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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
177/179

XI.交渉 85

85.



連行に近い形で女神の天幕前から離れ、行く先に街道とアジャートの天幕を見止めてルーイは、フィルゼノンの騎士を振り向いた。

「そういえば、パトリックってのは、どいつだ?」

急に仲間の名前を出されて、彼らが警戒するのがわかった。

「セリナの護衛だったフィルゼノンの騎士だ。ここに来てないのか?」

「……。」

問いの答えは返って来ず、ルーイはふぅんと小さく唸って視線を空に流す。

「セリナが、ずいぶんと心配していたんだが。フィルゼノンに戻って、セリナはそいつと会えたのか?」

「会っては、いる。なぜそんなことを聞く。」

「じゃ、無事だったってことか。で、なんでここにいない。」

「答える必要性を感じない。意図はなんだ。」

ルーイは足を止めて、片手を腰に置く。

「突然言っても、そりゃそうか。」

3人の騎士たちの反応から見て、当人はここにいないのだろう。

「別に、ソイツにどうしてもってわけじゃないし、隊長殿に伝言しとくか。」

怪訝そうな騎士隊長に向かい、ルーイが笑んだ。


「己の危険も顧みず、騎士の身を案じる女神の慈悲を知れ。」


ルーイの口調に、さっきまでの軽薄さは微塵もない。

ラヴァリエの。騎士たちの瞳が変わった。

「女神の騎士を名乗りたいならな。」

ぐっと、騎士隊長が拳を握った。


「ずいぶんと、無用な口出しをされる。」


射抜くような碧の瞳を向けられて、ルーイは僅か目を細める。

「ふ…、そうでなきゃな。」

口の端を片方引き上げて、ルーイは雰囲気を緩める。

「ルーイ様、フィルゼノンのことに、あまり首を突っ込まないでください。」

険悪な空気を壊したのは、後ろで黙って立っていたロベルトの声だった。

「わかってるって。」

副官の苦言も仕方ない。

和平締結したばかりで、問題を起こすわけにはいかないと考えるのは当然だ。

それで言うと、何1つ気にした様子のない、ジーナの方が変なのだ。

ロベルトが、気まずげに騎士たちに目配せを送る。

硬化した態度は変わらないが、隊長をはじめ、藍色の髪の若い騎士も副隊長の男も、剣に手を置くような素振りはなかった。

良い感情を向けられてはいないのは明らかだったが、フィルゼノン側が穏便に事を受け流すつもりなのは知れた。

目を伏せるだけの簡易な礼だけを残し、ラヴァリエの騎士たちは、女神の天幕へと戻って行った。

本当に追い払うためだけの見送りだったが、歓迎されはしないだろうから、そこを気にすることはない。

(そんなことよりも。)

ルーイは、来た方向に視線を投げる。

「ルーイ様?」

ロベルトが不思議そうにした横で、ジーナも首を少し傾げたようだった。

「なんでもねーよ、戻るぞ。」

身を翻して。ルーイは、少しだけ口の端を上げた。

(まさか、ここで仮面が外れるとはな。)





「エリティス隊長、先程のは。」

来た道を戻りながら、背後でラスティがためらいがちに口を開いた。

「気にしなくていい。」

応じた言葉に、藍色の髪の騎士は少しだけ間をおいて頷いた。

「……はい。」

隣で副隊長が、小さく肩をすくめたのが見えた。

王子の発言の意図には、想像がつく。

連れ去られたアジャートで、セリナが護衛の騎士を心配していた、と。

それを知っていたから、彼も安否を確認してきた。

もちろん彼が案じたのは、騎士のことなどではなくセリナのことだ。

生きている、が。その騎士がここにいない。

そう知って、彼は牽制して来た。

例えば、戻った彼女に対して、護衛の任を投げ出したとか、逃げたとか。そういう行為で、女神を裏切ったり傷つけたりするような真似をしたのではないだろうな、と。


何のために、『彼』が今耐えていると思っている。


国境まで出迎えに来た時、彼が回復していたとは、とても言えない。

あの時パトリックが動けていたのは、アシュリオ=ベルウォールの協力で、過度な身体強化と回復魔法をかけていた効果があってのことで、その反動は甘んじて受け入れなければならない類のものだ。

