29話 半生と出会いと別れ
荷台で一番喋っていたのはミルミルだった。
回復が早いのか、荷台で寝転がってるだけなのがヒマらしく。
それとリルジットを元気づけるためのミルミルなりの優しさなのか。
リルジットは時々黙って座りふさぎ込んでいる事が多くなった。
砦での最後の成り行きを聞いてからずっとこうだ。
そんな時にミルミルは話始める。
自分の半生とかマリちゃんとの出会いとか。
馬車にゆられていた数日間、ダラダラ話していた内容をまとめてみよう。
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男がいた。
砂と岩の荒野が広がる過酷な地、シュランガ地方の南。
獣人の末裔が住む里の一つ。
イケメンだったがチビで剣の腕もイマイチ。
そんなちょっと残念な彼が変わった剣術を思いつく。
女の着物を頭から被って女のように舞う。
それを見た敵兵達が集まってきたところを斬りつけていく。
「天女降臨演舞の剣」と名付けた剣術で男はシュランガ地方の南方で少し有名になり、ある城国で副将軍の地位まで登りつめた。
(剣術の名前で僕達は吹き出してしまいミルミルが怒った)
この男が初老にさしかかった頃、さらに南の城に攻め入った。
城主も城兵も死に絶えた中、一人泣いている小さな少女をひろう。
男は娘を「ミルドレイズ」と名付けて小間使いとした。
この少女、つまりミルミルは運が良ければ今頃はお姫様だったかもしれない。
老いた男は城を出て海を渡りフラクシズ地方の南端、「隠遁の森」と呼ばれる地に隠居する。
小間使いの少女を連れて。
ちなみにミサキの住んでたユーエン城国はフラクシズ地方中央の東端。
そこからずっと南に「隠遁の森」がある。
老いた男は酔うと昔を思い出して、剣を取っては星空の下で舞っていたという。
その姿はとても美しかったそうだ。
ミルミルはヒマな時はよく男のマネをして剣を振っていた。
男からは結局、直接剣術を学ぶことはなかった。
男が天寿を全うするとミルミルは山を降りた。
色々あって、とある城壁のある大きな街の傭兵守備隊員の一人となる。
城国との違いは城の有る無しではない。
王が治めているか、自治政府が治めているかの違いである。
都市国家と言った方が早いか。
今のミルミルの性格はこの時に形作られたらしい。
妙齢になった彼女は毎日男をとっかえひっかえ。
(ミサキはこの話を鼻で笑って信じていない)
仲間とつるんで騒いで暴れてケンカして、の毎日だったと。
仕事しろや、守備隊員。
街で祭りがあった。
一番の盛り上がりは皆で大きな山車で町中練り歩く時。
毎年この山車のてっぺんにはくじ引きで選ばれた幸運な10歳になった少女が「豊穣の女神」の代理として着飾って座る事になっている。
それに選ばれたのが「マリース」。
これが本名なのかはミルミルもよく知らないらしい。
そう呼ばれてた気がする、といういい加減な記憶による。
この頃のマリちゃんは親や友達に囲まれてよく笑うお喋りな子だった。
山車の上で飛び跳ねて落っこちそうになって、周りの大人をハラハラさせていた。
祭りの佳境の時に襲ってきたのが魔剣「アイゼンスルト」。
大きな鋼鉄の身体を持つ魔剣。
堅固な城壁は一太刀で斬り崩されアイゼンスルトが城内に乱入。
この混乱に乗じて多数の山賊も城壁を超えてきた。
守備隊員の応戦も虚しく街は壊滅。
建造物の破壊の殆どは鋼鉄の巨人によるものだったが、
死者の多くは山賊に襲われていた。
山車周辺を守って戦っていたミルミル。
戦いの最中、幸か不幸か倒れた山車の下敷きになって気絶。
軽い傷だけで誰の刃にもかかることはなかった。
マリちゃんは槍で腹部を貫かれ重傷。
(ちょうど目を覚ましたマリちゃんが白いお腹を出して小さくなった傷跡を見せてくれる。)
「普通死ぬでしょ」というミサキの言葉は最もだが生き延びた。
近隣の街から集まった医師団とミルミルの必死の介護の賜物らしい。
しかしマリちゃんは記憶と心と言葉を失くしてベッドで寝た切り状態に。
ミルミルは身の回りをして、反応が無くてもいっぱい語りかけて。
そんなある日。
1回目のシルトが発生。
同じベッドで寝ていたミルミルは吹き飛ばされる。
次の日に手足が動かせるようになり、リハビリをして歩けるまで回復。
そこで2人は医師団のテントから追い出される。
