役者なんてやーめた!
高校一年生・雄方勇仲は、こめかみに拳銃を突きつけられたように緊迫していた。
都立高校《玖成学園》。
四月のある日のひと時、金曜日のお昼休みの時間に一年C組の教室では、生徒達が束の間の休息を取っていた。
机に顔を伏せて仮眠をとる者。
問題集を開いて予習に励む者。
生徒同士で机を寄せ集めて昼食を取る者達。
黒板にチョークで落書きをして遊ぶ者達。
日常生活の何気ない風景、とくにおかしなところは何もない。
そんな教室の中でたった一人、勇仲は波のように押し寄せる緊張感と戦っていた。
後ろで騒ぐ女子達の話が気になって仕方なかった。
「今夜の金曜ロウドショーで『VOYAGE』やるんだって!」
「正城義高の引退作だっけ?」
「ショックだったわ。みんなが期待してんのにやめちゃうなんて無責任じゃない?」
《正城義高》。
六才で『子役劇団・ひいらぎ』に入所し、CMに起用されたのをきっかけに一躍有名になり、テレビドラマを中心に活躍した。
のちに明治時代の世界を放浪する少年を描いた映画『明治少年VOYAGE』の主演に抜擢され十四才にして数多の映画賞を受賞。
さらなる飛躍が期待された中、突如引退を表明した。
彼女達の会話が耳に入ってくる度に心臓がドクドクと音を立てる。
勇仲は決して盗み聞きをしているつもりはない。むしろ聞きたくない。それなのに気になってしまう。――何故か?
少年俳優・正城義高の正体が、雄方勇仲その人だからだ。
勇仲は正城義高という芸名で活動していたが、それもつい最近までのこと。
今年の一月に正式に事務所を退所。芸能界を去った。
今はその過去を隠し、どこにでもいる普通の高校生としてひっそりと生活している。
その選択はちょっとした賭けでもあった。
勇仲にはこれまで築き上げた確固たる知名度があった。周囲の注目の目が落ち着いた生活をさせてはくれないかもしれない。
当初はそういった不安もあった。
実は役者の仕事をする上で、かなりキャラを作っていた。当時は茶髪のミディアムヘアで羽根のようなふんわりとした無造作パーマ、性格も人当たりのいい好青年キャラで通っていた。
髪型を素朴な黒の短髪にして、無理にキャラを作るのをやめたせいか、学校で気づく者はいない。クラスメイト達も、それこそたった今、勇仲の後ろでくっちゃべっている女子達でさえも。
人間の目なんて意外と当てにならないものだ。このまま風化してくれれば勇仲にとって都合がいい。
「雄方君、私の話聞いてる?」
「え?」
プロローグを書いたばかりでの第一話を投稿。
平日に1話ずつ、土日のみ3話ずつ
全50話と少しでの完結を予定していますのでお楽しみに。
2021年7月10日土曜日にて修正