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お忍びあそばせ、シノブさん(※中途半端に終わってます

作者: 飯屋魚


ずる国、日本。

この極東の島国には異能の集団がいた。


かげしのび。

かげと化し。

鬼門きもんを開いて遁甲とんこうを操る。


その異能の集団を。

人は忍者と呼んだ。








真冬である。空には今しも降りしきるのではと思われる厚い雨雲が覆っていた。


ぶるり、九鬼衆の若者は体を震わせた。


「なんじゃ? あれほど温石おんじゃくを忘れないようにと言われとったろうに」


隣りに佇む、おさほどの年配の同僚がそんなことを言う。


「いやさ、温石は持ってきたんじゃが」


言いながら14歳の若兵は腹をパンパンと叩いた。


そこにある温石はあたたかく腹をぬくめてくれている。


だというのに


ぶuるり


若兵は震えてしまうのだ。


「震えが止まらんのだ」


「そりゃあ、この寒さじゃからな。慣れるまでは苦労よ」


鼻を真っ赤にした年配の兵士は鼻をすすると


「そうでなければよ」


と荒れる海のむこうにある小さな島を指さした。


「あそこにむ百々(どど)が悪さしとるんじゃろうよ」


からかうみたいに言う。


ぶぅるり、若兵は震えた。


笑い飛ばすことができない。


だって見るがいい。


あの小さな島をぐるりと取り囲んで50隻もの安宅あたけ船が浮かんでいるのだ。

そうして、そんな安宅船には完全装備の武士が乗り込んでもいた。


若兵と年配の兵士もまた、そんな安宅船の1隻に乗船しているのだ。


「なぁなぁ、それってホントの話なのか?」


若兵が不安を誤魔化すみたいに軽薄に尋ねれば


「何がよ?」


年配の兵士はしっかりと小さな島に監視の目を向けたまま訊き返した。


「鬼が棲んでるという話よ」


鬼。

忍者が我を失ったナレの果て。超常の能力が暴走した異形の化け物。


もっとも。

そんな鬼が跋扈ばっこしていたのは世の中が荒れていた頃の話。

90年近くも昔の話。


今では忍者とともに御伽噺おとぎばなしだ。


「さぁ、な。なんせ百々目鬼があの小島に閉じ込められたのは大阪のえきの終わった時じゃもの。ワシの爺さんのそのまた爺さんぐらいの大昔じゃ。ワシだって知らんよ」


ただな。

年配の兵士はチラリと若兵を見遣って続けた。


「これは、ワシがあんたほど若い時分に、今のワシぐらいの年配の同僚から聞かされた話なんじゃが」


あの小島におるのは。


実は。


百々目鬼という鬼ではなしに。


忍者、らしい。


「忍者?」


若兵が思わずといったていで繰り返す。


「ただの?」


「ほうじゃ」


「そら……おかしな話じゃ。忍者はたしかに恐ろしくはあるけんども」


言い差して、若兵は波に揺られる50隻の安宅船を見回した。


「こうまで警戒するほどのものでもないじゃろが」


常人では及びもつかない身体能力と、大陸より伝わった遁甲とんこうに手を加えた五行ごぎょう遁甲とんこうを操り、そのうえ個々人で異様異形の超能力をもつ。


それが忍者。


しかしながら、それでも人の子。


安宅船50隻からなる、完全武装の武士1500人を相手に出来ようはずもなし。


そう言うと、年配の兵士は呆れたように息を吐いた。


「あんたが言うとるのは下忍中忍のお話よ。上忍ともなれば、人数の問題ではなしに、ワシらぁみたいな普通の人間では太刀打ちならんもんよ?」


「そういうもんなんかい?」


「そういうもんよ。まぁ、あんた等みたいな若い世代にはわざと忍者のことを伝えとらんみたいだから、仕方ないんだが」


国をまとめ上げる武士よりも、遥かに武力に勝る集団がいる。

その事実は武威をもって人々の頭上にある武士階級にとって、はなはだマズいことであった。


であればこそ。


ゆぅuるりと、時間という膜をかぶせて、忍者の脅威を隠し、忘れさせようとしているのだ。


「それにしたってよ。こんなに大仰なことせんでも、こっちから小島にお味方の上忍を送って退治しちまえばよかろうに」


「送っとるわ」


「はぁ?」


「こうして船であの小島を監視しとるとな、1年に4、5人が空を飛んだり海の上を滑ったりしながら、あの小島に向かう黒装束がおるんさ」


「それが、お味方の忍者ということかの?」


「じゃろうよ」


「なら、なんでオレ等はこうして小島を監視しとらないかんのじゃ?」


「言うまでもなかんべ」


寒さから頭が鈍っているのか。

それとも、元から錆びついているのか。


ぼんやりしている若兵に、年配の兵士は仕方がなく答えてやった。


「みぃんな戻らなかったからよ」


百々目鬼と呼称される上忍を討つのなら、当たり前だが、討ち手も手練てだりすぐりの上忍であろう。

しかも、そんな連中が4人5人と群れて行くのだ。


これを見送る安宅船の兵は生きた心地もなく、息をひそめているほどだ。


なのに。

討ち手の忍者は誰1人として戻ってきたことが無い。


それが、この90年間毎年くりかえされているのだ。


年配の兵士は相変わらず小島を監視したまま、ずーーと昔に1度だけ聞かされて、忘れることができなくなった同僚の話を口にした。


「百々目鬼はな、なんでも豊臣側についていた凄腕の忍者らしくてな、大阪のえきで大権現様の寝所に忍び込んだらしい」


後に百々目鬼と呼ばれるようになる忍者が大権現様の寝所に忍びこんだのは都合で2回。


