第3話
「え!? そんなことが!? 魔法文字を勉強せずに読むことができるなんてあり得ません!」
だが、俺は初めて見るはずの魔道書がすらすらと読めた。普通の本よりずっと読みやすいくらいだ。気づけば俺はその魔道書を速読していた。内容が全て、どのページに何が記されていたかまで完璧に頭に入った。いや、まるで元々知っていたかのようだった。
ものの数分で。
「読み終わった」
「え!? もう?」
「これはファイアーボムの書だな」
「そうですそうです!」
ファイアーボムはファイアーボールの強化版のような魔法で、着弾するとファイアーボールより広範囲に爆散する魔法だ。敵の数が多いときに有効である。
「もし、本当に読み終わったというのなら、試しにモンスター相手に使ってみませんか?」
そういうわけで俺たちは街の外に出て、モンスターと戦うことにした。
しばらくすると、ゴブリンの群れに遭遇した。数は5匹。あっという間にとりかこまれてしまう。これだけのゴブリンを相手にしたことなど一度もない俺はさすがに怖くなった。
そんな俺の様子を察してか、ルーシャが俺をかばうように一歩前に出る。
「大丈夫です、これくらいわたしの魔法で一網打尽ですから。それよりちょうどいいチャンスですから、試しにファイアーボムを使ってみてください」
「そうだな」
魔道書に書かれていた呪文はもちろん覚えている。だが、俺は直感で理解していた。そんな呪文を一つ一つ唱える必要などないのだと。なぜなら、俺はもうファイアーボムという魔法の仕組みを完全に理解していて、呪文詠唱に頼って術式を構築する必要がないからだ。
「ファイアーボム!」
魔法名を唱えるだけで十分なのだ。
俺の手のひらから巨大な炎の玉が生まれたと思うと、それが目の前のゴブリンめがけ飛んでいく。そのゴブリンが燃え上がると同時に火の玉が周辺に散らばり、周りのゴブリンも焼き殺していく。
一匹残らずゴブリンたちは消し炭と化した。
「ファイアーボムを呪文詠唱なしで完璧に発動させた、あの短時間で魔道書を読みこなして……すごい! すごすぎます!」
ルーシャはすごく驚いてくれた。
魔法じゃなくて剣がこれくらいできていたらと内心、俺はがっかりしていた。ってか、魔法がちょろすぎるんじゃないか?
「どうしたんだ? 考え事か?」
「少し引っかかっていることがあるんです」
「なんだよ?」
「まず、昨日ハリさんはファイアーボールが使えました。何も魔法を学んでないのに。そして、今日、ハリさんはファイアーボムが使えるようになりました」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「でも、それって今日使えるようになったとはどうしても思えないんです」
「どういうことだ? 魔道書を読んで、それで使えるようになったってことなんじゃ?」
ルーシャは首を横に振った。
「昨日、これを使ってもらいましたよね?」
そう言って、あの宝石6つがはめ込まれた円盤を見せてくる。
「仮にどんなに才能があっても、この宝石は光るだけなんです。たとえば、ハリさんは火の属性の魔法が使えるから赤色の宝石が反応しました。でも、才能だけなら光るだけのはずなんです。それが昨日炎の鳥が現れましたよね?」
「そういや、そうだったな」
「あれは火の属性の魔法をいくつも使える人でないと起こらない現象なんです」
「どういうことだ?」
「つまり、ハリさんはもとから炎の魔法が使えるんだと思います。昨日、ファイアーボールも魔道書なしで発動していましたし。今日のファイアーボムも多分元々使えたんです、魔道書を読む前から」
何を言ってんだ、この人?
