21話 嵐の中の契約と秘密の小部屋
確か時間は昼過ぎだったはず。
厚く黒い雲が空を覆い夜半のように暗い。
さらに大きな雨粒が大量に落ちて視界が悪い。
泣き叫んだら心が落ち着いた。
僕は泥の中から立ち上がる。
元の人間の身体を持っていたらマリちゃんの身体を引き摺ってでもこの場から移動できた。
だが今の小さな獅子族の身体では咥えて運ぶなんて芸当は出来ない。
逃げよう。
幸いあの魔剣にとって僕は斬る対象ではないらしい事が今日の戦闘でわかった。
だから逃げる必要は無いけど。
じゃあここでマリちゃんが切り刻まれるのを見てろ、ってか?
逃げて、この二日間の事はキレイさっぱり忘れて。
召喚術士、ルナルナの庇護に入ろう。
敗北と虚脱感で重い身体をあざ笑うかのように雨が叩く。
ゆっくりと魔剣を持ち上げるミルミルを見て、僕は回れ右をした。
そして走りだす。
いや、走り出そうって思っていたんだ。
でも雨粒がキラキラと光り輝いて心を奪われた。
なんだ?
この世界の雨は光るのか!?
魔法のせいならいいけど、放射性物質とか含んでるんじゃないのかとかくだらない事を考えていると。
光が段々強くなっていく。
それは優しく温かく甘い光。
僕は振り返る。
もつれ合ったまま膝を付いて立つ少女と女剣士の周りを金の鎖が取り巻いていく。
鎖はそのまま2人の身体を縛ると宙に漂う。
少女の胸には金色の盾。
シルトだ!
光はさらに増して景色の全てを金色に染めると。
甲高い破裂音と共に2人と剣と光の粒子が吹き飛ぶ。
周囲に拡散された粒子はマリさんの身体へと集まる。
半分は収縮すると金の棒へと姿を変えて、泥の上に横たわるマリちゃんの胸に落ちた。
残り半分の光の粒子は左肩へ吸いこまれたように見えた。
僕は走る、マリちゃんの元へ。
身体に飛び乗って確かめる。
意識は無いけど脈がある!
息をしている!!
ああ畜生、これは獅子族の習性か。
僕は喜びの咆哮をあげた。
「汝、女剣士よ。
我を手に取れ」
声のした方向を見る。
ミルミルがこちらに足を向けて仰向けに倒れていた。
その頭上にまるで墓標のように魔剣がそびえていた。
「うるせぇ、おっさん…
ちっ、またシルトに助けられたか…」
ミルミルの声は雨音にかき消される程小さく弱々しかった。
「我を手に取れ。
その出血では幾ばくも生きられぬぞ」
ミルミルの脇腹からは再び鮮血があふれ出ていた。
そうだ、マリちゃんの傷は。
左肩を確かめると、衣服に出血の跡はある。
醜い刀傷も見えるが不思議な事に血が出ていない。
「我を手に…」
「うるせええええええええぇぇぇっっっ!」
僕は怒りにかられて叫ぶと魔剣に跳びかかっていた。
剣身を下に地に突き刺さっている為、鍔中央の逆さまになっている顔の彫刻を何度も引っ掻く。
引っ掻いても引っ掻いてもその顔に傷は付かない。
冷たくも柔らかいような硬いような不思議な触感の鋼鉄の彫刻だった。
「テメエのせいでマリちゃんが死ぬところだったんだよっ!
お前なんかっっ
お前なんかぁぁっっ!!」
「五月蠅いハエだ」
結局僕は何も出来ないまま、魔剣の気に当てられ吹っ飛ばされ泥の上に転がる。
「関節を逆に曲げやがる剣なんかいらねえよ。
それに俺は魔剣は大キライなんだよ…」
ミルミルは横たわって雨に打たれたままピクリとも動かず会話を続ける。
すこしずつ声が弱っているような気がする。
「汝の心を奪うより汝らと共に居た方が面白い。
汝はそれなりに強い。
ならば操るより汝に使われた方が多くの人間の血を吸える」
「……」
「我の身を汝に預けよう。
汝は全てを我に差し出せ。
我と契約を結べ」
「…それで…
…お前の力でマリーを…守れるか…」
「おい、ミルミル!
そいつの口車に乗るなっっ!」
「ここで土へと還り、
汝は何を守れるのか」
「…………」
しばらく続く沈黙。
そこで雨足が弱まってきている事に気が付く。
「悪ぃなダルマ、マリー…
…もう目が見えなくなってきやがった。
他にもう選択肢が無えんだよ…」
「ミルミル!」
「おっさん、どこにいるんだ?」
「汝の頭上にいる。
我に触れれば契約締結とする」
最後の力を振り絞るように呻きながら震える手を挙げてミルミルは魔剣に触れた。
「ミルミル、お前…」
途端、魔剣の顔の横から延びる角のような鍔の部分から細かいパーツが無数に現れて刃の部分をシャッターを下ろしたように隠した。
シャッターが動いたことで地面が緩み、ミルミルの胸の上に魔剣が倒れてきた。
イカツいオッサンの顔の裏部分は、彫刻の入ったハゲ頭。
僕達はこんなに傷ついて。
何に勝って、何に負けたのだろう。
遠のいた雷鳴を聞きながら僕はただ、気絶したミルミルの顔を見つめるしかなかった。
死んでないよな?
