17話 逃げたいか、戦いたいか
ドタドタと大男が歩く音がする。
「なあ、もしかして。
あの大男、こっちに近づいてないか?」
僕の問いにミルミルは苦く顔を歪める。
「緑の猿といい、なんかなあ。
魔剣に俺達の場所がバレんだよなあ…」
「アンタが臭いんじゃないの?」
「テメェの香水のせいかもな」
「ヘイ、クソ女剣士!
どうすんだよ、テメエは助けに来たんじゃねえのか!?」
僕らの会話にアイリーンが割り込む。
「ウルセェ、
ここに来たのはただの成り行きだ!
…口の悪い女がいるな」
「ミルミルとは良いお友達になれそうだな」
僕の素敵な提案を無視して、ミルミルはその場のメンバーの顔を見渡す。
「…お、カワイイ子がいるな。
お嬢ちゃん、なんて名だ」
「こんな時になに言ってるのよ!」
「ミルミルちゃんは可愛い女の子が好きなんです」
ミサキの苦言にマリちゃんがフォローに入る。
いや、フォローでも何でもない。
それより遠まわしに自分の事を可愛い、って言ってません?
「カロン=レーゼル。
あのっ、こう見えてカロンは20歳です!」
「ふーん…成人してんのか」
「な…なんですか?」
「ま、いいや。
戦いが終わったらパンツを見せてくれ」
「なっ!?」
「ダムシット!」
「アンタ、
ダルマ以上の変態ね…」
カロンは目を丸くしてアイリーンは罵り、ミサトはジト目に。
誰が変態やねん。
「え、でも…
掴まってから下着を替えてないですから」
「おー、そりゃなおいいや!」
わかる。
美少女だからこそ見たいものもある。
「ダルマちゃん、
どうして頷いてるんですか?」
マリちゃんの声が聞こえたらしいミサキの視線が痛い。
「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!!」
ルシアが怯えた叫びをあげる。
ミルミルのバカな話の間にも大男の足音はすぐ側の城壁まで近づいていた。
「うひゃあああっっっ
うひぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!!」
カロンが必死に落ち着かせようと抱きしめていたが、大男が城壁からにゅうっと顔を出すと絶叫しながら走り逃げて行った。
「クソッ、なんでこんなに魔剣に好かれてんだろうな!
この中で戦えるヤツはいるのか、ミサキ!」
「いねえよ、クソが!
リル、2人でモーリエ担いで逃げるぞ」
「ウン!」
アイリーンが代わりに答えると、リルジットと2人で肩を貸して衰弱している女性を運ぶ。
「みんなはあのピアス女に続いて逃げろ。
マリー、お前はヤツの側面に回りこめ」
「はーい」
「アナタ達、死なないでよ!」
急にデレたのか、ミサキの優しい言葉。
「死ぬならお金返してからにしてよね」
そう言い残すと山の木々の間に消えていく。
ミサキはやっぱりミサキだった。
それよりも。
「僕を降ろしてくれないと逃げれないですよ、マリちゃん」
「一緒に戦うのですよ、ダルマちゃん」
「無理ですよ」
「ダメですよ」
ええええええ。
「えーーーーーっっ!?
今までミルミルと2人で戦ってきてたわけやん?」
「でも昨日はダルマちゃんのおかげで勝てました。
今日も空から落ちるのを助けてくれました」
反論しようと腕の中から見上げると、少女は走り出した。
太陽が陰り、遠雷が低く轟く。
まるで魔剣が演出してるかのように急速に天候が悪化している。
城壁の崩れた切れ目から乗り越えようとしている賊のボスがいた。
全身タトゥーと返り血でアートされた身体の筋肉が元の2倍以上に膨れ上がっている。
ミルミルに斬られた胸のキズは血が止まり、赤い筋となっていた。
目は白目を剥いていたが、ラリってる感じはない。
歯を食いしばり鬼のような形相となっていた。
その右手には大剣。
刃の部分は途中で膨らんだカーブを有しており、日本の平型銅剣を思い起こさせた。
色は黒白のツートンカラーでなかなか美しい剣に見える。
壁を乗り越えるのをあきらめたのか、大剣を振り回す。
ボスの周りの城壁はスポンジケーキを潰すように崩れ飛び散った。
えーー、いや無理無理無理無理無理。
猿を倒すのと違ってあんな鍛え抜かれた筋肉達磨を倒すのは無理だって。
しかも地中深くに埋めるぐらい凶悪な魔剣なんでしょ。
「逃げよう、マリちゃん」
軽やかに城壁を飛び越え、ボスの背後へ回り込もうとしているマリちゃんに声をかける。
「ミルミルちゃんが戦えって言いました」
「じゃあ、僕がアイツを逃げるよう説得するよ。
だから今は逃げよう」
マリちゃんが足を止める。
そして何も言わず僕をそっと地面に降ろすと。
そのままボスの方へ走って行く。
…え。
突然の放置プレイ。
これだから心を失った少女とコミュニケーションをとるのは難しい。
単に僕が逃げたがってるから逃がしてくれたのかもしれない。
でも。
少女はいつも僕の内面を見ているような気がする。
砦の前でもそんな話をしたっけ。
『僕の心が欠けてる』とか何とか。
『説得する』って言葉が適当に出たデタラメと気付かれたね、たぶん。
マリちゃんは適当な僕よりミルミルと戦う事を選んだ。
僕には傷つくプライドもない。
このまま逃げてしまえばいい。
のに。
なのに。
それでも僕はどうしたらいいのかわからずその場に佇む。
「マリー、いくぞ!」
「はい」
「あははははーっ
くたばれやー、このバケモノがあああああっっ」
ミルミルが前面から斬り付け、マリちゃんの金の槍は右のアキレス腱に大穴を開ける。
ミルミルが戦う理由はわかってる。
ここで逃げたらミサキ達が魔剣の餌食になるからだ。
粗暴で口が悪くてもどこか憎めないヤツなんだよな。
大男の胸部と足から血が噴き出す。
今回の魔剣は緑の猿のように筋肉硬化がない!?
