20話 再びの死闘の果て
「なんだこのカオスな状態は!?」
「持ち手のいない魔剣はヒトを魅了する魔法を出せるんです!」
僕を肩に乗せて走りながら答えるマリちゃんが、リルジットとカロンと同じようにミルミルにしがみつく。
「弱き女人に用は無い」
「ぎゃんっっ!!」
ミサキが魔剣に触れたとたん、感電でもしたかのようにビクンと身体を仰け反らせ派手にスカートをひるがえして倒れた。
興味は無いけど高価そうなシルクの白のパンツが丸見えになる。
「我を手に入れよ、女戦士。
我こそが力、
我こそが理想、
我こそが未来」
剣の鍔の中央にある白い彫刻の顔が高らかにのたまってやがる。
「強い剣がなきゃ…
俺は守りたいモンを守れやしない……
……ハァハァ…俺には…マリーが…
俺が、マリーを!」
「アイツの言う事を聞くなミルミル!
アレを手にしたら大事なモノを、
マリちゃんを斬る事になるんだぞ!!」
僕はミルミルの耳元まで登って行って怒鳴ってやった。
「うるせええぇぇぇっっっ!!」
「ぎにゃっっ!」
「きゃっ」
「痛いです」
ミルミルは叫ぶと身体にしがみ付く3人の少女を左足の一蹴りで引き剥がした。
3人が泥の中に尻餅をつく。
「そうだ、弱き力に存在の意味などあろうか!
我が名はヤン・クオン!!
我の力を手に入れるがよい!!!」
「おおおおおおおっっ!!」
ミルミルは腹部からの出血もおかまいなしに四つん這いになって魔剣へと近づいていく。
「バカが!
やめろっミルミル!!」
僕はミルミルの肩にしがみ付いて必死で呼びかける。
この小さな身体の重みでその暴走は止められるハズもなく。
僕は生まれて初めてヒトを噛む。
魔剣に伸ばすミルミルの右手を思いっきり噛んだ。
牙が皮膚を裂き肉に食い込み、血の味が口の中に広がる。
「んががががががががががっ!」
骨よ砕けろ! とばかりに喰いついた。
僕の必死の抵抗も虚しく。
ミルミルは魔剣に手をかけた。
途端、僕は目に見えない力に吹き飛ばされた。
ミルミルの周りの雨粒や泥や倒れていたミサキも吹き飛ばされる。
白い閃光とともに大気が震え轟音が耳を貫く。
近くの木に落雷して火の手があがる。
「ぴぎゃっ!」
魔剣の力で気絶していたミサキは吹き飛ばされて目が覚めたらしい。
泥の中に這いつくばって周りの状況を確かめた彼女は。
身を翻して一目散に城壁の外へと駆け出していた。
あの女、思った以上に頭の回転が速いようだ。
吹き飛ばされた僕は。
マリちゃんがキャッチしてくれた。
そしてそのまま僕をカロンの方へ投げる。
「皆さん、早く逃げてください!」
金の棒をカーブのあるサーベルへと変形させて構える。
マリちゃんは一人でミルミルを止めるつもりだ!
それより、ミルミルに危機が迫るとマリちゃんは自分の意志で動いてる事に僕は驚いているよ!
「僕はマリちゃんと残る!
皆早く逃げてっ」
僕はカロンの腕から飛び出して地上に降り立つ。
「クソがっ!
クソ剣士はアタシ達を助けに来たのか、殺しにきたのかハッキリしろ!!
とっとと逃げるぞ、グズグズすなっっクソッ!」
正気に戻ったアイリーンがモーリエに肩を貸し叫ぶ。
「あ…うん」
僕の行動に少し驚いたカロンだったがすぐにアイリーンの言葉に従う。
「待ッテ、待ッテヨー!」
白衣を泥だらけにしたリルジットもそれに続く。
マリちゃんはミルミルの右手を斬り落そうと上段から斬りかかった。
ミルミルは魔剣を地面から引き抜くとそのまま攻撃を阻止する。
攻撃を弾かれたマリちゃんは後ろへよろめく。
体勢を崩して隙だらけになった。
「童女よ、汝の剣では我は倒せぬぞ」
ミルミルが言葉を発している魔剣を振り上げる。
「うぐぐぐっっ…バカがっっ!