1回目は、大権現様が目覚めるまで、布団の傍らに佇んでずーーーーーと見下ろしていた。


「狸がグッスリ寝ておったわ」


そう言い残して消えたという。


東軍の総大将の寝所である。

当然ながら、警護は厳重を極めている。武士だけではなしに、忍者…それこそ上忍だって幾人も揃っていたことだろう。


その寝所に。

百々目鬼は平然と忍び込んで、朝まで泰然として居たのだ。


2回目でも、百々目鬼は更に強固になった警備を物ともせずに大権現様の枕許まで忍んだ。


やああああ!」


裂帛の気合い。

まんじりともせずに起きていた大権現様が、ここぞとばかりに布団の中に隠していた太刀を振るったのだ。


血で血を洗う戦場で鍛えた腕だ。

老いたりといえど、その白刃は風を巻いた。


しかれども。


百々目鬼はヌuルリとかわして、ヒョイと大権現様の懐に潜り込んで


「まだ分からんのかえ?」


金玉を鷲掴んで、頭巾ずきんに隠された顔の中で目元だけニeコリと笑ったのだとか。


そうして次だ。


この時には大権現様は早々に陣を抜け出して江戸へと馬で駆けに駆けていた。


逃げたのではない。

疲れたので江戸へ帰っただけ。

ということに表向きにはなっていた。


大人数での移動ではなく、少数精鋭での秘密裏の移動だった。


それというのも大権現様は大阪の陣中に影武者を置いていたのだ。


忍者が影武者に引っかかれば、そのまま影武者もろとも爆砕してしまう腹積もりだった。

そのためにも影武者の寝床の下には大量の火薬が埋められていた。


さてはて。


だが忍者は大阪には現れなかった。


その報告を聞いた大権現様は眉をひそめた。


何故って?


報告を寄越した武者の顔に見覚えがなかったからだ。


何奴なにやつ!」


そう誰何すいかするよりも、武者に変装をした忍者のほうが早かった。

短刀を抜き払うと、大権現様のまげを斬り落としたのだ。


「次は首を落とす」


ニnヤリと笑って百々目鬼は煙のように消え去った。


これには大権現様もたまらずに糞便ふんべんを漏らしてしまわれたそうな。


そうして泣く泣く敷いていた大阪の陣を引き払ったのだ。


眉唾まゆつば眉唾」


若兵が強がるみたいに笑うのを、年配の兵士は重々しい顔つきを変えることなく言った。


「ワシだってそう思うたわ。だがな、こう尋ねられて考えを改めた」


ビuウ、と風が吹いた。

雨粒がポツuリと落ちて欄干を黒く濡らす。


「ならば何故に、いまだに徳川の大敵たる豊臣が大阪でぬくぬくと生かされておるのか? とな」


あ! と若兵が声を漏らす。


「大権現様は、くだんの忍者と取り引きしたんだとさ」


ひとつ。なんじは小島にて終生を獄すること。

ふたつ。その代わりに、徳川は豊臣に手を出さない。


「たったふたつ。されどふたつ。大権現様は、1人の忍者に負けたのよ」


なれど、まさかに東軍の大将がたった1人の忍者に怖じ気づいて陣を払ったとは言えない。

そこで鬼が出たとした。

強力な鬼が出て、これを捕らえるも、大権現様の軍勢は散々に狼藉されてしまった。

東軍の主体である大権現様の軍勢が役に立たないのでは、致し方ない。

今回は豊臣を見逃そう。


「そういうことに相成あいなったのよ」


「その忍者が…あの小島におるのかよ」


「百々目鬼というのは何時から言われるようになったのか、これは分からん。ただの鬼と言われておったのがはくをつけるために持ち出されたのか、それとも、なんぞのいわれがあるのか…」


まぁ、どちらにせよ。


あの小島におるのは。


「化け物よ」


そう言った年配の兵士に若兵はもう目を向けなかった。


ずuーーと昔の年配の兵士がそうであったように。

若兵はジeィと小島を遠望していた。


ポツリと落ちた雨粒が、ざぁざぁと降りしきって視界を閉ざす。


それでも。

若兵も。年配の兵も。

小島から目を離すことができなかった。






「9990!」


その小島では百々目鬼……いやさ、元忍者が大雨のなかで槍を繰り出していた。


「9991!」


元、である。


「9992!」


小島に閉じ込められて90年。


「9993!」


今では立派な老人であった。


「9994!」


枯れ木のように細身の老婆であった。


「9995!」


その老婆は槍を全力で繰り出していた。


「9996!」


御年おんとし108歳になった老婆。


「9997!」


茶寿ちゃじゅとなった感謝を、天地あまつちの神々と祖霊それいに捧げんと、1万回の槍の繰り出しを実践しているのであった。


「9998!」


濡れた白髪を振り乱し、素っ裸の体から湯気をふきあげ、しなびた垂れ乳をブuルンブuルンさせる姿は、まさしく鬼。

つーか、山姥やまんば


「9999!」


家康でなくとも漏らしてしまうほどの凄まじさだ。


「10000!」


やりきった!

老婆…シノブさんは遂にやり遂げたのである。


「ぶはぁ!」


シノブさんは燃えるような息を吐き出した。

凍えるような大気に真っ白な呼気がたゆたって、雨風に掻き消される。


満足。しごく満足、大満足。


「がはははははは!」


気分爽快でシノブさんが大笑いした時だ。


GaラGOロロロロ


雷が鳴った。


「おお! 雷神様も寿ことほいでくれておるわいな!」


ニンマリとシノブさんが笑った。


その時だ。


Biシャーーーーーーーン!


