聖母とのエンカウント
勇仲は役者で培った演技力を駆使して
生徒達の目をかい潜り
蜂須賀学園で潜入調査を進める
さらに十五分後。
着々とアンケートを集める勇仲。生徒に話しかける際も細心の注意を払い、顔を覚えられないように同じ部屋に留まる時間、生徒と目を合わす回数は最小限に抑える。
幸い今は新学期。新入生の出入りが始まったばかりで、気をつけていればすぐに見つかりはしないだろう。
だが油断はできない。長引けば長引くほどバレる可能性は上がるのだから。
『勇仲ちゃーん、それぐらいでいいわよぉ。戻ってきてぇ』
インカムを介して、ようやく操から帰還の許可が下りる。
調査を繰り返すこと、三十二人分。勇仲は調査結果を大きめの封筒にしまい、小脇に抱えた。
(ふう、やっと解放される……)
勇仲は胸をなでおろす。一刻も早くこの場から立ち去りたい。
それはそれとして、勇仲には調査の間ずっと気になっていたことがあった。
「なあ、アンタらはいつもこんな探偵ごっこみてえなことをやってるのか?」
『そうッスよ。学校に目安箱を設けていて、生徒達のお悩み相談を受けつけているんスよ。喧嘩の仲裁や、行方不明のペットの捜索とか、トラブルシューティングってやつッス。必要がある時は今日みたいに現場に赴くこともあるんスよ』
『そうなのよぉ。私ぃ、人助けが趣味なの。この前なんか登校中に道に迷ったおばあちゃんと、風船を木に引っかけちゃった子供と、怪我をした小犬に連続で遭遇してぇ、助けてたら半日ぐらい遅刻しちゃったわぁ』
「……そ、そうか」
聞いてもいないことまであっけらかんと語る操。
一生徒のためだけにここまでする、――勇仲には理解できない感覚だった。
「けど、それなら俺じゃなくても、映研部にいくらでも適役がいるんじゃねえのか?」
『潜入するとなるとぉ、勇仲ちゃんほど条件に合う人はそうそういないのよぉ。背は高過ぎず低すぎず、中肉中背、運動もそこそこできてぇ、何より現場に溶け込む適応力』
「…………」
『勇仲ちゃん? どうかしたのぉ?』
勇仲が考えを巡らせているようだ。そして操に問いかけた――
「なあ、アンタが自分で潜入するんじゃ駄目なのか?」
『え?』
操は固まる。
「映研部では演技指導も手掛けてるんだったよな? じゃあアンタでも、やってやれなくはねえはずだろ?」
『っ……それはぁ……』
「こんな大掛かりな通信機器、用意する方が手間だろ?」
『あ…………えーとぉ……」
操の様子が明らかにおかしい。インカム越しでもはっきりとわかる。
これまでの雄弁な受け答えはどこへ行ったのか。初めて操が示した感情の澱み。まるで叱られている子供のように黙り込んでしまった。
(俺、何かおかしなこと聞いたっけ?)
操の変わり様に、勇仲もどうしたらいいのかわからなくなり、お互いに沈黙すること数十秒。
『……いや、それはちょっとできないんスよ』
「何でだよ? そっちの方がずっと楽じゃねえか」
様子を見て伎巳が二人の会話の間に割って入る。するとその時、
「ちょっと、そこの貴方!」
「んん?」
背後から女子の声が、勇仲を呼んだ。
振り向くと、三人の生徒が立っていた。
一人は金髪のウェーブヘアの女子。一瞬、外国人かに思えたが鼻は短く顔立ちは明らかな日本人。華奢な身体に切れ長な目、柔和な微笑み、まるで聖母のような慈悲に満ちたオーラを身にま とっている。両腕を組み、右手にはスマホを持って足を肩幅まで開いて立っている。
しかし、問題は残りの二人。どちらも黒いサングラスをかけた巨漢で、一人はスキンヘッド、もう一人は角刈りで、日本人とは思えない褐色の肌。プロレスラー張りの筋肉の鎧に包まれていた。蜂学のブレザーを着てはいるものの、その姿はまるでマフィアの用心棒。高貴な雰囲気の校内にはそぐわない、何とも厳めしい風貌だ。
「少しお時間、よろしくて?」
「……はいい?」
勇仲は目の下の筋肉をピクリとさせながら硬直した。目の前の女子は上品な笑みを浮かべ、口調も丁寧だが……何やら嫌な予感がした。
勇仲の潜入調査は、まさかの第二ラウンドに突入するのだった。
サブタイトル、迷いましたね……。
操の挙動不審についてイメージが湧いてこなくて
最後に登場した女子に目を向けました
まあ彼女も結構重要な役なので……。
2021年7月31日土曜日にて修正




