31話 魔剣は魔剣でなくなるかもしれない
宿代がリーズナブルで食事付き。
買い物もあるから商店街に寄る、と城門の兵士と話して教えてもらったのがこの宿。
「商店街の宿」とは言ってないが何故か温泉街の一番賑やかな場所に。
宿代はそれなりで買い物には便利だが広さはない。
3階の4人部屋は2段ベッドと間の通路以外余分なスペースは無い。
夜になって1階の食堂へ。
4人席へ案内されて腰掛ける。
奥にミルミルとマリちゃん、通路側にモーリエとミサキという配置。
脇の壁には女神が戦杖を持って天を駆ける、ヒビだらけの古い絵が飾られていた。
タイトルは「終戦の女神」。
戦いの女神なら槍とか剣の方が解りやすいのにな。
テーブルに料理が並ぶ。
猪や鹿やウサギかもしれない空揚げや朴葉焼きやスープが所狭しと並ぶ。
かもしれない、というのは僕がこの世界の動物に疎いので名前を言われてもわからないからだ。
みんな宿貸付の白いシャツとズボンを着て食事を始める。
ここはペットの入所禁止。
僕は「少女の持つぬいぐるみ」という事になっているので、従業員の目を盗んで食事に食らいつく。
時々マリちゃんが自分が食べるついでに僕の口元へ肉やキノコを乗せたスプーンを運んでくれる。
「俺たちゃユーエンに用があったのによー。
北のゼイタまで行けってか」
ミルミルの言葉に2~3種類の肉を頬張るモーリエが食事の手を止める。
一昨日あたりからモーリエはマリちゃん程ではないが、大食になった。
砦で5日間何も与えられなかった分を取り戻すかのように。
「追加料金で大盛りにしてもらっても、
これじゃ足りないわね」
マリちゃんが咀嚼しながら無言でうなずく。
「しゅ、ひゅみません…」
口腔に肉をいれたままモーリエが頭を垂れる。
白い髪の頭頂部が薄茶に変わっていた。
「他の奴らはこの辺でさらわれたのはわかる。
でも何でゼイタ出身者がいるんだ。
出稼ぎか」
ミルミルは正面に座るモーリエの方へ身体を乗り出す。
「その……
実家が花屋で農家で。
ゼイタで売れなくなって馬車でここまで来て…」
「ああ、ゼイタは王が変わってから悪い噂しか聞かねえからな。
で、他の奴はどうした」
「他の…人?」
「一緒に馬車に乗ってた奴はどうしたって聞いてんだよ」
「その…一人で」
「一人で!?」
「はい…」
「お・前・は・バ・カ・か!!」
ミルミルが大声量と共に机を叩く。
モーリエは縮こまり、他のテーブルの客がこちらを注視。
「素っ裸であっちの男湯に飛び込むよりアホだ!
襲われて当たり前だ、
自業自得だ!!」
「ごめんなさいごめんなさい!
私頭悪くて、それで、いつも考えなしに動いて、いつも失敗して…
ううう…」
「お客さん、
もう少し静かにしてね!」
給仕の女の言葉にミサキが作り笑いで頭を下げる。
「も-っ、年上の人を泣かさないでよ。
もう終わった事だからいいじゃない」
ミサキが嗚咽を漏らし始めたモーリエの頭を撫でる。
「いじめっこが泣ーかしたー、
サイテー」
「サイテーです」
「うるせーっ!!」
「うるさいのはアンタよ、ミルミル!
それより”ぬいぐるみ”が喋るなっ」
給仕がわざとらしく覗き込んで僕らを睨む。
「あー、
サキアンゲイルの生姜焼きは絶品ねー。
もっと持ってきてくださらない?」
ミサキが懐から銀貨を数枚出して見せる。
給仕は平身低頭へと態度を変えて厨房へ走る。
「あー、今日は予想以上に出費がかさむわね…」
金髪の頭を抱えるミサキ。
ところで何の肉が来るの?
食事が終わるとミサキはマリちゃんを連れて屋上の露天風呂へ向かった。
街の明かりが拡がる中で入るお風呂は格別だと給仕に聞いて。
モーリエは疲れたからと、3階の部屋の入り口から見て左の二段ベッドの下に寝て。
めんどくせぇ、と言って右の二段ベッドの上でミルミルが寝転がる。
天井からガタガタジャブジャブと露天風呂の音がうるさい。
僕もマリちゃんと一緒にいたかったけれどこの音で風呂場に人が大勢いる事がわかって、「ぬいぐるみ」の僕はお留守番だった。
ヒマ。
2人はベッドの中で動かないし話さない。
さっきまで口論していた2人だから、と思ったら。
「た、食べすぎたよぉ…」
単にモーリエは気分が悪いだけだった。
ミルミルはその言葉通り人の多い風呂場がメンドクサイと思っているだけだ。
モーリエと二人きりになって「さっきは悪かったな」とか言うヤツじゃない。
言いたいことを言いたいだけいう性格。
他に相手をしてくれそうな人は。
正面に立てかけてある魔剣か。
契約したらベッタリくっ付いてるものかと思ったら取り外しができるようだ。
ヒマだからと言って魔剣と話す度胸も話題も無く。
話しかけても答えるかも怪しいな、とか部屋の真ん中でエジプト座りで考えていると。
「おい、獣よ」
おいおいおい、話しかけてきたやん!?