廃墟になった街に建てられた粗末なテントには重症者が溢れかえっていたから。
ここから2人の過酷な旅が始まる。
ここは彷徨う女と子供に優しい世界ではない。
ミルミルはマリちゃんを守って戦って、時には逃げて。
最初は落ち着いて暮らせる場所を探す旅だった。
途中賊に捕まってなぶり殺しにされかけたところを2回目のシルト発動。
そのシルトは賊の剣を吹き飛ばしてソイツの顎の一部を削ったらしい。
賊は顔を押さえて泣き泣き逃げて行ったそうだ。
この時にマリちゃんの金の棒が出現。
気が付いたら手に握っていたという。
話も出来るようになったのでミルミルが剣術を教えて共闘するようになる。
それまで「あー」とか「うー」しか話せなかったのが急に敬語で話すようになったのも謎。
実家がそれなりの家柄だったんじゃないか、という結論で落ち着く。
2回目のシルト以降、マリちゃんが度々「アイゼンスルト」の名を口にするようになる。
故郷を踏み潰された復讐。
仲間と街を守れなかった雪辱。
旅の目的は徐々に鋼鉄の巨人の動向を追う方へシフトしていった。
そして旅が始まって3年目で僕達と出会う。
アイゼンスルトがユーエン城国付近にいるらしい、という情報を追って。
つまりマリちゃんは13歳。
でも何故かいくら食べても身体が10歳から全然成長しない。
ついでにミルミルは多分20歳くらい。
(師匠すら彼女の年齢を知らなかったのだからあくまで推定)
ミサキは22歳。
リルジット=スエラは18歳。
モーリエ=カナイは25歳という話だ。
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「よくわからないんだけど」
「何がだよ?」
「なんで知り合いでもないマリースちゃんの世話をしていたのよ?」
「それは、あれだ。
街が消滅して職も住処も失っただろ」
「うん」
「マリーの親戚って事にして仕事してたらテントで暮らせて飯も出るだろ」
「サイテー」
「サイテー」
「うるせえ、イヌ投げつけるぞ!」
「じゃあテントを追い出しても二人でいたのは何故?」
「じゃあお前は。
ボンヤリ突っ立っている事しかできない子供を放っておけるのか?」
「そうね、それは心配よね。
私はてっきり他の目的かと」
「なんだよ、それ」
「悪い人達に売りつけるとか―」
「…お前らの中で俺はどんな人間だと思ってるんだ!?」
「それはそれは」
「言えまへんなー」
ミルミルに投げつけられた。
ミサキの後頭部はなかなか硬くて痛い。
「獣人ノ女、ひとヨリ母性強イ。
未婚女性、親ノナイ子ト同棲シテル話イッパイアル。
過酷ナ シュランガ ノ地、ミンナ寄生ト共存シテイキテル」
「リル、そういうフォローは早めにしろ!」
砦を出て5日、ゆっくり北へ馬車を走らせたところでシラバ城国が見えてきた。
山々に囲まれた小さな盆地に建つシラバ城国。
初めて入った城国。
そこは木の城国。
城壁も家も道も橋も噴水も全て木材で建てられ、木が敷き詰められている。
ご丁寧に遠くに見える城国の中心の丘の上に立つ城までも木製。
山々に囲まれ資材が豊富にあり、木こりが達が切り拓いたという歴史を持つだけあって徹底している。
城壁の側にはその高さを競うように粗末な小屋が積み上がり。
反対に城の周りには低く大きな邸宅が庭付きで並んでいる。
ミサキによれば 大抵の城国は外側から内側へ下流、中流、上流階級エリアと生活レベルで住み分けてる所が多いらしい。
シラバ南門検問所脇の芝生。
馬車から降りて僕らはかたまって立ち話をしていた。
「ここでお別れだね、リル」
「オーイオイオイオイ、オオオオオ…」
モーリエとリルジットが抱き合って別れを惜しんでいる。
モーリエは普通に立って歩けるまで体力は回復していた。
ただ時々嫌な記憶のフラッシュバックで混乱して座り込んだり、夜中に恐ろしい夢のために叫んだりするのだが。
そんな時はミサキとマリちゃんが添い寝してなだめている。
アイリーン、ルシア、リルジットはシラバに近いコミューンに住んでいたため、この城国にも捜索願いが来ていた。
カロンのものは無い。
代わりにお尋ね者の張り紙の、詐欺師の項目にカロンの特徴によく似た女が書かれているのを見た。
リルジットはこのままシラバの兵に守られて暮らしていた場所へ帰る。
「グズズズッ、おじツイタラ、手紙カクヨ!
