変わらないもの
あらすじ
勇仲は伎巳から
操が劇団を辞めた後の話を聞く。
「……嘘だろ?」
「真実ッス…………、残念ながら」
これまで明るくも暗くもない、どっちつかずのぼんやりとした目をしていた伎巳も、今回ばかりは少しだけ重々しい表情で語っていた。
「生活する分には差し支えはないんスけど、後遺症で激しい運動ができなくなってしまっていて……。事故の後も騙し騙し続けてはいたらしいんスけど、できる役柄が限られて泣く泣く劇団を去ったそうッス……」
「……マジか」
自分で選んだ道を志し半ばで失った操。
どれだけ痛かったろう? 肉体的にも、精神的にも。
どれだけの重く暗い絶望の中、事務所を去っていったのか。
――それは本人にしかわからない。
「ん? ちょっと待て」
「何スか?」
「そうか……だから自作自演が、自分で蜂学に潜入ができなかった理由はそれか?」
勇仲は思い出した。潜入調査の終わりに指摘した時の、操の言葉を濁していた原因はそれだったのだ。
「おっ、気づいたんスね。その通りッスよ。本当はお嬢も自分でやりたいはずなんスけど、潜入調査ともなるとそういうわけにもいかないんスよ。この間みたいに不測の事態が発生しても、逃げられないッスから」
蜂学の時のように追い掛け回されることは滅多にないかもしれないが、もし職員に見つかろうものなら逃げきることは難しいだろう。
「したくても……できなかったわけか」
勇仲はうつむいて、自分の手の平を見ながら自分の言動を思い出した。知らなかったとはいえ、操の心の傷に触れてしまっていた。それを意識した途端、勇仲の心の中に重たい鈍色をした罪悪感が渦巻き出した。
「けど、それだけでは終わらなかったんスよ」
「え?」
勇仲はスッと顔を上げる。
「お嬢、役者の方は挫折しちゃったみたいッスけど、それでもどうにかして夢に近づきたくて、必死で映画やシナリオの勉強をしたらしいんスよ。中等部で部活としての機能を失っていた映研部を立て直して、部員を少しずつ集めて、中三の頃には末端の賞を獲得できるほどに成長させたんスよ」
「そうなのか、すげえな」
中三にしてそこまでの進化を遂げた操。役者として大成を果たすこととと同じくらい険しい道のりだったのではなかろうか。
「お嬢が正城義高の引退宣言を聞いた時は、ショックで寝込んじゃったんスよ? ついこの間まで情緒不安定で……。
沈み込んだかと思ったら、今度は雄方君が入学してくることがわかってピョンピョン跳ねまわりながら大喜びしていたッス。だから、どんな手段を使ってでも映研部に引き入れたかったみたいッス」
「『どんな手を使っても』か。それだけのために身体を触らせたのか……」
そんなことをしてまで引きずり込むとは、操の執念深さに勇仲は恐怖を覚える。
「いつか雄方君を迎え入れて特撮ヒーロー作品をプロデュースするって、いつも口癖のように言ってたッス」
「そうか……」
「あ、ヒーローといえば、お嬢は元々人助けが趣味だったんスけど、二年生になって生徒達からの推薦で生徒会長になると、生徒達からの相談を積極的に請け負うようになったんスよ。ヒーローへの憧れがきっかけだったそうで――」
「…………」
「雄方君?」
勇仲は半身に構える形で、伎巳から目を背ける。そして、
「――――――――そうか」
そう一言だけ言い残すと、足元に置いてあった赤いスポーツバッグを手繰り寄せ、競歩並みの勢いで颯爽と生徒会室から立ち去っていった。
「?」
取り残された伎巳の周りを、はてなマークが飛び交う。
物静かな月明かりが差し込む夜の学校の廊下。勇仲は逃げるように離れる。
見られたくなかったからだ、――自分の笑顔を。
率直に言って、嬉しかったのだ。
あやが、操が事務所をやめたのが自分のせいではなかったことを。
約束を覚えていてくれたことを。
そして、今なお約束を果たそうと努力を重ねてきたことを。
監督となるべく自分を変えていったのも、勇仲を執拗にスカウトしてきたことも。
――全てはあの頃に見た夢のためだったのだ。
「まだ、……終わってなかったのか」
勇仲の胸の内が暖かな何かで満たされた。それはほんの少しだけ、けれど確かな重みでそこに存在した。
操のこれまでの話、いかかでしたか。
さて、ここからがこの物語の最も盛り上がるところです。
最初あたりに「五十話~で完結します」と言いましたが
もう少し少ない話数でまとまりそうです。
最初は長い章は分割して出すつもりだったのですが
実際に書いてみて初めてわかることもあるのですね。
2021年9月10日金曜日にて修正