今回の和平に同行させなかったのは、リュートの判断だ。

誰が、誰に向かって忠告を口にしているのか。

騎士の剣を折った。

その時の悲痛と慟哭を、リュートは知っている。

「取り戻したい」。

失った全てに係る、贖罪のための剣。終われば捨て去る覚悟のその剣が。

彼女のために握り直した剣を、今なお、恥と罪悪を背負って握り続ける彼に。

騎士の誇りを与えたのは。そして、そう決意させたのは。


ともすれば騎士に対する侮辱にもなり得る発言。

リュートがそれを受け流したのは、相手の身分や両国の現状を考えて、というわけではない。

釘を刺すような彼の発言が、“彼女”のためだとわかったからだ。

リスキーさを承知の上で、ただそのために、あの王子はそれを口に出した。

リュートは、睨むように前を向く。

(言われるまでもない。)







エリオス=ナイトロードが緋の塔の関係者用天幕へ戻ると、外に見覚えのある人物が待っていた。彼女は、こちらに気づいて一礼を見せる。

一度足を止めたが、エリオスは訪問して来たイシュラナ=ウォーカの前に立つ。

「持ち場を離れて、良いのですか。」

「許可は頂いております。」

エリオスは、僅かに眉根を寄せる。

「用件は。」

本題を促すと、イサラが薄い箱を取り出し、その蓋を開けた。

「こちらを、ナイトロード様にお渡しするよう預かって来ました。」

「手紙、誰から?」

「頼まれたのは、テイラー様です。」

訝しく思いながらも、エリオスは白い封筒を手に取る。

「彼が私に? 何用で。」

裏返す。差出人の名前はなく、封蝋はホワイトローズの物だ。

「フィリシア様から託された物です。」

思いがけない名前が耳に届いて、エリオスは驚きの表情を隠せなかった。

「ご存命中に、フィリシア様が書かれた手紙で『次に、エリオス様がホワイトローズに訪れた際に渡すように』とテイラー様へ遺されたと。」

「っ!」

エリオスの手紙を持つ腕が揺れた。

「これまで機会に恵まれず、約束を果たせないことをずっと気にされていたそうです。先日、ホワイトローズに寄った時に、テイラー様にフィリシア様のことを伺うことがあり、何か思うところがあったご様子で。フィリシア様からの言いつけを違えることにはなりますが、こちらを届けるようにと。」

