依頼人、井原大樹
あらすじ
大樹に恐喝未遂を起こしたチャラ男達を
勇仲はヤンキーに扮して追い払うことに成功した。
大樹が落ち着きを取り戻した後で、操は蜂須賀学園の調査状況を説明し、それを勇仲が手伝っている旨を伝えた。
「それで調査は振り出しに戻っちゃったわけなのよぉ。ごめんなさいねぇ」
「とんでもない、英房さんには感謝してるよ。何の見返りもなしにこんな相談に乗ってくれているんだから」
ペコペコと頭を下げる大樹。
「井原先輩、だっけ? 聞きてえことがあるんだが」
勇仲が手をこめかみぐらいの高さまで上げて会話に加わった。
「どうしたんだい? 雄方君」
「あの……」
勇仲が一秒ほど沈黙し、空気の塊をひとつのみ込むと、重々しく話を切り出した。
「蓮川あり奈って、知ってる?」
「!」
大樹はピクリと肩を強張らせた。
「何だって? 彼女に会ったのかい!?」
「ああ、危うくボコボコになるところだっ――」
その瞬間、大樹の大きな体がふらーっとよろめく。そして、その場にバッとしゃがみ込んだ。立ち眩みでもしたのだろうか?
「ちょっとちょっと。どうしちゃったのぉ?」
「具合でも悪いんスか?」
操と伎巳が、大樹の高さに合わせてしゃがみ込むと、
「なんということだ……」
大樹は飛び上がるように立ち上がると、そのたくましい手で勇仲の両肩をものすごい握力で掴んだ。
「そうか……そうだったのか、ごめん! 僕がこんなことをお願いしたばっかりに……。本当にごめん! 大丈夫だったかい!?」
大樹は心配そうに問いかける。
引きつった表情筋。慌ただしい早口。何かに脅えているかのようにその声が、その肩が、その瞳孔が震えていた。
「お、おう。なんとか逃げきったから」
「本当? 本当に!?」
「大丈夫だって、落ち着けよ!」
畳みかけるような問いかけの連発に身の危険を感じた勇仲は、大樹の剛腕をバッと勢いよく振り払った。
「ご…………ごめんよ、取り乱した」
「ったく、なんだよ急に……」
息を荒げる大樹。
勇仲は文句の一つでも言ってやろうかと思っていたが、ここまで必死で謝られたらとあっては……何だかそんな気も薄れてしまった。
「もういいよ」
「「「えっ?」」」
「蜂学のこと、もう調べなくていい」
大樹は申し訳なさそうに、場の空気を紛らわすような笑みを浮かべ三人に言った。
「そんな危険な目に遭うとは思っていなかったからさ…‥僕が悪かったよ。だからこの件はもう白紙ってことで」
「けど妹さんはどうすんのぉ? いじめの被害に遭っているんでしょう?」
「いや、……実は僕も確信を持ってはいなかったんだよ。だから調べてもらったんだ」
「え? そうだったのぉ?」
「そうそう、実際に調査してみていじめは確認されなかったんだろう? 僕の思い過ごしだったんだよ、きっと」
大樹はふと左腕の腕時計を見ると、
「うわっ、もうこんな時間だ。ごめん。僕、用事があるからこの辺で!」
「あ、ちょっと――」
操が呼び止める間もなく、大樹は走り去っていった。
「なんだか……慌ただしい人だったな」
勇仲は遠ざかっていく大樹を静かに見送る。いろいろあったが依頼が白紙になって、勇仲としては願ったり叶ったりなのだが……。
「どう思うッスか? お嬢」
「そうねぇ…………」
伎巳に問いかけられた操は、顎に人差し指を置いてゆっくりと目を閉じ――
「何か隠しているわねぇ、……彼」
「――っ」
二人が不穏な会話をするのを、勇仲は嵐が過ぎ去るのを待つかのごとく、声を発さず、物音を立てず、このまま何も起こらないことを祈るのだった。
井原大樹、思いやりがあって、いいキャラなんですよ( ;∀;)
次回もそんなキャラに絡んだ話です。
2021年8月21日にて修正