稲妻がシノブさんの手にした槍の穂先に直撃した。


「あべべべべべべべ」


シノブさんの白髪が逆立って、白目を剥く。


Boガーーーーン!


大爆発が起きて。


あとには焦げた槍だけがのこされていたのだった。






ちゅん、ちゅちゅん。


小鳥が囀り、シノブさんは爽やかな朝陽のなかで目を覚ました。


「う~ん、ムニャムニャ。小鳥さん、おはよう」


なーーーんて戯言たわごとをシノブさんが口にするはずもなし!


サッと髪に手をやって、潜ませておいた棒手裏剣を手にすると、抜く手も見せずに放った。


お見事!

枝にとまった小鳥が落ちる。


朝餉あさげは鳥じゃの」


ニHiヒヒ、とヨダレを垂らして喜ぶシノブさんである。


シノブさんは90年ものあいだ、小島に閉じ込められていたのだ。

死ぬのを待っているような状況なので、誰かが食料を運んできてくれるはずもない。

常に空きっ腹だったシノブさんは、花よりも団子、見かけた小鳥とは、ソレすなわち食料なのだ。


シノブさんは小鳥を取るために立ち上がった。


「はれ?」


小首をかしげる。

どうにも周囲に見覚えがなかった。


「おらぁ、雷様にぶっちめられたはずなんだけんど?」


記憶は其処で途切れている。


なれば、ココは家の庭のはずなのだけど。


家はなかった。


それどころか、山の中なのだ。


「どうなっとるんじゃ?」


呟く声も変な気がする。


もっとも100歳を過ぎたあたりから老いを実感し始めたシノブさん。

毎朝起きるたびに調子が良かったり悪かったりするから、今日もそんな感じなのかな? とスルーした。


意気揚々と小鳥を捕獲せんと足を踏み出して。


今度こそハッキリと違和感。


体が異様に軽かった。

目線が異様に低かった。


そして。

そして!


「あああああああ!」


基本的に着るものがなくて素っ裸がデフォルトなシノブさん。

そんな彼女にとって、動くたびに振り子みたいに揺れて視界に入るのがしわ垂れパイパイだったのだけど。


「なくなっとるううううううう!」


ペタペタと己の胸を触る。撫でまわす。


10歳の頃から育ち始めて、実に98年を共にしたパイパイがバイバイしていなすった!


これには物事に動じないシノブさんといえども動揺した。


考えてみて欲しい! 想像してみて欲しい!

そこの彼方あなた

朝起きたら、股間のポークビッツが無くなってたらショックでしょう?

それと同じことがシノブさんの身に起きていたのだ。


あん? 俺ってばポークビッツじゃねーし?

馬鹿にすんなし?


はいはい。そうっスね。


TSむしろ歓迎?


違う! 男の体のままで息子が家出しているのである!


あたし、女子だし?


嘘乙!

ネットで自称女子はみんなネカマだし!


もう騙されないぞ…。

もう…騙されないんだ……。

ボクは学んだんだああああああああああ!


……はぁ、はぁ。


お、ほん。

戻りましょう。


ペタペタ。

シノブさんは体をまさぐる。

ペタペタ。

シノブさんは執拗に体をチェックする。


ペタペタ。

ペタペタ。


あの…ちょっと長くないですかね?


シノブさんは遂には股間までペタッチした。


「ない…」


え? なにが?


「生えてない…」


おお! TSじゃなかったみたいですね。

なら、なにが生えてないのか。


「ツルツルじゃ…」


そーいうことです。


結論。


「あたしゃ……若返ってるんでないかい?」


ジャJaジャーーーーーーーン!


そうなのです。

シノブさんは外見でいえば8歳ぐらいになっていたのです。


ロリでござんす!


とはいえ、そこはシノブさん。

グUゥゥとお腹を鳴らして。


「取りあえずは、おまんまじゃな」


動揺するより、謎に悩むより、まずは食い気。

せっかく手に入れた小鳥さんをさばかんとルンRuン気分のスキップで向かったのだった。


山姥やまんば、改め、野生児となったシノブさん。

ブッチブッチと鳥の毛をむしった。


その姿は、と~~~~くから見たのなら花弁をむしって花占いをする少女に見えなくもない。

ただし、布切れひとつとて身に着けてないマッパではあるが…。

ケツなんて丸見えである。


シノブさんは、棒手裏剣を器用に操って小鳥を捌いて内臓を取り出した。


その臓物を野茂英雄ばりのトルネード投法で遠くに投げ捨てる。


え? なんでそんなことをするのかって?

だって臓物の臭いでネズミが寄ってくるじゃないですか。


むしろ寄ってきたネズミを捕獲してウマウマしちゃうこともあるけど、今のシノブさんは児童になったせいなのか胃袋が小さくなって、ネズミは入らないと判断したのだ。


それから落ち葉と枯れ木を集めて


「火っ火っふー」


立てた人差し指の先っちょから火遁で火を出した。


まぁ~~~~その火のしょぼいこと…。

小学1年生が漢字の書き取りで初めてノートに書いた『火』ぐらいな火である。

うん、意味わからないね。

ボクも分からないから。


実はシノブさん。

遁甲とんこうが苦手なのだ。


火水木金土の五行遁甲だけでいえば下忍よりもヘタッピ。

しかも基本的に、この超絶しょっぱい火遁しか使えないのである。


これが人々に恐れられた百々目鬼の正体なのであった!

