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黒の女神  作者: 紗月
大地の章
151/179

Ⅷ.境界線 59

59.



アジャート側の森の中から、2人が一歩ずつ進んだ足場の悪さなどものともせずに。

飛び出してきた黒い影は、勢いもそのままに、セリナへと向かう。

「!!」

咄嗟にリュートはセリナを川向うへと押し出し、影との間に割り込んだ。


「リュート!!」


鈍い音が響く。

黒装束の相手が抜いた剣を、鞘で受け止めたリュートは踏みとどまった足に力を込める。

回転するように体勢を変えた影は、リュートを交わしてその剣をセリナへ振り下ろす。

けれど。

キィンと高い音がしたのと同時に、振り下ろされた剣は“何か”に阻まれるように虚空で動きを止めた。

「壁か。」

吐き捨てるように一言もれたのは男の声。

一瞬動きが止まったのを見逃さず、リュートは男を下流へと蹴り飛ばした。

「ッ!」

岩場から川へは、階段3段ほどの落差。

バランスを崩したものの、黒い影は器用に跳躍して、濁流から突き出た岩へと着地する。

リュートは素早く懐から魔法石を取り出すと、それを真上へと放り投げた。

それは上空で光を放ち、しばらくの間きらきらと輝いた。

「リュート!」

「来てはいけません。そこなら貴女に剣は届かない。」

はっとしたように、セリナが目の前の何もない景色を見つめた。

「な、なら、リュートも早くこちらにっ。」

セリナが手を差し出すが、リュートは首を振る。

剣を抜いたリュートは、下流に立つ男を見据えながら、比較的大きくて安定した足場へと移動する。

それはセリナから離れる動きだった。

(追っ手? この男、出て来るまで気配をまったく感じなかった。まさか兵士が引き上げたように見えたのは、油断させるため? いや、そんな策を弄する意味がない。)

黒装束の男は、空の光をしばらく眺めていたが、ようやくゆっくり視線を戻した。

「やっぱり、コッチで正解だった。まぁ、下流の橋なんて選ばねーよな。」

「セリナ様は渡さない。」

待ち伏せを匂わせる台詞に、剣先を男に向けて低い声を出す。

川岸に立つセリナに視線を向ける動きを見せてから、男はリュートに相対する。

「黒の女神様に用はねーよ。」

笑いを含んだ声に、リュートは思わず眉を寄せた。

「女神の周りには、強いヤツが集まるから、楽しいな。」

言われた意味を理解するのに、一瞬の間が必要だった。

「……だが、さっきは。」

戸惑いを隠せないまま声がこぼれたのを、男は聞き逃さなかった。

顔を覆う黒い布を取った男は、やはり笑顔を刻んでいた。


「女神に手を出せば、あんたたち本気出すだろ?」


「貴様…。」

剣を構え直して、リュートは男を見つめた。

「逃げられると思った?」

男がそう尋ねた先は、リュートではなくセリナ。

その視線を辿るようにセリナを視界に入れて、リュートは血が上るのを感じた。

目にしたことのない、蒼白な顔で固まっているセリナの姿。

この男との間に、何かがあったことは聞かなくても知れた。

「どうやら、このままやり過ごしていい相手ではなさそうだな。」


「そう来なきゃな。」


小雨の降る中、睨み合う。

はっとしたように顔を上げたセリナが、慌てて声を上げた。

「リュート! だめ、この人と戦っちゃ……っ。お願い、こっちに。」

手を伸ばしたセリナの体が境界を越える前に、リュートはその場を蹴る。

同時に、男も剣を構えた。









手を伸ばしてはみたものの、セリナはその場から動けずにいた。

突如現れた、ダンヘイトの兵士・イヴァン=ナリッツに睨まれ、身がすくんだ。

不安定な足場は滑りやすくなっている。リュートがバランスを崩して、川へ落ちたりしないか気が気でない。

(壁……そうだ、魔法壁が、見えないけど、きっとこの辺りが境界。)

左右に視線を走らせ、リュートに顔を戻す。

(リュートだけ、こっちに来てくれれば。なのにどうして。)

魔法壁の内側に入ってしまえば済む話だとセリナは考えたが、リュートはそれを選ばなかった。

(私には境目がわからない。下手に動いて、リュートの足手まといになるようなことはしたくないけど。)

