07話 策
藪の中を走って走って。
走って、足を止めた。
本当に。
本当に純粋に小さくてどうでもいい疑問が頭をよぎる。
その疑問が頭の中でパズルとなって組み合わさっていく。
そして。
その疑問を口にしたくて僕は回れ右をしてまた走る。
これは人助けじゃないぞぉぉっ。
単に僕の好奇心を満たしたいだけだ!
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「ギヒィィィアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
「来るぞマリー!
前のヤツの脇をすり抜けてユーエン城国まで走れ。
途中で腹減ったとかぬかすなよ!」
昂ぶったヤンジーガの雄叫びと。
低くハスキーで通りのいいミルミルの声が響く。
その声に絶望は無く、力強い。
僕もそんな人間に生まれたかった。
どこでそんな強い心を手に入れられるんだ。
心ってどうやって鍛えたらいいんだろうな、くそおおおおっ!
僕は藪から顔だけを出す。
2人は背負っていたリュックを道端に投げ捨てて戦闘体勢に入っていた。
ズドドドドドドドォォッッッ
2体の大猿が刀を振りかざし左右から距離を詰めてきた!
ミルミルは2本の剣を握り。
マリースは金の棒を構えている。
「あの2本の魔剣はどっちが強いんだろうな!」
「ああ?
何言ってやがる、ヘタレイヌ!」
ズドドドドドドド。
「だ・か・ら!
猿の2本の刀はどっちが強いんだああああ」
僕の声が届くようにミルミルの肩に飛び乗る。
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
右利きのヤンジーガが大刀を振るうのをミルミルは回転しながら左手の剣で受け流す。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
振り落されそうになるのを必死で肩の装甲にしがみつく。
「魔剣”ツヴィリング”は二刀一対。
どっちも同じだっボケがぁっっ」
「戦わせたらわかるやろがーっ!
この脳筋女ミルミル!!」
一瞬の静止の後。
「だーはっはっはっはっは!
面白ぇイヌだなっ!
マリーィィィッッ
攻撃を全部避けてこっちに来い!」
僕の言葉の真意はちゃんと届いたのか!?
詳細に説明したいけれどそんな時間など無い。
後は知らーーんっっ。
僕はミルミルの肩から飛び降り藪の中に隠れ成り行きを見守る。
ミルミルが右利きの大猿を斬りつける。
血は吹き出しても猿の勢いは止められない。
硬く太い筋肉が黒い刃を拒む。
マリースちゃんが右へ左へと跳躍して攻撃をかわしながら左利きの大猿をおびき寄せた。
2匹の間の距離はどんどん縮まる。
「マリーッ
俺を踏み台にして飛べぇぇぇぇっ」
マリースちゃんは無表情で返事もせずミルミルの太腿、肩の順に駆け上がりジャンプ。
二匹の猿は眼前に躍り出た獲物を逃さない。
交差する大刀の風圧は落ち葉を舞い上げて。
その間をすり抜けマリースちゃんは走り高跳びの背面跳びにひねりを加えて空中で回転。
枯葉舞う中を夕日を浴びて舞う、無表情の天使。
できれば時間を止めていつまでも眺めていたいほど、心を動かされる一瞬だった。
落下する少女をミルミルは両手で受け止める。
「大丈夫か マリー!」
「うん」
二匹のヤンジーガはお互いの首を斬り飛ばしていた。
マリースちゃんをしっかり抱いたまま歩き離れたその場所に、緑の巨躯が膝をつき崩れ落ちていく。
血煙の舞う中、血まみれでお姫様抱っこで抱き合う2人は、何というか…凄惨でいて。
美しくもあった。
膨れ上がった緑のの肢体がゆっくり朽ちていく。
て、思うやん普通。
倒れていた2匹の身体の筋肉が波打つ。
まるで腸の蠕動運動のように。
キモい、ちょーキモい!
首が無くなった大猿の身体がゆっくりと起き上がろうとしてる!
ミルミルがそっとマリースちゃんを地に降ろす。
「よく頑張ったな。
ケガとかしてねえか?」
「うん」
無表情で頷く少女の頭を優しく撫でた後で。
右の腰に挿した短かい剣を鞘から引き抜き振り返る。
「血に飢えて頭の悪い畜生なんかに身をまかせるからざまぁねえな!
魔剣”ツヴィリング”!!」
剣を緑の肉に突き立てるとミルミルは駆け出す。
右へ左へと駆け回り緑の肉をそぎ落としていく。
「あーはははははははっ!」
凶悪な笑顔で。
ぐえ。
正視できない光景になってきた…
最後に2本の腕を切り落とすと蹴り飛ばす。
「最後の仕上げだ、マリー」
マリースが金のスコップで穴を掘っていた。
転がってきた腕を穴に突き入れる。
その2本の腕はそれぞれ大刀を握っていた。
「手を埋めるのはこの世界では当たり前の何かの儀式か?」
戦闘が終わった事を見定めて、僕は藪から出てマリースちゃんの元へ戻るミルミルに近づく。
マリースちゃんはせっせと穴を埋めていた。
「魔剣はな、手にした人間の心を狂わせて
あたりかまわず人を斬るようになるんだよぉ。
身体能力爆アゲでなぁ。
だから人目につかないように埋めておく。
でもな、いつのまにか地上に出てきて誰かが手にする。
キリがねえ」
「ほーん」
じゃあ埋める必要ねーじゃん。
「それよりさーお前。
『脳筋女』はいいとして…」
「ふごっ!」
痛えぇっ!
