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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
153/179

Ⅷ.境界線 61

61.



馬を走らせたセリナたちがまず着いた場所は、ラグルゼの警備隊だった。

裏手から入ればすぐにレイク=ライアンの出迎えがあった。

「陣の準備は整っています。」

馬を預けると、建物の中へと誘導される。

「随分と騒がしいようだが、何かあったのか?」

リュートが言うように、兵士たちが忙しなく走り回っている。

建物内で待っていたサイモン=タナーも合流し、他の兵士たちと鉢合わせしないように魔法陣のある部屋まで辿り着く。

「情報が錯綜していて、まだ確認中なのですが、アジャートで大きな動きがあったようです。」

「王城が襲撃されたようだが……。」

「はい、それに絡んでいるのかどうか、政変があったとの噂も。」

レイクが眉をひそめながら告げた言葉に、セリナはリュートと顔を見合わせる。

「とにかく皆さんは急ぎ“緋の塔”へ。」

押し込まれるように魔法陣へ足を進めると、すぐに陣が光り始めた。

(あ、2人にも謝らなきゃ…!)

慌ててセリナは顔を上げるが、レイクもサイモンも頭を下げていて目は合わない。

口を開くより先に、彼らの姿は目の前から消えてしまった。


そして。


代わりに現れたのは、“緋の塔”の騎士・エリオス=ナイトロードだった。


魔法陣の光が消えると、セリナの隣にいたリュートが床に膝を付いた。

「王宮騎士団第1隊隊長・リュート=エリティス、ただいま帰還いたしました。」

「ご苦労。」

思わぬ人物の出迎えにセリナは反応が遅れる。

セリナの後ろで、パトリックもラスティも騎士の礼を取っている。

リュートに向いていた灰青色の瞳がセリナに向けられた。


「っ。」


瞳の鋭さに、思わず肩を揺らす。

「ディア・セリナ様。」

次に見せたのは、騎士の一礼。ただし、膝を付くものではない。

「貴女、アジャートでいったい何をしたのですか。」

「え?」

顔を上げたエリオスからの質問に、つい聞き返してしまう。

探るような視線、騎士の表情は崩れない。

「この事態に、無関係だとは言わないでしょう?」

「事態……。」

「ほんの少し前まで、戦はもう避けられないと。だが、アジャートの城から黒煙が上がったり、突然兵が退いたり。混乱を極めている中、貴女が戻って来た。」

「……。」

「ナイトロード様、畏れながら。」

膝を付いたままリュートが口を開くが、エリオスは視線を動かさない。

「隊長の発言は許可していない。」

序列のある騎士の上下関係は厳しいはずだ。

リュートの加勢を期待してはいけないのだろうが、どう答えるべきなのかわからないため言葉が出て来ない。

「答えられない、と?」



「エリオス=ナイトロード。」



「!」

聞こえた声に、セリナはばっと顔を上げる。

扉の横に立っている人物を、食い入るように見つめてしまう。

(“緋の塔”にどうして。)

「ジオラルド陛下。」

エリオスがお辞儀をする。

「さすが手際の良いことだな。」

エリオスの横を通り、ジオは腕を振る。

部屋の側面に控えていた魔法騎士・アシュリオ=ベルウォールが恭しくお辞儀をする。

「こちらの準備は。」

「できております。」

さっきラグルゼから戻って来る陣を発動させたのも、アシュレーだったようだ。

今立っている魔法陣の横に、別の陣が敷かれており、そちらに移動するジオにアシュレーも続く。

「セリナ様。」

いつの間にか立ち上がっていたリュートに呼ばれ、魔法陣を移動する。

どうやら、“緋の塔”からもまたすぐに移動する手筈になっているらしい。

「お待ちください。まだ質問の答えをいただいておりません。」

「エリオス、後にしろ。」

「しかし、重要なことです。」

ジオの言葉にも食い下がるエリオスの顔は真剣だ。

王の表情が厳しくなるのを見て、セリナは足を止めて緋の塔の騎士へと振り向く。

「……『何をしたか』なんて。問われて、返せる答えが出て来るほど、私は何かを成したりしてない。」

エリオスの顔に、怪訝さが見える。

彼が聞こうとした意図は、ぼんやりと理解できた。

だから、つい笑う。決してきれいな笑みではなかったけれど。



「何も、できなかった。」













2度目の魔法陣の光。

それが消えた先に見えた光景は、初めて見る部屋だった。

(お城、じゃない?)

城を抜け出したあの日に、フィルゼノン城の魔法陣には移動して戻ったことがあるが、その時の広い場所とは違っていた。

思わずリュートを見上げると、心を読んだように説明してくれた。

「ここは王領、“ホワイトローズ”です。視察で、セリナ様も一度立ち寄ったかと。」

「あの白バラの?」

なぜここに、と疑問も浮かぶが、リュートの視線は横に逸れてしまう。

「セリナ様が戻ったと、侍女たちに伝えろ。」

「はい!」

リュートの指示に、パトリックとラスティが一足先に部屋を出て行く。

(アエラとイサラもここにいるってこと?)