胸が激しく上下してるから大丈夫、たぶん。
「ねぇ、ちょっと!
今光っていたのってあのシルトってヤツだよね!?
2人とも大丈夫なの、バカイヌ!」
本人には絶対言わないが。
この時の性悪成金娘の声がどれだけ頼もしく感じたことか。
振り向くと黒い石に蹴つまづいた。
夕方になって雨があがった。
細く霧散する雨雲の間から茜色の光が漏れ出していく。
女性達はみな疲れた顔をして、雨に濡れた身体で震えていた。
山を降りようと言い出す者はなく砦に退避する事にした。
逃げ出した賊が帰ってくる危険があるとわかっていても。
4つの円筒を集めて繋げた粗末なレンガ造りの建物と玄関口を適当に固めた砦は、廃墟同然だった。
元は3階建てで屋上が展望台となっていたと推測するが、3階部分は殆ど崩れていて。
実際どうだったのだろうか今は知る由もない。
比較的元気なミサキが砦に入り2階に使える部屋があると報告に帰ってきた。
「他のマトモな部屋はねえ、
男共の荷物と道具とゴミで汚くてくっさいのよ。
少し穴が空いてる方が換気が良くていいでしょ」
などとのたまわっていた。
ミサキとアイリーン、リルジットでミルミルを運び、マリちゃんはカロンが背負って砦へ移動。
モーリエは自力で歩けるぐらいには回復していた。
部屋は小学校の教室ぐらいの大きさで一部壁と天井に穴が空いてその下には水たまりが出来ていた。
部屋として完全ではないためか、住居として使われてなかったようだ。
ゴミや瓦礫は多少あっても汚くてくっさい感じはない。
気絶した2人を運び込むとミサキが指揮を執って寝床をこしらえる。
幸いカロンが砦の中を熟知していて寝床に使う藁や、地下には井戸や砂使いの女の部屋を教えてくれた。
砂使いの女の部屋は小奇麗で、武器や武具の他に清潔な服が多種多様にあった。
「あの女幹部は”コスプレ”の趣味でもあったのかねえ」
「コス…?」
ミサキが首をひねる。
”コスプレ”なんて和製英語がこっちで通じるはずがない。
「仮装の趣味」
「仮装ねえ…。
戦利品かも知れないわね」
男児や女児服まであるのでその可能性か。
考えたくないが子持ちとか。
みんなで手分けしてありったけの清潔な服を運ぶ。
ついでにベッドの布団もキレイなのでこれも運ぶ。
この部屋を使おうというカロンの提案もあったが。
「地下の部屋だから。
中庭に敵が入ってきたら出られなくなるよ」
僕の言葉でこの部屋の放棄が決まった。
どのみちタンスが多くて部屋が狭いし。
6人が寝るスペースが無い。
砦に戻ると。
カロンが食料庫へ食材探しに、ミサキは 魔使石ヒーターで料理を。
リルジットはマリちゃんとミルミルの介抱、アイリーンはカロンやリルジットの手伝いをとみな忙しく働いた。
僕は。
「アンタは何も出来ないんだから、
番犬ぐらいしてなさい」
ミサキの言葉に反論もできず。
だって本当に何も手伝えないので。
崩れた壁の上に座って見張りをした。
この身体は夜目がきくようで、陽が落ちた暗闇の中でも遠くまで見渡せる。
リルジットが腰に下げた装飾の綺麗な白い柄のナイフを鞘から抜いた。
それは砂使いの女の部屋にあったナイフ。
それを使ってマリーとミルミルの汚れた衣服を裂いて素早く脱がし、大きめのワイシャツを着せると運んだキレイな布団に2人を寝かしつける。
ミルミルの胸には魔剣が張り付いていたが、それに触れずに着替えを行うからかなり器用だ。
ちなみにリルジットは紺のメイド服に着替えていた。
みんな濡れた服は天井にロープを張って乾かしている。
カロンの下着は白地にブルーの縞々。
期待を裏切らない娘だ。
ミルミルが見たら大喜びするんじゃないかな。
「リル、カロンがスピリッツを見つけてくれたぜ。
クソ山賊なんて酔っぱらうしか芸が無いクソだらけだからな。
酒はクソみたいに揃ってやがった」
白いワイシャツに黒のズボンと、男装のアイリーンが木箱に細長い陶器を詰めて運んできた。
スカートはキライらしい。
干してある服もダメージシャツにダメージホットパンツにゼブラ柄のタイツ。
パンキッシュな感じ。
しかしこの世界は建物は古代風なのに、服や物品は中世の技術を通り越している。
布にプリント柄なんて。
長い布に延々とブルーの縞々やゼブラ柄の色を付ける魔法職とかあるのかな。
すごい。
すごい地味な魔法。
「助カッタヨ!
コレデ傷ノ消毒デキル。
クスリ、傷クスリハナイ?」
「薬があるかどうかまでは知らないってよ」
「はい、傷薬」
ドンッ!
リルジットの前に大きく平たいフタ付き陶器が置かれた。
「お前これ…」
※次話、9日投稿予定※
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