バーンアウトチルドレン
あらすじ
勇仲八才は同期の友達との間に
溝が生じていくのを感じる。
それを悲しむあやちゃんを励まし、
元通りの関係に戻れるのを信じて邁進する。
十一才になった勇仲は役者としての活躍ののちに急成長を遂げ《芸名・正城義高》としてテレビドラマの出演枠を始め、いくつもの仕事を勝ち取っていく。
ある春の夕方。
仕事が一段落し、数カ月ぶりに事務所に顔を出した。
ファッションにも気を使うようになり、髪の色も茶色に染め無造作なパーマをかけた。髪を風に揺らしながら颯爽と歩く。
廊下からは防音でマジックミラーの壁で隔たれたスタジオの中で、劇団の後輩達がダンスレッスンに励む姿が見える。
「あら、勇仲君?」
事務所の奥から深い臙脂色のスーツに身を包んだ痩せ型で長髪の中年女性が、煙草をふかしながらゆっくりと近づいてくる。
「ああそう、言えば今日来るのだったわね」
「おはようございます、社長」
《高砂藤子》。
劇団ひいらぎを運営する芸能事務所の社長。
事務所でトップの地位でありながら、自ら新人役者のレッスンにも携わり数々の優秀な人材を育て上げた名指導者でもある。
「撮影はうまくいったのかしら?」
「はい、ばっちりです。それより社長」
「何かしら?」
「あの、…………みんなは」
「みんな?」
この一、二年間で勇仲を取り巻く環境は目まぐるしく変わった。
現場での活動が多くなったことで、どうしてもレッスンよりも仕事を優先するようにならざるを得なくなった。
今頃みんなはどうしているだろうか?
少しは冷静さを取り戻している頃だろうか?
ずっと気がかりだった。
「ああ、はいはい。同期の子達のことね」
「はい、調子はどうですか?」
期待を胸に抱いた勇仲に帰ってきた言葉は――
「やめたわよ」
「はっ?」
時間が切り抜かれたかのように、勇仲の動きが止まる。
社長は平然とした顔で視線を送り続ける。
動いていたのはマジックミラーの向こう側にいるコーチと新人達だけ。
聞き取れなかったのか、言ってる意味がわからなかったのか、困惑している勇仲を見て社長は再び口を開く。
「あなたの同期のみんな、佑馬君以外はやめちゃったわよ?」
「え…………え?」
青天の霹靂。社長の発言に勇仲の脳が追いついていない模様……。
「………………え、ウソでしょ?」
「本当よ、嘘をついてどうするというの?」
脳みその深いところで石の玉があちらこちらへと転がってるような、精神の乱れに襲われる。
――そんな時、勇仲は入り口の方向に物静かな気配を察知した。
「佑馬!」
「おう勇仲……、帰ってたのか」
振り返ると、佑馬が静かに佇んでいた。
どうやら学校の帰りのようで、近所にある私立小学校の紺色の制服に身を包んでいて、黒のベリーショートの髪が快活さをかもし出している。
しかし何やら様子がおかしい。ほんの一言、話しただけではっきりわかるほどのよそよそしさがある。勇仲の言葉に反応するも、決して目を合わそうとしない。明らかな温度差が感じられる。
「――!」
その時勇仲の目は、あるものに釘づけになる。
それは佑馬が握り締めた薄茶色の封筒。
そこには大きく―――『退所届け』と書かれていた。
「あら、ついに? ご苦労様」
「はい、お世話になりました。社長」
二人の間で二つ返事で話が進んでいく。わけもわからず、ただただ面食らう勇仲を置き去りにしたまま。
「佑馬、やめんのか? なんで!?」
勇仲の問いかけに対し、佑馬は鼻筋にしわを寄せて、
「親に言われたんだよ。もういいんじゃないかって。ずっと高いレッスン料を払ってオーディションにもろくに受からないし……」
「親に言われてって、それだけのことでかよ?」
「―――――それだけのこと?」
その瞬間、周囲の空気が遠くに行くのを感じた。
それはまるで嵐の前の静けさのごとく、勇仲は『これから何が始まるのか?』と恐怖で首元が締めつけられるような感覚を覚える。触れてはいけないものに触れてしまった気がした。
「もう最後だから……はっきり言ってやるよ」
佑馬は深く、静かに息を荒げていく。大きく肩を上下させ今にも破裂しそうに顔を紅潮させながら――
「ずっとお前が嫌いだったんだよ!」
「え、俺が?」
想像もよらない言葉に、勇仲は目をチカチカさせる。
「自分ばっか目立って! 大人達からちやほやされて! お前はクラスのみんなのことなんか考えたことないよな!? 仕事なんかいくらでもあるのに独り占めして! 少しぐらい……俺達に譲ってくれたっていいだろ。俺だけじゃない、みんなだって――」
「それは仕方ないわよ。彼がベストを尽くした結果なんだから」
「……っ!」
社長は佑真の主張を、さも当たり前のように一蹴した。
佑馬は身をよじらせる。体内では行き場のない怒りが暴れ回っているようだ。
その一連の流れを目の当たりにした勇仲の脳裏に、自分のこれまでがスライドショーのように投影される。
学校が終わると遊びには目もくれずレッスンに励んだこと。
いくつものオーディションを受け、落ちた悔しさで涙を流したこと。
努力が認められ少しずつ仕事がもらえるようになったこと。
有名な脚本家のドラマの役をもらえたこと。
たくさんの人達からの期待を一身に受け、それに応えようと一層の努力をしたこと。
全ては、あの日みんなと見た夢をもう一度見たかったから。
それなのにこれじゃあまるで――
(俺が、みんなの活躍の場を奪ってきたみたいじゃねえか)
そして退所届けを社長に押しつけると佑馬は、何も言わずに踵を返す。
「佑馬、あの――――」
「あ? …………なんだよ?」
佑馬は背を向けたまま首だけを右にひねり、横目で勇仲を睨みつける。その目は泥のようにどす黒く濁った憎悪に満ちていた。
それは決して仲間に向けるようなものではなかった。
「………………………………いや、なんでもない」
もはや、目も当てられなかった。
佑馬はそのまま、音も立てずに去っていった。
忘れてしまったのか、どうでもよくなったのか、いずれにせよ勇仲は悟った。
みんなの夢はとっくに終わっていたんだと。
(他のみんなもこんな風に、やめてしまったのだろうか? いつから? いつから変わってしまった? どうすればよかった?)
――――問いかけても、答える者はいない。
ついに事件が起きてしまった。
僕も二、三年前に声優養成所の面接で
落ちたことがあります。
スタートラインに立つのも大変なわけだから
プロの世界はもっと厳しいんだろうな……(ノД`)・゜・。
2021年8月28日土曜日にて修正