きっとそうなのだろう、とセリナが1人で納得していると、側に魔法騎士の気配が近づいた。

「あ。」

無言で深々と会釈をしたアシュレーに、セリナは声をかけそびれてしまう。

それを気にした様子もなく、騎士はそのまま進み、部屋の扉を開けた。

先程パトリックたちが出て行ったのとは違う扉だ。

初めに歩き出したのはジオで、セリナはリュートに促されてそれに続く。

続きの間は応接室のような設えで、部屋の中央に置かれたテーブルの上に、白いバラが活けられていた。

「……。」

視察で寄った時に見た物と、きっと同じバラ。

(だけど。なぜだろう、色がとても鮮やかに感じる。)

別の品種だろうか、と聞こうとして、後ろにリュートが居ないことに気づいた。

振り向くと、扉の前、部屋には入らずリュートはアシュレーと何か真剣な顔で話をしている。

「こちらの都合ではあるが、すぐに城には戻せない。しばらくこの館に滞在を。」

ジオに声をかけられ、セリナは慌てて前を向く。

「は、はい。あの……!」

言葉を続けようとして、頭が真っ白になった。

セリナの言葉を待っていたようだが、固まったままのセリナにジオが近づく。

「セリナ?」

「えと、あの……。」

怪訝そうではあるが、態度に拒絶の色はなく、どこかで安堵する。

「侍女が来るまでここで待っていればいい。」

ジオを見上げれば、サファイアの瞳がこちらを見ていた。

言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあるのだ。

あるのに、思考はグルグル回るばかりで、なんの形にもならない。

視界の端にある白だけが、やたら綺麗だと、そんなことだけが浮かぶ。

相手に勧められた壁際のソファに腰を下ろしてから、再び目の前の人物へと向ける。

扉のところにいるリュートに、何か指示を出しているジオの姿を眺め、一度息を吐いた。

『ジオ。』













何もない場所から浮き上がるような感覚がして、ゆっくりと瞼を押し上げた。

目に映る知らない景色。

そう判断した後で、その景色が既知のものだと思い出す。

視察中に泊まったことのある部屋だ。

(……えぇと。)

いつの間に部屋を移動したのだろう。

(ソファに座った辺りから記憶がない?)

座った後に、リュートからこちらに視線を戻した彼に呼びかけたような気がするが、それも定かでない。

すぐには頭が回らず、セリナは瞳を彷徨わせる。

そこで見つけた人物に、目を丸くした。

「じ…オ?」

出した声は掠れていたが、相手には届いたらしく、顔を上げる。

扉が開いたままの部屋の入り口。その側に置かれた椅子に座り、何かを読んでいたようだ。

起き上がろうとするセリナを手で制して、息を吐いた。

「いい、寝ていろ。」

「……。」

力が入らず体も重いので、言われた通りベッドに沈んだままジオを眺める。

「ここ、フィルゼノン?」

「あぁ。」

「戻って、来たんだよね。」

「そうだな。」

「そっか。」

「いいから、もう少し寝ていろ。」

どうしてジオがここにいるのだろう、と不思議に思う。

「ねぇ。」

「なんだ。」

声をかければ返事が戻って来る。

(ジオがいる。)

彼に何から話せばいいのだろう、と頭に浮かぶが、話題になるものは何も出て来ない。

(ジオが、目の前に。)

「……ううん、なんでもない。」

「……。」

「ジオ。」

「なんだ。」

名前を呼べば、それに応じる声が返って来る。

「――――っ。」

突然込み上げて来た感情に、セリナは右手の甲で目を覆う。

少し間があってから、変わらない口調でジオの声が聞こえた。

「休め。……話があるなら、後で聞く。」

自分で遮った視界。

身じろぎをする音が聞こえたので、部屋を出て行ってしまうのかと思ったが、座り直しただけのようだった。

それにほっとして、ジオの言葉を反芻する。

(あぁ、どうしよう。)

言いたかった言葉は音にならなかった。

それより先に胸がいっぱいになってしまったのだ。

本当は知っていたし、気づいていた。

それを、見ないフリしていたのに、もう自分をごまかせなくなっていた。


(会いたかった。ジオに、会いたかったんだ。)


かの国の王子が見せる、意志の強い瞳に宿る光が似ていると思った時から。

どこまでも完璧に思える理想が、本当は歪んでいると思い知った時から。

鏡越しにその姿を見て、声を聞いてしまった時から。

(違う、もっと前から。フィルゼノンを離れてから、ずっと。)

ずっと。

その色を宿したペンダントに縋るくらいに。



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