第2話
「で? それがどうしたの?」
「えっ? あなたは驚かないんですか!? ご自分にこんな秘めた力があったというのに!?」
「悪いけど、全然興味ない。いくら魔力が高くたって、魔法なんかいくら使えたって意味ないの。俺は剣がうまくなりたいので」
そう言って立ち去ろうとする俺。さすがにこれ以上剣の修行の時間を奪われたくはない。
「ちょっと待ってください! わたしの運命の人!」
「その運命の人ってのやめてほしいんだけど。俺、他に好きな人がいるんだ」
「えっ!? 好きな人……!?」
「だから、君の気持ちには応えられない。じゃあ、さよなら」
すると、いきなり大泣きしはじめるルーシャ。
「そんな! そんな! わたしにはハリさんしかいません! ハリさんしか! うぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
さすがにそのまま放置をするわけにもいかず彼女をなだめる。
なんてめんどくさい人なんだ。
落ち着くまでにかなり時間が経っていた。
剣の修行の時間がますます減っていく……。
「すみません、ご迷惑ばかりおかけして」
「まあいいけどさ」
まあ、ほんとは全然よくないんだけどさ。
「ハリさん」
「ん?」
「いきなり運命の人とか言ってすみませんでした。でも、わたし、この体質のせいで友達もいないんです。ですから、せめて友達からでもいいのでお願いします!」
なんかかわいそうな人に思えてきた。
でも友達からって関係が発展すること前提だよな。
ここははっきり言っておくか。
「友達からでもって、悪いけど君と友達以上には進展しないよ」
「そ、そんな!」
うつむくルーシャ。
また泣き出すかと思ったが。
「で、ハリさんの好きな方というのはどんな方なんですか?」
突然訊いてきた。
俺はリメラのことを話した。
幼なじみで昔からずっと好きだったことや、告白したら彼女に剣で勝つことを条件として提示されたこと、彼女が天才的に剣の腕がたつこと、だから剣の修行をしなくてはいけないこと、でも俺は才能がなくてとんでもなく弱いこと。
「ハリさん」
「なんだよ?」
「それ、完全にフラれたんじゃ……」
グサッ!
胸に剣でも突き立てられたような感覚に陥る。強烈に気が滅入ってくる。この女、もうちょっとオブラートに包んで物を言えよ。
「いや、でも、俺はリメラのことが好きなんだ」
「ハリさん、気持ちだけじゃどうにもならないこともあります」
うぜえええ。
「勝手に可能性ゼロみたいなこと言わないでくれ! 俺は絶対強くなるんだ!」
「でも、剣だとゴブリンも倒せないんですよね?」
「うっ!」
「それだとわたしより弱いことになりますよ」
「君より弱い?」
その言葉にはカチンときた。
「ハリさん?」
「ルーシャ、剣を抜け。俺と勝負しろ」
「え? え?」
俺は確かに弱い。でも、魔法使いのルーシャより剣の腕が劣るなんてことあるのだろうか。そんなこと認められなかった。
「俺より強いんだろ? だったら相手してくれよ」
「分かりました、いいですよ。でも条件があります」
「なんだ?」
「もし、ハリさんがわたしに負けたら、わたしと友達になった上、パーティを組んでください」
「分かった」
負けるはずがないからと思って即答した。
俺にもずっと剣の修行をしてきたプライドがある。
だが、俺は彼女にすら負けた。
やはり、俺は最弱だった。
負けてから変な条件を飲んだことを後悔してももう遅い。
こうして俺はルーシャとパーティを組むことになった。
俺は家に帰ってから父親に特訓してもらっていた。
剣を学ぶものなら誰でも羨む剣聖からの直々の特訓だ。
だが。
「父さん」
「なんだ?」
俺と父親はそっくりだった。俺を老けさせてひげ面にしたらイコール親父だった。将来この顔になるなら、そう悪くはない。
「俺って才能ないよな、やっぱ」
今日ルーシャに負けたことで、俺は気落ちしていた。いつもなら黙々と訓練に励むのだが、打ち込みながらぼやいていた。
「……」