マリィィッ、逃げろぉぉぉっっ!!」
剣を振りかざしたままミルミルは唸り叫ぶ。
その間に体勢を立て直したマリさんはサーベルを中段に構える。
「今までミルミルちゃんに助けてもらってばかりでした。
今度は私が助けます」
やっぱり。
ミルミルを守ろうという意志を強く感じる。
「ぐぐっ…アホがぁっっ
お前にはまだ魔剣の相手は…うううっ…無理っっ
…俺の意識が…まだあるうちに…早く…
う…うがああああああっっ痛えええええっっこの野郎ぅぅぅぅっっっ!!!」
ミルミルの身体の無数の傷の周りの皮膚が見えない手でひねったように捻じれていく。
一番酷かった脇腹の傷の周りの皮膚が卑猥なほど絡まり合いねじれた。
垂れ流しだった血が止まる。
痛みに震えながらもミルミルは魔剣を振り下ろした。
マリちゃんは右にヒラリと避けるとサーベルを突き出すと同時に。
サ-ベルの刃が3つに別れてミルミルの身体へと目指す。
普通なら目の前で3方向に別れる攻撃など避けられないだろう。
しかし身体の前で右手首を回すだけで魔剣を振り簡単に攻撃を防ぐ。
その大剣の大きさ重さなど感じていないように。
再び魔剣を振り上げるミルミル。
そのまま振り下げる事無く、ブルブルブルブル震えてしばらく動きが止まる。
「やめろぉぉぉこの鬼畜の剣があああああっっ!
マリーだけは手を出すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
白目をむいて歯を食いしばりながら雨粒と唾を飛ばしてミルミルが叫ぶ。
ミルミルの意識と魔剣の誘惑がせめぎ合っているのか!
「うぐうあああああああああっっ」
唸り声を上げて魔剣を振り下ろすミルミル。
避けるマリちゃん。
金の棒を槍に変形させて素早く突きを繰り出す。
再び魔剣が防ぐ。
「マリー!
頼む…逃げてくれぇぇぇっっ!!」
「でもっ!」
「お前の意識があるうちに魔剣を切り離さなきゃダメなんだ、ミルミル!
今それが出来るのはマリちゃんしかいない!!
1秒でも長く魔剣に抗い続けろっっ」
「うるせえっ…
…言われなくてもわかってんだよっクソイヌッッ!!」
両腕を失くすのは剣士生命として最悪の幕引きだが。
でもここにいる3人、いや2人と一匹はミルミルが魔剣の殺人鬼になる事を望んでいない。
マリちゃんは多種多様なアプローチで攻撃を繰り出す。
時にアクロバティックに。
時折フェイントをかけて。
「笑止。
童女よ、主の太刀筋は全てこの女の身体が覚えておるぞ」
魔剣が愉快そうに声を発する。
マリちゃんに剣を教えたのはミルミルだ。
さっきからマリちゃんの攻撃を防いでるのは魔剣がミルミルの防衛本能さえも操ってるってこと?
「くそがあああっっ
魔剣よ、テメエの勝手にはさせねえぜええええっ」
ミルミルは魔剣を抱くように自分の首にあてがう。
「マリーを…傷つけるぐらいなら…
俺は…ううううっ…死を…選ぶっっ」
「やれるものならやってみるがよい。
もう汝の心を乗っ取るのは時間の問題」
「うるせー…魔剣のおっさん!」
魔剣の刃が首の皮に触れ紅の流れが一筋。
魔剣を首にあてがう姿勢のまま体中を震わせるミルミル。
目を大きく見開き瞳孔が暴れまわっていた。
彼女と魔剣の意識のせめぎ合いが最高潮に達しているよう。
正直言うとね。
僕はマリちゃんだけが側にいてくれたらいいんだけどね。
ホントにミルミルがどうなってもいい。
ただ。
マリちゃんの役に立ちたいと思ったんだ!
