03話 剣士と美少女と僕
「あはははははははっ!!」
突然の明朗快活な女の笑い声に僕の心臓が裏返りそうになる。
その声は緋色が混じりかけた昼光が差す山中に響き渡る。
僕の頭上から。
振り仰ぐと、そこに剣を担いだ黒尽くめの者がしゃがんでいる。
黒いマントをひるがえして。
「おっさん達、面白い事してるじゃん。
俺も混ぜてくれよ!」
黒の女は跳躍して僕の頭上を飛び越えると。
真っ黒な剣を高く掲げて颯爽と山の斜面を駆け降りていく。
剣に埋め込まれた魔使石が光ると変型して斧のような形になる。
魔使石、マジカストーン。
この世界の成人の6割がこの石を扱う魔法を取得すると召喚術士から聞いた。
道具に埋め込んで使いやすくしたり、石に魔力を込めて便利なアイテムにしたり。
使用方法は様々らしい。
反対側の斜面の中腹にいたおっさん達は虚を突かれて固まっていた。
状況を理解して動き出したころにはもう黒の女が葉っぱの囲いを容易く切り裂いていた。
「ぎゃうっ」
黒い剣が舞うとおっさんの一人の身体が真っ二つに割れた。
舞い散る赤い液体の中で剣の形が変わって。
腰の刀に手をかけた2人目のおっさんの首が落とされた。
おおーすげぇカッコいいぞ、正義の味方 黒マント。
「わあああっひいいいいいいぃぃぃぃぃっっ!!」
ドレスの女は血を浴びてパニックになって叫び、その場にうずくまった。
仲間を失った手甲男はズボンが膝まで下りた状態のパンツ姿で後ずさる。
「ちょ…ちょっと待て!な!
ほらこの女は返すから!!なっ なっ!」
「おう、
そんな事より俺と戦おうぜ!
俺より強いんなら俺の身体も好きにしていいぜぇぇ!」
黒いマントの女はそのグラマ―な身体を剣を振り回しながらくねらせる。
「お、おう、そうかそうか。
なろほどな、ぐへへへへへへっ」
「悪くない話だろ、
はははっ!」
何がなるほどなのかわからないが二人で笑いあっている。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!
いけっゴッドハンドッッ!!」
男は体にぶら下げた手甲の一つを黒い女に飛ばす。
手甲を剣で弾くと黒い剣の魔使石が光る。
「この世から失せろ、ゴミカスが」
「ぐぼぅぅっっっ」
鎌のような形に変えて投げられた剣は男の心臓を刺し貫く。
ホラーゲームのやりすぎかなあ。
やはり目の前の殺戮現場に現実感があまり無い。
僕は斜面を下りて血濡れの現場に近づく。
生の惨殺死体を身近で見ようと思った。
まだそういうモノに興味がある年齢でね。
怖いもの見たさ。
人の死骸を間近に見て胃酸がこみあげる。
同時に。
イヒ。
イヒヒヒヒヒヒヒヒ。
強い深紅の血の色とニオイのせいか。
何故か高揚感があった。
これがリアル、ネットの死体画像とは違うリアル。
なんてとんでもない世界に来ちまったんだ!
飛び出した内臓やむき出しになった骨を見て。
これらを喰らえば僕にも魔法が使えるようになるんじゃね?
そんな事を考えてニヤリと笑うほど僕の屈折した心はハイになっていた。
「ようお姉さん、助けられてよかったやん!
大丈夫だったかーい」
ぼう然と尻餅をついていた赤いドレスの女に陽気に声をかけた。
これがいけなかった。
お姉さんはハッと我にかえり涙に濡れた顔を僕に向けた。
腰をあげて僕に向かってくる。
赤いドレスはほとんど原形を留めずボロキレと化していた。
当然、胸はむきだし。
「このド畜生!」
「ぷぎっっっ!!!」
女は拳を振り上げると僕にそれを叩き込んだ。
「畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!ド畜生!
役立たずの召喚術のイヌめっっ!
この薄情者!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
女は泣きながら叫びながら僕を殴り続ける。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
殺す気かっこのクソアマッッ!!!
「そんなに元気なら大丈夫そうだな。
ところで何を殴ってるんだ?イヌかモグラか!?」
背の高い黒の女がドレスの女の手を掴み蛮行を止めてくれた。
尖って毛の生えた耳と紅く燃えるような瞳。
普通の人間ではないようだ。
しかし女剣士をじっくり観察している余裕は無い。
僕は怒りより痛みと恐怖で震えながら身体を引きずってその場を離れようとする。
痛い 痛い 痛い 痛い …僕はまだ生きてるのか!?
