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黒の女神  作者: 紗月
空の章
76/179

Ⅸ.願いを 74

74.



翌日。

領主らに見送られながら屋敷を出発した一行は、順調に最終目的地へと進んでいた。

(彼は何かを知っている。)

それは確信に近い予感だった。

(けど、嘘はついていない。)

アシュレーの言葉の裏に何が秘められているのか、その正体を掴むのは難しい。

「むぅ。」

唸った声は、思わず口から出る。

(口止めされているのか、それとも私が自分で見つけるのを待っているのか。)

本人に聞くのも手だと言った言葉が蘇る。

確かにそのとおりだが、聞きたい相手は遙か遠くだ。

(ラシャクさんは視察に来てないからなぁ。)

同行者を把握しているわけではないが、それはわかっていた。

視察に付いて来ているのは騎士や兵士といった武官ばかりで、クルスやラシャクのような文官は留守番なのである。

(力にはなれないと、言ったことに嘘はない。なら、あれ以上聞き出すことは。)

ラシャクの顔を思い浮かべて、瞳を閉じた。

(そういえば。)

思い出した過去に、セリナは閉じたばかりの瞳を開けた。

(あれは、なんだったんだろう。)

ラシャクと初めて会った時。

セリナが振り向いたのは、名前を呼ばれたからだ。

けれど、それは自分の名前ではなかった。

「ローラ……?」

(女性の名前? 後ろ姿……が誰かに似てるのかな。)

「なんですか?」

呟きを聞き止めて、向かいの席に座ったイサラが顔を上げた。

「い、いえ。なんでもないの。」

曖昧な笑顔を浮かべて、手を振ってみせる。

ここ数日とは違い、あの時はまだ黒い髪を隠すことも結いあげることもなく下ろしていた。

その状態で『誰かに似ている』のは何か意味深だ、とセリナは思った。

(気にかけてくれるのは、そのせい? 本人に尋ねるのが一番なんだろうけど。)

果たして、尋ねて素直に話してくれるのだろうか。

あの日。

振り向いたセリナに向かって、笑顔で「セリナ嬢」と名前を呼んだのだ。

その直前の発言など、何もなかったかのように。

怪訝そうなイサラにセリナは思い直して質問した。

「ローラかララって名前、知ってる?」

セリナの問いに、イサラは数秒動きを止めた。

「それは、また。ザックリとした質問ですね。」

「あははは。」

真顔のまま首を傾けたイサラに、セリナは渇いた笑いを返す。

「もちろん、知ってはおりますよ。どちらもよくある名前ですもの。」

「お城の関係者……貴族とか侍女とかで、そんな感じの名前の人がいないかなーと思って。」

「関係者。それが名前ですか? それとも愛称?」

「え? えと、どっちだろう。」

聞かれるまで、気にもしなかったことだった。

少し考え込んだ後でイサラは首を傾げた。

「姫君でもメイドでも、思いつく者は数名おりますが。名前だけでは、なんとも。」

「です、よねぇ。」

力なく答えながらアエラを見るが、彼女もまた首を傾げていた。

(うーん。そもそも本当にあの時、ローラって言ったっけ?)

はたと動きを止め、セリナは記憶を辿る。

(ララ……ラーラ?)

「ラアラ?」

口に出してみて、さらに記憶を手繰る。

(聞きなれない言葉。変換されなかったのなら、固有名詞の可能性が高いと思うんだよね。)

「ラアラ、ですか?」

「何か思い当たることはない?」

「いえ。申し訳ありませんが……。」

わからないと、首を振るアエラを確認して、セリナは肩を落とした。

「探してみましょうか?」

イサラの提案に、セリナは慌てて手を振る。

「いいの! 名前、間違ってるかもしれないし。」

(やっぱり、本人に聞くしかないのかな。)

すっかり忘れていたことだが、一度気になると解決させたくなるものである。

城に戻ったら尋ねてみようかと、考えながらセリナは馬車から流れる景色に目を移した。









太陽が真上に来る頃、休憩のために立ち止まったのはベル・ヒルだった。

「順調な道程ですね。予定どおり、明日には“緋の塔”に到着しますよ。」

馬車を降りながらアエラが嬉しそうに言った。

緋の塔と聞いて、セリナは表情を引き締めた。

(そうだ。本当の目的は、その先にある。そのためにこうして来たのだから。)

セリナの手を取っていたパトリックが、草原を示した。

「ここで昼食を。道より北側……あちらですね、に準備をしますので、それまでこちら側でお待ち下さい。」

頷いて、止まった馬車越しに北側を覗けば、既に騎士たちが何か指示を飛ばしあっていた。

その中には、ゼノやグリフ、アシュレーなど見知った顔もいた。

「ここベル・ヒルは景勝地としても名高いのですよ。」

風で揺れるヴェールの裾を直しながら、イサラが告げる。

「戦火は……。」

「被害も受けましたが、それで損なわれるものではありませんでした。南…こちら側の、あの小高い丘の上に立つと一面が望めます。緑の草原と湖、それからこの時期ならレーニアの花が満開ですね。」

