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黒の女神  作者: 紗月
空の章
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Ⅲ.己の立つ場所 17

17.



「セリナ様、この辺りで休憩に致しましょうか。」

庭に設けられた休憩用の東屋―ガゼボの前でアエラが声をかける。

咲き誇る赤い花を見ていたセリナは、その声に顔を上げると一段高く設けられたその休憩所へと足を向けた。

どこからともなく取りだしたティーセットを並べ始めたアエラを横目に、ガゼボの手すりから周囲の景色を楽しむ。

「あの白い建物は?」

目に止まった色にセリナは首を傾げる。

出入りを許可されているここの庭を歩いたのは、今日が初めてではない。このガゼボにも何度か立ったが、今まで気づかなかった物だった。

「あれは北庭の神殿ですね。」

にこりとして答えるアエラに、セリナはへぇと呟いた。

「王城の中に神殿があるのね、知らなかった。」

「先日、庭師が作業をしていたようですから、それでここからでも見えるようになったのだと思います。社交期が近いですからね。」

ティーカップをセリナの前に置きながら、アエラがわくわくとした表情で告げる。

「社交期?」

疑問符を飛ばしたセリナに、アエラは嬉しそうに説明を始めた。

「夏の3ヶ月をそのように呼びます。この時期、貴族などの家では夜会など日毎パーティが開かれるのです。普段各地の所領を治めている諸侯も中央に集まってきますし、有名なところになるとそれはもう盛大な催しになるのですよ。」

夏の季節、ここメルフィスではもちろんのこと様々な場所でさまざまな人間たちの交流が持たれるのが常なのだという。

「パーティ。」

(やっぱり貴族ってそういうコトしてるんだ。)

どこかで聞いた話、イメージ通りの展開にセリナは妙な感慨を覚える。

「アエラも出席するの?」

「まさか! わたしには縁遠い話ですわ。」

そう言ってアエラは慌てて首を振る。

「わたしの家は田舎の下級貴族で、中央にこれといって馴染みのある親類や知り合いもおりませんし、社交期の集まりも遠い場所の話でした。」

社交界デビューする機会にも恵まれず、行儀見習いとして王城のメイドに上がったのだから、名ばかり貴族もいいところなのだという。

「わたしがそんな華やかな席に参加できるとすれば、例えばセリナ様の侍女としてお供をさせていただくことでもあるか、あとは城で開かれるいくつかのパーティで給仕役でも仰せつかるかくらいですわ。」

まったく自虐的な色はなく、むしろキラキラした顔でアエラは言い切った。

へぇとセリナが感歎の声を出す。

(さすがは王侯貴族たち。)

経験がないので当然といえば当然なのだが、頭の中のイメージだけで、セリナはセレブリティなパーティを思い描く。

(シンデレラの舞踏会みたいな? 社交期ねぇ。なんだか、言葉通り違う世界のお話だわ。)

カップを手に取って、セリナは新緑輝く木々を見上げた。

(まぁ、別世界……なんだよね。ここは。)







さわり。

学習用にと渡された本を読んでいたセリナは、開け放した窓から心地のいい風が流れてくるのに気づいてページを捲る手を止めた。

「こちらの夏は割と過ごしやすいのかな。」

思わずもらしたセリナの台詞に扉を叩く音が重なる。

「はい。」

許可の意を込めてセリナは返事をする。

扉から、ラヴァリエの副隊長であるジルド=ホーソンが顔を見せ、今日の護衛の担当が彼だということをそこで知る。

「失礼します。陛下がお越しです。」

その言葉にセリナは思わず目を見開いた。

(なんで!?)

無意識のうちに本を閉じ、椅子から立ち上がる。

セリナが何も言わないでいるうちに、ジオとクルスが姿を現した。

面と向かってジオと会うのは、警告を受けたあの日以来だ。警戒して体が強張るのがセリナは自分でもわかった。

固まったように礼も取れないでいるセリナを横目に、ジオは悠然とした様子で部屋へ足を踏み入れた。

「ご機嫌いかがですか、セリナ嬢。」

「あ、はい。」

クルスに声をかけられ、わたわたしながらセリナは小さく会釈をする。

それは何よりと微笑む相手は、どうやらセリナを和まそうとしているらしかった。

「どうぞお掛け下さい。」

クルスに促されて足を進めたセリナより先に、ジオがソファに座る。

向かいに座る少女を待って、話を切り出した。

「巫女姫が君に謁見したいと申し出ている。」

「え?」

突然のジオの発言に思わず素のままで反応を返す。

「神殿の巫女姫だ。」

王の言葉を反芻して、首を傾げる。

「巫女って……。」

セリナは無意識にクルスに顔を向ける。

「サン=エルティア大神殿、各神殿を統べる柱である神殿の長。それが巫女姫様です。その方が、ぜひセリナ嬢とお話をしたいと仰せなのです。」

(そんな人物がいたんだ。謁見……って、何を話せと?)

