TS幼女は菓子職人を尊敬する
初心者向けダンジョンのクリア(踏破)者が増え、冒険者が巣立って幼女の仕事がようやく減るかと思われたその時。
ダンジョンコア兼サポートAIのタマちゃんからもたらされた提案。
それにより、幼女の忙しさは加速する。
2月に入り、俺所有の初心者向けダンジョン3つそれぞれで踏破者が増え、俺が管理してない中級ダンジョンに挑戦しだす冒険者が増えてきた今日この頃。
タマちゃんがこんな提案をしてきた。
〈冒険者が少しずつ分散を始めました。 対応に余裕が出てきましたし、季節イベントの開催を考えてもいい頃だと思います〉
……一番近いイベントと言えば。 ソレを思い浮かべるだけで、アホ毛がくたびれる。
「バレンタイン。 菓子会社の陰謀か」
外見は幼女でも、中身はバリバリのモテない男子。 他の陰謀論はどうでも良いが、コレばっかりは全面的に信じる。 だってバレンタインなんて敵だから。
〈ダンジョン内でチョコをばら蒔く程度ですが、やってみるのも面白いと思いますよ?〉
「やったら、このダンジョンに居着いて他へ行かないとか無いよな? そんな奴等の相手なんてしたくないんだが」
モテない男の思考は手に取るように分かる。 可愛い女の子に、少し優しくされただけでのぼせ上がる。
そして少しでも接点を増やそうと、無駄な行動を起こす。 絶対にそんなのが出てくる。 俺も男の外見のままだったら多分やってたと思う。
……今は幼女になってあとンヶ月で4年になるし、女子のアレな所もある程度知ったから、過度な妄想はしなくなった。
異世界へ飛ばされた直後の頃は、幼女の姿に気を弛めた女の子達が俺を囲むだけで、嬉しくてアホ毛がビンビン跳ね回ったと言うのに。
〈ダンジョンの救助要員であるドッペルゲンガーや、マスターに似せたリビングドールを作って、その子達に任せれば大丈夫でしょう〉
頭が勘定を始める。
チョコはひとまず6万人分くらいかな? 大量に用意は必須。 金は足りそうだし、業務用を仕入れて俺のスキルと魔法を総動員すれば、当日までには間に合うか……。
「やってみる……か?」
って経緯で準備を始めたが、やっぱり大変である。
パスタを茹でるのに使う大きい寸胴で、その寸胴の外側にお湯を纏わせてチョコを湯煎。 型は適当に買い漁って、念動魔法で流し込んで冷蔵庫と同じくらいの冷気で包んで、まとめて大量に固める。
固まったら、魔法でキレイに消毒・殺菌したリビングドール達と一緒に人海戦術でラッピング。 衛生観念はとても大切。
並列思考とSPD・DEXのステータスを全開にして、せっせせっせと全作業同時にこなす。
スゲーよな、パティシエとかショコラティエとか言う菓子職人の人達。
一般人のステータスで、俺より数は少ないにしても、もっと専門的で複雑な作業を毎日毎日やってるんだろ? 好きじゃなきゃ続かねーわ。
動きやすくて汚れも付かない、特別なキツネの着ぐるみパジャマ+エプロンで作業をしていたが、こう言った用意がないとマジでキツい。
普通なら色々ハネて服が汚れに汚れるし、雑事も一杯。
義理チョコの数を揃えきった後、何となくダンジョンで作れる植物一覧を見てたら、そのまま食えるチョコが生る異世界植物が有るのを知って悲しみに暮れた。
これが有れば、俺専用エリアの大農園で苦労無く大量生産ができたのだから。
「タマちゃんはチョコ植物の事を知ってたか?」
〈いいえ? 義理でも手作りチョコを用意する、優しくて愛らしいマスターを見ているのに必死で、そんな植物が有った事すら把握していませんよ?