ミルミルに蹴り上げられたっ!!
足の動きは見えていたのにっ。
避けきれなかった!
これがミサキと戦い慣れした者の差かっ!
「ミルミルって呼ぶなっ!」
空中で一回転すると拳を固め笑うミルミルが見えた。
やべええええええ殴り殺す気だ!
てかなに笑とんねん!!
身体に何かが巻き付くと強引に横移動させられる。
それからポトリと落とされるとマリースちゃんの腕の中に納まっていた。
「ダルマちゃんをいじめたらダメです」
「そーだそーだ、ミルミルちゃん。
動物虐待反対ーミルミルちゃん」
「調子のんなああああぁっ!
この性格の悪いクソイヌがっっ」
「ミルミルちゃんって名前かわいいですよね、
ダルマちゃん」
「そうかなあ?」
「そうです」
僕は呼びやすいからそう呼んでるだけど、からかいも半分。
それより心の無い少女がハッキリと自分の意見を示したことに少し驚く。
「そうだねー。
可愛いじゃん、ミルミル。
カワイイイカワイイーミルミルちゃん♪」
ブチ切れる、と思ったらミルミルは肩を落として溜め息をついた。
「なんでこんなモノを気に入ったんだよ…」
大剣を振るう女剣士は美幼女には激甘だった。
その美幼女は腰のポーチの一つを開ける。
中は白い何かで一杯。
ニオイでそれは干し肉と判った。
獅子族に生まれ変わったせいか嗅覚から得られる情報が多い。
って今気が付いた!
めっちゃお腹が減っているのにも気が付いた!
腹の虫が大合唱!!
「マリちゃん、それ僕にもちょーだい」
無表情で自分の分を食べた後、一切れを僕の口に運んでくれた。
『マリちゃん』に呼び方を変えても一向に気にする気配は無い。
「ああそうだな、飯にするか」
そうだねミルミル、それはいいとして。
何で大猿の死骸の方に歩いて行く!?
「待て待てええい!
サルの肉を喰うとか言うんじゃないよな?」
「狩った獲物を喰う。
それが狩る者の掟だろ。
イヌならそれくらいわかるだろ」
ほーん。
知らね。
「その掟だと今日斬った山賊も喰うのか」
「チッ!
屁理屈こねるとお前を輪切りにして喰ってやるぞ」
ズルズルズルズルッ。
脂で七色に光る大猿の太腿の肉をミルミルとマリさんが手分けして引き摺って歩く。
赤くただれた西の空を暗闇が覆い隠そうとしていた。
念のため日が沈む方向は西であってるのかミルミルに聞く。
西だって。
これが南東とかだったらややこしくてしょうがなかったろう。
この世界は地球とよく似た惑星だろうという認識でいることにする。
まあ。
魔法が使える世界なので、太陽が動いて海の向こうに地の果てがあって大きな象が世界を支えていても不思議ではない。
南西には白く美しいユーエンの城の塔が見える。
塔自体は美しいが城全体でみると子供が積み木遊びで作るようなデタラメな形をしている。
眼下には万を超える人々が住む城国街並みのが広がる。
僕たちはその城国を目指して山を下っていく。
「俺達は肉を運ぶので精いっぱいだからな。
お前が先を行って休める場所を探せ」
「その場で食べればいいじゃん」
「アホなのか?
賊の生き残りがいたら大猿の様子を見に来るに決まってるだろ!
さっさと行けっ」
「痛っ」
ミルミルが足で僕を小突く。
「やめろやー。
大体僕が助言をしたから大猿を倒せたやろ。
僕は言わば命の恩人やん?
大事に扱えやー」
「ああ、あれは助かった。
ありがとな」
あら。
意外と素直やん。
「だが、あんなのは子供でも考え付く策だがな」
「その簡単な策を思いつけずに猿に挑んだバカは誰だよ!
この脳筋…いてっ!」
また小突かれて今度は斜面を転げ落ちる。
一回転したところで足を広げて踏ん張ると止まった。
地面に這いつくばる格好になる。
クソがああああっっ!
この爪であの猿みたいに顔の皮膚を切り裂いてやるっっ!!
ミルミルでも肉を担いでる今なら、襲いかかっても初動が遅れる…。
ん……?
覚えのある匂いが地面に残っている。
クンクンクン…
匂いを辿って歩く。
地面を嗅ぐその姿は本当にイヌになったな、と悲しく思いながら。
「おい、どこ行くつもりだ!」
「ちょっと待て」
匂いが続く先を顔を上げて見ると、そこには。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「つまらねえ!○ね!」
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