28話 他人の為に泣いて怒れたんだ
「もぉーっ。
無茶しないでよ、車輪が潰れたら絶対絶命だっ、わぷっ!」
密集した木々の低い枝の緑が御者席のミサキの顔をなでる。
馬車は小川沿いの細い悪路を慎重に走っていた。
このボロくて簡素な馬車が落下するミルミルの衝撃をまともに受け止められるとは思えなかった。
だから僕は叫んだ。
「マリちゃん、
大きなおっぱい!」
金色のクッションがミルミルの身体を受け止める。
馬車が大きくかしいだが横転せずに済む。
それから僕らは砦を後にした。
「痛ええぇぇ…
傷口が少し開きやがった」
荷台に腰を下ろすミルミルが上着を上げて脇腹を肌ける。
そこへ腰に差していた瓶を取り出すと傷口にじゃぶじゃぶかける。
「あいててててっ!
これパサル―入りだった!」
「キズ、ワタシガ、ミル」
「すまねえ、頼む」
先頭から膝を抱いて横になるモーリエ、
真ん中に膝を曲げて仰向けのマリちゃん、
最後尾で馬車から足を投げ出してミルミルが横になって寝転がった。
狭い馬車の中でなんとか居場所を作って手当をするリルジット。
ミルミルが瓶の水を口に含む。
「お前、その水飲んで大丈夫なん?」
「好きで飲んでんじゃねーよ。
痛み止めだよ!
マリー、お前も痛むだろ。
少し飲んどけ」
「はい」
「ちょー待てやーっ!
マリちゃんに変なモン飲ますなーっ!!」
「少量ナラ、イイクスリ。
マリーサン、サッキカラ痛ソウデ、苦シソウ」
医者志望のリルジットがそう言うなら。
マリちゃんは口の中を濡らす程度に差し出された瓶に口を付ける。
ミルミルの傷の様子を見ていたリルジットが顔を上げる。
「ソレデ…ルシアハ?」
いつも陽気で元気なリルジットが真剣で鋭い瞳をしてミルミルを見つめる。
「…悪いな、無理だった」
「ソウ…」
馬車の空気が重くなる。
みんなルシアを見捨てたワケじゃない。
でもアイリーンの側から離れない以上誰もどうする事も出来なかった。
誰かが悪いわけじゃない。
でもみんなが罪悪感を感じていた。
「…カロン、カロンハ!
八ツ裂キニシテヤッタ?」
「してない。
生きたまま貴族様に渡してやった」
僕が答えるとリルジットの両手が僕を抑え込む。
痛い痛いって!
「ナンデ!?
アイツ極悪人!裏切リ者!アイリーンノカタキ!!」
「僕はこの世界の者じゃない!
別の世界から来たんだ」
「ハァ?ナニヲイッテル!
私、カロンノ話ヲ…」
「この世界は僕にとって地獄みたいな所だ!
こんな世界で男達の中で女一人取り残されたら?
アイツには生きてその罪をあがなってもらう」
「…甘イ、甘イヨ!」
痛い痛い痛い痛い!!!