ババーーーーーーン!


シノブさんはくっそしょぼい火遁で時間をかけて枯れ葉に火を移すと、それを火種にして落ち葉の山に火をつけた。


メラメラと燃えたところで、小鳥をポイ。


料理?

そんなものシノブさんが出来るはずないのだ。


だって、大雑把だもの。


たとえ道具があっても、やっぱり料理はしなかったろう。

小島ですら、せめて海水に漬けて塩味を足してから何でもかんでも焼いて食べていたぐらいなのだ。


煮る?

蒸す?

なにそれ美味しいの?


状態であった。


鳥が焼けるまで、シノブさんは暇なので、とりあえず腰ぐらいまである無駄に艶々の黒髪を


「わずらわしい!」


とバッサリ切ってしまおうとしたのだけど、なんせ道具がない。


ということでシノブさんは棒手裏剣をかんざし代わりにして、女性なら誰もが羨むような黒髪をぞんざいにまとめた。


ここで今更ながらにシノブさんのかんばせについて言及したい!

シュッとした輪郭のなかには、二重瞼のパッチリお目目と、スッとした鼻筋。口角のあがった唇はちょっとばかし大きいけれど、そのアンバランスのおかげで綺麗というよりも愛らしい感じだ。


けれども、それは現代人の美的感覚でのお話。


シノブさんの生きていたのは戦国時代。

美人の条件は、色白で、しもぶくれのぽっちゃりで、目は切れ長で、鼻はちんまりの、口はおちょぼ。


何もかもがシノブさんとは反対だった。


だからシノブさんは自分のことをブサイクだと思っていた。

つーか、若い時分にはみんなから(※)ココ重要。みんな、であって友達ではないのです。はい、テストにでるからね。


や~い! や~い!

ぶっさいくシノブ!

おかちめんこ、や~い!


などと後ろ指差されていたぐらいなのだ。


「そろそろかな♪」


シノブさんは落ち葉に土をかけて火を消してから、改めて土と落ち葉をけて、焼き鳥を取り出した。


「アッチチチチ」


真っ黒焦げ焦げになっている焼き鳥を左右の手の平でお手玉する。


そんなお手玉を十数回繰り返して


「いっただきまーーーす!」


バリボリと小鳥の丸焼きを骨ごといただいた。

まさに野生児。

山姥やまんばバージョンでもこうして丸ごと食べていたシノブさんは108歳でも抜け歯どころか虫歯もないほどに歯が丈夫かったのだ。


シノブさんは美味しく小鳥さんをいただくと


「ごちそうさまでした」


きちんと正座をして頭を下げた。

命をいただいたからには、感謝をささげる。そんなシノブさんなのだ。


「はてさて、これからどーするかいのぅ?」


少女。というよりも幼児特有の甲高い声でひとちる。


90年をひとりぼっちだったシノブさんはひとごとの癖があるのだった。


泣ける!


というか、これがシノブさんでなければうの昔に心のやまいで狂死してただろう。


「どーにも島じゃないみたいじゃし? 勝手に島から出たのがバレたら、ひでやんのとこに迷惑が掛かるかいのぉ?」


シノブさんは秀やん…豊臣とよとみ秀頼ひでよりの人の好い顔を思い浮かべた。


チーチキチキチキチキチキ


豊臣秀頼

太閤、豊臣秀吉の実子であり後継者である。本能寺で死んでしまった秀吉の上司であるところの信長の妹、お市の娘である茶々の子。

ちなみに秀吉が51歳のときに19歳の茶々を側室にしている。

さすがエロ猿。

秀頼に関しては、身長197センチ体重161キロの巨漢だったという記録があり、小柄だった秀吉の本当の子供ではないのではないか……な~んて言われてもいる。

本来の歴史では、大坂夏の陣で自害している。


チーチキチキチキチキチキ


「というても、あれからだいぶん経っとるし。秀やんも亡くなっとるじゃろうがの」


ポツリと寂し気に呟いて。


「ま、しょうがあんめ」


ニッと笑った。


「出ちまったもんは、出ちまったんだ。これでタヌキがまたぞろヤイヤイ吠えるようなら、今度こそ首っ玉を掻っ斬ってやればよいわさ」


などと恐ろしいことを事も無げに発言してしまうシノブさんは脳筋であった。


ちなみにタヌキとは徳川家康のことである。


「待てよ?」


ここでシノブさんはハタと気が付いた。


「タヌキも死んどるんと違うか?」


なんせ、大阪の役から90年だ。


90年……考えが及ばなかったのである。

もう1度言おう!

シノブさんは、脳筋! 脳味噌が筋肉でできているのだ!


う~~ん、と考えて。


「まぁ、タヌキがおらなんだら、孫なり玄孫やしゃごなりを脅せばよかんべ」


シノブさんは気楽に考えると、気の向くままに足を進めたのだった。



山林のせまる街道を馬車が全力で疾走していた。


2頭引きで箱型の立派な馬車だ。


それもそのはずで、乗っているのは華族だった。

久坂くさか玄瑞げんずい

幕末に活躍した長州藩の志士で、裏身パートナーと共に散々に徳川幕府軍を引っ掻き回した勲功華族である。


チーチキチキチキチキチキ


久坂玄瑞

長州藩士。松下村塾にて学び、高杉晋作と共に『識の高杉、才の久坂』と称され『松下村塾の龍虎』と呼ばれた俊英。

ちなみに高杉晋作はボンボン。対照的に、久坂玄瑞は15歳で両親と兄を失って天涯孤独となった苦労人である。

本来の歴史では、禁門の変で退路を失って切腹。享年25歳だった。


チーチキチキチキチキチキ


その久坂玄瑞も今や72歳。

しかしながら老いた髭面にはいまだ暴れまわっていた頃の血気が残っていた。


ガGaガン!