「レーニア?」

「赤い花ですよ。香りの良い。」

「見に行ってもいい?」

「少し時間が空きますからね、構わないでしょう。あまり遠くへは行かないようにしてください。」

「わかった。」

準備に当たっていない騎士たちも、馬を木に繋いだり、談笑したりしていた。

これだけいれば、めったなことは起こらないだろうとイサラは頷く。

「イサラ殿!」

北から声をかけられ、イサラが振り向き軽く手を挙げた。

「わたくしは、準備を手伝う手筈になっているので、アエラ、後は頼みますね。」

「はい!」

「すみません、セリナ様。しばらく席を外させていただきますわ。」

イサラを見送って、セリナは丘へと足を進める。

ぱたぱたと後を付いてくるアエラに、セリナは笑った。

「そんなに付きっきりじゃなくても平気よ?」

「は、はぁ。」

アエラは困ったように答えた。



丘の上に立ち、広がる景色にセリナは息をのんだ。

緑と赤のコントラスト。

光を反射してきらきらと輝く湖。

「ベル・ヒル。」

バッカスで感じた震えを再び感じた。

(なんて美しい景色。)

無意識に胸に手を当てる。

どきどきと胸が鳴り、自然と口元が緩む。

丘を駆け下りたい衝動に駆られるが、そこは自制する。

しきりに後ろを気にするアエラに気づいて、セリナはそれ以上一行から離れることを諦めて、側に生えた木の根元に腰をおろした。

湖を越えて丘の下から吹き上げる風が頬をなでた。

木を見上げると赤い花が目に入る。

「これがレーニア。」

木に咲くその赤い花には見覚えがあった。

以前、部屋のバルコニーから身を乗り出して触れようとした花だ。

(あの時の。)

ジオに受け止められた記憶が蘇り、セリナは頭を振る。

そして、届かないと知りながら座ったまま上に手を伸ばした。

(なんて心地のいい場所なんだろう。)

穏やかな天気の日に、木陰でそよぐ風を感じる。

風に乗って届く花の香りが鼻腔をくすぐった。

ゆっくり目を閉じて、木の幹に背中を預けた。





(―――。)


はっとしてセリナは目を開けた。

「やだ、寝てた!?」

隣にいるはずのアエラの方を振り向いて、口を押さえた。

すぐ横で、気持ち良さそうに眠っているアエラの姿があった。

(疲れてたのかな。ずっと付いててくれているものね。)

「アエラにも休憩は必要だよね。」

起こさないようにセリナは立ち上がる。

「いつも、ありがとね。」

起きていればきっと恐縮して、そんなことないのだと首を振るだろう。

(確かにお昼寝には最高のシチュエーション。うっかり寝込むところだったわ。)

北に目を向ければ、いくつかの天幕が見えたが、まだ準備中という状況だった。

(そんなに長い時間ではなかったのかな。)

セリナは一度背伸びをして、ヴェールを上げて辺りを眺めた。

アエラの姿が見える範囲で、と言い訳してセリナは丘を下る。

(まるで絵に描いたような景色。)

そんな風景を、目にしたのはここが初めてではない。

(なんて…―――。)

垂れた枝に咲くレーニアの花に手を伸ばし、甘い香りを楽しむ。

「いい匂い。」

「ずいぶん気に入ったようだな。」

「ッ!?」

不意に声がして、セリナは息をのんだ。

「陛下……!」

声の主を見つけて、思わず一歩後ずさる。

セリナが手を伸ばした木の隣。

その木の根本にジオが片膝を立てて座っていたのだ。

(こっちも絵になる……って、そうじゃなくて。)

「なぜ、ここに。」

「驚くようなことでもないだろう。」

素っ気なく答えながら、ジオは立ち上がった。

「レーニアは、珍しいのか。」

呟きのような質問に、セリナは一瞬遅れて反応する。

「え、えぇ。私の国では、聞いたことのない名前です……見たことのない花。」

バラは知っている物と同じだった。

植物に詳しいわけではないが、レーニアという聞き慣れない名前のこの花は、セリナの知識の中にはない。

「そうか。この国では、この時期どこでも見かける有名な花だ。香料にもよく使われる。」

「お城の、庭にもありましたね。」

少し緊張しながら、セリナは口に出す。

「ここなら、手摺りでこける心配はないな。」

意地悪く揶揄するようにジオが告げた。

「!」

やっぱり覚えられていた、と気恥ずかしくなる。

ふと。この場所は、後から付け足された場所だというイサラの言葉を思い出す。

(まさか、これを見せるために、ここに止まってくれた……の?)

セリナは、頬が上気するのを感じた。

ヴェールを上げるんじゃなかったと後悔するが、今更下ろすわけにもいかない。

(ぐ、偶然よね。この人が、私にそんな気を回す必要なんてないもの!)

必死でセリナは動揺を抑える。

「良い香りで、とても可愛らしい花。ここの景色も、素晴らしいです。」

チラリとセリナを見て、ジオは遠くに視線を投げた。

「気に入ったのなら後で飾らせよう。」

(え?)

告げられた内容をすぐには理解できず、セリナは口を開けたまま固まった。

「あ、ありがとうございます。」

ようやくそれだけを言うと、セリナは所在なく視線を彷徨わせた。

一歩距離を詰めて、ジオは真剣な顔をセリナに向けた。

(今度は何!?)

ジオの纏う雰囲気に気圧されて、セリナは僅か身を引く。


ゆっくりと上げられたジオの右手を目で追う。


風が吹いた。

顔の横に伸ばされた手に、セリナは身じろぎもできないままジオを凝視した。


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