どくどくと、心臓が早くなる。

おろおろしているうちに、リュートとイヴァンは川中から向こう岸まで戻ってしまった。

時折渋面を見せるリュートに対して、イヴァンは楽しそうだ。

ぞくりと背筋が冷える。

(だめだ、このままじゃ。)

セリナは、外套のフードを外し、顔を上げる。

空から落ちて来る雫が頬に当たる。

呼吸が早い。そう気づいても整える余裕はないが、視線だけは前を見据えて。

セリナは、首元に揺れる青い石を握りしめた。

(戻るなら、リュートも一緒じゃなきゃ。)

そう思うのになかなか一歩が踏み出せなくて、セリナは浅い呼吸を繰り返すしかなかった。









「セリナ様!」

「エリティス隊長!!」

打ち上げられた合図の魔法光を頼りに駆けて来た2人は、目的の人物を見つけて、声を上げた。

河岸に沿うように続く垣根と茂みを飛び越し、そこで馬から降りた。

声に驚いたように振り向いたセリナが、泣きそうな顔を見せる。

小石の転がる足場を走り、2・3歩の距離を残して2人はセリナの前に膝を付いた。

「ど、して…2人が。」

震える声でこぼし、目を丸くさせているセリナ。

「お迎えに参りました。」

安心させるために笑って見せればいいのだろうか、と一瞬考えるが、結局表情は変えないままラスティ=ナクシリアはさっと立ち上がる。

「セリナ様は、このままここに。」

“護り”に重きを置く魔法防壁は、フィルゼノンからアジャート側へは、さほど抵抗なく抜けることができる。

ラスティは対岸を目指し、魔法防壁をくぐった。









フィルゼノン側から現れた人物たちが上げた声に、黒装束の男が距離を取って動きを止めた。

興味深そうに意識を向こう側にやっている。

「ずいぶんと余裕なことだな。」

剣を構えたリュートは、再びこちらを向いた男の顔を見て、眉を寄せた。


「“隊長”?」


嬉しそうな顔で、確認するように問うた男に、リュートは応じなかった。

「隊長格か、そりゃあいい。面白い。」

「……。」

男の発した言葉に偽りが見えず、リュートは左足を引いた。

隙をあけた先、その後ろにいるのは、ラスティだ。

既に剣を抜き、援護できる態勢になっている。


「その恰好。ポセイライナの林で襲撃を仕掛けて来た輩だな。」


「あぁ? 誰だおめぇ。」

ラスティの指摘に、男は怪訝さを露わにする。

「邪魔してんじゃねーぞ。」

声に苛立ちがのる。

(この男、アジャートの訓練を受けた兵士にしては感情的すぎるな。)

リュートは警戒したまま、やはり。と思う。

(他に仲間がいる気配はない。追っ手、だが単独行動。それもおそらく、命を受けてというわけではない。)



「忘れたとは言わせない。」



静かな声が割って入る。

男の目が、声の主…ラスティの横に立った騎士に向けられた。

「まだセリナ様を付け狙っているなんて。」

「あー? どっかで会ったか?」

「あぁ、会った。」

「悪ぃな、弱いヤツのことは覚えてないんだわ。」

「そうか、それは別に構わない。僕が君の記憶に残りたいわけじゃない。さっきのは。」

言いながら、剣をすらりと引き抜く。


「あの襲撃でセリナ様に恐怖を与えたことを、指して言ったものだ。」


ふぅん…と呟いて、アジャートの男は首を傾げた。

「襲撃、ねぇ。」

今度は反対側に首を傾ける。

「どうだったかな。」

やけに間延びした動きで空を仰いで、ゆっくりと腕を上げた。

「……とはいえ。あれだな。あぁ、あれだ、そう。」

正面を向いた男は、にやりと笑った。



「も1回、痛い目みとくか?」



「隊長、この者の相手は僕にやらせてください。」

ちらりと黒装束の男を見てから、リュートは剣を下ろした。

「……いいだろう。」

「っち、待ちやがれ。隊長のあんたに引っ込まれちゃ困るぜ。逃げずに、勝負しろ!」

「その台詞は、部下を倒せてから言ってもらおうか。」

ハッと短く笑った男は、リュートから注意を外した。


「上等だ。」




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