でも。
「確かに、魔道書を読みながら、これ知ってるぞって感覚はあった。けど、そんなことあり得るのか?」
「普通あり得ません。天才であっても勉強したことのない人は勉強ができないように。でも、ハリさんはもう火属性の魔法が使えるんです。それが現実なんです。まるで本を読まなくても、その本を読んだ知識があるように」
「何もしていないのに、何かしたことになってるっていうことか?」
そう、何もしていない。
していたことと言ったら剣の修行くらいだ。だが、それは魔法とは何の関係もない。
「まあ難しいことは分からないけど、火属性の魔法が使えるんなら、俺はもう魔法使いってことか?」
「たとえ、火属性の魔法しか使えなくても、十分、魔法使いとして通用すると思います。火属性の魔法についてはわたしよりずっと力がありますから」
「剣士から魔法使いに転職するか。ってそんなわけにいかない。はあ、魔法の才能の100分の1でも剣の才能があればなあ」
「せっかく才能があるのですから、魔法の修行をされてみては?」
俺はしばらく考えて。
「それもそうだな。これまで父さんには散々反対されてきたけど、魔法の修行してみようかな」
「では、モンスターと戦ったときのための訓練にオススメのものがあります」
「オススメ?」
「ファイアーボールの軌道をコントロールするんです」
「どういうことだ?」
「たとえば、ここからあの大きな木が見えますか?」
彼女が指差した方向には、小高い山があってそこに大きな木が経っている。
そこまで、かなりの距離がある。
「あの木めがけてファイアーボールを放つんです。当然ここからでは遠くて正確にあの木に当てることは難しいです。ですが、何日か練習していたら当たるようになるはずです」
そう言って彼女は見本を見せてくれた。お見事命中。
続けて俺もやってみたが、結果はかすりもしなかった。
「わたしも最初はできませんでした。でも、ハリさんならわたしなんかより遥かに早くできるようになると思いますよ」
俺はそれから、モンスターを魔法で倒すのに加えて、毎日この訓練を行った。父親が剣聖の腕を買われて王都トエンに呼ばれたので、父親との特訓はこの間なかった。
そして、1ヶ月が経とうとした頃。
「ほとんど進歩しないなあ、俺、魔法はすげえ才能ががあったはずなんじゃ……」
話が違うぜ。
「どういうことなんでしょうね、ハリさんならすぐマスターできると思ったのですが……」
「魔法の威力も強くならないしなあ」
「ハリさんの場合は魔法の威力は初期値がとても高いですから、そこまで気にされなくてもいいとは思いますが」
「というか、俺、一つのことに夢中になると他のことがちゃんとできないタイプらしいな。魔法の修行ばっかで剣の修行がかなりおろそかになってる。父親が不在なのも原因だけどな」
街への帰り道、ゴブリン1匹と遭遇した。
ちょうど1匹だし、剣の修行の一環として剣で仕留めようと考えた。
「手は出さないでくれ。剣でやばくなったら魔法で処理するから」
「了解です」
ショートソードを抜いてゴブリンと相対する。
ゴブリンもショートソードを装備していた。
先にゴブリンが攻撃を仕掛けてくる。
それを俺は受け止める。
ん?
その時俺は違和感を覚えた。
続けてゴブリンが攻撃を繰り出してくる。
俺は防戦一方だ。
だが。
その間、俺は違和感を感じ続けていた。
なにか以前と比べて、攻撃が軽いと感じたのだ。
1ヶ月前ゴブリンと剣で戦ってみた時は、攻撃が重くて耐えきれなかったが、今は楽々とは言わないが少し余裕があった。
そして、ゴブリンの一瞬の隙をついて反撃に転じる。首筋を一撃すると、ゴブリンは絶命した。
はじめて俺はゴブリンに剣で勝ったのだった。明らかに剣技が成長していた。剣技だけでなく体力も向上しているように思える。
だが、この1ヶ月、魔法の修行にかまけて、剣の修行をほとんどしていなかったのにどういうことか俺にはよく分からなかった。
「ハリさん、おめでとうございます! 剣、上達したんじゃないですか!?」
ルーシャは拍手してくれる。
だが。
「俺、この1ヶ月、剣の修行をしていなかったのに……どうして?」
一体何がどうなっている!?
剣の修行ばかりしてたのに剣は一切うまくならずにどういうわけか知らない間に魔法が使えるようになっていて、この1ヶ月、剣の修行を怠って魔法の修行ばかりやっていたのに明らかに剣の腕が上がっている……。
これってもしかして。俺はある可能性に行き着いた。
全てはここから始まった。俺の人生はここから動き出した。