並走していた馬車が、激しく玄瑞の乗る馬車にぶつかった。


「東の奴らめが!」


ガガGaン!


体当たりをされて、玄瑞はドアに額を打ち付けた。


「の野郎!」


額から血を流して毒づく。


「引き離せんのか!」


御者に怒鳴りつけるものの、出来そうもないのは分かっていた。

可能ならうに離しているだろう。


こんなときに裏身パートナーがいたのなら。

思わずにはいられない。

幕末を共に駆け抜けた忍者がいたのなら。


こんな危機如き容易に処理したろう。


けれど裏身パートナーは3年前にフグに中って死んでしまっていた。

享年85歳であった。食い道楽な奴であった。


ガガN!


当たりがこれまでになく強烈だった。

玄瑞の乗っていた馬車がたまらず横転して、それでも止まらずにさかしまになった。


「!」


玄瑞はしこたま体を車内にぶつけた。


それでも彼は生きていた。


呻きながら、ドアの向こうに止まった敵の馬車を注視する。


敵の馬車から降りたのは和装の3人。

スラリと刀を引き抜く。


「おいおい、今は幕末じゃぁないんだぜ」


刺客に拳銃すら持たせないとは。

貧乏な東らしい刺客だった。


とはいえ日露戦争で惨敗した今、西も同じように手元不如意なのだが。


玄瑞はホルスターから拳銃を抜いて手にした。


古臭い拳銃だ。

西暦1890年、明治23年に開発された二十六年式拳銃である。


玄瑞は狙いを定めると、引き金を引いた。


バン!


音がして、ドアを貫通した銃弾が刺客の1人の胸に命中した。


残った刺客が左右に跳ぶ。


相手が警戒しているうちに、玄瑞はドアを蹴破って表によろばい出た。


ふーふー、呼吸を荒げながら、玄瑞は馬車に寄りかかって刺客の2人を睨み据える。


ただでは死なぬぞ。


ニヤリと笑う。

だが、それで精いっぱい。もはや口に言葉を乗せるだけのちからさえなかった。


ワシは長州藩にその人ありと謳われた久坂玄瑞だ。

死ぬのなら、諸共に死んでくれる!


刺客は互いに視線を向け合うと。

頷いて、同時に玄瑞に向かって駆けた。


どちらかが撃たれようとも、残った片方が任務を果たす。

そういう腹積もりだった。


玄瑞は左を撃った。


もんどりうって相手が倒れる。


すかさず右の刺客にも銃口を向けるが、既に振りかぶられた白刃が迫っていた。


それを見て、玄瑞は思う。


素人が!

人を殺そうと思うのなら、斬るのではなく、突くのが定石じゃろう!


人を殺すのなら、突く。斬ったところで相手は容易に息絶えぬ。

それは幕末を生き抜いた志士にとって常識だ。


こりゃあ、なかなか死ねぬかもな。


死が迫るなか、時間が妙にゆっくりと過ぎる。


そんななかで玄瑞は聞いた。


「うきゃあああああああ!」


甲高い猿みたいな声を。


玄瑞は見た。


青空から落ちてきた巨大な桃……いいやケツが刺客の頭上に落下したのを。


玄瑞は口をあんぐりと開けながら見ていた。



木立を枝から枝へと飛び移る。

木の根の這った地面をテクテク歩くよりも、こっちのが断然はやい。


枝を鉄棒のように回って、次の枝へ。

飛び移ったら、しなりを利用して、次の枝へ。


五行ごぎょう遁甲とんこうは絶望的にヘッポコなシノブさんだけど、体術は天才なのだ。

これだけの身のこなしが出来るのは、真田に仕えていた猿飛さるとび佐助さすけぐらいだろう。


実際、シノブさんは猿飛佐助に


「あんた、オラ以上に猿じゃな」


と言わしめているのだ。


「きゃほほほほほっほ!」


シノブさんは超ご機嫌だった。

小島だと思う存分に猿飛さるとびができなかったのだ。


ちなみに108歳でも毎日、猿飛をしていたシノブさんである。


思うさま跳ぶ。

枝から枝へと跳躍する。


「きゃほほほほほっほ!」


開放感に奇声をあげてしまうのも仕方がないのだ。


BAン!


という音をシノブさんは聞いた。


「銃声?」


それにしては音が小さい。

火縄銃はもっと音が大きいはず。


気になったシノブさんは、音のした方へと向かった。


ところで読者の皆さんは、小中高校生の頃に階段を降りる時、1段抜かしや2段抜かしをしなかっただろうか?


シノブさんは、猿飛でそれをした。

なんと! 3枝抜かしをしたのである。


まさに絶技!


ところで読者の皆さんは、階段の2段抜かしをして転んだことがないだろうか?


シノブさんはやらかした。


まさしく抜け作子!


「はれ?」


枝をつかめなかった。


シノブさん。

調子に乗って、自分の体がちんまりしていることを忘れてしまったのだ。


ちんまいお手手の指をワキワキ。

ワキワキしても掴めないわけで…。


「うきゃあああああああ!」


猿飛の勢いのまま斜めに落下したシノブさんは


お見事!