「今月の18日、10日後に城に来られる予定になっております。」

「!?」

急な話にセリナは目を見開く。

「何か不都合でも?」

「い、いえ。その、いったい私になんのお話を?」

「それを我々に聞かれても知らぬ。が、君に会って、さらに祈りを捧げたいとのことだ。」

「い、祈り?」

ジオに視線を向けて、その後の言葉に詰まる。

「神殿の者からすれば“女神”など、いくら崇めても足りないのだろう。せめて一目だけでもと、引く気は露ほどもないようだ。あぁ、それで、祈りの儀式は北の神殿で行われる。」

ジオの言葉を黙って聞いていると、相手と目が合った。

「そなたが空より落ちてきた場所だ。」

「!?」

ジオの言葉にセリナは目を見開いた。

「その様子では覚えてはいないようだな。」

なぜか小馬鹿にしたような口調で告げられ、セリナはむっとする。

目覚めたのはベッドの上だったのだから当たり前だと、頭の中で考えるが口には出せなかった。

そんなセリナに構うことなくジオは話を続ける。

「謁見も祈りの儀も、応じるか断るかは好きに選べばいい。」

「え?」

思いがけない言葉にセリナはジオの顔を凝視してしまう。

「好きにって。」

「言葉の通りだ。」

「言葉の。」

呆然とした表情で呟くセリナに、ジオは眉間にしわを寄せた。

「さっきから……1度でしっかり理解できないのか。毎回、繰り返すな。」

胡乱げな視線を向けられるが、だって、と口ごもりながらも、セリナは果敢に反論する。

「あなたが突拍子もないこと言うから。」

「どこがだ。おかしなことは何1つ口にしてない。」

きっぱりそう言われれば、確かに正論でもある。

(けれど。)

「どうして。」

ジオはその呟きに視線だけで応じて、続きを待つ。

「どうして? 私が決めていいの?」

告げた言葉に、ジオが視線をはずして小さく嘆息した。

「私は“女神”を保護したのであって、幽閉したわけではない。思い通りに動かしたいとも思っていない。」

「……。」

「相手側から申し出があって、それを伝えたに過ぎない。その先を強制はしない。」

(どうして。)

「10日後だ。」

突然の事態にセリナは思考が停止する。

「君のために巫女が祈りを捧げたいと。そこが天からの使者の初めに降臨した場所であるなら尚更のこと。祈りも願いも届き易くなるかもしれないな。」

ジオがセリナに視線を戻した。


「そなたは何を望む。」


真っ直ぐな瞳に射抜かれた瞬間、動かなかった体に電流が走った。

「答えは急がない。その気になれば、周囲の人間にでも伝えろ。クルス、段取りはつくようにしておけ。」

「御意。」

恭しくクルスが頭を下げる。

用件は終わったのか退室の様子を見せたジオに、セリナは弾かれたように一歩近づく。

「ちょっと……!」

今の言葉が本心ならば、セリナの同席は不都合があるはずだった。

(私が“黒の女神”で、災いを運ぶ者だとしたら? 願いが届き易いだろうって。私が災厄を祈ったらどうするつもりなの?)

保護したとは言ったが、それでも発言には矛盾がある。

(私がそんなことしないって信用しているの? それともこれもまた、試されてる?)

呼び止めたまま次の言葉を発せないでいるセリナに、ジオはゆっくり言葉を紡ぐ。

「一度、検討してみろ。ただし、決めたことには責任が伴うと心得ておくことだ。」

「!!」

言われてセリナは理解する。

サファイアのような瞳がセリナを見つめていた。

「自分と周囲を良く見ろ。世間を知れ、現実は容赦なく君を傷つける。」

こちらが返す言葉を持たないことを知っている男はそれだけ言うと、今度こそ部屋を後にした。

「お心が決まれば返事をお聞かせください。」

クルスの言葉に、少し躊躇ってからセリナは口を開いた。

「はい。」



気づいてしまった。

(気づかせてくれた、のかもしれない。世間……現実を見ろと。)

本当は未だに自分の立場を理解などしていない。

(怖がられているって、わかっているつもりになってた。けど、“黒の女神”のことなんて何も知らない。)

自分のことだと言われているというのに、その片鱗すら見えてはいない。

扉を挑むように睨みつけて、セリナは両手を握りしめた。

「どうするのか。考えなきゃいけない、私が。」


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