「イシュラナに預けたと。」

「はい。」

エリオスは無言で手紙を見つめる。

イサラが、頭を下げた。

「確かにお渡しいたしました。」

「受け取りはするが……。」

低く小さな声で言い淀み、そのまま口を閉ざした相手を、イサラはじっと見る。

「どうぞご自由に。」

イサラの視線がエリオスの手元に動き、そしてまた目が合う。

そうして、彼女は少し微笑んだ。

「フィリシア様に手紙を遺していただけるなんて、羨ましく思います。」

返す言葉に詰まったエリオスに構うことなく、元白王宮の侍女は背を見せた。

非難めいた色はなく、単なる彼女の本心。

ひどく重たい白い包みを、開くことも捨てることもできそうになくて、エリオスは渋面を浮かべた。

天幕を開けると、訪問者がいてエリオスはぎくりとする。

「グリフ。なぜ、お前がここに。」

「ナイトロード様を訪ねたら、中で待つように案内されて。」

「今の会話。」

「すみません、聞くつもりはなかったのですが。」

グリフを睨むが、今更取り消すこともできない。

「で、近衛副隊長は、何用でここに。」

「それが。」

言い淀む騎士に、エリオスが息を吐く。

「お節介な者ばかりだな。」

「ジオラルド様は、アジャートの和平を成し遂げられました。」

「そうだな。」

「アジャート王、ウルリヒーダ=ハイネスブルグは亡くなりました。アジュライト陛下もフィリシア王妃も、です。」

「何が言いたい。」

「ナイトロード様が帰るのは、まだ緋の塔ですか。」

「グリフ=メイヤード。」

ぴしゃりと、呼んだ名前がそれ以上を許さないと告げていた。

視線だけで、エリオスは外を示す。

出て行くよう言われて、エリオスの前を横切りグリフは天幕から出る。

「ジオラルド様は、前に進んでいらっしゃいます。」

背を向けたまま、そう言い残して、グリフは去った。

「……。」

1人になった天幕に入り、エリオスは手紙に視線を落とした。

封を切ろうと持ち上げて、動きが止まる。

過ぎ去った日のどこかで、ホワイトローズを訪ねていたら、自分はここに何を見たのだろうか。

届いた物に、ひどく動揺していた。

(あの方が、何かを私に伝えようとしていた。それを受け取らずにいることなど、できるはずがない。)

時を経て、ここにある薄い紙はあまりに重たい。

開封しないままでいられるはずがない。けれど、エリオスは、その封を切ることができずに立ち尽くしていた。









赤いドレスの裾を翻し、グレーティアは椅子に座った。

手元で意味なく扇を開閉させる。

彼女は…アジャートは、この着地点を選んだ。アジャート自体に混乱を広げないために。

大国の権威を見せつけるには、ウルリヒーダの作戦は有用だろう。

彼なら成功させたかもしれない。そのための準備はできていた。

だが、彼なしでの、成功は困難なものだった。

武器の損失だけが理由ではない。圧倒的に、指揮する者の存在の差だ。

(最善策を、選べる立場か…というのもあるけれど。戦は回避すべきだった。例え、我が国が勝利できたとしても、失うものを考えれば。)

考えれば考えるほど、深みにはまる。だから、一度放棄した。

それが、『彼の功績』なのかという点を。

こんな心情を抱えて、イザーク=ユーバイトと対峙できようはずもない。

(和平という成果、戦争の憂いを取り除き、食糧の援助も取り付けた。)

飢える民は確実に減る。新王への期待は高まり、国政への批判も鎮めることができるだろう。

「王太后様、フィルゼノンから使者が来ています。」

取次ぎの兵士から報告を受け、グレーティアは眉をひそめた。

「来客は聞いていない。」

引き取ってもらえと、言いかけて、兵士が持っていた物に目を止める。

「使者がこちらを、と。」

「この花を、持って来たの?」

「はい、それから相手は、ロンハールと名乗っています。」

兵士の手元にあるのは、マーガレットの花だった。

グレーティアは扇をパンと閉じ、椅子から立ち上がった。

「その者を通せ、会う。」



現れた男は、恭しく頭を下げた。

顔を上げた彼の瞳を見て、グレーティアは僅かに息をのむ。

見慣れたアメジストの色。

「ラシャク=ロンハールと申します。お目通りに感謝します。」

「用件は。」

「こちらをお渡ししたく参りました。」

侍女の持つ金色のトレーを経由して、それがグレーティアの手元に運ばれる。

乗せられた手紙の、差出人を見てやはりという言葉が浮かんだ。

(マルグリット様から。)

「折からの両国の状況により、手紙のやり取りもなかなかできなかったとお聞きしています。今回の和平により、両国の交流の一助となるようにと、我が祖母が国王陛下に願い出て、こうしてお届けに参った次第です。」

