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黒の女神  作者: 紗月
空の章
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Ⅱ.世界の名 7

<Ⅱ.世界の名>

7.



その日は、朝から青空の広がるいい天気だった。

掃除や洗濯に絶好の陽気らしくメイドたちは忙しげに動き回り、さらに騎士団でも合同訓練があるということで、朝から城内はどこか慌ただしい活気に満ちていた。

「では、失礼いたしました。」

深々と頭を下げた男が、低い声音を残して部屋を去る。扉が閉まりきったのを確認してから3秒後、セリナはため息を吐き出した。

「疲れた。」

誰もいない部屋の中でそのまま机の上に突っ伏す。窓枠に切り取られた木と青空を、見るともなく見る。

クルスに紹介されてやって来たのは以前の専門家とは別の2人の男女。王立研究所の研究員だという彼らは、かなり熱心にセリナの元の世界のことについて質問してきた。文字を含め歴史や文化まで。

(あんまりたいした知識も持ってないんだけど。)

追求とも思えるような質疑を結局、拒否することもできなくて、できる限りで応答した。

その対応が間違っているとは思わないが、どこか情けない気分になる。

(なんだろう、本当は疑われてるのかな?)

ぼんやりと空を飛ぶ鳥の動きを追う。

(本当に異世界から来たのかって、粗探し? でも、災いをもたらし忌避される存在なら、疑われてるのは私にとっていいこと?)

考えて、浮かんできたのはこの国の王の顔。

「うわ。そこを認められないと、即刻放り出されそう。」

追い出されるだけなら、まだマシかもしれない。侵入者である始まりは変えられない。

(どう考えても不審人物だものね。)

いつの間にか鳥は窓枠の中から姿を消している。

(それとも、ただの研究対象? って、私は珍獣か。)

揃いのえんじ色の制服を身に纏った研究者、おそらくはエリートなのだろう。

そこでもう一度セリナはため息を吐く。

思考は重く、けだるい体を起こす気にもなれなくて、机に伏したままで瞳を閉じる。途端、色彩の世界から切り離される。



―――篠宮、大学へは行かないのか?

―――行きません。就職します。

―――家庭の事情はわかるが。お前の成績なら、上も狙える。奨学金って方法もあるし。少し考えてみないか?

(あぁ、うるさい。)

―――ご家族とも相談してだな……。

(何を、言ってるんだろう。)


―――(家族なんて、とうに亡くしてしまったのに。)



伸ばしたままだった手の先に力が入る。奨学金を得て、バイトをしながら大学に通うことは可能だったはずだ。

(今になって、冷静に考えればそういう選択肢もあったのかも。)

だが、本気で研鑚を積みたい学問には出会っていなかった。目的もないまま進学して、さらに生活費のためにバイトをすることはひどく中途半端に思えたのだ。

それならさっさと就職して自立したかった。

必至で生きていた。

生きたくても、生きられなかった人たちのためにも。自分を守ってくれた人たちのためにも。ただ、ただ、日々を大切に。

(だけど。そうやって自分を追いつめてたのかも。)

高校卒業後の目的は見つけられなかった。

「生きるって、どういうことなのかな。」

セリナは呟いて、ゆっくり目を開けた。瞳を閉じる前の世界と変わらず、窓枠の外は青空だ。

手を顔の前に引き寄せ、力を入れすぎて白くなりつつあるそれを弛緩させた。

窓の外で、また鳥が一羽飛び去る。

(わかってる。私は世界を変えたかった。自分のいる世界を。)

本当は、もう投げ出したかった。逃げ出したかった。自分の境遇をしっかり受け止めて足を踏ん張っていたのは体面。

本当は、人生は不公平だって唇かんで涙を堪えていた。

「でも、自分じゃ変えることもできなかった。」

(本当は、もう限界だったのかもしれない。)

ここへ落ちてくる直前の記憶はポッカリと抜け落ちている。なんのきっかけでこんな状況になったのか思い当たることもなかった。

(制服は着てた、学校へは登校してた?)

荷物はなく、ただ身一つで。直前の状況を推察できるものは、着ていたのが制服だったという点だけだ。

ひとりぼっちの部屋の中で、セリナは無意識に窓に手を伸ばした。体は重くて動かない。

(世界を越えて、この場所でも厭わしい存在だと? けれど、戻りたいという強い思いも持てない。)

それが自分でも不思議だった。

(卒業したかったのは確かなのに。なぜ、少しも未練を感じないの?)

それが怖くもあった。

「何よりも守りたかった約束なのに、どうして。」

本当は、たいして大事に思っていなかったのだろうか。

突然変わった世界を、簡単に受け入れられるほど、元の世界に飽いていたのだろうか。

思わぬ形で、漠然と抱えていた願いは現実のものとなった。それはセリナ自身の力ではないが。

(私は何をしているの? どこにいる?)