ゼイタノ地ノ、トローカッテ里ダヨネ…遠イヨォォ」
モーリエの帰る場所はここよりさらに北のゼイタ城国の側にある。
シラバとしては捜索願いが無い以上そこまで送る義務は無いと断られた。
お役所仕事しやがって!
ゼイタの地は今、情勢不安なので逆にシラバに留まるよう勧められた。
「今サラダケド、ゴメンネ…」
「えっ、
どうして謝るのリル?」
身体を離してモーリエが泣きじゃくるリルジットの顔を見つめる。
「モーリエ、乱暴サレテル時、何モデキナカッタ!
ワタシタチ、モーリエの悲鳴ニ耳フサイデ泣クダケダッタ…」
「リルが謝る事はないですよ。
私は誰も恨んでいません。
それに2人だけでも生き残れたからそれだけで…」
「ウウウ…
アイリーン!ルシアァァァッ!!」
抱き合う2人が号泣する。
あれ?
今のモーリエの言葉で気が付いたけど。
山賊も貴族もカロンも最初から女性達を殺すつもりは無かったような。
嫁候補だとか商品だとか何とか。
僕達が現れなきゃみんな生き残れたのでは…。
まぁ、あれだ。
嫁だろうが何だろうが、拉致監禁という非人道的な行為が許されるワケないし。
嫁失格となったら、もしかしたら人知れず殺されてたかもしれないし。
あの貴族ならやりかねない。
2人も救出できたことを喜ぼう、うん。
「しかし、さらってまで嫁を作ろうなんてどんな悪い貴族だろうね。
マリちゃん」
僕を頭の上に乗せる少女に尋ねる。
「……」
「ん?
どうしたミサキ。
いつもよりブサイクな顔をして」
「う、うるさい!
な、なんでもないわよ…」
「そんな事より、お腹が空きました」
ぐーぎゅるる、と青い空の下でマリちゃんのお腹の虫が鳴り響く。
「あ、お前!」
ミルミルがマリちゃんの腰のポーチを全部開けて確認。
「干し肉が無くなったらちゃんと言えよな!」
「無くなりました」
「おせーよ、バカ」
そんなマリちゃんの様子のおかげか。
湿っぽい空気から和やかムードになったところでお別れの流れとなった。
「サヨーナラーッ!」
木の鎧を着た女兵士の横に立つリルジットが泣き笑いの顔で大きく手を振る。
城国の中に馬車を進めるとその姿は湯気の向こうに消えた。
木の城国シラバは鎧まで木製だ。
そしてこの大陸で有数の温泉地でもある。
積み木のように高く積まれた貧民の家々からも朦々と湯気が立ち上る。
僕らは検問所の兵士から紹介された湯治にいい宿に向かっている。
つまり。
入浴タイムが発生する。
それ以上言うのは野暮と言うもの。
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