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グラたんじょう  作者: 古山 経常
第一部 人脈拡大編
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五話 麻婆豆腐

五話 麻婆豆腐


 照は机越しに若い男性と向き合っていた。制服を着た彼には警視の階級章。瑠香の兄である葦木太郎あしきたろうその人であった。

 署長に会うのには苦労した。こちらは一刑事。瑠香と寧が友達未満くらいの関係だからといって、気軽に訪れるわけにはいかなかった。正当な手続きを踏んで、数分だけ時間をもらえた。

「お時間を作っていただき恐縮です。署長」

「塚江巡査部長だったね。用件というのは?」

「その、少し言いにくいのですが……妹さんの、瑠香さんのことで」

「また何かやらかしましたか。今度は何を?」

 照はすんなり本題に入れて拍子抜けした。だがこのチャンスを逃すわけにはいかない。

「私の息子と交流がありまして、先日自宅に来てくれたのですか……その、部屋のドアを破壊してしまいまして」

 証拠として、スマホで撮影した破壊されたドアの画像を見せる。

「器物損壊か。被害届は?」

「いいえ。ただ、一介の刑事には経済的に厳しいので修理費のほうを出していただけると助かるんですが」

「出してないなら、善処しよう。で、他に用があるのだろう?」

「さすが署長。実は例の事件のことで情報を得たいのですが、そのためには是非署長のお母様の力を借りたいのです」

「分かった。こちらは早急に話をつけよう。交渉は君がしてくれ。そうだ。ドアも母に頼もう。塚江巡査部長、頼むぞ。私の名前を出しても良い」

「はあ……」

 結局自分で処理する羽目になった。


 数日後、瑠香は母、葦木蘭に呼び出しを食らった。SNSは記録が残るからダメだとスパイみたいなことを言い、待ち合わせ場所しか教わっていない。ちなみにメールもSNSと同じ理由で却下され、電話も盗聴されると言っていた。なのに、指定した場所は近所のファミレスだった。他の客や従業員に聞かれるリスクがあると思うのだが、そこは気にならないらしい。娘から見ても変だと思う。

「あーあ、ばっくれよっかな」

 下校の道すがら、瑠香は呟いた。行っても注文させてもらえるのは多分ドリンクバーだけで、食べ物は頼ませてもらえないと確信しているからだ。

 横にいた加奈は呆れた顔をして、

「どうせ家に帰っても言われるんだから、注文できてラッキーって思えない?」

と言った。

「お母さんはケチだから、絶対に食べさせてくれないの。それにお母さんはお金の話しかしないし」

 瑠香は頭を抱えた。

「そんなにイヤなら私がついて行ってあげようか?」

「お母さんは加奈に対してもケチると思うの。きっとドリンクバーですらおごってくれないよ。だからごめんね」

 親友に不快な思いをさせるわけにはいかない。それに加奈を守りながら、蘭と渡りあうのは難しいだろう。そう思い、丁重にお断りした。

 加奈は引いた顔で、

「あ、そう。頑張ってね」

と送り出してくれた。


 ファミレスに行くと瑠香は店員に向かって、奥にいるうるさいおばさんの連れだと言うと席まで案内してくれた。蘭は大抵奥の席を陣取り、使用人を扱うような横柄な態度を取るからである。

「話って何?」

「ドリンクバー頼んでおいたから、飲みなさい」

 テーブルにはすでに飲み物が入ったグラスが置かれていた。いろいろ混ぜられていて、変な色をしていた。もう戦いは始まっているのだ。

 一口飲んで、瑠香は顔を歪めた。お茶類と炭酸類を混ぜている。蘭は当然瑠香の苦手な物を知っているので、わざとということだ。

「何なの?」

 怒りをぶつけたが、蘭は表情すら変えない。ただ瑠香を見つめているだけだ。

「塚江照巡査部長は知っているわね」

「照さん?」

「先日私のところに来たの、太郎の紹介で。私の顧客に会いたいって言ってね」

「へえ」

「もちろん紹介したわよ。しかもタダ。太郎の紹介じゃ、もらうわけにはいかないし」蘭は顔を歪め、拳をプルプルと震わせた。余程、悔しかったのだろう。人からお金が取れなかったことが。

「じゃあなんで私が?」

「その照さんちのドアをぶっ壊しただろ。私に請求しに来たんだよ!」

 握っていた拳をテーブルに叩きつけた。

「太郎の紹介だから払ってしまった。この葦木蘭から金を踏んだくるなんて許せるわけがない」

 このままでは照を殺すと言いかねない。もし殺されてしまったら、照のラーメンを食べられないばかりか、寧とも気まずくなって食べ物をくれなくなる。言うしかなかった。

「私がドア分働く。だから照さんを許して」

 その言葉を待ってましたとばかりに蘭は笑顔を見せる。瑠香が蘭の笑顔を見たのはおよそ二年ぶりだ。その笑顔を見せたのは、瑠香がもらった入学祝いを換金して現金を手にしたときだった。ろくな親ではないのだ。

「そうかそうか。やっぱり瑠香は私の娘だね。私のお金を無駄にしないんだもの」

 多分ここまでが予定通りなのだろう。それはなんとなく分かっているが、食べ物の供給源を失うわけにはいかないのだ。瑠香が築き上げたものなのだから。

 覚悟を決めて仕事の話を聞いた。

「塚江照に紹介した顧客の返済日が今日でね。私の代わりに取り立ててほしいのよ」

 蘭は瑠香に写真を見せた。メイドのコスプレをした浅黒い肌の少女が写っている。瑠香よりも幼く見えた。

「この子が借金してるの?」

「そう。リバイ・リルロ王国海軍第三部隊、ソーラ軍曹。領事館勤務だから、なかなか会えなくて困っていたんだ」

「それを私が?」

「ええ、取り立てるまで帰ってこなくて良いから」

「学校は?」

「行けば良いわ。ただしその間の弁当はなし」

 瑠香にとっては死刑に等しい宣告だ。

「やっぱりやめるとか言わないわよね。照さんがどうなっても良いのかな?」

「分かってる。でもお弁当が……」

「だったら今日中になんとかしなさい」

 瑠香に逃げ場はない。今までの食生活を維持するためにはソーラというコスプレ好きの外国人から取り立てないといけないのだ。

「領事館ってどこにあんの?」

「隣町の片向かたむきビル。一階が葬儀屋だからすぐに分かるわ」

 蘭は必要最低限の取立て料を教えてくれた。多分それは利子だけで、もっとお金を払わないと借金は減らないはずだ。

「なんでこの人にお金貸したの?」

 素朴な疑問である。

「それはいろいろ使えるからさ。あんたはとにかく金を取り立ててきな」

 蘭はそれ以上話さなくなった。

 そろそろ動かないと明日の弁当に差し障る。

「ちょっと待ちなさい」

 立ち上がろうとしたら止められた。まさかとは思うが、ドリンクバーの代金を払えとか言う気じゃないだろうか。瑠香の背中を冷や汗が伝う。

「飲みなさい。私のおごりだから」

 珍しい発言だと思ったが、改めてグラスの中身を思い出し、瑠香はムカついた。

 瑠香は一気に飲み干し、

「おかわり」

と言った。

「ダメ」

 間髪を入れず蘭が言った。

 結局、二杯目を飲ませてもらえず、瑠香はファミレスを出た。湧き上がる怒りを抑えきれない。蘭に怒りをぶつけることは怖くて無理なので、写真のソーラに八つ当たりをしておく。