恋とか愛とかじゃない。
この気持ちを表すのに近い言葉は「忠誠」だろうか。
ご主人様の役に立ちたい。
獅子族になって心まで”イヌ”に変わりつつあるのだろうか。
僕は走り出した。
イジメられた経験はあっても命の駆け引きまでした覚えは無い。
危険なところに突っ込んでいくなんてまっぴらだ。
こんな賭けなんてやりたくない。
でも、2つの意識がせめぎ合ってる今がチャンスだった。
大粒の雨が叩きつける中、ぬかるみに足を取られながらも大きくジャンプ!
ミルミルの左手の甲に噛みつく!
その勢いに押されて魔剣がミルミルの首に食い込む。
切り口から血しぶきが飛ぶ。
「この矮小な駄犬ごときが!」
「礼を言うぜ、ダルマッ!
このまま俺の首を刎ねてやるぜええええ!」
「この痴れ者がっっ!!」
計算尽くで飛び込んだワケじゃない。
拮抗している力に横槍を入れたら、科学反応的な何かが起きるんじゃね的な安易な考えだった。
おかげで焦った声をあげる魔剣が見れただけでも価値はあった。
後はミルミルの意志の強さにかかっている。
「ぐおおおおおおおおおぅっっ!!」
ハッタリだと思っていたら本気で自分の首を落そうとする気迫を強く発していた。
反して魔剣の禍々しい気が急速に薄れていく。
ミルミルの意識が勝った!?
僕は噛みついてた力を徐々に緩める。
あれ?
これ魔剣に勝ったら首が飛ぶんじゃね?
「ダルマちゃん!
ミルミルちゃんっっ!!」
マリちゃんが叫ぶと金の棒を左右の腕に絡ませて、雨粒を掻き分けて突っ込んできた。
当然だ。
マリちゃんが今の状況を黙って見過ごすわけがない。
これがさらにどんな化学反応をおこすか想像すら出来なかった。
「マリー…」
本当に一瞬だった。
コンマ数ミリ秒だけミルミルの意識がマリーの方へ移った時。
僕は魔剣のドス黒い魔力に吹き飛ばされた。
「ぐへっ」
べちゃっと泥の中に落ちる。
ずしゃっと肉を斬る音が聞こえる。
僕は急いで音の方へ顔を上げた。
ミルミルが魔剣の刃をマリちゃんの左肩に深く食い込ませていた。
マリちゃんは激痛に歯を食いしばりながらも前進してミルミルの腰に抱きつく。
「ミル…ミル……ちゃ…」
「バカヤローだ…マリー…
俺は…お前だけは…お前…」
ミルミルの目が完全に白目を向いた。
マリちゃんの目は瞼を落した。
終わった。
負けた。
僕は走り出す。
「マリちゃぁぁぁんっっ」
目をまともに開けていられない程風雨が強くなった中を、僕は何もかも手遅れで何も出来ないけど走り出さずにはいられなかった。
誰が見てもわかる。
ミルミルは完全に魔剣に乗っ取られて。
マリさんは肩に剣を食い込ませて気絶したか、最悪絶命したかもしれない。
それでもマリさんの手はミルミルの腰から離れない。
僕に出来る事は何もない。
でもこのままただ黙って見ている事なんて出来ない。
噛みつきでも引っ掻きでもなんでもいいからミルミルの動きを止めなければ。
異世界でチートなんてクソッ喰らえな話だ。
ヒトも獅子族もそんなに強くなれるハズがない。
事実、魔法が当たり前のこの世界できっと毎日何千何万の人間が血と涙を流して死んでいっているんだ。
ああ…でもベアルやゲンのように大きな身体を持っていれば少しは役にたてたかもしれない。
足がもつれて僕は無様に泥の中に転ぶ。
仰向けに倒れた僕の身体に容赦なく雨つぶてが降り注ぐ。
ちくしょう、ちくしょう!
ミサキを恨みたい気持ちもあるがもうどうでもいい。
きっと僕はどの世界にどんな身体で生まれても役立たずなんだ!
小さな女の子も守れない役立たずなんだ!!
「う、うわああああああああああああああああああああああああっっっ」
僕のありったけの絶望の号泣を風雨の音がかき消していく。
※次話、8日投稿予定※
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