猿の魔剣より楽に倒せるんじゃないか!
「ぐあああぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
賊のボスは咆哮をあげる。
倒れるどころか血を吹き出しながらマリちゃんの方向へ素早く反転して大剣を振り上げた。
「マリちゃんっっ!!」
「マリー、逃げろ!!」
大剣が振り下ろされ地を縦一文字に斬り付けた。
大男の長い辮髪が跳ね上がる。
轟音と突風が突き抜けたその後。
マリちゃんがいたところには。
誰も何も残っていなかった。
マリちゃん?
「マリちゃん! マリちゃん!?」
血痕が無いので剣を避けたと推測して辺りを見渡す。
しかしどこにも姿が無い。
大剣が穿った溝に駆け寄る。
そこには何も無…
あった。
直径1メートルぐらいの金の半球が埋まっている。
「まりちゃん?」
金の玉の上に乗る。
すぐに足元の玉が消え、僕は半球にえぐれた土の中に座り込む少女の腕の中に落ちた。
「ダルマちゃんが来てくれました」
「あー、うん。
それより身体は大丈夫?」
「金の傘で身体を包もうとしたら玉になりました」
「それでどこもケガはしてない?」
「うん?
耳がジンジン痛くてあまり聞こえませんよ」
鋼鉄と金の激突音を間近で聞いたらウルサイよね。
少女の耳と身体から出血が無い事を確かめる。
うん、大丈夫そうだ。
「魔剣さんはどうなりました?」
金の棒を掴むとマリさんは立ち上がる。
「ぐがぁぁぁぁっっっ!!」
「このっこのっこの野郎っっ!!」
ミルミルが二刀流で攻めている。
左の剣は防御に。
右の大剣は攻撃に。
いつもの笑って戦うスタイルではない。
強く殺気を放ち鬼の形相で立ち回っている。
賊のボスは大剣を軽々と振り回す。
だが昨日のただ振り回すだけの大猿とは違う。
対人戦闘の経験があり攻守の使い分けを心得ている。
ミルミルの攻めの剣は届かず、魔剣の攻めの度に吹き飛ばされる。
その度に変型剣の斧や鎌のパーツが壊れ弾き飛んでいく。
何度吹き飛ばされても立ち上がり攻め駆ける。
「俺はテメェら魔剣が憎いんだよ!
魔剣を使う奴も作る奴もそれを利用する奴も!!
マリの故郷も
俺の仲間もみんな魔剣に壊されたっっ!
魔剣なんて消えて無くなれぇぇぇぇっっっ!!」
賊一匹を簡単に斬り捨てていた女剣士が苦戦している。
それよりも。
なんであの大男はアキレス腱が無い状態で動きまわれているんだ?
「マリちゃん、
今度はヤツ膝の裏を狙って!」
「んー?」
まだ耳が回復していないらしい。
僕は少女の右肩に乗る。
その耳に口を近づけて。
「ヤツの膝の裏を突いてっ!」
「わかりました」
マリちゃんが金の棒を構えると音速の勢いで伸ばす。
ミルミルと対峙しているボスの足の裏側はこちらに向いている。
狙いも完璧、膝裏に金の棒が突き刺さる。
ドスン!
攻撃と同時にマリちゃんの身体が反動でよろけて半球の穴の中で尻餅をつく。
僕の身体も肩から落ちそうになる。
音速で金の槍を繰り出しても、それを支える力が少女には無い。
結果、男の骨に当たると止まる。
それを砕いてブチ抜くことは出来ない。
「棒の先にトゲをいっぱい作って!」
「はい」
咲いた咲いたよ、赤いトゲトゲタンポポが。
大男の膝裏の肉が爆ぜる!!
見ているこっちまで痛くなる。
少量せり上がって来た胃液を呑みこむ。
「いいい痛ぇいてええよおおおおおおお!!」
大男は首を振ってその目から大粒の涙を流していた。
痛みで意識が戻ったのか。
それでもその身体は戦う事を止めなかった。
それにしても。
大男の出血で台地は真っ赤に染まっていた。
これだけの量だと出血性ショック死もありそうだが。
マリちゃんが空けた傷口が雑巾しぼりのように捻じれる。
出血が止まる。
雑巾しぼりの肉の間から筋肉の無くなった膝や足首の骨が露出していた。
「人間は骨だけで立っていられないよ!
なんで立っていられるんだ!?」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
人間の身体に詳しいわけではないけど普通無理だよね。
人体組織の操作と言うべきか。
それがあの魔剣の魔法なのか!?
大男は飛び跳ねてこちらへ身体を向ける。
「マリちゃん、下がろう。
アイツを惹きつけながら逃げるんだ!」
「はい」
「痛え痛えいてえええよおおおおおおっっ!!」
大男は血反吐を吐き喚きちらしながら、城壁を超えて大きくジャンプをした。
中庭にいる僕達の方へ。
同時に。
その後ろにいたミルミルも飛んだ。
ヤツの後頭部付近へ。
構えた大剣を振れば首を飛ばせるその位置へ。
勝った!
と思った瞬間。
グギャッ! と耳障りな音がして。
「ぐはぁぁぁっっ!」
大男の右手の肩とヒジがありえない方向に曲がり。
魔剣がミルミルの右脇腹に食い込んでいた。
「面白かった!」
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