「待ってろ、ソーラ。金、取り立ててやんぞ」

 急に吠えたので悪目立ちしてしまい、白い目で見られた。それもこれもソーラのせい。そう思わなければやってられなかった。


 隣町は瑠香の住んでいる門白町もんしろちょうよりも大きなところで、上葉町あげはちょうという。上葉町も門白町と同じ管区であり、瑠香の兄の権力が届く場所である。もしソーラと交戦しても、なんとかなるということだ。

 片向ビルは上葉町の商店街の中に建っていた。二階程度の高さしかない他の建物より抜きんでており、商店街のシンボルみたいになっている。しかし、領事館以外に入っているテナントが、葬儀屋、診療所、弁護士事務所、探偵事務所、金融会社というラインナップ。ネガティブな状況のときに訪れる場所ばかりで、不幸のデパートと呼ばれていた。

 あっさり見つかったが、二階より上へ行く階段が見当たらない。ビルなのだから非常階段があるはずなのだが、商店街に面したところにはなかった。一階の葬儀屋に聞くという選択肢しか浮かばなかった瑠香は、葬儀屋の店内に入る。

 応接セット、大きな机と椅子。全てが黒かった。色を認識できるのは外からの光のおかげで、夜に来たら家具にすねをぶつけてしまいそうだ。

「あら、お客さん……にしては若いわね」

 声が背後から聞こえた。驚いて飛びすさり、ソファーに蹴つまずいた。バランスを崩した瑠香は、ソファーの上でひっくり返った亀のようになる。

「面白い子」

 クックックッと小さく笑う女性が立っていた。スーツに靴に手袋に帽子、全て黒かった。瑠香の会った中でとびきりの美人さんだ。黒い部屋で黒の衣装を着ているのに美醜が判別可能だったのは、肌が白く透き通るような感じだったからである。

「あの、領事館に行きたいのですが」

「ああ。あなたも? 奥のエレベーターで行けるわよ」

 肘までの手袋をはめた手を右奥に向けた。

「あなたもって、まさか照さん?」

「照さんというかたは刑事さんだったかしら。ソーラから事情を聞きたいとおっしゃられて先ほど行かれました。会えると良いのですが」

「どういうこと?」

 瑠香は横に転がり、立ち上がる。

「ソーラの部下にはミッテがいます。必ず彼女がソーラにたどり着く障害になるでしょう」

「それってどういう……」

「会えば分かります。百聞は一見にしかずです」

「百聞? 一見?」

 瑠香にとっては初めて聞く言葉だ。

 女性は答えず、瑠香に紙片を握らせる。黒い紙で白い文字が印刷されていた。

「この葬儀社の社長、ヒツギ・ノナカと申します。お身内に不幸が訪れた場合は当社をご利用ください」

 紙片にも彼女が言った内容が書いてあった。名刺だったのだ。瑠香は初めて社会人から名刺をもらった。なんか感動的だ。

「葦木瑠香です」

 こちらは名刺がないので名乗るだけしかできなかった。

「ああ、葦木さんでしたか。蘭様にはお世話になっています」

「お母さんが?」

「はい。移植臓器を取ったあとのご遺体を弔わせていただきました。最安値ですが、数はこなせてます。お得意様です」

 多分その遺体は借金を返せなくなった人かもしれない。そして葬式をして香典をせしめているんだろう。臓器で儲けているので葬式代くらい安いものなのかもしれない。解剖に回されるリスクが減るのだ。それにこの管区なら兄がいる。手続きを遅らせている間に火葬してしまえば、臓器がないことには気付きにくくなる。

 ここまでやって儲けているのに、ドアの弁償代をケチるのは器が小さいと言わざるを得ない。でもそれが蘭なのである。瑠香の母なのである。

「すいません、お母さんお金に汚くて」

「娘さんが謝ることではないですよ」

 ヒツギは蘭がお金に汚いことを否定しなかった。瑠香の認識は他人と同じなのだ。嬉しくもあり、悲しくもあった。

「ソーラに会いに来たのはやはり蘭様とご関係があるのでしょうか?」

「取り立てを頼まれました」

「ソーラの臓器は勘弁してあげてくださいね」

「私が入っている間は大丈夫です。多分」

短気な母がソーラに何かする前に利子くらいは手に入れないとヤバそうだ。瑠香は初めて食べ物の種類で人を救うと思った。


 照はメイド服を着た女性とコタツに入っていた。領事館のオフィスの隅に、床より一段高くなった和室のエリアがある。前の店子が設置したのを利用しているのだ。コタツだけでなく、事務用の机やオスライオンの着ぐるみを着た人物が座っている椅子も、ガラスに弾痕のある棚も、壁にかかった血まみれの『任侠』と書かれた書も前の店子のものだそうだ。

「領事館のかたが本当にメイド服を着ているとは驚きでした。葦木さんがオフのときの写真を見せてくれたもんだとばかり思っていたので」

「お金がなくて、大家さんの知人の服飾系の専門学校生に頼んでタダで作ってもらっています。でも作ってもらってる立場なのでデザインに口出しできないのです」

「はあ」

「大使館には潤沢な資金があるのに、われわれはまともな服を着ることができないのです。領事館に金を回してもらえないばかりに」

「じゃあ、あの着ぐるみも?」

「私の上司です」

「そうなんですか。大変ですね」

 葦木蘭の名前を出したことで、相手は気を許してくれているようだ。やはりつてを頼って正解だった。

「大変どころではないのです。お金をほとんど回さないくせに外貨獲得を謳っているので良い迷惑です。実戦向きじゃないから第三部隊に配属になりましたが、日本で言うところのブラック企業のように働きずくめで参ってしまいます」

「第三部隊とは?」

「リバイリルロ海軍には四つの部隊があります。女王を守る第一部隊。戦争の駒となる第二部隊。我々第三部隊は諜報や外交が仕事です」

「第四部隊は?」

「彼らは寄せ集めの外国人部隊で、傭兵として外貨を稼いでいます。そこの悪いのが多いのでチームワークが駄目だと隊長の佃新つくだにい少佐が言っておられました。この方ですよ」

 照にスマホで撮った画像を見せてきた。待ち受けに日焼けした屈強そうな男性が写っている。見せてきた女性のテンションが上がって、佃少佐が好きなのかもしれない。

「日本人もいるのですね」

「そうですね。一億五千万ハームほど納めてくれれば、あなたも立派なリバイリルロ国民です。どうですか? 物価は安いですよ。一円が百ハームですから、百万円でお金持ちです」

