6年前の夏 俺の目の前であの子は車に撥ねられた……
「良かった……あかり……あかりが……目を覚ましてくれて 本当に良かったよ 長かったよね ずっと待ってたんだから! お帰り。お帰り。お帰り あかり! 」
『氷の美少女』とも言われる普段は冷静なひまりが堪えきれないのか、その涼しげな目元からは大粒の涙が零れていた。そのまま泣き伏すと、長く艶やかな黒髪は白いベッドへと綺麗に広がる。
猫やパンダのぬいぐるみ。クラスメイトが折った千羽鶴。カラフルな文字で埋め尽くされた寄せ書き。あかりの為の あかりの為だけの病室。
本当に長かった……あかりとひまりは幼馴染みで俺と同じ16歳だ 小5の時に3人で公園へ遊びに行く際、俺の目の前であかりは赤信号を無視した車に撥ねられた。
集中治療室へと運ばれ一命は取り止めたものの昏睡状態が続き、医者からも期待はしないように。と言われ、俺とひまりも最初こそ毎日の様に学校での出来事などを話し掛けていたが、高校に入ると行く回数も週1・2になり、高2の5月も終わりに近付くと、あかりが日常から消えつつある日々を過ごしていた
そんな矢先6年ぶりにあかりは唐突と目を覚ましたのだ
目だけを上下左右に動かすあかりと目があった 姉のひまりとは双子ながら目元が若干違っていて、くりくりとしているあかりは幼く可愛い印象を与える
泣き伏すひまりが目に入ったのか
「ひまりちゃん……? 何で泣いてるの? え!? 陽太? なんでなんで黒い制服来てるの? 顔も何かちがうし」
「お帰り。あかり」
あかりが目覚めたら言ってやろうと思ってた言葉は沢山あったが、いざ目覚めると何も言葉が出てこなかった……
ずっと昏睡状態だったあかりは、少なからず身体的な成長はしていたが喋り方といい見た目といい16歳にはとても見えない せいぜい12歳やそこらだ 小学生だよ
目覚めた嬉しさはとつてもなく大きいが、俺と同じ年齢にも関わらず、幼いあかり。残酷な現実がまだ俺は受け入れられないのかもしれない
「あかり 良かったよぉ あかり あかり あかり……」
相変わらず泣きじゃくるひまりを見ると、あかりは上半身だけを起こそうとしたが、上手く起き上がれないのか俺は手を貸しゆっくりとお越しあげた
「もう こんなに泣くひまりちゃん初めて見るよぉ よしよし なんかぁいつもと逆だねぇ」
ひまりの頭を撫でながら、あかりは俺を見上げると、まばたきを2回してから目を輝かせニヤついた。それは懐かしくもあり恐ろしくもある。
あかりが何かを企んでいる時の顔だ この顔で言う言葉は今まで一度も良いことが起こった試しがない
「陽太 何かカッコいい! あかりと恋人ってのになろうよ」
その言葉に泣き伏していたひまりが、いち早く顔を上げて反応した
「あ あかり……ずっと寝ていたからおかしくなっちゃったのかな? も もうすぐお父さんとお母さんも来るからね」
小首をかしげ不思議そうにキョトンとするあかり
「ひまりちゃん? ひまりちゃんもおとなになってるぅ メイクまでしちゃって。って、何でそんなにあわててるのかな? それに陽太も『好きだ』言ってくれてたよね? いつかは覚えてないけど そう聞こえてたけどなぁ」
3人でいた頃はひまりよりも、あかりと仲が良かったのは確かだが……
もしや あれの事か! あかりが昏睡状態だった、中 2・ 3の時に恋愛ゲームのアプリにどっぷりとハマっていた俺は 、謎に主人公になりきり告白の練習と言うか、告白する。という行為に酔いしれては、先輩後輩や友達関係、部活のマネージャー。など、あらゆるシチュエーションあらゆる告白の台詞を昏睡状態のあかりに浴びせていた!
だが声を掛けてあかりが目覚めてくれれば良いな。って思いは大前提にあった上でだ
ひまりに目をやると…… こわっ 普段から無表情に近く感情を表に出さないが、さすがにあかりが目覚めた事でタカが外れたのか、いつにもまして冷たい視線を向けてくる
「陽太が『あかり 友達はやめだ! 俺がお前をいつも照らす灯りになってやる』とか『あかりせんぱいの隣は僕じゃダメですか?』とか うっすらと聞こえてたよ」
ぜんっぜん うっすらじゃねーし 恥ずかしくて穴があったらブラジルまで行きたい そしてブラジルでサッカーして
「あ あと『ワールドカップに連れてってやるぜ 俺の勝利の女神』」
ふぁぁぁ 止めて止めて もう止めて 俺のヒットポイントは1だよ!
「へ へぇ 陽太君がそんな事を ふ~ん そっかぁ そうなんだ ふ~ん」
クラスメイトからは良く氷の微笑と言われているひまりだが、ヴィジュアルと透明感のある色の白さにクールな性格は『氷の美少女』という名に相応しい
そんなひまりは、あかりからは見えない位置で俺の足の甲を思いっきり踏んできた ご褒美ありがとうございます。俺のヒットポイントは0になりました。
だって俺とひまりは中学時代に紆余曲折ありながら中高一貫なので同じ高校に持ち上がり、高2でめでたく付き合い始めてからまだ3ヶ月もたたない。 これから来る夏も冬も色々と楽しんじゃって、あんな事やこんな事しちゃうんだぞ! って絶賛妄想中だったんだけど……俺はね!
あかりが6年ぶりに目覚めた事で危うい三角関係が出来上がってしまったのであった……