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ
非現実感しかなかった状態から目覚めさせたのは痛みだった。
野草をかきわけて進むと。
目の前に木靴があった。
視線を上げていくと。
生成色のボロの靴下とピンクのリボン。
白い膝小僧。
同じく生成色のボロの短いワイドパンツ、シャツ。
ショートポンチョと順に瞳に映る。
その上には丸い小さな顔とペールグリーンのポニーテール。
右の瞳は輝くオレンジ色、左目の瞳は鮮やかなグリーン。
白い透き通る肌の可愛らしい顔は 地獄の中に現れた天使様に見えた。
だがこの天使様。
僕を見下ろすどんぐり眼に生気を感じられず、焦点も合っているのかどうかボンヤリと虚ろだった。
西洋美術で天使は「祝福」「幸福」の象徴のように書かれているが、ボロ着虚ろ目天使はたぶん珍しい。
美幼女が僕を見てしきりに首を傾げている。
可愛い!
可愛い女の子も男の子も大好物なんや。
僕は雑食なんだ。
下から見上げるワイドパンツの中が見えそうで見えないこのアングルも僕のチラリズムを刺激する。
だからといって性的欲求は湧かない。
人間性はとっくにぶっ壊れた僕だけど、性犯罪者予備軍ではないからな!
獅子族の身体に変わったからかもしれないけど。
僕は痛みを堪えてニコリと笑う。
「そんなに可愛いとイタズラするよ、
お嬢さん」
そこまでが僕の限界だった。
苦痛により気絶。
………。
……………。
「イジメなんてやめなよ、格好悪い」
中学2年の初夏。
僕の青春を暗く重いモノにしたのは、そんな青臭い正義心から出た言葉だった。
あの頃のぼくはマトモ、いや真面目だった。
次の日からイジメの対象になったのは、クラスの真ん中でそんな言葉を吐いた僕だった。
それは中学を卒業するまで続き、陽の射さない暗い日々が僕の心を踏みつけて。
潰した。
友達は普通にいた。
いや、あれは友達だったのだろうか。
惨めな姿の僕を無視した彼らは本当に。
部屋から外に出る勇気を失った僕は高校へ進学せず、引きこもった。
それから毎日壁に向かって、パソコンに向かって、自分の理想や正義や夢を叫び続けた。
両親や兄は最初は同情的だった。
ある日、自分の声に応えてくれる”声”が現れた。
召喚術士である。
そう名乗った。
彼女はいつも”魔法が全ての世界”を語り聞かせてくれた。
魔使石も教えてくれた。
夜空に輝く”女神の涙”を教えてくれた。
城国を教えてくれた。
城国が沢山ある大陸の話を教えてくれた。
知らない世界の言語や文字も教えてくれた。
眠りにつけば、魔法の大陸を自由に走る夢を見た。
針葉樹が密集する深い森を。
奇妙な動物が走り回る草原や砂漠を。
不思議な形の家が立ち並ぶ街を。
いつも四本の足で。
行けるなら行きたい。
こことは違う場所へ、どんな姿であっても。
魔法の世界に行って全てをやり直したい。
僕はこの社会の不適合者だ。
ここに居たって僕には何も出来やしない。
事あるごとに僕は召喚術士にお願いしていた。
あと一つ年を越せば、成人になる頃。
親は定時制の高校に入学するか、家を出るかの選択を迫ってきた。
次に巡りくる春に。
一人きりの部屋で聞いた事がない言語で楽しそうに召喚術士と話す僕を見て、同情の期間は期限を迎えたようだ。
昼夜関係なく喋っている僕に、会社務めを始めた兄は怒っているとも聞いた。
家族の心労を考えて渋々、入学を選択する。
それからあの夢を見なくなった。
”声”も聞こえない。
あれは全て僕の幻聴だったのか。
この世界から逃げたい僕が創りだした嘘の声だったか。
日が経つごとに「幻聴説」が濃厚になってくる。
あの夢が本当にただの”夢”だと思う様になった時の絶望感といったら。
また学校に、現実に触れる日々を想像すると畏怖で体が重くなる。
眠れない日が続くこともあった。
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
自分の心がそう語りかけてくる。
でも抵抗する声もある。
どうして僕が死ななければいけない?
正しい事をした僕が?
何故!?
その答えが出る前に僕は通販でナイフを買った。
刃渡り20センチ。
2本。
出口の無い暗い迷路に迷い込んだ僕の心が潰れる前に。
スッキリしたかったんだ。
自分の正義が無価値なら。
社会の正義も、法の正義もムカチダヨネ。
ヒトヲ殺セバスッキリナレルカナ。
僕ハ壊レテナンカナイヨ
僕ハ正常ダヨ
社会ガオカシイ社会ガオカシイ
数年ぶりに外を歩いて地下鉄のホームに立つ。
周りの目が怖かった。
周りの人間が怖かった。
それでも僕は帽子を目深に被って勇気を出して電車に乗り込む。
そしてカバンからナイフを取り出した。
そこまではハッキリ覚えている。
何かを叫んだ覚えがあるけどなんだったか覚えてない。
その時後ろから羽交い絞めにされてあっさり床に抑え込まれた。
倒れた時に頭を酷く打ったのかもしれない。
僕の意識は深く暗い地の底へ落ちて行った。
赤いドレスの女に呼び出されるまで。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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