スリーピングビューティーシスター
あらすじ
勇仲に助けられた大樹は
依頼を撤回し、勇仲達のもとを去っていく……
「ごめんな、最近なかなか来れなくて」
夕日が沈み月が昇る頃。玖成学園からほど近い、とある総合病院の一室で大樹は言った。
途中で立ち寄った花屋で買った白いバラを包み紙から出すと、部屋の隅に設けられた飾り棚の花瓶に丁寧に活けた。
それから、ベッドの横の椅子に腰かける。
「玖成での生活にもやっと慣れて来たよ。いいところに移れてよかった」
「――――」
「特に生徒会長さんがいい人なんだ。生徒の相談を真剣に聞いてくれるんだ。けど、少し迷惑かけてしまってな」
「――――」
「もう、あのこと(・・・・)は忘れようと思う。納得いかないことだらけだけど」
「――――」
「俺にもっと力があればなあ……」
「――――」
いくらしゃべりかけても、彼女は言葉を返すどころか、表情一つ変えてはくれない。大樹は両手で挟むように彼女の左手を優しく握ってみる。しかし握り返すことはない。
二人の心の距離は地球の裏側よりも、ず――っと遠いところにあるかのようだ。こんなにも近くにいるというのに……。
「……うん、そうだそうだ、もう忘れよう。そんなことよりお前が戻ってくることを願う方がずっと――」
大樹が自らを必死に納得させようとしていると……ふと、後ろから誰かに見られているような気配を感じ取った。
振り返ると、病室の戸がわずかに開いていて、その隙間を凝視すると――
「うわあ!」
大樹は体をうねらせながら椅子から立ち上がる。
隙間から円らな瞳が、誰かがこちらを見ていた。
「フフフ、見つかっちゃったぁ」
戸をゆっくりとスライドさせて、操が茶目っ気に満ちた笑みを浮かべながら病室に入ってきた。
「こんばんはッス!」
「……どうも」
遅れて伎巳と、バツが悪そうに勇仲が頭を掻きながら顔を出す。
「英房さん、どうしてここに?」
「驚いたぁ? あんなこと言われたら気になるじゃない? 後をつけさせてもらったわぁ、ごめんなさいねぇ」
両目を見開き唖然とする大樹に対し、両手を合わせて片目をつむり茶目っ気たっぷりの笑顔で操は謝った。
「すみません井原先輩、コイツらが行くって聞かなくて……。だから言ったんだよ! プライベートにまで切り込むべきじゃないって――」
ふと、目に飛び込んできた部屋の光景に勇仲は言葉を失った。
そこでは白いベッドの上で、布団をかけられ横たわる女の子が一人。
しかし、挨拶はおろか、振り向くことさえしない。
彼女は深い眠りについていたからだ。
「なあ、ひょっとしてこの子が例の……」
「そうだよ井原音々。僕の妹だ」
年齢は女子高生ぐらいだろうか。黒髪のショートヘアでファッションモデルのような高身長、鼻筋が高く大人びた顔立ち。
薄いピンク色の検診衣に身を包み、あまり日に当たっていないのか、肌は積もりたての雪のように真っ白で、長期間にわたり入院中の患者であることが見て取れる。
右腕には点滴の針がテープで固定され、ベッドの向こうにあるポールから吊るされたパックから薬が投与されている。
部屋の奥には様々な医療機器が置かれ、口と鼻は人工呼吸器に繋がれたチューブ付きのマスクで覆われている。そこから漏れ出る呼吸音だけが、静けさに満ちた病室の中で一定のリズムで響いていた。
「というかアンタ、さっきからずっと眠っている妹相手に話しかけていたのか?」
「あははは……、恥ずかしいところを見られてしまったね。これは癖みたいなもので……他意はないよ」
大樹は赤面しながらポリポリと頬を掻く。
それから椅子に再び腰掛け、眠る妹の顔を静かにのぞき込む。その背中はどこか儚く、アスリート並みの恵まれた体格も、その時だけはすごく小さく見えた。
するとそんな中、
「ねえ、大樹君。推測なんだけどぉ、間違ってたらごめんね」
「どうしたんだい?」
操は大樹の背中越しに話を切り出す。
「妹さんをいじめていたのって、蓮川あり奈なんじゃないのぉ?」
「!」
「「はあ⁉」」
大樹の身体がビクリッと縦に飛び跳ねる。
傍らで聞いていた勇仲と伎巳も驚きの声を上げた。
「どうして?」
決して振り返ることはせず、大樹はうつむきながらボソボソと聞き取りにくい声で、操の質問を質問で返した。
「蓮川の話をした時のあなた、尋常じゃない慌て様だったからぁ。知っていることがあるなら教えてくれないかしらぁ?」
「…………そうかい。君にはごまかしは利かないか」
観念したかのように、大樹は重たい口調で語り始めた。
「音々は半年前、蓮川あり奈の度を越えた暴力を受けて植物状態になったんだ」
「「「!」」」
ここからシリアスな展開が続きます。
十九話と二十話で一つの話だったんですが
長すぎるので分割して掲載しました。
2021年8月21日にて修正




