不協和音の中で
あらすじ
勇仲六才は子役劇団に入門する。
出会った仲間と将来特撮ヒーローを
演じるという夢ができた。
劇団に入ってから二年目の春。
劇団でレッスンを重ね、少しずつ子役として重宝されるようになった雄方勇仲八才。
オーディションを経て、CMやドラマのちょい役、教育番組の出演などをいくつか勝ち取ってきた。充実した毎日に、自分の進むべき道を見つけつつあった。
小学校のホームルームを終えて、劇団のレッスンに来た勇仲。劇団兼事務所のビルの入り口で、上履きを取ろうと下駄箱の蓋を開け、
「………………またか」
勇仲はため息交じりに落胆の声を漏らす。
――上履きの中に石が入れられていた。
入所してすぐの頃はみんな和気あいあいとレッスンに励んでいたが、一年ほど経った頃から五人のを取り巻く空気が大きくに変わっていった、――悪い意味で。
役者としての成長の度合いは一人一人違う。勇仲のように、みんながみんな順風満帆とはいかなかった。
思うように結果が出せずに苦汁をなめる者をもいる。
そしていつしか、いがみ合うようになった。
中には妬み嫉みに駆られ、嫌がらせをする者もいて、五人の間には日に日に溝が生じていくのだった。
勇仲も以前はいがみ合いに加わっていた。
しかし、ほど無くして上手く受け流すことを覚えた。こんな意地の張り合いをしてもお互い苦しいだけだと理解したのだ。
勇仲は嫌がらせにはいくらでも耐えてきた。
みんなが喧嘩し出したら割って入ってでも止めた。
それなのに『自分だけオーディションに受かったからって偉そうにするな!』などと、とばっちりを食らうこともしばしば……。
(いつの間にこうなったんだ?)
いつも心の中で嘆いていた。もう仲良くはいられないのか。みんなが思い描いていたのはこんな毎日ではないはず。
仕事もレッスンも、勇仲はいつしか煮え切らないものを抱えながらこなすようになっていった。
大規模なオーディションが開催される前は、いつにも増して空気がピリピリしていて居心地が悪かった。
同じ事務所のスタジオにいても言葉は交わさない。目も合わせない。息が詰まりそうな空気に、勇仲は精 神がすり減るのを感じた。
自由時間だけでもと、事務所の屋上に退避する。
するとそこには先客が――
「あやちゃん?」
「あ、勇仲くん」
屋上の入り口の正面、貯水タンクの前であやがしゃがんで泣いていた。まずいタイミングで出くわしてしまった二人。
「え、えーと――」
「もう見てられないよ……なんで……みんなあんなことするの?」
あやが自分から語り出した。泣いている理由に心当たりがあった。あり過ぎるから、勇仲にはそれが嫌だった。
昨日は佑馬と沙織が取っ組み合いの喧嘩をして、今日もその余韻でずっとギスギスしていた。一昨日は佑馬と吉次が喧嘩、さらに沙織があやに暴言を吐いて泣かしてしまう。
あやは優しいから加害者側に立つことはなかった。
だからこそ、こんなことが日常茶飯事になってしまった現状に耐えられなくなったのだろう……。
「みんな、約束のこと……忘れちゃったのかなぁ? 最近……誰も、そんな話しをしなくなったけど……」
「!」
勇仲は目を見開いた。
ヒーローを演じる――、あの日みんなで語り合った芝居にかける夢を、あやは覚えていてくれたのだ。
その時勇仲の心臓にかすかな光が灯る。
そして思った――――彼女を挫けさせたままではいけない、と。
「俺は、覚えてるぞ」
「……本当?」
涙ぐんで見上げるあやのすぐ横に勇仲は駆け寄り、
「ああ、みんなは今、一生懸命になり過ぎてんだよ。だからぶつかっちゃうんだ。あの時のように笑って話せる時が来るのを待って、……今はできることをしよう。」
「今できること?」
「そうだ。一つでも多くのオーディションに受かって力をつけるんだ。そしたらまたあの頃みんなで目指した道が開けるかもしれない」
その言葉は、勇仲の切なる願いから生まれた詭弁だったのかもしれない。
けど、それで彼女が前を向いてくれるのなら、――――あやは少しの間だけ下を向いて考え込み……そして、
「そう……、わかったよ勇仲くん。もう少し頑張ってみるよ」
「…………ああ、期待してんぞ!」
満面の笑み、――とまではいかないかったものの、あやの表情にろうそくの火ぐらいの明るさが戻った。
あの時、誓い合った約束はまぎれもなく本物だったはず。
みんなどんなに険悪になっても同じ舞台の上では投げやりにはならずに、自分の役を忠実にこなしている。
だからきっと、今でもどこかで自分達は繋がっている。同じ方向を向いているはずだ。
そうであることを祈りつつ、勇仲は役者として、今日も自分を磨きながら突き進むのだった。
舞台裏での不仲、芸能界には大なり小なり
あると聞きます(-_-;)。
こういう重い展開を書くのは
心苦しいのですが、必要なんですよ。
以前にも後書きに書きましたっけ?
↓
ここから勇仲が役者を引退した理由が
少しずつ明らかになります。
2021年8月28日土曜日にて修正




