再会
あらすじ
勇仲はある決意を固め、
生徒会室へと向かう
『ピシャッ!』
夕方の六時過ぎ。
生徒会室の扉を勇仲は勢いよく開いた。
中にいたのは操の一人だけ。執務席に腰掛け、執務机の上で開かれたノートパソコンと向かい合っている。パソコンのわずかな起動音と、キーボードのタイピングの音だけが響いていた。
「会長、いるか?」
「…………その声はぁ、勇仲ちゃん?」
操はなにやら疲れているようで、少しかすれた声で返事をするも、勇仲には見向きもしなかった。日頃の癖なのか、猫のように背中を丸めてパソコンをいじっている。その姿勢のせいでモニターに隔たれて顔がよく見えない。
「どうしたのかしらぁ、もしかしてぇ、私に会いたくなっちゃったのぉ?」
操はからかったような猫なで声で勇仲に問う。
「はあ……自意識過剰だな。アンタがずっと未読スルーするから来たんだよ」
「未読スルー? あらぁ、ごめんなさい。シナリオを書き終えるまではスマホの電源を切るようにしているのよぉ」
「二日間もか?」
どうやら勇仲は無視されていたわけではなかったようだ。
「副会長はどうした。一緒じゃねえのか?」
「あ、伎巳ちゃんならコンビニにお買い物に行ってもらってるわよぉ」
「へえー、そうか」
「――」
勇仲のことには意識が向かないのか、操は再び集中状態に入った。
よく見ると執務机にはヒーローのフィギュアに加え、操の手元にエナジードリンクの缶が二本並んでいた。
表情ははっきりと見えないがモニターの縁からからチラチラと普段と違う様子が見え隠れする。
栗毛色の絹糸のようにさらさらだったロングヘアが、今はツヤを失いところどころほつれが目立っていた。
疲れた体に鞭打って創作活動に打ち込んでいることが見て取れた。
黙々とキーボードを叩き続け、一向に返事が返ってこないので勇仲は自分から話し始めた。
「あの蜂学の賄賂女のこと、もう放っておくつもりなのか?」
数秒ほど遅れて操は言葉を返す。
「蜂学の黒い噂、覚えてる? 不祥事で生徒が退学になってるって話」
「ああ、最初に言ってたやつな。実際は追い出すための口実で、井原先輩もその被害者なんだよな?」
「そうなるわねぇ。それも一度や二度じゃないのよぉ。彼以外にも犠牲者がいると見て間違いないわねぇ」
「それで、そんな賄賂女に怖じ気づいちまったのか?」
「勇仲ちゃん、もう手伝いたくないんじゃなかったのぉ?」
「!」
痛いところを突かれた勇仲。『今までやめたそうな雰囲気を出しておきながら、どの口が言っているんだ』と言われている気がした。
しかし、そんなの知ったことか。勇仲はもう覚悟を決めてきたのだ。
そんな勇仲に、操は続けて問いかけた。
「勇仲ちゃんはどうしたい?」
「俺は……」
結果的に、何人もの人間を蹴落としてしまった勇仲だからこそわかる。そんなことを平気でできてしまう蓮川あり奈の異常さを。
理不尽に当たり前の日常を奪われる。
真実が闇へと葬られて、嘘偽りが真実として罷り通ってしまう……そんな不条理が許されてたまるものか。
「俺はあの兄妹を、あの賄賂女を、……見なかったことにはできねえ!」
勇仲はキーホルダーを握り締めて、真っ直ぐな眼差しで操に言った。
沸き上がってしまったこの思いは捨てられない。
この衝動に名前をつけるとしたら――――
『正義』
それは口に出すのも恐れ多い言葉。
しかし、勇仲にはそれ以外に形容する言葉が見つからなかった。
こんな時にロアレンジャーだったらどうする?
