08話 天使の水浴びと獅子族をダメにするクッション
匂いの続く先に草木の間に隠れるようにして白い何かが建っている。
そっと近づく。
モンゴルのゲルを小さくしたようなテントだった。
中から聞き覚えのある声の鼻歌が聞こえる。
後から付いてきたミルミルと目が合うとお互い頷く。
ミルミルが入り口と思われる赤い刺繍の垂れ幕を荒く跳ね上げると、
「お゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!」」
「ひ、ひやあああああああああああぁぁぁぁぅっっっ」
僕らの威嚇の声よりも大きな悲鳴が返ってきた。
テントの中の6割を占めるセミダブルの木のベッドで驚き跳び上がるミサキがいた。
サイドテーブルにはティーセットも用意してあり、めっちゃ快適そうだな、おい。
しかもパジャマ着用って、おいおいおい!
なんか花の甘い香りがするな、おいおいおいおいおい!!
「お前ー、僕らが死闘してる間にこんなところでくつろぎやがって!」
「ちょっと、そんな汚いまま入らないでよ!
汚れるでしょうっ不潔っ出てってよっ!!」
え、逆ギレされてるし!
コイツなんやねん!!
「お前なあああああああああああっっ!」
「待て、バカイヌ。
俺達も汚れを落として飯にしたいんだ。
どうしたらいい?」
毛を逆立てて怒る僕に対してミルミルが低く落ちいついた声で話す。
あれ。
ミルミルも一緒に怒り狂うかと思ったが。
その落ち着きっぷりにミサキのパニックも風船が萎むように急激に収まる。
「あ、ああ…
それならこの下に川があるから
そこで洗うといいわよ」
ミサキはベッドのヘッドボードにかけたカバンを取り寄せ中を探る。
「わかった。
それから今夜はここで泊めてもらえると嬉しいのだが」
「ああ、うん。
昼間は助けてもらったし。
アンタ達なら大歓迎よ、イヌ以外。
…はい、この石鹸使って」
「すまんな、助かる」
ミサキが投げた乳白色の固形物をミルミルが片手で受け止める。
そういえば出会ってから騒いで怒鳴り合ってばかり。
こうして落ち着いて話すのは初めてだ。
それに。
僕らは頭の先からつま先まで猿の血と泥で真っ黒だった。
ミサキが怒るのも無理はない。
そう思うと僕の怒りも急速に冷えていく…
…って『イヌ以外』って言ったか!?
「この石鹸、匂いがねーぞ」
「なによ、
安物の石鹸が使えるだけでもありがたく思いなさい!」
「そーだな。
俺にはバラの香りは似合わん」
ミルミルは薄く笑うと外の方へ振り返る。
緊張が溶けたのかミサキも少し口角を上げた。
テント内に充満する甘い香りはミサキの使った石鹸の香りか。
ミルミルがテントから身体を半分出したところで再び振り返る。
「ありゃあ、ミサキッ、
お礼に俺達からのプレゼントを受け取ってくれ!」
明るく言い放つと七色に光る肉を放り込んだ。
僕はミルミルに続いて外に出る。
「…いやあああああぁぁっっっっっっ!
ナニコレナニコレ!?
くさいっ汚いっ床が絨毯がっっ何考えてるのよ、
バカアアアアァァァァーーーーーッッ!!」
少し遅れてテントの中から悲鳴が聞こえた。
ミルミルが大爆笑しながら歩いていく。
いい性格してんなぁ。
「なっ!!!」
ミルミルの歩く先にマリちゃんがうつ伏せで倒れている。
「だ、大丈夫なんか!?」
マリちゃんを心配して声をかけたように見えてその実は違う。
少女を襲った敵か獣が近くにいるんじゃないかという疑念から出た言葉だ。
ミルミルは少女の身体を抱き上げると、
「ああ、コイツは疲れるとどこでも眠るんだよ」
そういうと小川の方へ下りて行く。
ああああああああっ。
無駄に焦った自分が恥ずかしくなってきた。
冷たい冷だい゛冷だあ゛あ゛あ゛い゛。
夜の川の水はやはり冷たい。
でもガマン。
泡まみれの身体を幼女に洗ってもらえるなんて体験はそうできない。
これだけでもこの世界に来た甲斐があるってもんよー。
はっはっはー。
とか思っていると。
全身を冷たい水の中へつけられて身体をすすがれた。
息が息が息があ゛あ゛溺れる―ぅぅぅ!!
「…マ゛リちゃ…あぶぶ…
も゛うちょっと…丁寧にあばばば」
べしゃっ!
と、唐突に近くの岩の上に置かれた。
泡プレ…じゃない、僕の洗濯タイムは終わりらしい。
心を失くした少女とコミュニケーションをとるのは難しい。
ミルミルが服を着たままマリちゃんを担いで小川の中に入ると。
さすがに少女は目を覚ました。
2人は服を着たまま石鹸で体中をこすって。
ミルミルがマリちゃんの髪を洗い始めると。
川に入るのを躊躇していた僕を言葉もなく少女が掴んで水の中に突っ込む。
そうして僕の洗濯タイムが始まった。
心の準備がまだやねん!