グレーティアは、手紙を受け取り、扇を揺らした。

封筒から取り出した手紙を開き、目を通す。見覚えのある文字に懐かしさがこみ上げる。

一緒に過ごした時間は、それほど長いわけではないが、グレーティアにとって、マルグリット姫は憧れの存在だった。

厳しい王妃教育を受けていた頃、王女マルグリットは輝ける高貴の華だった。

グレーティアが大きくなる前に、降嫁して王家を離れたが、彼女の存在は特別なままだ。

「……マルグリット様は、お元気でいらっしゃるのかしら。」

「はい。」

「ロンハール家は、ここ数年、不遇を受けたこともあったのではない?」

「いえ、そのようなことはありません。」

目を伏せたまま、紳士然とした男はためらいなく応答する。

「ただ、両国の関係については、心を痛めておりました。マルグリット様は、アジャート国から、一定の配慮を受けていることにもお気づきでいらっしゃいましたので。」

ふ、とグレーティアの扇の動きが止まる。

「……そう。」

手紙に目を落とし、グレーティアは再び扇を揺らす。

マルグリット様の孫だというこの男は、なかなか食えない人物らしい。

「わたくしからも、マルグリット様に挨拶を返したい。返事を書く故、少し待たれよ。」

「承知しました。」

頭を下げた男を確認し、グレーティアは控えていた侍女を呼ぶ。

「使者殿…いえ、ロンハール卿を控えの天幕へ案内して。」

丁重におもてなしを、と付け加えて、グレーティアは扇を閉じた。

(この手紙を書いたのは、間違いなくマルグリット様だけど。言い出したのは、いったい誰かしらね。)









自国の領土へと引き上げる準備のためか、アジャートの使節団に動きが見られた。

長らく封鎖されていた、アリオン川に架かる橋に人々と馬車が行き交う。

両国の間にある魔法防壁の扉が、これほど開かれていたことは近年なかったことだ。

その光景を川岸から眺めて、エリオスはアジャートの動向に目を光らせる。

この後、順調に使節団が引き上げたとしても、最後の荷馬車やアジャートの兵士が橋を渡たり終えるにはそれなりの時間を要し、それまで防壁の扉は開かれたままだ。

和平を結んだとはいえ、防壁の扉はまた閉ざされることになっており、それまで気を抜くことはできなかった。

緋の塔の兵士たちは、それぞれ持ち場で警備に当たっている。

(レイポイントに配置した兵士からも、特に異常は報告されていない。)


―――ジオラルド様は、アジャートの和平を成し遂げられました。


グリフの言葉が脳裏に蘇り、苦い思いが浮かんだ。

空を見上げると、鳥が飛んでいる。

穏やかな青い空。

契機とするなら、今なのだろうか。

生涯このままでいいとは思っていない。

だが、今更どうしようというのか、結局答えは出ない。

(……。)

ざわりとした不快感に、エリオスは眉を寄せる。

「防壁の扉が完全に閉じるまでは、監視を緩めるな。」

部下に指示を残して、エリオスはフィルゼノン陣営の天幕へと向かった。







「イサラ、手紙は?」

セリナの問いに、お渡しできました、とイサラが静かに頷く。

女神のためにと用意されていた南側の天幕から、セリナたちはフィルゼノンの天幕へと移動していた。

周りで帰路に着くための準備が進んでいる。

一行はラグルゼに戻り、大半は陸路で王都に向かうが、ジオやセリナ、側近と護衛を含む一部は、ラグルゼから緋の塔へ向かい、塔の魔法陣で転移して城へ帰ることになっている。

フィルゼノンの一団が出発するまでに少し空き時間が生じ、セリナとイサラは移動に使った馬車を下りて、他の準備が整うのを待っていた。

「あ、噂をすれば。」

一点に視線を止めたセリナの言葉に、イサラがその先を追う。

「ナイトロード様。」

「手紙を読んで、イサラに会いに来たのかも。」

イサラの腕に手を置き、思わず期待を含んだ声を出す。

「いえ、それにしては様子が……。」

彼はこちらを見ることなく、フィルゼノンの天幕の前で足を止めた。

そこにいるのは、クルセイトと近衛騎士隊長のゼノだ。

姿は見えないが、天幕の中にはジオもいるはずだった。

(なんだか、雰囲気が。)

様子が気になって、セリナは天幕へと足を向けた。

「……ので、塔の兵士をラグルゼまでの道と街の周囲に追加配備させるつもりだ。」

クルスとゼノが顔を見合わせて頷く。が、僅かに困惑が浮かんでいる。

「塔の人員を、警護にお貸しいただけるのは有難い申し出ですので、ナイトロード様が宜しいのならそのように。」

「では、そういうことで。」

短く告げて、振り向き。そこでセリナ…というよりその後ろにいるイサラに気づいて、エリオスが一瞬動きを止めた。

だが、すぐに何事もなかったかのように、セリナに灰青色の瞳を止める。

(な、何?)