その愛らしい姿を観る為に、黙っていたなんて不義理なんてしませんとも。 ええ〉
……こいつ、分かってて放置しやがったな。
んで始まりました。 前後併せて計3日のチョコ配布祭。 1日2万の限定配布。
開始直前に[真っ先に神社から神へとチョコを奉納して! 本命でいいから!!]とかうるさいメッセージカードがヒラヒラ落ちて来るハプニングが発生したが、見なかったことにする。
……あげたよ。 義理でも仕事の上司にあげるレベルの、ソコソコ良いのを。 すっげーうるさかったから、仕方なく。
期間内の配布条件は公示してある。 ダンジョン内で大怪我を負った冒険者のチームと、初心者向けダンジョン3つのどれかをこの3日間の内どこかの最奥ボス撃破したチーム。
傷を恐れずダンジョンを進む勇気とか、ボス撃破のご褒美のつもりで決めた。
そして日頃の感謝として、ダンジョン周辺の警備をしてくれているお巡りさん達にも大きめチョコをひとり一つで、チョコペンで“いつもありがとうございます”と書き少しデコって手間をかけた義理チョコを配った。
だって本当にいつもお世話になってるからな! 俺が外を出歩くと待ってましたとばかりに、マスコミ達やアレな冒険者達やイエスタッチな犯罪者達が大移動。
そこをお巡りさん達が日頃レベルと共に鍛えた探知・察知・感知系スキルで捕捉「ちょっといい? 君達あんな小さい子をつけ回してるの?」と事案で確保。 俺の平和は保たれる。
自力でも対応できるが、公権力を持っていない俺とお巡りさん達とじゃ全然違う。 穏便にお引き取りが願えるのだ。 いつもありがとう、お巡りさん達!!
〈マスター、チョコ配布ダンジョンは失敗だったかもしれません〉
「……だから言っただろ?」
危惧した通り、連中は居着いた。 チームの仲間内でわざと傷を付け合い、俺の姿を真似たドッペル達の出現を何度も誘った。 そして、その度にチョコをせしめる。
ボスクリアの方はクリア後に現れるドール達から、一度のダンジョンアタックで貰えるのはひとつである為に、ボス階の帰還魔法陣で離脱してマラソン大会をしているのもいる。
3日間の初日でこの調子だ。
〈ドッペルやリビングドールを増やしたのも失敗だった可能性があります〉
「急に増やしたから、手近な衣装……神が着ろと寄越した衣装にも手を出したものな」
あの変態の用意した、ヒトの劣情やらなんやらを煽り立てるひどいの。
代表例としてあげるが、一番大人しいと思っていた芋ジャー2つ。 胸の下までしか金具が上がらず、異常に胸を強調するようになっていやがる。
もうひとつは、上のジャージの肩部が下に着ている白Tの肩部にマントみたいな形でくっついて離れない、謎の芋ジャーセット。 一見普通じゃないかと思うがそれは罠、下の白T生地が少し薄いのだ。 ふざけ過ぎてると思う。
なんでふざけ過ぎかって?
白は透ける。 ならば、生地が薄いとどうなる? そう、より透ける。
更に言おう。 俺の胸がデカい分、着ればシャツがより横へ伸びるから、もっともっと透ける。
男目線なら嬉し楽しい眼福の、ご馳走様ありがとうございますだな。
もう一度言う。
ふざけ過ぎだ馬鹿野郎。
それら色々酷い衣装を見てしまった当の神だが、
[んほぉぉぉ!! 本人じゃないけど、用意した衣装を分身ちゃん達が着てくれてるのぉぉぉ!!]