桃尻で、名も知らぬ誰かさんをノックアウトしてしまったのだ。


「ケツが! 割れたぁああああ!」


高さ15メートルほどから慣性落下したのである。


ケツが割れるのも当然だった。


そして。

ヒップアタックされた刺客の首がコキンと折れてしまうのも当然だった。


血の海に倒れる2人の刺客。

首が折れて倒れ伏した刺客。

逆しまになった馬車に寄りかかった老人。

七転八倒する8歳児。


まさしくカオス!


「だ、大丈夫か?」


それまで声を無くしていた玄瑞げんずいが、我を取り戻して尋ねた。


「大丈夫なはずないじゃろがい! ケツが割れたわ!」


「いや、ケツはそもそも割れとるもんだろう」


ピタリ。悶絶していたシノブさんが玄瑞を見上げた。

ニーーEーー、と笑う。


ハタと気付いたのだ。

自分が人間とお喋りをしていることに。


実に90年ぶりのまともなお喋りであった。

バッタやセミやダンゴムシやアリンコじゃなく。

泥団子でつくった『土田さん一家』でもなく。

人間とお喋りしたのだ。

そりゃー笑顔にもなろうというものだ。


泣ける!


一方で玄瑞である。

「愛らしいわらべじゃの」と思った。


シノブさんが前にいた時代から実に100年以上経過して、美醜の感覚が現代の物と変わりなくなっていたのである。


つま~~り。


「こりゃ、大きくなったら傾城けいせいじゃわ」


などと玄瑞が思うほどに、シノブさんは美人さんだったのだ!


ところでこの久坂玄瑞。幕末の頃は藩費で芸者遊びをしこたまやった男である。

藩のお金、つまり農民がひいひい喘ぎながらおさめた税で、毎夜、目ん玉飛び出るぐらいのお金を払って女を侍らせていた男なのであった。


あ、でもね。

幕末の当時だと珍しくないんだよね。有名どころはみ~~んな公金で遊びまくってる。


玄瑞はイケメンだったこともあって、ブイブイ言わせていたのだ。

芸者の帯をひっぱって『あ~れ~』クルクルなんて遊びもしていた。


うらやましいぞ!


なので女性を観る目は確かであった。


ニeーーーーーとスマイルしたシノブさん。


「あ!」


己のケツのしたで息絶えている男に気が付いた。


『く』の字に曲がっている首をおそるおそる真っ直ぐにして。

首筋に指をあてがって脈をチェック。


とーぜん。

死んでる。


っちゃったああああ!」


シノブさんは青い顔をして叫んだ。


108年の人生で、無辜むこの人に手をかけたことが無かったシノブさんなのだ。

といっても、そのうちの90年間は隔離されていたわけだけど。


そんな悲鳴をあげる童女を見て、玄瑞は死体を目前にした至極まともな反応だと思った。


なんで空から落ちてきた?

なんでマッパなんだ?


疑問はある。

あるけども、玄瑞はもう限界だった。


緊張の糸が解けて、ズルズルと馬車を背に尻餅をついた。


「どうしたんじゃ?」


シノブさんが駆け寄る。


「ありがとう」と玄瑞はヘタリ込んだ姿勢で頭を下げた。


?顔するシノブさんに、玄瑞は言った。


「刺客に襲われて、もう駄目だと思ったところで君が空から落ちてきた。命を助けてもらって、感謝する」


「刺客?」


シノブさんは振り返った。


確かに死体が3つあった。


「あれって、みんな刺客なのか?」


「ああ」


「首が折れちゃってるのも?」


「ああ」


シノブさんに喜色が戻った。


「なーんじゃ」


刺客なら殺しちゃってもいいのだ。

良心はごうとも痛まない。

だって、他人を殺すつもりなのだから、殺されても文句は言えない。

そうしたロジックがシノブさんのなかでは確固としてあるのだ。


戦国を生きた女なのだ、シノブさんは。


「ふー、ふー」


玄瑞の呼吸は荒く、脂汗をかいていた。

今になって激しい全身の痛みを自覚したのだ。


「こりゃ、まずいの」


骨の2、3本は折れてる。

放っておいたら死んでしまうだろう。


そう判断したシノブさんは、ヒョイと玄瑞の体を横ざまに背負った。

体勢でいえばアルゼンチン・バックブリーカーみたいな感じだ。


老いたりといえども玄瑞の体重はほどほどにある。

8歳児が背負えるものではない。


しかし、そこはシノブさん。

体術を応用したら、余裕で背負えちゃうのだ。


それでも重いものは重いわけで。


「うんしょ、こらしょ」


ようよう老人を無事な馬車に


「どっせぇい!」


と、いささか乱暴に放り込んだ。


それから。


「ちょいと待ってな」


転がっていた刀を拾い上げると、横転した馬車に巻き込まれながらも弱弱しく足掻いていた1頭の馬に近づいた。


脚が折れている。

馬というものは、1本でも脚が折れてしまうと、自重で他の脚が壊死えししてしまうのだ。

そうなったら散々に苦しんで死ぬことになる。


なれば。


せめて引導を渡すのが人のつとめ。

情けというもの。


「南無」


後生を願いながら馬の首に刃を刺してとどめを刺す。


もう1頭の馬は既に死んでいた。

そして、その馬に潰される恰好で男が息絶えている。


御者ぎょしゃじゃろうか?」


それにしては立派な身なりだった。

大昔に見た宣教師みたいな服だ。


埋めてやれたらいいのだけど、残念ながらそんな余裕はない。


シノブさんは黙祷を捧げると、玄瑞の元に戻った。


「生きとるか?」


「生きとるわ…!」


「それならよし」


シノブさんは颯爽と御者台へのぼった。


「君…御者ができるのか?」


苦し気に玄瑞が訊くのに


「できんよ」


あっけらかんとシノブさんは答えた。


だって忍者だもん。

御者なんてしたことないし、それどころか馬にだって乗ったことはナッシング。

乗馬は身分ある武士だけの特権だったしね。

忍者は走るのが基本なのだ。


「お、おい…」


玄瑞が動揺する。


「まぁ、そんなに心配することないわさ」


自信はある。

ただし根拠はない!


