迫りくる炎のような
あらすじ
大樹がチャラ男達に絡まれていたところ、
現れたのはガラの悪いヤンキー風の男性だった。
大樹はわけもわからずキョトンとしたまま立ち尽くす。知り合った覚えのない強面のヤンキーが大声で名前を呼んでいる。
「ああぁん? 何だテメェ」
「ふぁ……!?」
ヤンキーは見られた部分が焼き焦げるのではないかと思うくらい睨みつける。その瞳はサングラス越しでもわかるくらい、ギラギラとした殺気に満ちていた。さすがのチャラ男もこれには委縮した。
「ええ、……なにこれ?」
大樹もその視線が自分に向けられたものではないとわかっていても、体がすくみブルブルと震えはじめる。
それぞれが自分達を取り巻く状況が変わったことを察した。
「俺の舎弟に――――――――何か用か?」
静けさをまとった殺気を言葉とともに発しながら、ヤンキーは延焼する炎のようにゆっくりと歩いてくる。
(ええっ誰、だれ!? 僕が忘れているだけなのか?)
脳内のエネルギーをフル稼働して、今日までの記憶のデータに検索をかける。しかし、たどっても、たどっても、生真面目に人生を歩んできた大樹には、ヤンキーとつるんだ覚えはない。ましてや舎弟になった覚えなどありはしない。
禍々しい殺気が静かに押し寄せる。距離が縮まるほどに五臓六腑がギュッ、ギュッと締めつけられるのを感じた。
一歩、二歩、三っ――
『シュバッ!』
気づいた頃には、チャラ男はただひたすらにヤンキーが来たのとは逆の方向へと走り去っていた。刃向うのが馬鹿らしくなるほどの圧力に、ライオンに恐れをなしたウサギのごとく、遺伝子の奥底に眠る生存本能がそうさせたのだ。
大樹は恐喝から逃れた安堵からか、それとも目の前のヤンキーへの恐怖からか、カバンを塀と背中でサンドイッチにしたまま、ズルズルとその場にへたり込んだ。
「ふうー、……上手くいった」
「なっ!?」
大樹は目を疑った。
ヤンキーはおもむろに両手で自分の頭を取ったのだ。いや、正確には自分の髪を。そして、金髪のオールバックの中から黒い短髪が現れた。
そう、ヤンキーの正体は――――勇仲だ。
伎巳のスーツケースの中にあった小道具、金髪のカツラとサングラスでヤンキーに扮して対処したのだ。
「大丈夫ぅ? 大樹くーん」
「あ、英房さん!」
操が腰を抜かした大樹のもとへ駆けつける。
「ほら! 小道具持ち歩いてて役に立ったじゃないッスか」
「いや『ほら!』じゃねえし。金髪にグラサンとか、一体どんな芝居を想定して作ったんだよ? 任侠映画でも作るつもりか?」
ドヤ顔で駆け寄ってきた伎巳に勇仲が冷静にツッコんだ。
「勇仲ちゃ~ん、お手柄じゃないのぉ!」
「あそこにアンタが割って入ってったら、もっと面倒なことになっていたぞ。そもそもあの場に突撃してどうするつもりだったんだよ?」
職員を呼んできてもよかったのだが、それまで操が大人しく待っているとは勇仲には到底思えなかった。
「大樹君、怪我はないかしらぁ?」
「うん、……お陰様で」
何はともあれ、恐喝事件は未遂に終わった。
腰が抜けた大樹が再び立てるようになるまでには、五分ほどの時間を要した。
ここでも勇仲の役者のノウハウが活躍しましたね
今更ですがこの物語のテーマは
「戦わないヒーロー」なので
それをダイレクトに表現できた瞬間だと思いました。
2021年8月14日土曜日にて修正




