鼠の偶像
私は鼠。
私は白い鼠。
私は、ニンゲンに飼われている、白い鼠。
毎日安全なおうちで起きて、餌箱の餌を貪って、水を飲んで。新聞紙やチップを蹴り上げすりつぶしながら、穴を掘るのが仕事。
自慢の白い毛はすぐに汚れるけれど、飼い主様が変な匂いのする粉を使えばすぐにきれいになる。でも、私を飼い主は水場に連れて行く。あまり良くないけれど、綺麗好きだからだって話していた。
「あ、起きていたのか? おはよう僕の白」
私の部屋にやってきた飼い主。
頭を撫でると、私の餌箱を掃除し始め、水タンクの水を取り替えて行く。ちゃんとカビが生えないよう、毎度、毎度彼は消毒している。
「ん、食欲が最近ないのかな……あんまし減っていないね」
餌箱を見回しながら、何かを呟く声。
私はその間に回し車に乗って走る、走る、走る。少しだけ休憩して、息が整ったらまた走り出す。
特に面白いこともないけれど、何故かあると走りたくなるのよね。
「運動はしっかりしている、と……う〜ん」
私の変化、彼は気づかないふりをしているみたいね。だって、私の動揺する反応へニヤニヤしているもの。
まあいいわ、ニンゲンなんてそんなものよね。
「いいや、とりあえずまた餌用意してくるな」
そう言って部屋を後にする彼。ちゃんと餌箱は持って行っている。
ふと見ると、部屋の扉が開けっぱなし。彼はまだ戻ってこない。
今日こそいけるかな?
キョロキョロと周囲を見回し、彼の余香を嗅ぎ取って。彼のいない方向へ向けて一足、二足……、一気にかけ足。コソコソコソと移動して、続き部屋直前の、扉の影に隠れる。
すると、足音が近づいてきた。
「持ってきた……あ、しまった! 白? 白どこいった!」
彼の怒ったような声が聞こえた。
「ほら、白! 逃げるなよ、無駄だから。逃げ出してもすぐつれもどすから、白? わかっているだろ? 自分から出ておいで」
普通の声音で話す彼。近寄ったり遠ざかったりする足音。そんな、私を探している音が聞こえる。
その声に、私はおびえた。
「ペットらしく大人しくしておけよ、白。なあ、わかっているだろ?」
明るい声で、不穏に嗤う彼の声。
「アイツ、自分の立場わからせたつもりだったけど、ダメだったか?」
内容まで徐々に不穏になっていく。
その言葉に私は震えが止まらなくなった。このままだと見つかってしまう。
足音がそっと近寄ってくる。静かに、一歩、また一歩と……そして。
「見ぃーつけた。白、だめだろ?」
息を飲む。
震えが止まらないけれど、悲鳴は上がらない。
あげられない。
だって声は、出せないから。
私の手を取り、立ち上がらせた彼。
温和な笑みを浮かべて、だが、雰囲気は重苦しく、息苦しい。
「僕のハムスター、弁償してくれるって言ったじゃないか。忘れていたのかな?」
震える手を引き上げ、顔を近づけた。
「そのまま一生、僕の白鼠のままでいてね。〇〇ちゃん」
白い尻尾を弄りながら、彼は私を『巣箱』へと運んだ。やっぱり外へは出られなかった。今日もダメだった。
「あ、そうそう白。言っておくけどハンストは無駄だよ? 自殺も僕は許さないから、君だってわかっているよね」
首輪を撫で上げ、彼は凭れかかった。
重かったので抗議するように彼を叩くと、「しょうがないな」といつもの笑みを浮かべながら立ち上がった。
私は白鼠。
人間に捉われ、買われ、囲われて、危ないけれど自由だった外の世界を失った白鼠。
彼の、過去の鼠の偶像にしか過ぎない、ただの代替え品。
彼に飼われ、一生安泰に暮らすことが約束された、白鼠である。
さて、彼女は何番目なのか。