「そーーれ! 出発じゃ!」


シノブさんは武士がしてるみたいに手綱を思っくそ振った。


とーぜん、馬は。


「うわひゃあああ!」


全力疾走したのだった。


道は広いが未舗装だ。

わだちにのりあげて大きくバウンド。


うねうねと道筋はくねっている。

危うくコースアウトして山林にクラッシュしそうなのを、馬が考えて道なりに走ってくれる。


とんでもなく危うい御者であった。


しかしながら、シノブさんは操るうちにもコツをつかんだ。

体を動かすことと同様、感覚的なことには滅法つよいのだ。


しばらくすると、それなりに御者ができるようになった。

速度を落として、馬を御するのではなしに任せることにしたのである。


これにホッと胸を撫で下ろしたのは、玄瑞だ。

体中が痛いというのに車体は激しく上下するわ、あきらかに速度を出し過ぎてるわ、御者をしている児童は「あひゃひゃひゃひゃ」と気が違ったみたいに大笑いしてるわ、でハラハラし通しだったのだ。


ポッPOコ、ポッPOコ、馬車が進む。


長閑のどかだった。

さっきまで刺客に襲われていたのだとは思えないほどに。


玄瑞は座席で横になりながら、御者席に座るちんまい背中を見上げた。


「なんぞ用かね?」


前を向いたままでシノブさんは尋ねた。


まるで背中に目があるかのような反応に玄瑞は驚く。


もっともシノブさんからしたらフツーなのだ。

なんせ『鬼』とまで言わしめた忍者である。


「君、名前は?」


玄瑞は訊いた。

口を引き結んで痛みを我慢しているのが癪だったのだ。

維新で活躍した志士らしい痩せ我慢である。


「おらさの名前はシノブだ」


「シノブか。さきも言ったが、誠に感謝する。ワシの名は久坂玄瑞じゃ」


「こりゃこりゃ、驚きだわ。お侍様がおらさ如きに感謝して、名前まで明かすとはよ」


シノブさんは口調こそ気軽だけども、心底からビックラしていた。

お侍というのは誰も彼もが偉ぶっているのだ。シノブさんのように何処の馬の骨とも知らない者に助けられでもしたら、ありがたいと感謝するどころか、武士の体面を傷つけられたと逆上して、むしろ殺されかねないのである。


だというのに、今、シノブさんが玄瑞を助けているのは単にシノブさんが人恋しいからだけだった。

それに相手が刃物を抜こうものなら脱兎の如く逃げおおせる自信もあるからこそであった。


「命を助けられたのだ、感謝するのも名を明かすのも当然だろう」


「あんた、面白きお人じゃの」


玄瑞の態度に、シノブさんはひでやんのことを思い返す。

あの御方も身分差にこだわらない、図体ずうたいに反してお優しい人柄だった。


「ところで、シノブ。君はなんでまた裸なのだ? それに、空から落ちてきたように見えたが?」


「裸なのは、おらさ、ベベ持ってねぇだよ」


「はぁ? おいおい、水飲み百姓だってせめてものボロぐらい着ておるぞ?」


「恥ずかしじゃ。けんど、おらさ、ずーーーと小せえ島に閉じ込められてたもんでな。着物は擦り切れて大昔に無くなってもうたんじゃわ」


年に1回。刺客の忍者が訪ねてきたものの、彼等彼女等の尊厳を大切にして、殺しても着物を剥ぎ取るような真似はしなかった、心の優しいシノブさんなのだ。もちろん、お墓を掘るような土地はないので、死体は海にドボンしてしまっていたけども。

ああ、そういえば。

ドボンしたあとは大きな魚がよく釣れたものだった…。


「あ~……。ここのところ耳が遠くなってな。もう1ッぺんいいか?」


「ベベは大昔になくなっちまっただよ」


「そっちじゃなくて」


「え~と…」とシノブさんは小首を傾げて

「何処ぞにある小せえ島に、90年間閉じ込められてたんじゃ?」


疑問形で口にした。


玄瑞である。

納得できないことはある。

訊きたいことはある。


だが、とりあえず老人はこう訊いた。


「それがなんでまた、きた播磨はりまの山道におるんだ?」


「それがのぉ、おらさにもよぉ分からんのだわ。大雨の日によ、槍を振るうとったら」


ババーーーン! とシノブさんは大声を出して


「雷様がおっこちての、気づいたら山んなかにおったが」


なんじゃそら?