呟いた声は、なぜか掠れていた。


「ねぇ。“アーク・ザラ”、ここはどこなの?」









城の中庭の一角。綺麗に刈り揃えられた芝生の上。

ティリアが呼んだらしい2人のメイドが、かいがいしく動き回る。凝った飾りの組まれた白いテーブルセットにクロスを敷くと、慣れた手つきでバスケット中のティーセットを並べ出す。紺地に白いエプロンのメイド服を着た少女たちはセットが終わると、恭しく頭を下げる。

「ありがとう。後はわたくしが。」

そうティリアが告げると、緩やかに微笑んで再び頭を下げた。

「控えておりますので、何かあればお呼び下さいませ。」

「では、失礼致します。」

サラサラの赤い髪とクルクルとしたラベンダー色の髪をした2人のメイド。彼女たちがセリナの方を見ようとしないことにはセリナ自身も気づいていた。

(まぁ、仕方ないか。正体のよくわからない人物にどう対応していいかわからないだろうし。)

しかも歓迎されない存在であれば尚更。下手に関わらないというのは、一般的な反応だとセリナは微苦笑を浮かべた。

(きっとティリアさんみたいな態度の方が珍しいもの。)

「本当に、今日はいい天気ですわね。」

華やかな笑みを浮かべたティリアが振り返る。

「さ、セリナ様は座ってください。」

ティリアの笑顔と、並べられたお菓子のいい匂いにつられて、セリナは大人しく席に着く。

「素敵ですね。」

「え?」

セリナの声が小さくて聞き取れなかったのか、ティリアが不思議そうに聞き返す。

「青空の下で、こうしてお茶をするなんて。」

遠足みたいというのは心の中だけで呟いて、セリナははにかんだ。

「とても素敵。ただ外で食べるというだけで、すごくワクワクする。」

ふわりと、笑顔で返してティリアがティーポットを傾ける。

「喜んでいただけたなら、わたくしも嬉しいですわ。」

カップに綺麗な紅が注がれる。

外に出るというのは、リハビリの一環でもあるのだろう。ここへ来る前に廊下でララノに会ったが、快く見送られたくらいだ。

「おいしい。」

クッキーの1つを口にして、セリナは感想を漏らした。

「さくさくで、甘すぎなくて。すごく美味しい。」

「お口に合って何よりですわ。料理長にも伝えておきます。」

はい、と答えてセリナは紅茶に口をつける。

(ちゃんと味がわかるのって久しぶりな気がする。)

感謝の気持ちも込めて、セリナはおいしいとの言葉を繰り返した。

「ティリア殿、ここで何を。」

驚いたような呆れたような声が背後から聞こえる。

振り返るとリュートが、引きつった笑顔を貼り付けて立っていた。

「あら、お茶会ですわ。隊長殿。」

なんの含みもなくまじめに返答する。

「それは、見ればわかります。護衛もつけずに……。」

言いかけた不満の言葉を遮って、ティリアが口を開く。

「護衛だなんて、そんな物々しい。庭でのティータイムですわよ?」

「せめて、どこへ行くかくらいは教えてもらっていないと。私のいない時に万が一のことでもあったら、陛下に合わせる顔がないでしょう。」

「まぁ、心配性なんだから。わたくしが付いていましてよ?」

本気で言っているのか、からかっているのかわからないティリアの言葉に、リュートはがっくりと肩を落とす。

「それに、部屋にきちんと書き置きを。お読みになりました?」

可愛らしく小首を傾げてティリアは、あまり内容の深くない正当性を語る。

「……いいえ。セリナ様の部屋へ伺う前に、窓から姿が見えたのでここへ。」

「あら、そうでしたの。そう言えば、朝からあった合同訓練は終わりましたの?」

「えぇ、先程。」

はぐらかすように変えられた話題に、リュートは素直に応じる。

「あ、じゃぁ、一緒にお茶でもいかがです? どうぞ、エリティスさん。」

空いていた椅子を引いてセリナがそう促すと、ぎょっとした顔を返された。

(なんかマズイこと言った?)

セリナは慌てて椅子から手を離すと身を硬くした。

軽いやり取りを見たせいで、自分まで調子に乗って余計な口を挟んだのかもしれない。

無意識に膝の上に置いた手に力が入る。

「では、せっかくですので1杯だけ。」

そう言ってセリナの引いた椅子に腰を下ろす。

カップに紅茶を注いで、リュートの前に置きながらティリアは小さく笑った。

「不思議な光景ですわね。」

その言葉を頭の中で反芻して、セリナはハッと顔を上げた。

(もしかして、騎士を……というか護衛の人をお茶になんか誘うものじゃないの!?)

それは思わず口をついて出た言葉。

「ご、ごめんなさい!」

「何がです?」

ポカンとした顔でリュートに見つめられ、セリナは口ごもる。

「まぁ、セリナ様が謝られることなど何もありませんわ。」

助け船を出してくれたのはティリアだった。

「寧ろ、騎士として光栄なことなのですよ。」

頷くリュートに、今度はセリナの方が呆気にとられる番だった。

(は?)

「お茶に誘うことが?」

「正確に言うなら、同席を許されることがです。」

ティリアの答えにセリナは目を瞬かせた。

まるでセリナが身分の高い貴婦人であるかのような扱いである。

(ティリアさんだって、私が異世界から来たって知ってるはずなのに。まるで本物の姫君みたいに扱ってくれるんだよね。)

それが教師や世話役として仕えるということなのかもしれないが。

(私が貴人だって言ってたけど、“災いを運ぶ者”がなぜ?)

向けられるのは好意。そこに裏があるようには見えない。だからこそ、釈然としない思いを抱えながらも、こうしてその好意に甘えている。

「セリナ様。」

名前を呼ばれてリュートを見れば、困ったように眉を寄せた表情で彼もこちらを見ていた。

「どうか私のことはリュートと。」

「え?」

「リュートと、名前でお呼び下さい。」

再び呆気にとられたセリナは、持っていたクッキーをその手元から落下させた。

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