とかアホ過ぎるカードを大量に送ってきたが、無視。 ある程度貯まったら踏みつけてグチャグチャにして消してやってる。
……現在進行形だから分かるだろ? なんか[可愛い]ばっかり書いたカードが止まらない。 今は降ってくるカードをスルーして、床に落として貯めている。
〈ステータスが極めて高い、強すぎるドッペルやドール達に衣装を着せているので、痛い目はオイタしようとした冒険者しか見てませんが……チョコの為に傷つけあうのは、特に酷いですね〉
「どんな対策が必要かな?」
〈ドッペル達に罵倒させましょうか「初心者向けダンジョンで何度も傷付くなんて、お兄(姉)ちゃん達冒険者に向いてない」「こんな幼女のチョコを沢山欲しがるなんて変な人」「初心者向けダンジョンを周回していい気になってないで、お兄(姉)ちゃん達の実力に合った中級ダンジョンへ行った方がいいと思うよ」とかどうですか〉
……考えるだけでアホ毛がヘタる。 触ってみたが、ビックリするほどカサカサで枝毛も酷い。
「効果はあるな。 効果はあるんだが、一部の極まった変態ドモの症状重篤化は、避けられない処置になるぞ?」
〈これが一番マシな対策だと思います。 最後に個数制限を付けて、これ以上は救助も何もしてやらない。
そして今後行われるイベント全てを対象にして、対象者をダンジョン出禁措置にすると警告すれば、ほとんどの混乱を抑えられるかと〉
「……分かった、そうしよう。 本当の最終手段として、完全出禁やお巡りさん達に通報する事も一応考えておかないとな」
――――結論。 変なの対策は必須。 お巡りさん達への根回しだけじゃなく、連携も視野に入れる。
バレンタイン当日の、TS幼女の実家にて
妹「テーブルに置いてありました、ひとり一箱。 お姉ちゃんからのチョコです」
母「買ったものかしらね? と言うか、バレンタインの配る側に立つなんて、女の子の自覚でも芽生えたのかしら?」
父「甘さ控えめは無いか?」
妹「これは全部手作りだ。 この入れ物とか、雑貨屋で見かけたし」
母「気合い入れたわねぇ」
父「とりあえず開けないか?」
…………。
妹「うわ、見た目の違う数種類の小さいチョコを入れた、大手の3,000円分みたいな中身じゃん。 手が込みすぎ」
母「大きくハート一枚、とか期待したのだけど。 違うのは少し残念ね」
父「……おお、煮詰めてペースト状になった酒が入ってるチョコ。 これなら食えそうだ」
妹「うわっ……見た目3,000円でも、味は5桁円行きそうなお味。 ……そんな高いの食べたこともないけど、さすが料理スキルマックス」
母「気合い入れたわねぇ……(肉食獣の眼)」
父「美味い……上の娘の愛が嬉しい」
妹「ちょっと、お父さん?」
母「あなたの残りのチョコ、全部貰っても良いのよ?」
父「待て、これはオレが娘から貰っ…………ああぁぁっ!?」
妹「コレが一番美味しいわ。 羨ましい」
母「丁寧にアルコールを飛ばしてあるし、私達のより甘味を抑えた、違うチョコを使ってる……」
父「止めろ、止めてくれ! オレのチョコがぁっ!!」
~~~
同時期のダンマスルーム
「チョコを男友達から貰っても虚しいし、気持ち悪い勘違いをされるだけだぞ、親友。 と、送信」
〈マスター。 最後に作ったのは、誰にあげたのですか?〉
「ん、最後ってなんだ?」
〈あのやたら気合いを入れて、様々な見た目とトッピングを込めた、本命にしか見えないチョコですよ〉
「(ちっ、見てやがったのか)……本命じゃなくて、家族用だよ」
〈へぇ、マスターは近親願望がお有りなんですか?〉
「違うっての! ソレも家族への孝行のひとつ! 一応それぞれ好きそうなチョコを作って、詰め合わせただけだからな!」
〈声が荒くなってますね、図星ですか?〉
「意図的な曲解禁止! 日頃の感謝と贖罪を詰め込んだから、気合いが入っているように見えただけ!」
〈きんし……ん。 なるほど〉
「お前はどうしても、曲解したいみたいだな?」
〈いいえ、そんな事は考えてませんよ?〉
「なんで疑問系なんだよ!?」
〈だって、マスターが好きな方を知りませんから〉
「…………(ぼそっ)」
〈なんですか、聞き取れませんよ?〉
「片想いの相手は俺が異世界へ行っている間に、違う土地へ行って、結婚を前提の同棲をしてるんだよっ!!」
〈どなたからその情報を? ……まさか〉
「ストーキングとかじゃねーよ! 親友に、異世界からの帰還報告した際に残念だったな~とか、ニヤニヤ前置きされた上で教えてくれたんだよ!!」
〈それはそれは、ご愁傷さまです〉
「っつうか、どの道この体じゃあ俺の恋は実らないっての!!」
〈では、男性相手に新しい方をーーーー〉
「ーーーーそれが本気で嫌だから、恋だなんだはほとんど諦めてるんだよっ! 放っといてくれ!!」
〈では、女性同士が良いと言う方を〉
「それしかないんだけど、そんな相手は思い付かないの! もういいからしばらくそっとして! ねっ!!?」