リルジットの手が僕の身体をさらに締め上げる。
「でもな、そのイヌがカロンの計画を全部ぶち壊したらしい。
あの絶望する顔をお前が見たら満足したかもな」
「ホント、ホントカ!?」
「うん、正確には僕とミサキとアイリーンの3人の協力。
こうして逃げ出せたのも立派な復讐になんねん!」
手の力が弱まって僕の身体が自由になる。
「もー、怒ってるリルを抑えるのは大変だったんだから。
怒りのあまり嘔吐するしー」
ああ、それで中毒の芝居をしてる時に2人が不自然に抱き合っていたのか。
吐いた時は飲む水を間違えて、本当に中毒症状をおこしたのかと内心あせった。
みんなが黙り込み、悪路を走る馬車の音だけになると。
ミルミルは水の残る瓶をしばらくジッと見つめて。
「チッ」
と、舌打ちをすると森の中へ投げ入れた。
瓶の跳ねる音が遠くなっていく。
僕は馬車の中央で横になるマリーさんの顔の側に座る。
少女の顔は少し青く、うっすらと汗をかいている。
左右で色が違う、ぼんやりとした瞳をぼんやりと空へ向けていた。
「ダルマちゃん、
昨日までと何か違います」
僕が容態を聞く前にマリちゃんが口を開いた。
僕はその言葉と意味を頭で咀嚼して、しばらく吟味して答える。
「僕にとって他人なんてどうでもいい存在だった。
…あ、マリちゃん意外は」
マリちゃんが深くて底のない瞳を僕に向ける。
「でも。
僕は泣いて怒ったんだ」
記憶が蘇る。
4人で抱きあって泣く女性の姿を。
「他人の為に。
真剣に泣いて怒れたんだ」
それ以上は言葉にならない。
心の中がぐちゃぐちゃで説明ができない。
代わりに涙が一粒こぼれた。
マリちゃんが手を上げようとして途中でやめた。
痛みで眉間にシワが寄る。
代わりに顔を寄せて僕の身体に頬ずりして。
「えらい、えらい」
しばらくほおずりを続けた後にマリちゃんは目を閉じた。
そのまま寝息をたてる。
パサル―の水が効いたみたい。
汗が無くなっていた。
あれ、タオル代わりに使われた?
でも。
美少女と美少年の汗なら何リットルでも大歓迎だ。
山を下り、北へ向かう広い道に出ると馬車はスピードを上げる。
僕は馬車の後ろで追手が来ないか見張る。
「たぶん大丈夫だと思うけど」
と、ミサキは言う。
「ミルミルと合流するために脇道から砦の裏手に戻ったじゃない。
今頃もう一台の馬車は、
北西に伸びる本道で私達を見失ってウロウロしてんじゃないかしら」
「轍の跡でバレるんやないの?」
「それよ。
マリちゃんにお願いして金の棒をね、
こう、先っぽをまっ平らにして本道の道を均したの。
すごくない、ねえ?
私頭いいでしょう!」
グラウンド整備用のトンボみたいなのかな。
「すごい、すごい。
でもケガしてるマリちゃんをこき使うなやー!」
「道具を作ってもらっただけで、
均したのは私よ!」
さよか。
じゃいいか。
不意にミサキが俯くとつぶやく。
「それにあの男は得にならない事には執着しないし」
「ん?
なんか言ったか」
「なんでもないわよ。
夜更けまで馬車を走らせて、
大丈夫そうなら休める所を探すわよ」
結局追手は現れず。
それから。
北へ向けて馬車を走らせる。
小さなコミューンや家を見つけると、食料や宿泊場所をお願いして進む。
ミサキが平身低頭で「賊に襲われました、助けてください」とお願いすると大抵の家は親切に接してくれた。
この世界は地獄だ、なんて言ったけど案外そうでもないらしい。
つまるところ。
ミサキがあんな危険な山で僕を召喚してなきゃもっと平穏に旅が出来たのかも。
でもあの場所でなきゃマリちゃんには会えなかった。
まあ、結果オーライって事でガマンしよう。
全てはもう過ぎた事。
ところで。
この世界の建設様式はおかしい。
ユーエンの城が子供の積み木みたいに不安定な形を見た時におかしいと感じていたが。
地球の古代や中世っぽい建築が混在しているのはもとより。
石を積み重ねただけの家もあった。
布のテントを積み重ねたような家もあった。
逆L字型だったり+(プラス)型だったり、『キ』の字型の家もあった。
不安定で危なくないのかな、と言葉にして漏らすと。
「建築の職業魔法で建てられているんだから、
危ないわけないじゃない」
と、ミサキに真顔で返された。
つまりこの世界では全く全然普通だと。
そういえば昨日、マリちゃんが牢の中で言ってたっけ。
「壁に魔法がかかって壊せない」とか何とか。
建築物にはほぼすべてに魔法がかけられていると考えて間違いはないのか。
魔法が全ての世界だから、と納得して慣れていくしかない。
馬車で移動中は御者席に並んで座ってミサキと話す機会が多かった。
マリちゃんと一緒にいたいが、食事の時意外は寝てばかりなので退屈になる。
たわいもないくだらない話ばかりだったが、お互い持っていた嫌悪感は薄まったと思う。
多分。
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