憧れの平穏な学園生活
あらすじ
元役者の雄方勇仲は役者を引退して、平穏な学園生活を謳歌していたのだが……。
背後に向いていた意識が、正面へと引き戻される。
勇仲は机を二つ集めて、クラスの友達と昼食を食べながら話をしていた。
茶髪でツインテールの女友達の野中が小さめの手作り弁当を箸で突っつきながら話しかけてきた。
「えっと……ごめん、何だっけ?」
「英房先輩からスカウトが来た話だろ」
勇仲の愛想笑いに、隣に座るもう一人の友達、ぽっちゃり系で坊主頭のクラスメイト、羽田がコンビニのアメリカンドックを片手に言った。
野中と羽田は入学式で知り合った勇仲の友達。たまたま同じクラスになり、その後も何かと話す機会が多くクラスの中でも比較的仲がいい。
「ハナブサって、あの?」
「雄方君は高等部からの編入だよね? 玖成の生徒でそれを知らないのはまずいよ」
野中が勝手に椅子から立ち上がり、喜々として語りだした。
「この玖成学園の生徒会長にして映画研究部の部長の三年生《英房操先輩》。中等部の一年で入部した映研部を発展させて、アマチュア映画コンペ常連へと押し上げ、演技指導にシナリオにメイクまでこなす、美少女映画監督!」
「野中が自分の世界に入っちまった」
「英房先輩、男女を問わずモテモテだからなぁ」
花吹雪の中で舞い踊る恋する乙女のごとく、爛々と目を光らせ語る野中の姿に勇仲と羽田は苦笑いした。
勇仲は説明を受けるまでもなく、よく知っていた。
しかし、憧れを抱くことはなかった。
いや、むしろ逆だ。勇仲は、英房操のことを恐れていたのだ、――――名前を口に出すことさえもはばかるほどに。
「雄方、本当に断るのか? 英房先輩が直々にスカウトするなんてめったにないぞ」
羽田がアメリカンドックを咀嚼しながら勇仲に問う。
「生憎だけど……俺、映画とかに興味がねえんだわ。何で俺なんかを選んだのかが全く分からねえな」
「顔じゃない? 割とイケメン寄りな顔してるし」
「ど――こ――がっ?」
「何でちょっとキレてんの!?」
勇仲は顎を前に出して野中の発言を不服そうに否定する。
イケメンかどうかはさておき、昔から勇仲は自分が男とも女ともつかない中性的な顔立ちだと自覚していた。
子役時代には女の子役のオファーが来たこともあり、ショックだったようだ。
もっとも事務所の意向で応じることはなかった。
『ピンポンパンポ――――ン!』
その時だった、天井のスピーカーから女子の声で校内放送のアナウンスが流れる。
『1年C組の雄方勇仲君、落とし物を預かっておりまぁーす。大至急、生徒会室まで来てくださぁーい』
聞き覚えのある声に呼ばれ、勇仲はジャングルで天敵の気配を察知した小動物のように、反射的にスピーカーの方を振り向く。
その後、ゆっくりと俯きながら、地の底まで届きそうな深いため息を静かに吐いた。
「おお、噂をすれば」
「生徒会室ってことは、ご指名かな? いいな、いいな!」
羽田と野中は生温かい視線を勇仲に送る。
「お前らなぁ、うらやましがるようなことじゃねえぞ」
勇仲は鉛のような重たい腰を上げて、昼食のコンビニ弁当のトレーを教室の隅のごみ箱に勢いよく放り込むと、ぐったりと背筋を丸めて廊下へと出ていった。
「はあ……もっと強く断っておくべきだったか」
落とし物に心当たりがあった。
――財布だ。カバンの側面のポケットに差していたのがなくなっていた。
しかし、とくに慌てはしなかった。犯人にも心当たりがあるからだ。そしてたった今自分を呼び出した人物にも。
関わりたくない。無視することもできるのだが、財布の中には現金はもちろん、電子マネーカードや図書館の貸し出しカード、個人情報に直結するものも入っている。あまり長い間放置しておくわけにもいかない。
勇仲は生徒会室へと向かいながら思い返した。一週間前に遭遇してしまった彼女のことを、後悔と共に……。
一日目の更新はここまでにしておきます。
明日もお楽しみに!!
2021年7月7日土曜日にて修正