じっと見つめられ、セリナは身じろぎする。

「……和平交渉の仲介者の任、お疲れ様でした。」

思いがけない言葉に、セリナは「い、いえ」と口ごもりながら応じる。

ちらりと、クルスと近衛騎士隊長を見る。どちらも成り行きを窺っているようだった。

「あ、あの、何かあったんですか?」

何か?と、エリオスが怪訝そうな表情を浮かべる。

「警護を増やすというような話が聞こえたので、良くないことがあったのかと。」

表情を曇らせたセリナに、エリオスは、あぁと呟く。

セリナの聞きたいことに気づいて、彼は否定の言葉を吐いた。

「いいえ、そういうことではなく。ご心配されるようなことは、何もありません。」

突き放した言葉なのか、事実なのか判断がつかないまま、セリナはそう、と呟くしかできなかった。

では、と静かに言いおいて、エリオスは背を見せる。

“緋の塔”の騎士たちが着る、シャリオレッドと呼ばれる赤い外套が風に揺れながら去って行く。

「塔の兵士のことは、塔に権限があるのだから。わざわざ、こちらの許可など不要だというのに。ご苦労なことだな。」

「ジオ。」

クルスとゼノが、中から出て来た主に頭を下げる。

彼から発せられた声には険があった。

「レイポイントにも、人を派遣して見張らせているとか。たいした気合の入れ方だ。」

レイポイント、と口の中で繰り返して、セリナはエリオスの去って行った方向を眺める。

「和平が締結されても、最後まで気が抜けないのね。」

帰路にあって警護をさらに、というのはその姿勢の表れだろう。

「そうらしいな。」

「ジオや国のことが第一で、本当に大事にしてるのね。」

「……セリナには、そう見えるのか。」

耳に届いた含みのある言い方に、セリナはジオを見上げる。

「だってそうでしょう?」

何度か会ったものの、エリオスはセリナに好意的ではなかった。けれど、それはジオや国を案じる気持ちから来る態度だと思っている。

「さぁな。」

切り捨てるような返しに、セリナは目を瞬かせる。

二の句を継げないままのセリナをおいて、彼の視線はクルスに向く。

「準備は。」

「確認してまいります。」

応じて、その場を離れるクルスを横目に、セリナはジオを見つめる。

「ジオは。」

ゆっくりとジオの視線が向けられる。

無表情の相手に少し怯むが、セリナは以前にも感じたその疑問を口にした。

「エリオス=ナイトロードのことを、信用していない…の?」

数秒の沈黙。

見つめ合う状態から、先に視線を外したのはジオの方だった。

「むしろ、あちらがこっちを避けているんだが。」

「彼は、ジオを守ろうとしてるように見えるけど……。」

塔でエリオスからセリナに向けられた言葉も、誰のためのものかといえば1人しかいない。

「どうだか。忠義を口にしているが、憎まれていても不思議じゃない。」

「そんなことっ。」

言いかけた言葉は最後まで言えず、セリナは息を詰めた。

どこかを眺めるように視線を投げたジオには、冷たさが漂っていた。

「あぁ。」

思いついたように、そっと。

納得したようにこぼれた声に、セリナはぎくりと肩を揺らした。

昏い、声だった。

「そうか、セリナには説明しきれていないことがあったな。」

「……。」

「以前、話には出たから。存在については、セリナも知っているだろう。」

ジオのサファイアの瞳が、セリナに向く。

その整った顔から感情は読み取れなかった。


「エリオス=ナイトロードは、今はなき私の兄だ。」


セリナは目を丸くし、息をのむ。

けれど、イサラとゼノの反応からすぐに気づいた。

この事実もまた周知のことで、驚いているのは自分だけなのだ、と。






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