ヒーローからの啓示
あらすじ
自分を責め続けた勇仲は十五才になって
芸能界を去った。
平穏な日常へと足を踏み入れる……。
一番星が見え始める頃。
勇仲は中庭のベンチに腰掛けコーヒーを飲み終え、昔のことを振り返り一人で感傷に浸っていた。
「またやってしまった……」
――後悔した。
こんなことを思い出しても暗い気分になるだけだとわかっているのに……。
芸能界から距離を置き、少しずつ減ってきてはいるものの、勇仲はあの頃からこんなことを幾度となく繰り返してきたのだ。
スマホを確認するが、やはり既読はつかない。
「うーん……………………帰るか」
不満そうに小さな唸り声を上げる勇仲。
これ以上待っていても意味がないと感じたようだ。
ベンチから立ち上がると、足元に置いていたスポーツバッグのチャックを開いてスマホを放り込んだ。
『ジャラッ!』
「んん?」
バッグの奥から金属が擦れるような音が聞こえた。中を覗き込むと、
「あ……」
勇仲の動きが止まった。
バッグの内側にあるポケットの中にあったのは、
――キーホルダーだ。
自分で入れていたことをすっかり忘れていた。
ロアレンジャーのエンブレム。roarのRと、rangerのR、二つの頭文字が組み合わさった、銀色の金属製で、小さい割にはずっしりと重みのあるキーホルダー。
事務所の近くの映画館に同期のみんなで見に行った、ロアレンジャーの最後の戦いを描いた劇場版。
このキーホルダーは、映画館の売店で買った思い出の品だ。
みんなと離れ離れになってしまい、捨ててしまおうかとも考えたが、――できなかった。
それが勇仲にとって、劇団で一番楽しかった時の思い出の品だったから。
とはいえ、高校生にもなって、まだこんなものを持ち歩いていることへの気恥ずかしさはあったため、見えないところに御守り感覚で収めてあった。
ロアレンジャーは悪の組織による望みもしない人体改造を強いられ、動物由来の身体能力を身につけてしまったことで誕生した。
物語の始まりが、子供向け番組としては少しブラックだったがゆえに、当時はファンの間で賛否が分かれた。
しかし、だからこそ注目を集めたシリーズでもあった。
悲運にも普通の人間ではなくなってしまったことに、戸惑い苦しみながらも力を合わせて進み続ける。
その姿に勇仲は勇気をもらい――
「!」
その瞬間、頭の中の思考回路にピリッと電気信号が流れた。
今、はっきりわかった。
ロアレンジャーがあの頃の、思い悩んでいた自分と同じだったことを。
役者として目まぐるしい成長を遂げて、それが望まない結果を招き、それでも立ち止まることができなかった勇仲と。
違っていたのは、勇仲の方は最終的に心が折れてしまったことだが……。
特撮ヒーローなんて星の数ほどいるのはずなのに、高校生になった今でもはっきりと記憶に残っているのは、今でもグッズを後生大事に持っているのは、後にも先にも獣人戦隊ロアレンジャーだけだ。
ひょっとすると勇仲は、ロアレンジャーの物語とあの頃の自分が置かれた境遇を重ねていたのかもしれない。
「…………………………………………そうか、そういう事か!」
――その時、勇仲の中で揺るぎない答えが出た。
井原兄妹に抱いた、このモヤモヤが何だったのか。
勇仲はコーヒーの紙コップを自販機の横のゴミ箱に叩き込む。
そして、バッグのベルトを肩からタスキ掛けにして、右手にはキーホルダーを握り締めて颯爽と走り出した。
確かな決意を持って――――――――生徒会室へ。
長い回想から現在に戻りました。
勇仲はこれから大きく動き出しますよー!
2021年9月4日土曜日にて修正