「でも、ダメだ俺。こんなんじゃ、何千年やったってリメラには勝てない」
「……」
父親は黙ったままだ。かける言葉もないのだろうと思っていた。
だが。しばらくして。
「お前、今日なにをした?」
急に父親が訊ねてきた。なんか怖いんだが。
「何って? 特別には何も。ああ、今日は魔法使いの女の子に声をかけられて。しかも俺のことを運命の人だとか急に告白してきてさ。なんでも、俺は魔法の才能が賢者よりすごいとかなんとか……笑っちゃうよな」
「おい、お前!」
一瞬にして俺の剣は吹き飛ばされていた。
父親が少し力を入れて剣を振るったのだろう。
見ると、父親は俺を睨みつけていた。
「な、なんだよ、父さん?」
基本的にいつも穏やかな父さんらしからぬ態度だった。
「お前、まさか魔法を!?」
「え、魔法? そういや、魔法を学んだこともないのに魔法を使えたんだった。ファイアーボールだったかな。って、ごめん父さん、魔法は剣の修行の邪魔になるからやったらいけなかったんだっけ!?」
父親に話したのはまずかったなと思った矢先。
気がつくと父親の剣先が俺の目の前に突きつけられていた。
「ハリ、あれだけ魔法に触れてはいけないといったはずだ! それこそ永遠に強くなれなくなるぞ! 魔法を使えば剣の道は閉ざされることになるんだ! それが分からんのか! 二度と魔法に触れるな!」
ものすごい剣幕だった。
異常とも思えるほど怒り狂っていた。
そこまで怒らなくてもいいじゃん。
「魔法はどうしてダメなんだよ!? 俺なんてどっちみち剣の修行しかしてないのにスライムしか倒せないんだぞ!?」
「とにかく魔法はダメだ。剣聖の私の言うことが信じられないのか!?」
これまでも父親は俺に剣以外のことをさせないように言ってきた。剣の修行の妨げになるからと。
俺自身、剣聖と呼ばれる父親に心底憧れていたし、剣の道を極めたいと思っていたからそこまで反抗したこともなかった。
だが、ここまで強くなれない上に、今日の父親の異常な態度。
俺も16だし、父親の、魔法に触れるなという言葉を律儀に守らなくてもいいだろうと思った。魔法が使えて剣の腕もたつ、そんな人もいるわけだし。俺は魔法を学んでみようと思った。ありがたいことに才能あるみたいだし。
それにしても、父親はどうしてここまで剣以外のことを禁止してきたんだろうか。
次の日、俺は約束したとおり、街中でルーシャと待ち合わせした。かなり気は進まなかったが。だって、この人めんどくさいだもん。
「来てくれないかと思ってました」
「約束は約束だから。でも、俺、なにをしたらいいんだ?」
「一緒にいてくれるだけでいいです……」
「えっ?」
「あ、いえ。これまで私も1人だけだったので行けるところも限られていたのですが、ハリさんがいたらこれまで行けなかったところも行けると思うので」
「でも、俺、君より剣弱いよ。ただの足手まといなんじゃ?」
昨日負けたことをまだ引きずっていた。
「わたし、魔法使いですが自分自身の魔力は低くて。そのせいで1人だと魔法がほとんど使えないんです。でも、ハリさんがいてくれたら、ハリさんから魔力をいただいて魔法を使うことができるようになるんです」
「なるほど」
「それにハリさんはどういうわけか火の魔法を使えます。それも多分とても強い。これをどうぞ」
そう言って彼女は俺に魔道書を1冊渡してきた。
「これは?」
「火の属性の魔道書です。あなたなら、その魔道書を読めば、ファイアーボールよりも強い魔法が使えるようになるはずです。魔道書は魔法文字で書かれていて今すぐ読めないとは思いますが、わたしが教えますから大丈夫です」
この分厚い本を読まないといけないのか。
そう思うと魔法を学んでみようという気持ちは早くも薄れ始めてきた。
とりあえず渡された魔道書を開いてみた。
「え?」
俺は思わず声を漏らした。
「どうされたんですか?」
「読めるぞ、これ」
俺は学んでもいない文字が読めたのだった。
俺はこの後、これが意味するところを知ることになる。