 彼女おそらく来る人みんなに言っているのだろう。勧誘への流れがスムーズすぎる。だがそれはこちらにも有利に働いた。

「その中には犯罪者もおられるわけですよね。例えば殺人を犯した者も」

 すんなりと本題に入り込むた。向こうは渋い顔をしている。

「悪いのですが本国と貴国は犯罪者引き渡しの条約を結んではいないのです。協力する義務は全くないのです」

「軍曹、これはお願いです。私に犯人を捕まえさしてくれませんか?」

「私は伍長です。塚江照巡査部長」

 渋い顔のまま言ってくる。降格人事に遭ったのかもしれない。かわいそうなので触れないでおこうと照は思った。

「伍長、お願いです。私の知り合いが殺されたのです」

「知り合いですか」

「はい。この上葉町のキャバクラで働くエリナって子で、旦那が面倒を見てました。その旦那も殉職しまして、私が引き継いでいたんですよ。ちょっとヤンチャだけど正義感の強い良い子でした。そのエリナが遺体となって発見されたのは隣町の門白町の廃ビルの屋上でした。彼女がどうしてそんな場所に行ったのかわかりません。しかし犯人の候補が一人います。スカンクと言われ殺し屋です」

「スカンク」

 照は頷いて続ける。

「スカンクは塩素ガスで殺します。エリナにも塩素ガスの中毒症状が現れていました」

「塩素ガスは私でもが出ます。混ぜるな危険の洗剤を二種類混ぜると出せます。スカンクは関係ないのです」

「確かに自宅で死んでいればそれで通用しますが、エリナが見つかったのは廃ビルの屋上です。そして靴を履いていませんでした。廃ビルの中は窓ガラスが割れて散乱している箇所があり、とても素足では歩ける場所ではありません」

「運ばれたということですか」

「そうです。そしてスカンクであると断定したのはもう一つ。私の相棒のことです。刑事は二人一組で捜査するものなのですが、先日相棒が痛いとなって発見されました。塩素ガスで殺されて」

「その相棒も殺された証拠はあるのですか?」

「遺体はラブホテルで縛られていました。縛られかたは自分自身では絶対にできないものでした。そして部屋の四隅には混ぜた洗剤が置かれていたのです」

「それは分かりました。でもスカンクが我が国と関係あるとは思えません。どうしてこの領事館に来たのですか? 大使館でも良いじゃないですか」

 最後のおそらく本音なのだろう。

 照はパスポートのコピーを見せた。そこにはとある人物の個人情報が書かれていた。

「犯行現場に落ちてました。リバイリルロ王国第四部隊、井伊海いいかい少尉。あなたのお仲間ですよね?」

「確かに我が国の人間のようです。しかし所属が違うので井伊海少尉のことは知りません」

「先程、佃新少佐のことは詳しいそうでしたが」

「女なら好きな人の情報を集めて当然です。あなたも覚えがあるのでは?」

 照は完全に否定できない。旦那を射止めるために事前に情報収集した覚えがあるからだ。

「それに大使館でも良いじゃないですか、それぐらい。これから夕食の買い物に行かなければならないのです。今夜は麻婆豆腐です。豆腐は安くてヘルシーです」

「えー⁉︎」

 着ぐるみを着た上司が抗議の声を上げた。どうやらメニューに偏りがあるようだ。

「茹でもやしと麻婆豆腐どっちが良いですか?」

 伍長は上司にきっちりと意見できるタイプらしく、少々きつめの口調で二択を迫った。

「ま、麻婆豆腐で良いです」

 着ぐるみ上司は折れ、伍長は照に向き直る。

「それでどうして領事館に?」

 しつこい。だがはぐらかす内容でもないので素直に答える。

しつこい。だがはぐらかす内容でもないので素直に答える。

「こちらに来たのは近いからです。我が署には私程度を東京へ出張させる金もないので」

「なるほど、個人的には助けてあげたいですが、できることは限られています。私が言えるのは、彼は第四部隊の人間だということです。第三部隊は国家公務員ですが、第四部隊は違います。女王の私兵という扱いです。リバイリルロ王国の国民と変わりないのです。ですから日本にいる間に捕まえてください。ちなみにここはリバイリルロ王国です」

 要は大使館や領事館に逃げ込まれるなということだ。

「ありがとう伍長。あなたと話せてよかった」

「はい」

 伍長は笑顔を見せて、コタツから出た。身長は百四十センチくらいで、子供にしか見えなかった。

 息子がこんな子供を持つ日も来るのだろうか。そのためにはあの食い気優先の嫁候補を射止められるかにかかっている。

「はあ」

 ため息だって出てしまう。

「塚江さん、事件現場にパスポートがあっても井伊海少尉がスカンクである証拠ではないのです」

「分かっています。まだ捜査は始まったばかりです」

 笑顔でやり過ごす。子供扱いしたのがバレてないかと心配した。だがそれは杞憂だった。

「じゃあ、また来るんですね?」

 伍長は目を輝かせた。

「来させていただくこともあると思います」

「そのときはなんでも良いので食材を持ってきてください。我々はひもじい思いをしているのです」

 真剣に食べ物のことを訴える目は再び瑠香のことを思い出させた。

「分かったわ」

 笑顔を強めて、頷いた。

「できれば日本産の物をお願いします。この国は外国の物が安いですから」

 照はちょっと後悔した。

 現金なもので、伍長だけでなく着ぐるみの上司まで照を見送ってくれた。来たときは歓迎されてはいなかったので、見事な掌返しだ。露骨すぎて逆に清々しい。

「また来てくれたまえ。塚江照巡査部長」

 着ぐるみ上司が初めて喋った。着ぐるみでくぐもった感じではあったが、伍長と声の感じかろ似ていた。

「はい、えっと」

 上司の名前を教わっていない。照が相手の発言を持っていると、領事館の入り口が開いた。

「たのもー!」

 瑠香が入ってきた。先ほど彼女の姿を思い浮かべていたので、照は驚いてしまった。


 道場破りじゃないのであの第一声はなかったなと瑠香は後悔する。下で聞いていた通りに照も領事館にいた。

「照さーん」

 笑顔で手を振ると向こうはかなり驚いたたリアクションをする。予想外だったのだ、照のせいで借金取りをしているのに。

「なんでここに瑠香さんが?」

「照さんがお母さんに請求したドアの修理費のために借金の取り立てに来たの」

 不満タラタラで言うと照は申し訳なさそうな顔をした。彼女も蘭の行動までは読めなかったみたいだ。

 瑠香は照を許すことにして、メイド姿の女性に目を向ける。どこからどう見ても写真の女だ。彼女がソーラ軍曹に違いない。

「伍長、借金してたんですか?」

 階級が違う。伍長は軍曹より下だ。

 瑠香がそこに気を取られていると、ソーラは言った。

「私は借金などしたことがありません」

 そりゃあもうキッパリと言い切った。

 蘭からはソーラが借金したと言われているのに、当の本人は完全否定である。瑠香は混乱した。

「この写真、あなたでしょ」

 瑠香はソーラに、蘭からもらった写真を突きつけた。まず本人であると認めさせて、そこから会話の糸口を探ろうとしたのだ。

しかしソーラはこう言った。

「いいえ、私ではありません」

 あくまで突っぱねる気のようだ。瑠香は暴力で言うことを聞かせることにした。ここは兄の管区、いざとなれば照だって黙らせられるはずだ。

「シュッ!」

 息を吐くと同時に、喉を狙って手刀突きを繰り出す。肩甲骨まで動かさないので、出力五十パーセントくらいだ。

 ソーラはしゃがんでかわし、スカートをまくる。内腿に銃が仕込まれていて、それを手に立ち上がってきた。銃口が瑠香の顎に迫ってくる。銃は撃たなくても金属の塊である。もし食らって顎の骨が折れたら……瑠香は食べ物を食べられてしまう。それはそれは絶対にイヤなことだった。