「キサマが主に伝えよ。
”そは杖なり”と」
えーっと、つまり飼い主のマリちゃんに「それは杖だ」と言えと。
…一体何の話やねん。
大きな振動と音と共に目の前にミルミルが落ちてきた。
「おいお前。
他のヤツはいいけどマリーにだけは関わるな!」
僕は歩いてヤンキー座りをするミルミルの横へ。
見上げると、赤い瞳が怒りでギラギラと光っていた。
「私もいやですー」
モーリエが寝ころんだまま小声で意見する。
「なあ、魔剣って結局なんなの?
鍛冶屋の怨念とか言ってたのは覚えてるけど」
「魔剣は最強の剣を求める名工と呼ばれた鍛冶師から生まれる。
人を斬る事を求め狂い、
やがてその命を代償に我は造られた」
おおう、魔剣が答えてくれたぞ。
「お前を作った鍛冶師も命を落としたのか?」
「是。
自身で切れ味を試す為に家族を斬り、最後に自分の首を斬った」
壮絶な話だ!
抑揚も無く淡々と語られると余計に恐ろしさが増し、背中の毛が総毛立つ。
「千歳も昔日の事」
「ふーん…ん、今千年前って言った!?」
前にも言ったが僕は日本語で話してはいない。
この世界の公用語を召喚術士ルナルナでマスターした訳だが、魔剣の言葉は古い単語が入るので時々聞きづらい。
千年は誇張として百年前の剣だとしても。
目の前の魔剣ヤン・クオンの姿は全く古さを感じなかった。
「ごちゃごちゃうるせぇ剣だな、ホントにテメェはよ」
ミルミルは立ち上がり魔剣を見下ろす。
「俺は魔剣が大キライなんだよ!
それなのに契約なんてしちまって、クソがっ!!
俺はどうしたらいいだよっ」
ダンッ! と右足で床を踏み込む。
そう言われましても。
下のお客さんに迷惑やで。
「ずっと考えていた。
もうコイツを置き去りにしてやろう、ってな」
「不可」
「何だと!?」
「汝の魔力は我が得たり。
魔力無くして汝はその獣の如く生きるか」
「獣じゃねえ、獅子族だ。
ってミルミル、お前は魔法が使えなくなったのか?」
「うるせえっ、
そんなのどうでもいい!」
「魔剣を得し者は魔剣と共に生きねばならぬ。
失すれば汝は自我を失うであろう」
「んだよ、それっ!
じゃあ俺にはもう選択は出来ないってのかよっっ!!」
「選択の余地は与えた。
我と契約するか否か」
「もし契約してなかったら」
ベッドに寝転びながらモーリエが発言する。
まだ胃が苦しくて身体が起せないのか。
「今日もそれで誰かが何人も罪の無い人を斬っていたかもしれませんね。
そう思えば。
心の正しい人が魔剣を使えば、魔剣も魔剣でなくなるかもしれません」
「っ…」
どんどんヒートアップするミルミルだったが、モーリエの言葉によりクールダウン。
だが怒りのやり場に困り、鼻息が荒い。
さて、これをどう収めよう?
ミルミルの問題なので勝手にやってくれればいいのだが、暴れられても困る。
この獣人を鎮められるのはたぶん世界で一人。
「もーみんなも来ればいいのにー。
街の光の中で浮かんでるようだったわー!
マリーちゃんったら街の光を掴もうって手を伸ばすのよーっ。
もーかわいいったら…
…あら、何この空気」
扉が開いてマリちゃんを抱きしめながらミサキが一人騒ぎながら入ってきた。
茹でたての2人から微かな木の葉の香りのする湯気があがっている。
はしゃぐミサキもこの部屋の空気の悪さを感じて黙ってしまった。
マリちゃんは黙ってミルミルを見つめる。
「マリー、お前は平気なのか?
大っキライな魔剣を持つ俺と一緒に旅が出来るのか」
「ミルミルちゃんは魔剣なんですか?」
出た、マリちゃんの質問攻撃。
でもいつもの子供っぽい質問とは違い。
質問に質問で返した事も、それと何と言うか…観念的な質問なのも初めてだ。
「ミルドレイズだよ!
俺は魔剣じゃねえ、ミルドレイズだっ!!」
「ミルミルちゃんがミルミルちゃんなのに、問題があるのですか?」
マリちゃんがミルミルに歩み寄る。
「う…
何の問題もねえな!」
「倒すべきはアイゼンスルトではないのですか?」
アイゼンスルトって確か。
マリちゃんが住んでた街を襲った魔剣だ。
しかめっ面のミルミルが手を伸ばす。
結わえていないマリちゃんの頭を手荒く撫でると。
「そうだ、そうだな!
こんな三下魔剣なんかで悩むなんてバカらしいなっ」
ミルミルは弾けるように大笑いする。
「さあ、みんな寝るぞ、寝るぞ!」
元気よくミルミルが二段ベッドを上がって行く。
ぽかーん。
アイツを鎮められるのはマリちゃんしかいないとは思ったけど。
そんなので機嫌が直るの?
マリちゃんが質問してただけやん!
「ダルマちゃん、
おやすみの時間です」
マリちゃんは僕を抱き上げると、モーリエの寝床の上の段へ置く。
それから木のハシゴを上がって横になる。
「な、なんだったの今の?」
ミサキの問いに答える代わりにモーリエがクスクス笑う。
「マリーちゃーん、おやすみー。
くれぐれもシルトを起さないでよー。
お風呂場まで吹っ飛ばしたら修理代がいくらになるやら…」
「街の灯りに感動したのやったら。
もしかしてありえるね」
「ちょっと待ってよ!
それじゃあ連れて行った私のせいになるじゃない!」
ミサキをからかっていると。
「シルト…って…なに…?」
マリちゃんは僕の答えを待たずに寝息をたてはじめる。
僕達はこの宿で三日過ごした。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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