心臓止まるか思たわー!!
今、2人は衣服を全部脱いでそれらを洗っている。
「俺の服は黒いからいいが、
マリーの服はダメだな。
血が染みになってやがる。
今度街に行ったら服を買おうな」
「はい」
少女の肌は夕闇の中で光る様に白く。
女剣士の闇に溶けそうな浅黒い肌にわずかな光を集めて水滴が光る。
裸で向かい合って一生懸命に手を動かす姿は生活感に溢れて、且つ趣きがあった。
写真家がここにいたら絶対シャッターを切っていただろう。
ああ、いい光景やー。
東の夜空に”女神の涙”が浮かび、より幻想的な光景となる。
あれは長く尾を引く彗星。
月の代わりに夜の闇を照らす。
この世界にも”月”は存在する。
「ルビー」「サファイア」と呼ばれる2つの衛星が毎夜追いかけっこしている。
ただ-3等星程度の明るさなので世界を照らすほどではない。
全ては引きこもり期間に召喚術士に教えてもらった知識の受け売りだけどね。
しかし”女神の涙”って。
ロマンチックなネーミングすぎるやろ。
涙に見えなくもないけど、僕には夜空の切り傷に見える。
ずっとニンフの水浴びを見ていたいけれど濡れた身体が冷えてきた。
ふと僕はイヌの所作を思い出して、身体を震わせる。
水飛沫が四方に飛んで水の冷たさが無くなった。
結構便利な体だ!
「うわっっ冷てえな!
なにすんだ!!」
近くにいたミルミルが僕の飛沫を受けて驚き腕を上げる。
揺れるたわわな果実が2つ。
例えばですよ。
満腹ではない人間がいたとして。
その人の前に美味しそうな果実が実る木があったら飛びつくんじゃないでしょうかね。
これは何て果実だろう。
どんな美味しさだろう。
好奇心いっぱいで。
アダムとイブが禁を破るのは致しかた無いと思う。
これは決してスケベ心ではない。
動物としての本能であり好奇心なのでしかたない!
僕はジャンプする。
「ほおおおおおおおおー」
目的地に到達した僕は思わず声をあげる。
筋肉質な外見と裏腹に豊かで程よい弾力と程よい柔らかさ!
これは獅子族をダメにするクッションだ!
一生ここに顔を埋めて過ごしたい。
「なにしとんじゃああああ
ボケェェェェェェェェェェェェェェッッッッ!」
ミルミルは己の胸に張り付いた僕を引き剥がすと、ぶん投げる。
「あああもうちょっとだけ、
もうちょっとだけ楽しませてぇぇぇっ!」
空高く投げられ小川の一番深い所へ着水。
おぼおぼおぼ溺れるぅぅぅぅっ!
マリさんでも楽々立てる深さでも体長40センチの存在には十分溺れる深さ。
必死にもがいてもがいてもがき続けると。
お。
なんか自然に犬かきで泳げた。
体育で特に水泳が苦手な僕だったが、犬かきが得意だったのは新しい発見だ!
…この獅子族の身体のおかげかもしれないが。
「テメェは何がしたいんだ!
このバカイヌがーーーーっ」
楽しくなって川の流れに逆らって泳ぐ僕にミルミルが叫ぶ。
「ええやんかー、
触っても減るもんじゃないしー。
☆4評価の良いおっぱいだったゾ!」
「なんだよ星4つって」
「☆5が最高評価で☆4って言ってんだよ。
つまり激レアおっぱいって事!」
「何言ってんのか、さっぱりわからねぇ…
てか酒場によくいるエロオヤジみたいな事言ってんじゃねえ…」
誰がエロオヤジやねん。
ギリで10代の若者やっちゅーねん。
浅瀬に立って腕を組み何か考え込んでる様子のミルミル。
寄せてあげられた胸はいっそう谷間が深くなってさらにエロチックに。
黙っていれば美人に見えるし身体もひきしまっていて、ポーズを決めるモデルのようだ。
「…そういえば昼間、ミサキが召喚術がどうのって言ってたっけ。
お前は元からその姿なのか?」
「いや、元人間で別の世界から来た」
マリちゃんの二の腕に巻かれた金の装飾の一部が変形して触手となって僕を川から掬う。
金の武器はそうやって持ち歩いていたんやね。
浅瀬に引き寄せられる僕の首根っこをミルミルが掴む。
「あっ」
僕とマリちゃんが驚いて声を上げている間にミルミルは走り出した。
テントの赤い幕を乱暴に開けると。
「ミサキッッ!
このクソイヌは元エロオヤジだぞっっ
知っていたか!?」
「え?
えええええええっ!?」
しゃがんで床の汚れを拭いていたミサキがミルミルの剣幕に気圧され後ずさる。
「ちゃうわーっ
19歳のピチピチのナウなヤングやっちゅーねん!!」
「ダルマちゃんをいじめないでください。
返してください」
ミルミルの後からマリちゃんがフラフラとテントに入ってきた。
それを見たミサキが立ち上がって声を限りに叫ぶ。
「どうでもいいけど2人とも服を着ろーっ!」
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「つまらねえ!○ね!」
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