 瑠香は咄嗟に左腕を銃と顎の間に差し込み、ガードに回した。痛かったけど顎は守られた。だが銃口は瑠香に向けられたままである。

 瑠香は両手を挙げて、無抵抗にならざるを得なかった。

「日本人はもっと大人しいと思っていました。この女、凶暴です」

 ソーラが引き金に指をかけた。

 照は瑠香の前に躍り出て、かばってくれた。そしてソーラに向けて言った。

「伍長、殺してはいけない。そうしたら警察はこの領事館を包囲してあなたを待ち構えるでしょう。ここはリバイリルロ王国でも、外は日本です。外に出れば逮捕します。籠城すればインフラが止まるかもしれません。異国で収監か餓死の二択です」

 瑠香は照の発言で自分の認識が違っていたことを知った。今この場所では兄の後ろ盾などないも同然なのだ。銃を突きつけられ、いつ死ぬかも分からない状態に身体が震えてきた。

「瑠香さん」

 照は優しく抱きとめてくれた。瑠香は安心して力が抜けてしまう。

「わわっ」

 照は瑠香を支えるのに必死になってくれた。蘭ならばすぐに瑠香を床に投げ捨てるのに、彼女はそうしない。警察官であることを差し引いても良い人だ。

「その女はそれほどの価値があるのですか?」

「価値など関係ありません。たとえ瑠香さんが署長の妹さんでなくても、警察は市民に仇なす者を許すわけにはいきません」

「署長の妹……厄介ですね」

「かまわん、殺してしまえ」

 ライオンの着ぐるみが吠えた。

「そうなると今日は麻婆豆腐が食べられなくなりますが」

「なんでだ?」

「聞いていなかったのですか? 殺した後に商店街に買い物に行ったら、私は逮捕されてしまいます。私が逮捕されたら、あなたは一人で生きていけますか?」

「むむむ……」

 言い返せないようだ。

「ですが銃を引っ込めたら襲ってくるかもしれません。誓いなさい。私に暴力は振るわないと」

 瑠香は大人しくその言うことを聞くしかなかった。銃にはまだ勝てない。まだ。

「でも借金は返してもらうからね、ソーラ。暴力で負けてもこの主張は変わらないから」

 負け惜しみだが言うことだけは言っておく。少しでも明日からの弁当をなんとかしようという悪あがきである。

 するとソーラは目を大きく見開き、チラリと着ぐるみの人物へ目を向ける。

 ライオンの顔がそっぽを向くとソーラはため息をついた。

「納得しました。お嬢さん、麻婆豆腐を食べて行きませんか? 私達が出来るお詫びはそれしかありません」

「え?」

 圧倒的な不利が覆ろうとしている。こちらには一切その手応えがないのに。

 瑠香は照の手を借りてしっかりと立ち、ソーラを見下ろした。見上げる彼女の真摯な目に嘘は感じられない。それに麻婆豆腐が食べられるとなれば、瑠香には断る理由がなかった。

「お願いしようかな。できれば借金のほうも」

「そのことについては買い物がてら話しましょう。こちらの事情をお嬢さんに理解してもらいたいのです」

「買い物……」

 おごらされるのではないかと不安になった。もめた場合にまた銃を持ち出されては強盗されたのと同義だ。

「もちろん食材はこちらで用意しますし、中は置いていきましょう。日本の街中では銃はほとんど使えません。日本は安全な国です」

 ソーラはこちらの疑念を晴らしてくれた。信じて良いのかもしれない。それにここで待っていても麻婆豆腐は食べられないのだ。

「照さん、私ソーラについていく。ま、借金のために」

 照は呆れた顔をした。麻婆豆腐目当てだというのがたったの一音でバレてしまったらしい。

「瑠香さん……あなたって人は」

 笑ってごまかしていると照は瑠香の手を握ってきた。そしてなにやら硬い物を渡される。五百円玉だ。

「それで豆腐買ってきなさい。瑠香さんが食べすぎたら、彼女達飢えちゃうから」

「照さん、ありがとう」

「ありがとう!」

 瑠香の「ありがとう」より、ソーラの「ありがとう」のほうが大きく気持ちがこもっていた。事情は違えど食べ物に対する姿勢には共感が持てる。瑠香は初めて仲間を見つけた気がした。ちなみに加奈は親友で、園子や寧は協力者、麗は奴隷である。

「行こう」

「はい」

 瑠香とソーラは手に手を取って、領事館を出た。


「あら、ミッテ。お買い物?」

「ミッテちゃん、今日はキャベツが安いよ」

「ミッテ、コロッケ食べな」

 ヒツギを筆頭に、商店街の人達が声をかけてくる。ソーラはそれに笑顔で応えている。彼女には名前を間違えられたときに一瞬見せるネガティブな表情が一切見られなかった。ここで出る結論は、彼女はミッテでソーラと双子の姉妹というものだ。

 その発想に至ったとき、瑠香は納得した。写真の人物が自分ではないと言ったり、借金をしおとがないと言ったりしたのは当人にその記憶がないからである。それなのに瑠香は喉を突こうとしてしまった。

「ごめんね、ミッテ。ミッテなんだよね? 君」

「はい。リバイリルロ王国第三部隊所属のミッテ伍長です」

 伍長。ソーラが軍曹なら降格されたわけではなく、ミッテが伍長なだけだった。変な気を回して聞かなかったこちらの落ち度だ。

「じゃあ、ソーラは?」

「ライオンの着ぐるみに入っている人です」

 瑠香が勘違いしてミッテともめているのを黙って見ていたのだ。戻ってとっちめたくなったが、商店街の人から受け取ったコロッケを食べているミッテに止められた。

「ソーラ軍曹が借金するのにも理由があるのですが、その理由を話すにはリバイリルロ王国の国情を話さなければなりません」

 ミッテは一旦話を中断してコロッケを食べ切り、むせた。するとお茶屋さんが湯飲みに入ったお茶を彼女に差し出し、ミッテは何のためらいもなく飲み干した。そして湯飲みを返し、笑顔を見せる。いつもやっているのか流れるのは動作で無駄がなかった。

「すみません。いつものことなのです。あ、ソーラ軍曹には内緒にしてください。秘密なのです」

 どうやら毎度コロッケとお茶をもらっているらしい。瑠香は飲食店との相性が悪いのでうらやましい限りである。

「他にもあるの? くれるところ」

「スーパーの試食コーナーでいっぱい食べさせてくれるおばちゃんがいるのですが、今日はシフトじゃないので無理です。他の人は怒るのです」

「そっか。じゃあスーパーで豆腐を買ってさっさと戻ろっか」

「豆腐は豆腐屋です。おからをくれるのです」

 瑠香は自分とミッテの違いを感じていた。ギブアンドテイクで食べ物を得てきた瑠香に対して、ミッテはもらってばかりだ。どうすればそんなことが出来るのだろう。知りたい。知って、楽して食べ物を手に入れたい。