どんなに手ごわい敵が相手だろうと諦めない。
危機に瀕した者を見捨てたりはしない。
はたから見ればお節介なのかもしれない。
独善主義なのかもしれない。
ええかっこしいなのかもしれない。
それでもあの兄妹を助けてやりたい。
誰かが断ち切らなければいけないんだ、この負の連鎖を。
それが可能なのかは、勇仲には見当もつかなかったが……。
「…………あのねぇ、勇仲ちゃん」
操は静かなため息の後で、
「誰も助けないなんて言ってないわよぉ?」
「え?」
操は両腕を上げて椅子の背もたれに体を預け、猫のようなしなやかなボディラインを描きながら背筋を伸ばし、パソコン作業で固まっていた筋肉をほぐす。
「ふう…………よぉし、完成ぃ!」
「おい、どういうことだ?」
「今、作っているシナリオはねぇ、あの兄妹のためのものなのよぉ」
「シナリオ……?」
勇仲にはぴんと来ない。
操は椅子を一八〇度回転させ、窓に近づき夜空の星を見上げながらもう一度背筋をグッと伸ばした。
「……アンタ、何をするつもりだ?」
勇仲は瞬きを増やしながら問いかける。
「蓮川あり奈、そして蜂須賀学園の裏の顔を暴く。監督の私と、役者のあなたが協力すればそれも可能となるわよぉ。だから」
操はゆらーっと勇仲の方を振り返り、
「あなたにも、――――手伝ってもらうわよぉ!」
はつらつとした表情で言った。
「――っ?」
その顔を見て勇仲はハッと息を呑んだ。
そこにはいつもの操とは明確な違いがあったからだ。
それは――――眼鏡だ。
長時間のパソコン作業のためものか。ずっとパソコンのモニターに阻まれ、それに勇仲はずっと気づかなかった。
しかも、どこかで見覚えのあるその眼鏡。
――――――――野暮ったい真ん丸のグリグリしたレンズの眼鏡。
勇仲は無意識に口から言葉がこぼれてしまった。
「――――あやちゃん?」
「やっと会えたわねぇ、勇仲くん」
お互いが目線を合わせたまま、ゆっくりと時が刻まれる……。
「えぇ……………………?」
衝撃に胸を突かれ勇仲は思考が停止し、魂が抜けたかのように立ち往生した。
あやちゃん……もとい英房操と、雄方勇仲の約四年振りの再会だった。
ところがそんな勇仲を尻目に、操はなにを思ったのか。生徒会室の奥にある棚から何かを取り出した。
クシャクシャに丸められたピンクのハート柄のブランケットだ。
「おい、今度は何だ?」
「二日間徹夜したのぉ……。少し仮眠をとる……わぁ」
「ええ? ここでか?」
操の様子が緩やかに変貌する。はつらつとした表情は太陽が沈んだかのように消え失せ、目蓋が重たく下がり、ふらつく背筋はまるで風にあおられる柳の木。声色もわずか数秒でまどろみに染まっていった。
ブランケットをソファーの上に置き、操は執務机の陰に置かれたスクールバッグから玖成学園指定の赤いジャージを取り出す。それを二台のソファーの間にあるテーブルの上に置いた。
そして操は、――――おもむろにスカートを脱ぎだした。
「うおっ!? なに男子の前で着替えてんだよ!?」
「柔らかい……服じゃないと、眠れない……体質……なのぉ」
「だからってここで着替えることねえだろ!? トイレで着替えるとか! ってか、何で下から脱ぐんだよ! 普通上からだろ!?」
「もう……動きたく……ないのぉ」
泥酔状態も同然の操が、白いフリフリのレースがあしらわれたパンツを勇仲に惜しげもなく見せつける。
これまで遭遇したことのないカオスな状況に耳を真っ赤にしてたじろぐ勇仲。
慌てて全開になっていた窓のカーテンを閉める。時間的に誰かが外を通り過ぎることはないかもしれないが、万が一誰かに見られようものなら……とんでもない誤解を生むことになるだろう。
その両足は、まるで天然物の真珠の粉を散りばめたかのような艶やかな光沢をまとっていて、太ももは丁度いい具合に脂肪に包まれており、ついたばかりの餅のような柔らかさが見て取れた。
操はそれをジャージのズボンに勢いよく衣擦れの音をスルリッと立てながら通した。
勇仲が恐る恐る振り向いた時にはもう穿き終えていた。
ブレザーを脱いでスカートと一緒にまとめてさっきまで座っていた椅子の上に投げ捨て、ブラウスの上からジャージの上着を羽織る。
そうしたらブランケットに包まってソファーへと倒れ込むようにダイブする。操はソファーの肘掛けを枕代わりにして仰向けで横になると、どこから出したのか……アイマスクを被る。そして深い深いあくびをして、
「おやすみ……なさい」
何の脈絡もなく始まったパニックに翻弄され、勇仲は息を切らす。
「…………何なんだよ、こいつ」
そんなことにはお構いなしに、操は幸せそうな顔をしながら夢想の世界へと落ちていった。
再会の余韻に浸る間もなく……。
何度目かの衝撃の真実、いかがでしたか。
操とあやちゃんが同一人物だった。
ここまで気付かれないように書いてきたので
驚いてくれていたら嬉しいですw
2021年9月4日土曜日にて修正