今度こそ玄瑞の顔に不審が走る。


家出……。


初めに考えたのはそんな考えだ。


近場にある花町から逃げ出した豆どん。


貧農や借金もちが娘を遊女屋に売るというのは昔からよくある話だ。

そして、売られた娘が我慢できずに逃げ出すというのも、同じくよくある話だった。


とはいえ。


『どうも、嘘をついてる感じがしない』


のであった。


久坂玄瑞は維新の動乱で散々に人に揉まれている。

同郷の木戸きど孝允たかよしや高杉晋作、大村益次郎、来島又兵衛などの他にも、武市瑞山、西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬などという偏屈変人どもと渡り合っているのだ。


子供が嘘をついているか否かなんてのは、お茶の子以前の問題で察せられる。


まぁ、もっとも。シノブさんは子供どころか御年おんとし108歳になられるロリBBAなのですけども。


玄瑞は思うのである。

だからといって見た目10歳にもなってないだろう童女が小島に監禁させられていただの、雷が落ちて気が付いたら山の中にいただの、そんな荒唐無稽な話を信じられるはずもない。


玄瑞は考えるのである。

これは頭のネジの緩い子なのだろう。


そう玄瑞は判断した。


命を救ってもらったことでもあるし、このまま保護しよう。そうも思った。


誠、幕末の動乱を生き抜いただけに儀に篤い漢であった。


つづいてシノブさんは、猿飛に失敗して空から落ちた理由も話そうとしたのだけど。


PAカラパKAラ、複数の馬の駆ける物音が聞こえてきた。


「そこの馬車! 停まれい!」


背後から大音声で声がかかる。


5騎。

シノブさんは振り向くこともなく推量した。

蹄の音だけで騎数が分かるのだ。


加えて。


鎧武者じゃない。

ことも蹄の重みの音で察した。


軽装の5騎。


どうとでもあしらえる。


シノブさんはそう判断を下すと、馬車をゆるゆる停めた。


車体の天井に飛び乗って


「お主らぁ、久坂様を狙う刺客かえ?」


その声は叫んでいないというのに、よく耳に通った。

忍びの術のひとつである。


対して追いすがった騎馬である。

いきなり車体の上にあらわれた真っ裸の童女に戸惑った。


戸惑いながらも近づこうとするのに


バァン!


「返答や如何に?」


シノブさんは抜け目なくガメていた玄瑞の二十六年式拳銃を高々と天に突き上げて引き金を引いた。


この小ぶりな鉄器がテッポウだというのは火薬のニオイで見当をつけていたのだ。

シノブさん。学がないので頭は悪いけれど、そもそものオツムの出来は良い感じなのである。


それにしても。火縄ものうなってるし、おらが留守にしていた間に、だいぶんに要領がよくなっておるもんだわ。

感心しきりのシノブさんであった。


追いすがっていた騎馬が足を止めた。

3騎がテッポウを取り出して撃とうとするのを、先頭にいた1騎が手でもって制する。


「撃つな! 我々は久坂様の配下である! 久坂様はそこにおられるのか!」


その1騎が声をかけた。


ふむ。とシノブさんは相手を観察した。

殺気はなし。

あるのは焦り。


久坂の配下であるというのはまことじゃろう。


「おる。無事じゃ」


答えると、シノブさんは敵意のない証に拳銃を放り捨てた。


惜しいなどとは思わない。


しょせんは初めて扱う道具。

てられよう自信はなかったのだ。


警戒しながら騎馬どもが近づく。


シノブさんはピョンと音もなく地面に降り立った。


ドアを開ける。


すると玄瑞は座席に端然と腰かけていた。


体中が痛むからといって寝込んでいる姿を部下に晒すのは、彼にとって恥なのだ。


そんな玄瑞を見て


「うひひ」


シノブさんは笑った。

こういう強がりをする人間は好ましくかった。


玄瑞が何も言ってくれるなという意味を込めて唇に人差し指をあてがって「しー」という仕草をする。


「おお! ご無事でしたか!」


馬を降りて中を覗き込んだ先だっての男が安堵の息をついた。


「遅くなって申し訳ございません。妨害にあいまして」


「うむ、詳細はあとで聞く。途中に御者の遺体があったろう、丁重に葬ってやってくれ」


「承りました」


そうして遣り取りを見て


『もう、おらさは要らんな』


そう思ったシノブさんは踵を返そうとしたのだけど。


「何処へ行く!」


残っていた4騎がぐるりと取り囲んだ。


やっぱし、お侍は居丈高じゃのう。

しみじみとそう思う。


「そんなん、おらさの勝手じゃろ」


シノブさんは面倒くさそうに手を振った。


「生意気なガキ!」


如何にも短気そうなのが乗馬鞭を振り上げた。

それでシノブさんを打擲ちょうちゃくしようというのだろう。


『面倒じゃ』


シノブさんはとっとと退散しようとして


「やめんか!」


玄瑞の叱声のほうが早かった。


「そのわらべはワシの命を救うてくれた恩人じゃ! 無礼は許さん!」


は! 騎馬に乗っていた男たちは反駁もせずに降りると


「失礼いたした」


そろって頭を下げた。


大の男が。

馬にのれるような身分の人間が。

何処の馬の骨ともも知れない女童に謝罪するのだ。


どれだけ玄瑞が尊敬されているかが分かろうというものだった。


これにはトンズラをかまそうとしていたシノブさんも出足をくじかれてしまった。





と! ここまでで終わり。

途中までで書かなくなった理由ですが。

あれ? 維新志士がみんな爺ちゃんで活躍できなくね?

志士の子供や孫を登場させるぐらいなら、いっそ現代でもよくね?

というか、幕末が舞台でもいいじゃん?

と思ってしまったからです。


そんなんプロットの時点で気づけよ!

とお思いでしょうが

『ニンジャが活躍する物語を書きたい』

そう思い立った勢いだけで書いてしまったので。


一応の補足

舞台:西暦1912年の日本

   幕末後の日本は河合継之助の率いるイギリスと大久保利通の率いる西フランスに別れてしまっている

   日清戦争は起こらず、日露戦争では惨敗。

   英仏連合の協力によって、かろうじて日本本土からロシア軍を退けてはいる状態


ここまで読んでいただいた方には、ありがとうございます。

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