「ミッテはどうやって商店街の人と仲良くなったの?」

「毎日お買い物して、お話ししただけです」

「それだけ?」

「はい。私達の事情を知ってもらって」

 コロッケを詰まらせるまではその話をしていたのだった。うまくミッテに誘導されたようだ。あえて乗ってあげることにする。

「ミッテ達の事情って?」

「瑠香さんは地球温暖化は知ってますよね?」

「うん、最近騒いでいるやつでしょ」

「違わないですが、地球温暖化はもっと前から始まっています。我が国リバイリルロでは何度も海水で領土が水没するという現象がたびたび起こっています。科学的なことを私は分からないですが、地球温暖化のせいだと信じられているのです。そのために現女王マリアティー様はクーデターを起こし、父君と叔父である大臣を殺害しました」

 独裁国家というやつだ。つまりミッテ達はその尖兵ということになる。独裁国家は悪という発想が漠然とながらある瑠香は思わず身構えてしまう。

「マリアティー様は善政をしいているので国民には人気です。彼女は私達に希望をくださいましだ国民移住計画です」

「国民移住って……どこへ?」

「今ある案は外国に住まわせてもらうものと空母を造ってそこをリバイリルロの領土にするものの二つあります。マリアティー様は空母派です」

「それでお金かかるの?」

「はい、我が国に空母を造る技術がないのでお金を払って造ってもらいます。一ドルは一万ハーム以上です。長いです」

 ミッテは沈んだ顔をした。そんな顔されたら、食べ物くらい恵んでしまうかもしれない。

「第三部隊と第四部隊はそのために組織された部隊です。ソーラ軍曹は志願して今の地位にいます。私はとばっちりで……」

「双子も大変だね」

「双子? 私とソーラ軍曹は姉妹ではありません」

「まさかクローン?」

 発想が飛躍した。

「はっはっはっ、そんな技術があったら外国に売り込んで荒稼ぎしてますよ。私が生まれたのは二十世紀ですからね」

 いつの間にかミッテはタピオカミルクティーを持っていた。量が少ないことから、処分に困った飲み残しをもらったようだ。

「二十世紀って大人じゃん」

 タピオカミルクティーのことをツッコみたかったが、年齢のほうでていいっぱいだ。

「領事館に子供は勤められません」

 ミッテは小さく笑って、言った。確かにアニメの類ではないのだから、子供に国の需要案件を任せるはずがない。

「それは分かったけど、身内じゃないの? ソーラ」

「はい。母でもいとこでもありません。ソーラ軍曹は赤の他人です」

 ミッテは他人が口をつけたことなど気にすることもなくタピオカミルクティーを飲んでいた。

 ずるい。瑠香も欲しくなった。でも他人なのにとばっちりを受ける関係も気になる。

「分かりませんか? 分かりませんね」

 ミッテは瑠香が答えを見つけられないと勘違いをして笑っている。本当はそれよりも前の段階で迷っていたことを言い出したら、バカだと思われるかもしれない。瑠香が賢くないことは日本にとどめておきたかった。だから合わせた。

「教えてミッテ」

 ミッテは笑顔で頷いた。すでにタピオカミルクティーを持ってはいなかった。捨てたのだろうか。

「私はソーラ軍曹の影武者です。ソーラ軍曹は殺された大臣の娘なのです」

 その答えは発想になかった。

「今は現政権側に与していて、ソーラ軍曹の監視役をしています。もしソーラ軍曹がクーデターを起こしたら、入れ替わって鎮めます」

 さらっと恐ろしいことを言った。唖然としているとミッテは真剣な顔で続ける。

「私はソーラ軍曹には日本で頑張ってもらいたいです。そうすれば日本のおいしい物を食べ続けられるのです」

 ミッテはいつの間にか焼き鳥を二本持っていて、そのうちの一本を瑠香に渡してくれた。もらった物を横流ししているだけなのに瑠香は感激してしまう。多分、コロッケやタピオカミルクティーを分けてもらっていないせいだと思う。

「ありがとう、ミッテ」

「ソーラ軍曹には秘密なのです。口止め料なのです」

 ミッテの打算を責めるより、今はこの焼き鳥を味わおうとした。既に豆腐屋が視界に入っていることだし。

 焼き鳥の味には覚えがあった。コンビニのレジ前に並んでるやつだ。それをわざわざ買ってミッテにプレゼントしている人がいるということだ。寧のように。

「ミッテ、モテるね」

 ミッテは瑠香の言葉にピンと来ていないのか、首を傾げた。

「モテてはないと思います。子供扱いかペット扱いされてるだけだと思います」

「え? そうなの?」

 じゃあ、寧も瑠香を子供やペット扱いしているのだろうか。

「はい。でもおいしい物が食べられるので良いのです。損して得とれなのです」

 ことわざに詳しくない瑠香だが、今のは分かった。食べ物を優先しているのだ。瑠香は寧に好きと言われて、純粋に食べ物を求める心を忘れていた。衝撃だった。瑠香は初めて尊敬できる人に出会った。

「私もミッテみたいになりたい。強くて、おいしい物をいっぱいもらえる女に」

「私は強くないです。だから諜報部隊なのです」

「でも私より強い」

「兵士と一般人を比べてはいけません」

「どうして?」

「兵士は人を殺して人を守るものです。瑠香さんは違います」

「ミッテは人を殺したことがあるの?」

 ふと思ったことが口をつく。

 ミッテは無表情になって、しばらく瑠香を見つめてくる。いつ「冗談です」と言ってくるかと待っていたら、瑠香の手を握り、焼き鳥の串を渡してきた。

「日本はゴミ箱が見当たらなくて困るのです」

 そう言って豆腐へ入っていく。

 瑠香は追いかけたが、豆腐屋の店主と明るい会話を始めていて、先ほどの話をする空気ではなかった。

 瑠香は焼き鳥の串を握りながら、ミッテがおまけでおからをゲットするのをただ見ていた。たぶん今の瑠香では逆立ちしても出来ないだろう。瑠香はミッテにはなれないのだ。短い間に悟った瑠香は豆腐屋を出ようとした。

「待ってください、瑠香さん」

 ミッテから殺されてしまうのではないかというほどの殺気を浴びて、瑠香はパニックになった。やはり先ほどのことは聞いてはいけなかったのだ。

「ごめんなさい!」

 身体を縮こまらせ謝っていると、ミッテは瑠香のポケットをまさぐり始めた。

「五百円ください。じゃないと豆腐が買えないのです」

 そう言うミッテは、先ほど瑠香と話していた良いミッテであった。あの殺気はなんだったのか、それすらも分からなくなるほど変わりようだった。

「うん」

 瑠香は手に握っていた五百円硬貨を渡した。焼き鳥のタレでべとついていて不快な顔をしたが、袖にこすりつけて磨いて渡していた。

「こんなに買うのかい?」

「今日はスポンサーがいるのです」

「まさか肉屋のせがれか?」

「いえ、刑事さんです。うちの国民がらみで」

「捕まったらおからも食えなくなるから気を付けな」

「それはもう」

 当然だとばかりに頷いた。

「その子は?」

「瑠香さんです。ソーラ軍曹の借金を取り立てに来たのです」

「借金って、あの子大丈夫なのかい? 最近は小学生に混じって遊んでいるみたいだけど」

 ミッテは豆腐を受け取り、眉間にシワを寄せた。

「ソーラとミッテは見分けがつくんですか?」

 瑠香は店主に思わず聞いていた。

「ああ。慣れれば簡単だよ、歩きかたや姿勢が全然違うから」

「へえ」

「どっちか持ってやんな。串は捨てといてやるから」

「はあ」

 串を渡して、豆腐を持った。もちろんその前に手持ちのウェットティッシュで手を拭く。豆腐屋の店主は気の利いた人でそのウェットティッシュも引き受けてくれた。

「ソーラ軍曹はきちんと働いているのです。街を巡って国民になってくれそうな人をスカウトしてくるって……」

「そう言ってサボってるのかもな。子供たちと遊んで」

 ミッテがおからの入ったビニール手提げ袋を強く握った。殺気が再びミッテから放たれる。

「瑠香さん、ソーラ軍曹を問い詰めなければなりません。急いで戻るのです」

「はい」

 逆らう選択肢はないように思えた。


 ミッテは来たときの倍以上のスピードで領事館に戻った。途中で大人の女性に手を引かれた園子に出くわしたが、ろくにあいさつもできずに別れた。今はミッテについていって、ソーラが死なないかどうかを見届けるほうが先だ。

