管理者が解体費用を出すのを渋っているからだ。
蓮川は胸の高さほどある錆びだらけの裏口の門をよじ登る。ラベンダー色のブラウス、腰回りに花柄模様があしらわれたプリーツスカート、首から下げたラメが散りばめられたポシェットが引っ掛からないように、細心の注意を払う。
門のすぐそこには旧校舎、その向こうには現在使われている本校舎、さらに向こうには体育館とグラウンドがある。
蜂学では休日に部活の生徒達と当直の職員の先生が出入りしているが、部活は午後四時まで、当直は午後五時までには切り上げることになっていて、その際に校内の全ての出入り口は施錠される。
しかし、旧校舎の全ての出入り口は二十四時間開きっぱなしだ。
そんないい加減な管理状況のせいもあってか、一部の生徒の間では溜まり場になっている模様。
もっとも、壊されたり盗まれて困るような物は置いていないため、職員達はとくに問題視してはいないようだ。
蓮川は戸が枠から外れた入り口の一つから、カビの匂いに顔をしかめながら小汚い旧校舎の中を進んでいく。
『ガチャガチャ……』
旧校舎の一階にある一年四組の教室。戸は枠が歪んでいて、さらにホコリやゴミが隙間に挟まりまくっている。
蓮川が引き手をつかんで開けようとしても上手くスライドしない。
『ガリ……ギャリリッ!』
少しイラっとしながら今度は両手を戸の引き手をつかみ、自らの体重をかけるように強引に開くと、
「!?」
誰もいないはずの教室には先客がいた。
肩幅の広い大きな身体、獣のように毛羽立った長髪、くっきりとした濃いめの眉毛に黒縁眼鏡。
半年ほど前に、蓮川の手によってこの学校から追い出されたはずの男子生徒。
――井原大樹だった。
チョークの粉と煤で汚れ切った黒板の前で物静かに佇んでいた。
そして、何故か全身黒ずくめ。黒いネクタイを締め、黒い革靴を履き、黒いスーツに身を包んでいた。
「やあ、……久しぶり」
大樹は静けさをまとって蓮川と向かい合い、抑揚のない声で挨拶した。突然の来訪者にとくに驚いた様子も見せず、ゆっくりと視線を合わせる。
「井原大樹、どうしてここに? まさか……あなたが私を呼んだのですか?」
「いいや、君も呼び出されたのかい?」
そう言って大樹は、スーツの胸ポケットから一枚の紙をつまんで見せる。
それを見た蓮川も、首から下げたポシェットから同じ大きさの紙切れを取り出した。自宅の郵便受けに届いた差出人不明の不可解な手紙だ。
文面はこうだ。
『あなたが半年前に犯した罪について知っています。バラされたくなかったら、今日の夕方七時に蜂須賀学園旧校舎の一年四組の教室までお越しください』
半年前に犯した罪。蓮川にはいくつかの心当たりがあったが、そのいずれも父親と蜂学の職員の手で完全に抹消されている。
無視してもよかったのだが……。
どんなに頑丈なダムもわずかな綻びで瓦解していくもの。
差出人は何者?
いったい何が目的なのか?
万が一、隠蔽工作が破られたら?
どうにも落ち着かず、気づいたら旧校舎へ向かっていた。
そして大樹がいたことで蓮川は理解した。半年前に犯した罪とは、
――井原音々を病院送りにした件だ。
大樹と蓮川の因縁の再会
ここからが見せ場です。
余談ですが、この後数話分保存した原稿の中に
加筆修正が必要なところが出てきました。
どことは言いませんが、物語的におかしくなってない
ことを祈るばかりです(^_^;)
2021年9月10日金曜日にて修正




