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黒の女神  作者: 紗月
空の章
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62/179

Ⅶ.扉の鍵 60

60.



よく晴れた空。

足の怪我が良くなるまでは出歩くこともできず、セリナはおとなしく過ごしていた。


(うーん。何かいい方法ないかしら。)

視察へ同行したい、ということを言いだせないまま時間が過ぎて行く。

1度『直接お詫びを言いたい』という名目でジオへの面会を言い出してはみたのだが、「足を捻られて自由に動けない状態で、謁見を申し入れるなど…陛下に出向いて来いとそう言っているのと同義ですよ。」とイサラにたしなめられてしまった。

こちらから出向くことしか考えていなかったが、確かにイサラの言うことはもっともだ。

多忙を極める王を呼びつけるなどという、とんでもない真似をしでかすところだった。

(ましてや、視察にかこつけてポセイライナ行きを打診しようとしてたなんて、口が裂けても言えない。)


「はあ。」

部屋のバルコニーに置かれたテーブルセットに座っていたセリナは本のページを捲る。

手元には甘い香りのするフレーバーティー。

よく出てくる単語を覚え、ようやく絵本程度なら1人で読めるようになった。

(全然、頭に入らない。)

頬に風を感じて、本から顔を上げる。

遠くの山並みに目を向けて姿勢を崩した。

庭木のいくつかに赤い花が咲いている。

「かわいい花。」

本を開いたまま立ち上がり、手摺りに手をかける。

バルコニー近くの枝に咲いた花は、手を伸ばせば触れられそうな距離にある。

手折るつもりではなく、ただの好奇心で手を伸ばす。

「む、後ちょっと。」

ぐっと身を乗り出して、つま先立ちをする。

「―――!!」

瞬間、走った痛みにセリナは悶絶した。

(バカ、私のバカ。足首をケガしてんのに、思いっきり負荷かけた!)

手摺りの下側にかけていた左足を下ろそうとして、バランスを崩す。

「わ……!」

支えようとした足は今激痛が走ったばかりの右足だと気づいて、判断が鈍る。

(やばっ!)

倒れることを覚悟して衝撃に備えるように目を瞑った。

しかし、その衝撃は来ず代わりにふわりと抱きとめられる。

「まったく、危なっかしいな。」

ゆっくりと目を開けると、思いがけない顔がそこにあった。

「へ、陛下!?」

「怪我人がまた怪我を増やすところだ。こんな時くらい慎重に行動できないのか。」

セリナが自力で立ち上がるまで待ってから、ジオは掴んでいた手を離した。

「すみません。」

「あの花を取りたいのか?」

聞かれて、セリナは首を振った。

「いえ、手折るつもりではなくて。近くで見たいなと思っただけです。」

ちらりともう一度ジオは花を眺めてから、そうか、と呟いた。

「それより、なぜ陛下がこの部屋に?」

いつの間に入ってきたのだろうとセリナは首を傾げる。

ジオの後について自室に戻ると、そこにイサラが控えていた。

「お見舞いでございますよ。セリナ様に声をかけたのですが返事がなかったので、入っていただきました。」

すぐ近くに来るまで気配すら気づかなかったのだから、イサラの声も聞き逃したのだろう。

そこまで集中していたつもりはないが、結果的にはそういうことになる。

(あ、まさかイサラ。)

ジオに会いたいと言っていたのを知っているイサラなら、セリナの返事を待たずに通したことにも納得だ。

「それは、失礼しました。わざわざの気遣いありがとうございます、陛下。」

礼に則って会釈をする。

イサラの無言のプレッシャーがなければ、つい忘れてしまいそうになる。

「その後具合は。」

「滞りなく、快方に向かっているとドクターが。」

「そうか。気になることなど、何もないか。」

「え? えぇ、はい。何も。」

些か唐突な問いにセリナは戸惑った。

「ならば、結構。」

両者立ったままの会話に、早くも終わりが見えてセリナは慌てた。

「あ、あの! ずっと国王陛下にお礼を伝えたかったのです。」

「礼?」

「今回の件で、余計な心配とお手を煩わせてしまったことをお侘びもしたかったのですが、何より、助けてもらったお礼を。」

「助けた、と言っても治療はララノがしたし、運んだくらいだが。」

「え……運んだ? 陛下が?」

思いがけない事実を知って、セリナはぽかんと口を開けた。

(じゃ、あの時のふわふわ感……。例の格好。ッ!?)

そこまで考えて思考は意味不明の悲鳴に変わった。

「なんにせよ、気にすることではない。」

「ぅあ。」

会話の引き延ばしを諮ろうとするが、呆気なく失敗する。

この話題を続けるには、セリナの方がもたない。

今回こそは要点をまとめて話を、と考えていたのだが、急に本人を目の前にしては想像していたようには巧くいかない。その上、今の衝撃的事実だ。

話そうとしていた内容を思い出そうとすればするほど、頭の中が真っ白になる。

その動揺か焦りかが表情に出ているらしく、怪訝そうなジオとイサラの顔が見えた。

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ。」

「え!? えぇ、平気ですっ。」

「そういえば。」

思い出したように口に乗せて、ジオはセリナを見る。

「あの時言っていた、考え事の内容は思い出したのか。」

「か、考え事?」

話題の転換にいくらか落ち着きを取り戻す。

「いいえ。あれからさっぱり忘れてしまって。」

「……そうか。」

(? あの時、頭痛がしてたとか言ったから、挙動不審な今の状態を見て思い出したのかな。)

セリナの取り乱した状態に、記憶を喚起させるところがあったのかもしれない。

ようやく冷静な思考が復活して、セリナはジオを眺めた。

深呼吸で息を整えてから口を開く。

「あ、あのっ!」

視線を寄越したジオを確認してから、セリナは思い切って先を続けた。

「そのこととは別なんですが。お話したいことがあるんです。時間を取っていただくことはできるでしょうか?」

ジオとの距離を一歩詰めた。

「私に! 近日中に…で構わないので、時間を作ってください!」

唖然とした表情のイサラが見えて、これはやらかしちゃったな、とセリナは頭の端で考えた。

少しの間沈黙が流れ、ジオが口を開く。

「くだらない話にさく時間はない。内容は?」

「内容……。」

ちらりとイサラを見る。部屋の外にも人がいる。

言い淀むセリナより、ジオの方が先に口を開いた。

「あぁ、待て。それより先に。」

なぜだかぐったりしたような顔のジオが、セリナの後ろを指さした。

「え?」

理解が及ばず振り向いたセリナの上から声が降って来た。

「座れ。」

「…………。」

示されたのはソファ。


「あ。」


足首を痛めているセリナを気遣ってのことだとようやく気づく。

彼と話をする前に着席を促されるのは2回目だ。

素直に従い腰を下ろすセリナを見て、ジオは心底呆れたように息を吐いた。

「後日、時間を取れる保証はない。」

そう言って、ジオもソファに腰かけた。

状況を読んで、イサラは一礼すると退室した。

外で待っているはずのジオの護衛に事の次第を説明しなければならないからだ。

有能な彼女のこと、気を回して護衛共々話の聞こえない場所で控えているつもりだろう。

「あまり時間は取れない。手短に話せ。」

「は、はい。」

まさかすぐに時間を取ってくれるとは思っていなかったのだが、セリナは驚きながらも背筋を伸ばして頷いた。


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