 当然ミッテは、帰りがけに食べ物をくれる人もスルーして最短で領事館を目指した。それだけ怒っているということだ。

 片向ビルに着いても、ヒツギにあいさつもせずにエレベーターに乗る瑠香も急いで乗らないといけないほど閉のボタンを連打し、エレベーターが動き出すと大きく息を吐いた。商店街で見せていた愛想の良いミッテはもうそこにはいなかった。

「ソーラ軍曹は遊んでいたのです。私が毎日の食事を用意して、ソーラ軍曹が散らかした物を片付けて、経理までやっているというのに……です。許さないのです」

 ミッテだって、ソーラに隠れて食べ物をもらっていて、それを一切ソーラにあげないのだから大差ないと思うのだが、そのことは頭にないらしい。

 エレベーターのドアが開くと同時にミッテはおからの袋を投げ捨て領事館の中へ特攻していった。瑠香はそれを拾っていたため、肝心な部分が見られなかった。中に入った頃には着ぐるみの頭を吹き飛ばされたソーラがネックハンギングツリーを食らっているところで、ミッテとそっくりなソーラの頬には殴られたあとがついていた。

「何なの?」

 照は状況が飲み込めないようだ。

「えとミッテがソーラに怒って……」

「ミッテって誰?」

 照もミッテがソーラではないと知らなかったのだと知り、説明をしてあげる。その間もソーラは吊られていた。

「ミッテ伍長、やめなさい。麻婆豆腐が不味くなるわよ」

 ソーラが苦しさのあまり暴れだしたのを見て、照は声をかけた。

 するとミッテはソーラを投げ捨てる。

「殺人未遂とか言わないのですね」

「ここはリバイリルロなのでしょう。外だったら現行犯逮捕です」

「ありがとうなのです。許せないことがあったのです」

 ミッテはソーラのほうを向いた。

 ソーラは咳き込み、息を整えるのに必死みたいだ。そのためにミッテの凶行を批難する時間を作ることが出来なかったのである。

「ソーラ軍曹、仕事をサボっていましたね。私には新しい国民を捜すと言って」

「その通りではないか、ミッテ伍長」

「商店街の人はソーラ軍曹が小学生と遊んでいると言ってました。小学生に一億五千万ハームを納められるわけないでしょう」

「あいつらのほうが金を持っているんだ。アイスやジュースをくれるんだぞ」

 ミッテとあまり大差ない気がする。

「借りた金は何に使ったのですか? まさかその金で高いご飯など食べてないでしょうね」

 真剣な表情でミッテは問い詰める。確かにそのお金ならいろいろな物が食べられそうだ。

 問い詰められたソーラは意外そうな顔をした。

「そうか。そうすれば良かった。あのガキどもに負けてられないとカードに使ってたんだ」

「カード?」

「トレーディングカードゲームだ。やっと互角に戦えるレベルになったところでな。明日は新弾の発売日だ」

 親指を立てて、ソーラはニカっと笑う。

 ミッテは黙ってソーラの腹にパンチを叩き込む。脇を締めていてー腰の入った良いパンチだ。

「ぐえ」

「遊びに使うなんて何を考えているのですか」

「ガキを手なずければ、大人になったときにはもう逆らえないだろう。私の長期的計画にぬかりはない!」

「領事館を離れることになったらどうするんです? それに彼らが大人になるころには移住計画は完了しているはずなのです」

 ぬかりが二つも見つかった。この調子ならまだありそうだ。

「だが子供の情報網も馬鹿にできんぞ。隣町には食べ物を上げると助けてくれる強い女子高生がいるらしい。この前の不審者を捕まえたのもそいつらしい」

「不審者? ああ、一人のときに声かけしてきたやつですね。私を小学生と間違えたなんて失礼なやつなのです」

「あのデブには困ったものだ。私をミッテと間違えたくらいだからな」

 瑠香より年上の二人に声をかけておいて、瑠香を年増と言った乙三太郎を思い出し、瑠香は怒りが湧いてきた。

「ともかくそいつを仲間に引き入れておけば、そこにいる借金取りなんかを撃退してくれるだろ」

 ソーラは瑠香を指差して高笑いをしている。

「あの、その女子高生って私なんだけど」

 手を小さく挙げて瑠香は二人の争いに参戦した。

「何? 借金取りが?」

「借金取りは親の命令でやっているだけだから」

「じゃあ、見逃せ」

「そうしたら私の弁当が明日からなくなっちゃうんだ」

「使えないやつだな」

 ソーラは弁当ごときとは言わなかった。が、その物言いにはムカついた。

「とりあえず利子分払ってよ、ソーラ。そしたら麻婆豆腐を食べよう」

「なぜ材料を持っている。ミッテ伍長、晩飯を人質にとられているではないか」

 ミッテに文句を言うと容赦のないボディーブローがソーラを襲う。重い攻撃のようで、お腹を抱えて跪いてしまう。

「今は瑠香さんのほうが信用できるのです。食べ物が好きな人に悪い人はいないのです」

「だがこいつは私の金を奪おうとしているのだ。明日は新弾の発売日。取られるわけにはいかん!」

 ソーラは瑠香に向けてファイティングポーズを取った。

 ミッテに負けている瑠香は引いてしまう。

「瑠香さん、勝ったらソーラ軍曹からお金を取り上げているのに手を貸しましょう。やはり遊ぶのは許せません」

 ミッテは瑠香から豆腐とおからを取り上げた。戦えということだろう。

「ミッテはもう良いの?」

「私では口を切ってしまいます。口を切った後の麻婆豆腐は地獄なのです」

「その痛さで従わせるって手があると思うけど」

「それはひどいのです。残虐なのです」

 ミッテの表情は瑠香の物言いが非常識であると言っていた。瑠香は影武者が主人にネックハンギングツリツリーをかましてすことこそ非常識だと思うのだが。

「借金取り、お前には人の心がないのか? 人を人とも思わない残虐な女なのか?」

「日本じゃ軽いもんだよ……多分」

 急に日本代表になってしまうと自信がない。

「塚江照、お前はどう思う?」

「意地悪だと思うけど、残虐ってレベルじゃないと思いますよ。ねえ」

 照は瑠香に同意を求めた。

「日本人は残虐だ」

 瑠香が返答をする前にソーラが断言した。瑠香はこの手の決めつけに対する策を一つだけ持っていた。

「じゃあ切った口で麻婆豆腐を食べろ」

 策とはボコボコに殴ることである。

「やはり残虐じゃないか」

 唯一の策ではソーラの説を補強するだけだった。

「助けろ、ミッテ伍長。上官命令だ」

 脅威を感じたソーラは助けを求めた。

「領事からソーラ軍曹の命令は聞かなくても良いと言われているのです。それに私はソーラ軍曹を許していないのです。自分でなんとかするのです」

「そんなあ……」

 ソーラはショックを受けているようだ。

 だが瑠香は容赦しない。そこまでソーラは瑠香を煽ったのだ。

 裏拳をソーラの右頬に向けて放った。抵抗もせずにソーラは吹っ飛び、床に転がる。

 瑠香はすぐさまソーラを仰向けにして、跨がり、足で腕を封じた。

「口は切ったみたいだな」

 瑠香はビンタで左頬を殴る。

「金を払え。ソーラ」

「借金取り、明日は新弾の発売日なのだ。見逃してくれ」

「払わないと内臓売っちゃってヒツギさんとこでお葬式だぞ。良いのか? 新弾は命をかけられるほどの物なのか?」

「命は……かけられない。遊びだもの」

 みつをっぽく言った。

「じゃあ私の勝ちだな。ミッテ、頼む」

 ミッテは頷き、机の一つを漁り始めた。財布はすぐに諦めない。探しまわって、だいたい五万くらいを見つけていた。

「これからソーラ軍曹の給料から天引きするようにするのです。つきましては振込先を教えて欲しいのですが」

 ミッテはソーラを解放した瑠香にお金を渡した。代わりに瑠香は蘭の番号を教える。後はお金を渡せばミッションコンプリートだ。

「私のへそくりまで……」

 ソーラは抵抗する気も起きないようである。

 ちょっと悪いと思った瑠香は一万円をソーラに差し出した。

「私がもらってこいって言われたの額より多いから、それで新弾買いな」

 ソーラは落涙しながらも、瑠香を見続けていた。そして瑠香が渡した分以外のお金をしまったときに、すごい勢いで前に進み出てくる。

 やられる! と思った。気を抜いた絶妙なタイミングを狙われてしまい、瑠香は自分を呪った。

 ソーラは瑠香の両手をガッチリつかみ、笑顔を見せる。

「お前、良いやつだな! 借金取り、名前は?」

「葦木瑠香だけど」

 殴られるばかり思っていた瑠香は思わず素直に答えてしまう。

「葦木……ってファミリーネームだよな。葦木、葦木、葦木? 葦木……蘭?」

「蘭は母だけど」

「そうですか。蘭様のご息女でしたか」

 ソーラの丁寧語がぎこちない。使い慣れていないのだろう。そしてそれを使わなければいけないほどの相手なのだ。瑠香の母親は。

「蘭様から言われたことはちゃんとやるので職場には来ないでください。お願いします」

 彼女の娘に懇願しするほど怖いようだ。瑠香は自分の母親に対する認識が間違っていないことに自信を深めた。

「私もお母さんには逆らえないから約束は出来ないよ」

 同じ認識を持つ者なので優しくなってしまう。完全に譲歩できないのが心苦しくなるほどだ。

 それでもソーラは喜んで、

「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

と握っていた手を何度も何度も振った。上腕の内側の肉がプルプル揺れ、ダイエットになりそうである。

「もしもし、葦木蘭様でいらっしゃいますね。ソーラ軍曹の部下、ミッテ伍長なのです。番号は娘さんから教わったのです。娘……瑠香さんはソーラ軍曹から見事お金を取り立てました。それでソーラ軍曹が勝手にお約束した件についてお話を聞きたいのですが……。そうですか。明日ファミレスですか。申し訳ないのですが当方に持ち合わせがなくて怖いのです、ファミレスが。え? 良いんですか? はい! 私だけ行かせていただきます。ソーラ軍曹は邪魔……いいえ妖精さんみたいなものなので。はい、はい。では明日」

 瑠香がソーラに二の腕の運動を強制されている間に、ミッテは蘭に電話をかけ、ホクホク顔で電話を切った。多分おごるとか言われたんだろう。母のおごりは食べ物万歳な性格である瑠香ですら警戒の対象だというのに。

「ソーラ軍曹、明日は自分でご飯を用意するのです。私はお出かけをしなければならないのです」

「ミッテ伍長、気を付けろ。葦木蘭……様は恐ろしいかただ。瑠香みたいに優しくないぞ」

 いつの間にか呼び捨てになっていた。リバイリルロ人は瑠香が気づかないうちにいろいろなことをしている。ソーラも瑠香が気付かないうちに呼び方を決めたのだろう。

「大丈夫です。しっかり、しっかりと食べてくるのです」

 ミッテは浮かれて台所に向かっていってしまう。ソーラの忠告は絶対耳に入っていない。

「ダメだ。ああなると人の話を聞かない。痛い目にあうしかないな」

 ソーラは瑠香から手を離して、コタツに入った。

 瑠香もコタツに入り、ソーラの向かいに座る。

「ソーラはなんで軍隊に入ったの?」

「なんだいきなり」

「ミッテから聞いたよ。大臣の娘なんだってね」

「余計なことを」

「ミッテはソーラに付き合わされて日本に来たって言ってたよ。おいしい物があるからずっといたいとも言っていたけど」

 影武者であることと監視していることは隠した。もしソーラが知らない場合に余計な問題を増やしてしまうからだ。

「ミッテ伍長らしい」

「で、ソーラはなんで軍隊に入ったの?」

「金を稼がないとな。生きてはいけない」

「それだけ? 今の国に賛同してるとかじゃないの?」

「賛同してたら借金しないぞ」

 瑠香は納得してしまった。

「はーい、出来ましたよ」

 照の声が聞こえる。近付いてくる刺激的な匂いに、質問するために使う好奇心の値がゼロになった。ここからはフードファイトだ。


 運ばれてきた麻婆豆腐はいつも家で見る物と違っていた。ひき肉ではなくおからが使われ、豆腐と豆腐の隙間を埋め尽くすほどであり、タレは手作りのようだ。

 戦いの先手を取ったのはソーラだった。しかし一口食べた途端に悶絶した。やはり口を切った状態ではそうなるか。

 ミッテはソーラの醜態を無視して、食べ続けた。ソーラに時間を使うより、一切れでも多くの豆腐を口に運びたいようだった。それは瑠香も同じで、黙々と麻婆豆腐に手を伸ばす。

 二人の活躍で麻婆豆腐はに平らげられた。だが照によってすぐ二皿目が用意される。戦いはまだ続いた。

 二皿、三皿と食べる。瑠香はまだまだいけるが、ミッテは苦しそうだ。

「もう食べられないのです」

 ミッテは箸を置いてギブアップした。瑠香の勝ちだ。やはり商店街で食べ物をもらったのが響いていたようだ。一方瑠香の胃にはまだまだ余裕がある。改めて食べようとした。

「ダメよ、瑠香さん」

 照に止められた。

「なんで?」

「ソーラが食べてないからよ。瑠香さんはご馳走になってる身なんだから」

 確かにソーラはあまり食べていないようだ。あの口で、二人のスピードに対抗するのはまあ無理だろう。

「食べられないじゃん、ソーラ」

「食べられなくしたのは誰かしら?」

「それは……」

 瑠香はソーラを見た。こちらに向けて敵意を剥き出しにしている。先ほどはあんなに仲良くしてくれたのに。

「瑠香はやはり残虐だ。食べても食べなくても辛いぞ」

「そろそろ帰るのです。明日のファミレスのために胃を休めなければならないのです」

 それぞれ好き勝手なことを言っているが、瑠香を排除しようという気持ちは同じだった。

「フンだ。そんなに私が邪魔だってんなら帰ってやるわよ。今度来るとき差し入れてあげようと思ったのに」

「何? どうするミッテ伍長。もやしや豆腐はもう飽き飽きだぞ」

「でも今返さないと私が休めません。明日にそなえるのです」

「確かに私も明日新弾を買わなければならないという使命がある」

 二人は腕組みをして考え込んだあと、見つめあって頷いた。そしてソーラが言った。

「瑠香、お前帰れ。要は済んだだろ。私達は忙しい。照だって仕事で来ている。暇なのはお前だけだ」

「そういえば照さん、なんでいんの?」

「殺人事件の捜査……に協力してもらいにね。おごってもらっておいてそれはひどいよ」

「ごめんごめん。で、誰が殺されたの?」

「エリナっていうキャバ嬢と同僚の刑事がね」

「エリナ?」

 瑠香が首を傾げると照は優しいおばさんではなくなった。

「知っているの? 瑠香さん」

「え、いや、お父さんが入れ込んでるキャバ嬢がエリナって言ってたから、同じ人なのかなって思って」

「お父さん? 瑠香さんの?」

「はい」

「お名前は?」

葦木源京(あしきげんきょう)

「会えますか?」

「私からはどうとも。仲悪いんで」

「どうして?」

「仕事もしないでキャバクラ ばっか行ってる父親と仲良く出来ます?」

 照は苦笑いで流してきた。瑠香は同意を得たものとして話を進める。

「お母さん経由で行くのが近いよ」

「そうなるとミッテさんにお願いしなければなりませんね」

 照はミッテを説得し始めた。ミッテは難色を示し、話し合いに時間がかかりそうだ。完全に話し相手がいなくなった瑠香は名残惜しそうに麻婆豆腐を見てから、領事館を後にした。

 一階に来るとヒツギが出迎えてくれる。

「その様子だとソーラは無事のようね」

「ええ。ソーラはお客にはなりませんよ」

「ありがとう。あなたが頑張ったからよ。親しい人が死ぬのはイヤなの」

 瑠香だってそうだ。加奈はもちろん、反目しあう麗や嫌っている源京、怖い蘭だって死んで欲しくない。

「親しい人との別れのときに、段取りとか儲けとか気にするの味気ないでしょう?」

 参列するほうではなく、業者目線だった。

 瑠香は適当に相槌を打って、ヒツギと別れた。

 外に出ると電話が鳴る。加奈からだ。ビルから出た絶妙なタイミングだったので、監視されてるのではと疑った。

「もしもし」

「瑠香? 今、一人?」

「うん、知り合いに麻婆豆腐ごちそうになって今帰るとこ」

「それってメイド服着た子?」

「え? どうして」

 どうして加奈がミッテのことを知っているのだろう。ホントに監視されているのではないか。そう考えると背中をつーっと汗が流れた。

「園子ちゃん無視したでしょ。気にしてたよ」

「あ、そうか」

 ソーラをとっちめることを優先して、素通りしたのだった。加奈は園子から聞いたのだ。監視していたわけではなかったのだ。

「てか、園子ちゃんと連絡とってるんだ」

「園子ちゃんだけじゃなく、麗ちゃんともやってるよ。あと、寧さん」

「え?」

「瑠香は私としかSNSしないから、情報共有してんの。瑠香の情報」

 電話の向こうで笑い声が聞こえる。

「なんで?」

「みんな瑠香が好きなんだよ」

 なんか釈然としない。

「で、メイド少女は何者?」

「あれは少女じゃないんだよ」

 瑠香はミッテの説明を始めた。ついでにソーラの借金のことも話した。聞いたあと加奈は言った。

「嘘」

 瑠香は不満顔になり、

「領事館には子供は勤められないんだよ」

とミッテの受け売りをドヤった声で言った。

「それ、瑠香が考えた言葉じゃないよね?」

「なんで、分かるの?」

「親友だよ。分かるよ」

「ホントはミッテに言われたんだ。私と同じで食べ物が大好きなの。フードファイトしたんだよ、ミッテどもちろん勝ったけどね」

「ふうん、それが麻婆豆腐ってわけね。借金はどうしたの?」

「なるとかゲットしたよ。これで明日からの弁当は安泰だよ」

「良かったね」

「ホントだよ。そのために苦労したんだから」

「じゃあ、明日」

 電話を切って、家路を急ぐ。蘭に金を渡して明日の弁当を作ってもらうのだ。


「ふう」

 電話を切った加奈は安堵のため息をついた。やはり瑠香はいつもの瑠香だ。怪しげなメイドカフェのオプションではなかったのだ。

 とりあえずみんなに報告する。一刻も早く自分と同じ誤解をしている人を改めてあげたい。そして瑠香の情報を共有する。

「これで良し」

 達成感を感じて、小さく拳を握る。

「友達が出来たのか」

 背後から声がした。加奈は振り返りながら裏拳を放つ。それは軽くつかまれ、不発に終わった。

「裏拳を喰らわせようとするな」

 中年の男は拳を握った手に力を込める。

「イタタタ、離してよ」

「加奈」

「分かった。謝るから離してよ、パパ」

 男が手を離すと加奈の手には男の手の形が赤く残っていた。それだけ握力が強いということである。

「で、友達が出来たのか?」

「親友だよ」

「親友を監視してるのか、変わってるな」

「うるさい。パパには分かんないよ。ママ以外に親しい人いなかったんでしょ」

「今はいる。佃だろ、あと……」

 親指を折ったところで動きが止まった。今も父は人付き合いが良くないようだ。

「ソーラとミッテって知ってる?」

「ソーラは元大臣の娘だから知っているが、ミッテは知らん。なんで加奈が知っているんだ。言ったか?」

「瑠香が、親友が借金を取り立てたんだって、ソーラから」

「同級生じゃないのか?」

「実家の手伝いだよ。お母さんが金貸しだって」

「瑠香さんの苗字はなんと言ったかな?」

「葦木だよ」

 加奈の父は黙り込んでしまった。

「パパ?」

「この前殺したエリナを覚えているか?」

「うん、元キラーズとか言ってたキャバ嬢だったっけ? パパに勝てないからって私を脅してきて腹立ったな」

「あれは葦木の依頼だ。瑠香さんがどこまで知ってるかは知らんが付き合いは慎重にな」

 加奈は首を横に振った。

「瑠香と私はずっと一緒にいるの。好きなんだもん」

 思わず本音が漏れた。完全に言う相手を間違えた。でも言ってしまった言葉はしまえない。

「そうか。まあ俺達に跡継ぎは必要ないからな。野暮なことは言わん。加奈の好きにしなさい」

「うん」

 加奈の目に涙が滲んだ。

「ただ葦木はママの仇だ。そのための二代目スカンクだ。そのことを忘れるな」

「うん」

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